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逆ソクラテス』

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No.1882


 小学校の9月入学が現実味を帯びてきましたが、小学生たちが主人公の素敵な物語を読みました。『逆ソクラテス』伊坂幸太郎著(集英社)です。著者は、1971年千葉県生まれ。東北大学法学部卒業。2000年、『オーデュボンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。04年、『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学新人賞、「死神の精度」で第57回日本推理作家協会賞(短編部門)、08年『ゴールデンスランバー』で第5回本屋大賞・第21回山本周五郎賞を受賞。他の著書に『重力ピエロ』『終末のフール』『残り全部バケーション』『AX』『ホワイトラビット』『クジラアタマの王様』、阿部和重氏との合作『キャプテンサンダーボルト』などがあります。日本を代表する人気作家の1人として知られていますが、わたしが著者の小説を読んだのは本書が初めてです。 

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本書の帯

 

 本書のカバー表紙には、絵本作家のjunaidaが描いた、ランドセルを背負った子どもたちが進撃するようなイラストが使われ、帯には「敵は、先入観。世界をひっくり返せ!」「僕は、そうは、思わない」「伊坂幸太郎史上、最高の読後感。デビュー20年目の真っ向勝負!」と書かれています。

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本書の帯の裏

 

 また、帯の裏には、「逆境にもめげず 簡単ではない現実に立ち向かい 非日常的な出来事に巻き込まれながらも アンハッピーな展開を乗り越え 僕たちは逆転する!」「無上の短編5編(書き下ろし3編)を収録」と書かれています。

 

 アマゾンの「内容紹介」には、こう書かれています。
「逆転劇なるか!? カンニングから始まったその作戦は、クラスメイトを巻き込み、思いもよらぬ結末を迎える――『逆ソクラテス』
足の速さだけが正義......ではない? 運動音痴の少年は、運動会のリレー選手にくじ引きで選ばれてしまうが――『スロウではない』
最後のミニバス大会。五人は、あと一歩のところで、"敵"に負けてしまった。アンハッピー。でも、戦いはまだ続いているかも――『アンスポーツマンライク』
ほか、『非オプティマス』『逆ワシントン』――書き下ろしを含む、無上の短編全5編を収録」

 

 「逆ソクラテス」「スロウではない」「アンスポーツマンライク」「非オプティマス」「逆ワシントン」の短編5編すべてが、大人になった主人公が小学生時代を回顧する物語です。そこで展開されるのは、小学校で巻き起こる「答えのない問題」の数々です。わたし自身が公立小学校に通ったので、よくわかるのですが、金持ちの子もいれば、貧しい家の子もいます。運動のできる子もいれば、運動が苦手な子もいます。そして、いじめっ子もいれば、いじめられっ子もいるのが公立小学校です。5つの物語を読みながら、「ああ、あのときの自分は......」となつかしく思い出したり、激しく後悔したり、たまらなく恥ずかしかったことや、とても悔しかったことなどが心に蘇ってきました。

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世界をつくった八大聖人』(PHP新書)

 

 小学生の物語のタイトルに「ソクラテス」という哲学者の人名が入るのは、とても新鮮です。ソクラテスは「自分は何も知らないと言うことを知っている」ということを言った人ですが、わたしは『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)という本でソクラテスを「人類の教師」の1人として取り上げました。わたしたちは、現在、新型コロナウイルス問題に悩まされていますが、その他にも戦争や環境破壊などの大きな危機とつねに向き合っています。さらには差別や病気や貧困などなど、人類はさまざまな難問に直面していますが、いずれも本当に厄介な難問です。難問に直面したとき、そしてどうしてもその解決策が思い浮かばないとき、どうすればよいでしょうか。わたしという個人レベルの問題なら、子どものときに先生から教わった教えを思い出すことにしています。小学校の先生は、「挨拶をきちんとする」とか「人に迷惑をかけない」とか「ウソをついてはいけない」とか、とにかく人間としての基本を教えてくれました。

 

 そして、それらの教えは大人になって何かで悩んでいるときに思い出すと、意外に解決策を与えてくれました。おそらくは、人間が本当に追い詰められて悩んでいるときというのは「人の道」から外れている、あるいは外れかけているためでしょう。先生たちが教えてくれたことは「人の道」のイロハなのです。ならば、難問に直面し、大いに悩んでいる人類も、同じことをすればよいのではないでしょうか。つまり、かつて先生から教わったことを思い出すべきなのです。『世界をつくった八大聖人』では、人類にとっての教師と呼べる存在を8人紹介しました。ブッダ、孔子、老子、ソクラテス、モーセ、イエス、ムハンマド、聖徳太子です。なぜ、この8人が「人類の教師」として選ばれたのか、また、この8人はどのようなメッセージを人類に残したのか。それを知りたい方は、ぜひ本書をお読みいただきたいと思います。

 

