No.1911 SF・ミステリー 『夏への扉』 ロバート・A・ハインライン著、福島正実訳(早川文庫)

2020.07.10

9日の夕方、姫路から小倉に戻りました。その夜、小倉では猛烈に激しい雨が降りました。地球温暖化によって、今後も毎年のように、九州は「観測史上最大」の豪雨に見舞われ続ける予感がします。まったく困ったものです。
しかし、梅雨が明ければ、「夏」が訪れます。
つまり、「梅雨」とは「夏への扉」なのです。
緊急事態宣言の期間中に『夏への扉』ロバート・A・ハインライン著、福島正実訳(早川文庫)を読みました。1957年に発表されたSFの名作ですが、一条真也の読書館『嘘と正典』で紹介した現代SFの短編集を読んだら、もっと本格的なSFの長編が読みたくなったのです。そこで、これまでなかなか読み通す機会が持てなかった何冊かの名作に挑戦することにしたのです。最初に読んだのが『夏への扉』でしたが、じつに面白かったです。

本書の帯

本書の帯には「ロマンチックでハッピーな気分になれる小説」「爆笑問題の絆が生まれた1冊 田中裕二(爆笑問題)」と書かれています。爆笑問題といえば、太田光のほうはカート・ヴォネガット・ジュニアの『タイタンの妖女』の帯に「今まで出会った中で、最高の物語」との推薦文を寄せ、同書の解説も書いています。爆笑問題って、2人ともSF好きだったんですね。

ハヤカワ文庫の『夏への扉』と『タイタンの妖女』

本書のカバー裏表紙には、以下の内容紹介があります。
「ぼくの飼っている猫のピートは、冬になるときまって夏への扉を探しはじめる。家にあるいくつものドアのどれかひとつが、夏に通じていると固く信じているのだ。1970年12月3日、かくいうぼくも、夏への扉を探していた。最愛の恋人に裏切られ、生命から2番目に大切な発明までだましとられたぼくの心は、12月の空同様に凍てついていたのだ! そんな時、〈冷凍睡眠保険〉のネオンサインにひきよせられて……永遠の名作」

わが書斎のハヤカワ文庫(書棚の中段)

わたしは小学校の頃からSFが好きで、小学校の図書館にあった偕成社やポプラ社の少年版のSF全集を片っ端から読んでいました。その後、中学に入ってからはハヤカワ文庫や創元推理文庫のSFの名作を買い求め、それらは今でもわたしの書斎の書棚に飾られているのですが、読んだ気になっていても実際は読破していなかった作品が多々ありました。「いつかは読みたい」と思って書斎に置いていたのですが、なかなか忙しくてそういう機会が得られませんでした。今回、じつに40年ぶりに『夏への扉』を読むことができたのも、これも新型コロナウイルスによる外出自粛のおかげです。

作者のロバート・アンスン・ハインラインは、アメリカのSF作家です。「SF界の長老」などと呼ばれました。彼の影響を受けたSF作家も数多いですが、物議をかもした作品も多いことで知られます。科学技術の考証を高水準にし、SFというジャンルの文学的質を上げることにも貢献しており、タイムトラベルの物語である『夏への扉』には、家庭用ロボットが詳しく描写され、動作のプログラミングや特殊な機能・頻繁に利用する機能を登録する外部記憶媒体の概念(「メモリー・チューブ」)など、利用法についても現実的な設定が施されています。他にも、CADに酷似した製図用タイプライターなど、個人用端末も登場します。さらには、この作品が発表される5年前の1952年にジェフェリー・ダマーによって考案・発表されたばかりの集積回路の原型が早くも登場しています。

