No.1867 オカルト・陰謀 『幻影の偽書『竹内文献』と竹内巨麿』 藤原明著(河出書房新社)

2020.05.01

 今回の「ホームステイ週間」を「読書週間」と陽にとらえて、大いに本を読みましょう!
 緊急事態のまま、5月に突入しました。早いもので令和になって1年ですが、現在、偽書がちょっとしたブームだとか。そこで、『幻影の偽書『竹内文献』と竹内巨麿』藤原明著(河出書房新社)を読みました。キリストの足跡を東北に見出し、超国家主義の福音書として超古代史の夢を紡いだ『竹内文献』と偽作者・巨麿の実態を追及した本で、「超国家主義の妖怪」のサブタイトルがついています。著者は1958年、東京都生まれ。出版社編集勤務の後、ノンフィクションライターに。評価の定まらない史料や怪しげな伝承・文献などが一人歩きする経緯について、独自に研究を続けています。著書に『日本の偽書』(文春新書)、『偽書『東日流外三郡誌』の亡霊』(河出書房新社)などがあります。

本書の帯

 紫色のカバー表紙には若き日の竹内巨麿の写真が使われ、帯には「時代転換期の不安が産み落とした世界再統一の夢」と大書され、続いて「皇統は神武以前にさらにさかのぼり、太古、天皇は世界を統治していたという異端の神話体系を構築した千古の奇書『竹内文献』―その妄想の教祖となった男・竹内巨麿の生涯と、戦時、超国家主義の夢を彼に託した、軍人、政財界人、神秘家、宗教家たちの物語。付録として未公開の文献の一部も収録」と書かれています。 帯の裏は、同じ著者による『偽書『東日流外三郡誌』の亡霊』(河出書房新社)が紹介されています。

本書の帯の裏 

 本書の「目次」は、以下の構成になっています。
序章  『竹内文献』が、近代日本に投じた波紋
第一章 生い立ちより天津教開教まで
第二章 開教後、南朝遺跡の請願運動に着手
第三章 教勢拡大のための中央進出、東京奉安殿移転構想
第四章 二つの天津教事件とその間の教勢挽回の試み
第五章 教主巨麿検挙後の天津教信奉者の動き
終章  巨麿なき後の天津教のその後
「竹内巨麿と天津教関連年譜」
付録 未公開原文
       一 吉備津尊軍略之巻」
       二 〈菅原道真公遺言〉
「あとがき」

 『竹内文献』とは何か。序章「『竹内文献』が、近代日本に投じた波紋」で、著者は以下のように書いています。
「『竹内文献』とは、茨城県と福島県の県境、史上有名な勿来の関の近く、茨城県多賀郡北中郷村磯原に本部をおく天津教が、神代以来のわが国最古の神宮・皇祖皇太神宮を奉斎する証とされる厖大な古記録、古器物の総称である。武内宿禰六十六代の末裔と名乗る教主竹内巨麿の家伝の神宝で、その中には、日本人は、世界の五色人の上に君臨する黄金人種であり、神代は日本の天皇が万国を統治したという驚天動地の歴史を記している。構想の壮大なことから、公開されるや否や、記紀にあきたらない華族、軍部等を中心とする一部国粋主義者から熱烈な支持を受けるに至った」 

 『竹内文献』は、もともと『竹内文書』と呼ばれていました。「皇祖皇太神宮ホームページ」の「竹内文書・竹内文献について」には、以下のように書かれています。
「太古の歴史を今に伝える、『古事記』、『日本書紀』、それらよりもはるか昔の神話を記録した古文書。はるか昔、日本の天皇(スメラミコト)の祖先が地球に降り立ったころからの、世界最古の歴史を記録した、謎の古文書のことを、『竹内文書・竹内文献』と言います。古代歴史や古史古伝に興味がある人で知らない人はいないこの古文書を受け継いだのが、皇祖皇太神宮である。3000億年前からの歴史が記載されている現代人の常識を覆す内容は神代文字『かみよもじ』で書かれている。竹内文書では、『無』から始まり、『宇宙創造』をし、『地球創造』をし、世界の国々を作りそこに『五色人』を作られたという。オリンピックの5色の輪も、この五色人から来ているといわれる。(古代人の運動会のようなものが起源なのではないか)古代の日本の天皇(スメラミコト)に会うために、世界中から聖人と呼ばれるイエスキリスト、釈迦、マホメット、老子、孔子など世界の大宗教教祖はすべて来日し他と伝えられています」