 さて、本書の最初の物語である「逆ソクラテス」には「自分は何も知らないと言うことを知っている」というメッセージが、最後の物語である「逆ワシントン」には「ウソをついてはいけない」というワシントンのメッセージ(じつは後世のフィクション?)が見事に反映されています。他の3つの物語にも、さまざまなメッセージが込められています。でも、5つの物語すべてに共通するメッセージは、「人間は誰でも間違える」「でも、それを繰り返さない努力をすべきである」「間違いを繰り返すのが、本当の間違いである」ということではないかと思いました。

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はじめての「論語」 しあわせに生きる知恵』(三冬社)

 

 拙著『はじめての「論語」 しあわせに生きる知恵』(三冬社)でも紹介しましたが、『論語』の衛霊公編には「子曰く、過ちて改めざる、是れを過ちと謂う」という有名な言葉があります。孔子はこう言いました。「過ちをおかしたとしても、その過ちに気づいたら、次からは改めればいい。気づいたのに改めようとしないのが、ほんとうの過ちなのですよ」と。人は誰でも間違いをします。完全な人間なんていないからです。まして、小学生だったらなおさらです。親として、子どもが間違ったことをしたらどのように対応するのが良いのでしょうか。一番良いのはどこが間違っていたのかを落ち着いて見直して、改める手助けをすることです。そして、どうして間違ったのかを子どもと一緒に考えてあげることが大切です。

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「リトル・ママ」2020年4月号

 

 間違いの原因をきちんと理解してすぐに改めることができれば、それはもう間違いではありません。間違ったことがわかっていても、適当にごまかしてしまおうとするのが、本当の間違いなのです。そして、誤魔化せば誤魔化すほど、また、もっと大きな間違いをするものです。子どもたちが間違ったことをした時には、叱って終わりにせず「なんで、こんなことをしたんだろうね、一緒に考えてみよう」と声をかけ、まちがいを改める習慣をつけてみてはいかがでしょうか?

 

 それから、5つの物語すべてに登場する問題は「いじめ」の問題です。「いじめは、いけませんよ」とか「自分がいじめられたら、どんな気持ちがするか?」などと言うのは簡単ですが、なかなか子どもたちの心には届かないのも事実です。「逆ワシントン」では、主人公の母親が正義感の強い人なのですが、主人公の姉の授業参観で「先生、時間ください」と教室の前に出て行き、ちょうど書写の授業の時間だったのですが、「みんな、筆を置いて、ちょっと聞いてね」と、いきなり「いじめ」の話をし始めます。というのも、母親は書写の時間に、クラスの女子が半紙に1人の子の悪口を書いて、別の子に見せつけるのを目撃したそうです。相手が傷つくようなことを書いて、その子に見せて、筆ですぐ塗り潰せば消えるという陰湿ないじめでした。

 

 そこで、そのことに義憤を抱いた母親が大演説を開始するのですが、その中の以下の核心部分だけは引用させていただきます。
「人生って超大変なんだから。大人だって正解は分からないし、普通に暮らしていくのだって超難易度高いんだよ。ゲームでいうところのイージーモードなんてないからね。なのに、誰かを馬鹿にしたり、いじめたりする奴は、それだけで難易度上がるんだよ。だって、将来、いつそのことがばらされるか分からないでしょ。何で好き好んでハードモードにするんだろ。よっぽどの権力者になれる自信があるんだったらまだしも、将来、どこで誰と、どういった立場で出会うかなんて分からないでしょ。自分が馬鹿にしていた相手が、仕事の取引相手になることもあるだろうし、将来結婚する相手の知り合いってこともある。もしかしたら、大人になって大怪我して、担ぎ込まれた救急病院の担当医が、昔、自分がいじめていた相手だったら、どうする? 怖くない?」
(『逆ソクラテス』「逆ワシントン」P.244)

 

 もちろん、いじめは簡単に解決できる問題ではありません。この母親の発言も正解ではないかもしれません。かつ功利主義的な匂いがプンプンしますが、じつにユニークで説得力のあるメッセージであると思いました。もっとも、授業参観で教室の前でこんな大演説を母親にぶたれた主人公のお姉ちゃんには同情しますけれども......。いずれにせよ、短編小説の中でこんなセリフを書くことができる著者は、「どうすれば、人は幸せに生きることができるか」を真剣に考えているのではないかと思いました。そして、それはソクラテスやワシントンのテーマでもあったはずです。「逆ソクラテス」に登場する小学生たちは、常生活にはびこるありとあらゆる先入観や大人の悪しき習慣に対して、「僕は、そうは、思わない」の一言で軽快に飛び越えてゆきます。なんだか。欅坂46のヒットナンバーの歌詞に似ているような気がするのは気のせいでしょうね。本書について、著者自身は「自分の作品の評価は客観的にはできませんが、デビューから20年、この仕事を続けてきた1つの成果のように感じています」と巻末で述べていますが、よくぞ言いました。この素晴らしい成果に対して、心から敬意を表したいと思います。