Wikipedia「ロバート・A・ハインライン」には、「他のSF作家がSF雑誌に作品を載せるなか、ハインラインは1940年代から自分の作品を『サタデー・イブニング・ポスト』などの一般紙に載せた。この結果としてSFの大衆化が進んだのは、ハインラインの功績の1つである。SF小説でベストセラーを産んだ最初の作家でもある。アイザック・アシモフ、アーサー・C・クラークと並んで、世界SF界のビッグスリーとも呼ばれていた。SF短編小説の名手でもあり、アスタウンディング誌の編集長ジョン・W・キャンベルが鍛えた作家の1人である。ただし、ハインライン自身はキャンベルの影響を否定している」と書かれています。

それから、Wikipedia「ロバート・A・ハインライン」には、「初期には未来史シリーズなど、科学小説としてのSFを書いていたが次第に社会性を強め、『宇宙の戦士』では軍国主義を賛美する兵士の描写があったことから右翼と呼ばれ、一方の社会主義者の名残が表れている『月は無慈悲な夜の女王』では左翼と呼ばれるなど多彩な顔を持った。中でも宗教やポリアモリーを扱った『異星の客』の反響は大きく、ヒッピーの経典と崇められ、ファンが分かれたという。(中略)『宇宙の戦士』『ダブル・スター(太陽系帝国の危機)』『異星の客』『月は無慈悲な夜の女王』でヒューゴー賞を計4回受賞(いずれも長編小説部門)。アメリカSFファンタジー作家協会は1回目のグランド・マスター賞をハインラインに授与した」とも書かれています。

ここに『夏への扉』の名前が登場しませんが、この作品は日本において特に人気の高い作品だそうです。日本のSFファンのオールタイム・ベスト投票では、度々ベスト1作品になっているのですが、アメリカにおいては『月は無慈悲な夜の女王』と『異星の客』がクローズアップされることが多く、『夏への扉』は日本での限定的な人気にとどまっているとか。いわゆる「時間SF」と呼ばれるジャンルの作品なのですが、タイムトラベルを扱ったSF小説が直面する「自分自身との遭遇」、「未来からのタイムトラベルによる過去の変更」、「タイムトラベルを使って「将来の出来事」を変えることが倫理的かどうか」といった一連の問題を扱っています。

また、『夏への扉』には主人公ダンの愛猫ピートが生き生きと描かれていますが、ハインラインが当時飼っていた愛猫ピクシーにちなんでいるそうです。ピートがあまりにも魅力的に描かれているため、『夏への扉』は「猫SF」あるいは「猫小説」の代表作としても知られています。猫といえば、一条真也の読書館『猫を棄てる』で紹介した村上春樹氏の著書では、わたしが読んでいるときに「猫の遺棄」についてのヤフー・ニュースを目にするというシンクロニシティをご紹介しましたが、本書『夏への扉』を読んでいるときにもシンクロニシティがありました。「バク転神道ソングライター」こと鎌田東二先生から、かつて飼われていた愛猫ココの思い出を綴ったYouTube動画が送られてきたのです。猫の動画を送られたのは生まれて初めてですが、それがちょうど猫小説の代表作を読んでいるときだったので、奇妙な偶然の一致に驚きました。

さて、肝心の『夏への扉』の物語ですが、ハラハラドキドキ、本当に楽しめました。主人公ダンが親友や婚約者から裏切られる場面では、心からの怒りを感じました。また、自分の会社の株式の管理に失敗してダンが会社を乗っ取られる場面では、わたしも経営者ですので、リアルな恐怖を感じました。そして、冷凍睡眠(コールド・スリープ)で未来に飛んだダンが技術者として人生をやり直し、そこから過去に飛んで、自分を陥れた連中にリベンジする場面は痛快そのもので、大いなるカタルシスを感じました。この小説は冷凍睡眠、ロボット、タイムマシンなどが登場するSFなのですが、それ以上に、絶望の底から回復する希望の物語であると思いました。それでもやはりこの物語がSFらしいのは、わたしたちが自由に想像の翼を広げられる「センス・オブ・ワンダー」に満ちた物語だからでしょう。「SFマガジン」の初代編集長だった福島正実の訳文も素晴らしかった!

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