No.1834 ホラー・ファンタジー 『奇譚を売る店』 芦辺拓著(光文社文庫)

2020.02.26

 『奇譚を売る店』芦辺拓著(光文社文庫)を読みました。第14回酒飲み書店員大賞(こんな賞があるなんて、初めて知りました!)の受賞作です。わたしはファンタジー小説やホラー小説の類に目がないのですが、何か新作はないかとアマゾンで探したところ、『おじさんのトランク』芦辺拓著(光文社)を見つけました。これがなかなか面白かったので、著者の他の作品も読んでみたくなり、本書を読んだのです。

 本書『奇譚を売る店』は「小説宝石」に2011年から2013年の間に掲載され、2013年7月に光文社より刊行された単行本を文庫化したものですが、とても面白かったです。著者は1958年大阪生まれ。同志社大学法学部卒。86年「異類五種」で第2回幻想文学新人賞佳作入選。90年『殺人喜劇の13人』で第1回鮎川哲也賞を受賞。この人は本格ミステリ作家として有名だそうですが、「幻想小説家としての資質も具えている」と評されており、ホラー小説のアンソロジーなども編んでいます。

本書の帯

 本書のカバー表紙には、ひらいたかこ氏の幻想的(日野日出志の絵みたい)なイラストが使われています。帯には「本とお酒が好きな千葉近辺の書店員と出版社営業がおススメの1冊を選ぶ!」「第14回酒飲み書店員大賞受賞!」「本の中にいつの間にか入り込む、小説ならではの面白さだと思います。(文敬堂書店 浜松町店 加藤麻由美さん)」と書かれています。

本書の帯の裏

 カバー裏表紙には、以下の内容紹介があります。
「『また買ってしまった』。何かに導かれたかのように古書店に入り、毎回、本を手にして店を出てしまう『私』。その古書との出会いによって『私』は目眩く悪夢へと引きずり込まれ、現実と虚構を行き来しながら、背筋を寒からしめる奇妙な体験をしていく……。古書蒐集に憑かれた人間の淫靡な愉悦と悲哀と業に迫り、幻想怪奇の魅力を横溢させた、全六編の悪魔的連作短編集!」

 本書には、6人の本好きが手にした『帝都脳病院入院案内』『這い寄る影』『こちらX探偵局/怪人幽鬼博士の巻』『青髭城殺人事件 映画化関係綴』『時の劇場・前後編』『奇譚を売る店』という世にも奇妙な古書(本当に、よくぞこんな変わった本ばかり思いついたものです)をめぐる6つの幻想奇譚が収められています。すべての作品には「私」が登場しますが、おそらくは別人です。もっとも、6人それぞれが著者の一面を反映しているとは思われますが……。また、すべての作品の冒頭は「また買ってしまった」で始まります。

 『帝都脳病院入院案内』には、まるでゴシック小説の舞台となる西洋の古城のような戦前の精神病院の怪しい冊子の物語です。そこには緑色治療所だとか、電気痙攣療法(エレクトロクランプフテラピー)とかも出てきて、まことに怪しいこと、この上ありません。「私」はその冊子に描かれた図面を参考にジオラマの病院を作ります。そして、その中に何か動くものの影を見つけて、彼はトワイライトゾーンに入ってゆくのでした。この精神病院は、『楡家の人々』を書いた作家で精神科医もある北杜夫の生家で、実在した青山病院がモデルだそうです。SF作家フレドリック・ブラウンの『未来世界から来た男』収録された「人形」という短篇を連想させる作品です。

 『這い寄る影』には、戦後、大量生産されたエログロB級大衆雑誌に毒々しいタイトルのチープな作品ばかり書いている三流探偵小説家の悲運が描かれています。『こちらX探偵局/怪人幽鬼博士の巻』は少年漫画雑誌がテーマで、名探偵・十文字竜作と助手の江楠君の痛快きわまりない冒険談と、そこに秘められた秘密が語られています。『青髭城殺人事件 映画化関連綴』は、映画が最高の娯楽だった時代撮影秘話ですが、不死人の恐怖が描かれており、これが一番ストレートな怪奇小説だと言えるでしょう。

 『時の劇場・前後編』は、読んだものの過去の人生と今後の未来が書かれている大河ロマンの稀覯本に対するマニアの異常な情熱と、古書オークション落札の狂気が描かれています。そして、最後の『奇譚を売る店』では和文タイプライターが登場。小学校しか出ていない人が多かった時代に、漢字を多く含む文章では一般の人が理解できないということで、カナの多用を推奨した「カナモジカイ」という団体があったことを初めて知りました。1920年に設立されたこの団体の運動が成功していたら、簡易漢字を採用した中国、母国語をハングルのみで表記するようになった韓国のように、日本語もカナだけになっていたかもしれなかったというので驚きました。

 「あとがき――あるいは好事家のためのノート」で、著者は以下のように書いています。
「古本屋という異空間――まさに‟奇譚を売る店”に通い始めてかれこれ40年余。もっと年少のときから古本漁りに日参していたとか、マニアの猛者たちにまじって高価な本を買いまくっていたという人たちには及びませんが、それでも相当な時間と金銭を投じてきたのは確かです。にもかかわらず、すでに前例も多々ある書店ネタにあえて手をつけてこなかったのは……たぶん生来のひねくれ者だからか。自分の本質に触れるのがこわかったのかのどちらかでしょう」

 「解説」では、書評家の小池啓介氏が、「何かひとつの物事を究めようとするには、相応の時間と労力が必要だ。それらを費やした分だけ、毎日は大きなよろこびに満ちていく。だが、ひとたに探求の努力が行き過ぎてしまえば、楽しかったはずのその行為は心を疲労させ、ときに人間を歪ませる要因にすらなる。マニアの語源は‟狂気”であるという。狂気と紙一重の‟書物”の蒐集家、コレクターの日常にまつわる業と悲哀を稀代の物語作家が怪奇幻想短篇の数々に昇華させた作品――それが『奇譚を売る店』なのである」と述べます。

 また、小池氏は「それぞれの‟古書”のもつ内容からは過ぎ去りし時代の香を封じ込めた懐かしさ、あるいはレトロモダン風味がたっぷりと感じられる」とも書いています。正直言って、本書に収められた短篇たちにはB級感も漂っているのですが、そこがまた戦前の「宝石」とか「新青年」に掲載されていたいかがわしい怪奇幻想の香高い探偵小説を連想させて、たまらない魅力になっています。

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