 わたしは、高校生のときに1979年に徳間書店から刊行された古代史研究家の佐治芳彦氏が書いた『謎の竹内文書―日本は世界の支配者だった!』を読み、その奇想天外な内容に度肝を抜かれました。そして、その内容をさらに詳しく書いた『神代の万国史』とか、竹内巨麿の自叙伝である『デハ話サウ』などを古書店で求めて読み、さらには『竹内文書』を特集した「地球ロマン」とか「別冊歴史読本」といった雑誌も集めて夢中になって読んだ経験があります。ちょうど、そのころ、わたしもコラムを連載したことのある週刊誌「サンデー毎日」で、「日本のピラミッド」キャンペーンが展開されていました。

 本書の第四章「二つの天津教事件とその間の教勢挽回の試み」では、日本にピラミッドが存在すると唱えた酒井勝軍を取り上げ、「日本のピラミッド」として、「ピラミッドは宇宙(地球)の雛形であり、人類史の雛形であり、救世主出現の予言書であり、ピラミッドは近く出現する世界の統治者、メシアの神姿を建築化したものである」と説明しています。酒井は、「これまでの研究によれば世界の統治者、メシアは日の御子である日本天皇にほかならない。太古において世界天皇として君臨していた日本天皇は、20世紀のハルマゲドンにおいてふたたび救世主天皇として再臨しようとしているのである。『竹内文献』によれば太古における日本天皇の世界統治は動かしがたい事実であり、とすると太陽の図形があしらわれた大ピラミッドは日の御子(天照日神=太陽神の末裔)である天皇の神姿を象徴していると考えるのがごく自然であろう」と述べていました。 

 酒井によると、「ピラミッドはもともと王の霊廟墳墓ではなく、天照日神すなわち太陽神、もしくは太陽そのものを祀る神殿である。したがって、ピラミッドは太陽のあるところ世界中のどこにあっても不思議ではなく」といいます。また、ピラミッドは本来エジプトのギザのピラミッドのような人工的なものではなく、自然の山に加工したものということになります。この理論のもと、探求した結果が、葦嶽山のピラミッドの発見でした。

 酒井勝軍と竹内巨麿はほぼ同時代人ですが、ともに日本におけるオカルト史に残る謎の人物として知られています。著者は、「酒井と巨麿が、こと人類の祖国は日本であり、再び天皇によって世界が統治される時代が訪れるという点では一致していたが、酒井は、巨麿の重視する『世界再統一の神勅』については、発見されたモーゼの記録の発表にあたり割愛していた。巨麿からすれば、これは不満であった」と述べています。 

 「モーゼの十誡石」の発見以降、両者の距離を広げる出来事が起きました。昭和10年(1935)のモーゼの墓、キリストの墓に代表される世界聖者の墓および渡来に関する記録などの発見です。著者は、「巨麿が、酒井を蚊帳の外にしてまでもことを進めたのは、教勢の挽回も去ることながら、巨麿にとっては、『世界再統一の神勅』が『竹内文献』の中でもっとも肝心なものだったからである」と述べています。 

 モーゼの墓が発見されたのは、昭和10年3月です。キリストの墓と同様に巨麿自身によることが判明しますが、著者は「このモーゼの墓の発見について奇妙なのは、『モーゼの十誡石』発見についてあれほど力を入れた酒井が、詳細な説明を加えた著述が存在した形跡がないことである。奇妙なのはそれのみではない。昭和10年(1935)8月の巨麿によるキリストの墓発見についても同じ現象が認められる」

 第五章「教主巨麿検挙後の天津教信奉者の動き」では、天津教は弾圧され、巨麿は不敬罪などで裁判にかけられますが、著者は「戦局の悪化する中、皇室の宗廟伊勢神宮をパロディ化したに過ぎない天津教と『竹内文献』をことさら針小棒大にとりあげ問題視する余裕もなくなり、昭和19年(1944)12月1日、『この事件は裁判所の権限をこえた宗教上の問題である』と、巨麿に対し無罪判決を言い渡し、幕が引かれた」と書いています。一条真也の読書館『日本オカルト150年史』で紹介した本に『竹内文献』が登場したので、久々に超古代のロマンを思い出して本書を読んだのですが、ちょっと専門的すぎるというか文章が硬くて読みにくかったです。偽書は深入りするとキリがないので、もうこのテーマにはこれ以上立ち入らないようにしたいと思います。

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