No.1829 心霊・スピリチュアル 『幽霊の歴史文化学』 小山聡子・松本健太郎編(思文館出版)

2020.02.10

 『幽霊の歴史文化学』小山聡子・松本健太郎編(思文館出版)を読みました。二松学舎大学学術叢書の1冊ですが、非常に興味深い内容でした。カバー前そでには、
「本来、目に見えないはずの幽霊――しかしこれまで日本人は、それを文学作品や映像コンテンツによって描いてきた。『幽霊』という言葉の意味は時代によって変遷し、それはときに現代人の多くが想像するものと大きく異なる。人びとは幽霊をどう感知し、それを表象するためにいかなる工夫をしてきたのか、幽霊になにを求めたのか。歴史学、メディア学、文学、美術史学、宗教学、社会学、民俗学等さまざまな研究分野から日本人の精神世界の一端に迫る」との内容紹介があります。

 本書の「目次」は、以下の構成になっています。
幽霊の歴史文化学への招待(小山聡子)
第Ⅰ部 幽霊の存在論――それはどう生起するのか
生と死の間――霊魂の観点から(山田雄司)
幽霊ではなかった幽霊――古代・中世における実像(小山聡子)
死霊表象の胚胎――記紀・万葉を中心に(松井健人)
第Ⅱ部 幽霊の表現論――それはどう描かれるのか
化物振舞――松平南海侯の化物道楽(近藤瑞木)
『新釈四谷怪談』のお岩が映しだすもの
――占領期の日本映画検閲と田中絹代のスターイメージをめぐって(鈴木潤)
祟りきれない老婆と猫――中川信夫『亡霊怪猫屋敷』のモダニティ(山口直孝)
幽霊とゾンビ、この相反するもの
――肉体と霊魂の関連性と価値観の伝播について(岡本健)
予見者・反逆者・哲学者――大塚睦の「幽霊」(足立元) 
第Ⅲ部 幽霊の空間論――それはどこに出没するのか 
上から出る幽霊――地上七・八尺の異界(山本陽子)
立ち現れる神霊――御嶽講の御座儀礼(小林奈央子)
大都市江戸の怪異譚――『耳袋』と『反故のうらがき』から(内田忠賢)
デジタル時代の幽霊表象
――監視カメラが自動的/機械的に捕捉した幽霊動画を題材に(松本健太郎)
現代社会の幽霊(ゴースト)的読解
――ホラー映画の表象とメディアの物質性(マテリアリティ)(遠藤英樹)
あとがき(松本健太郎)
「索引」

 「幽霊の歴史文化学への招待」で、日本宗教史学者で二松学舎大学文学部教授の小山聡子氏は以下のように述べます。
「本来、目に見えないはずの幽霊。しかし、日本の歴史を紐解くと、これまでの日本人は、目に見えないはずの幽霊を、想像力たくましく、文学作品や絵画、写真、映像によって盛んに表現してきたことがわかる。表現してきただけではない。それぞれの時代の制約のなかで、耳でその声を聴き、交信しようと試みてきたのである。本書は、これまでの日本人が幽霊を感知し、さらにそれを表象するためにいかなる工夫をしてきたのかを、歴史学、メディア学、文学、美術史学、宗教学、社会学、観光学、地理学といった専門分野の研究者によって、多角的視点から論じた本である。書名の『歴史文化学』は、それらの多様な学問領域を総称する言葉として用いている」

 また、小山氏は「どのような人間にも、いつかは必ず死の時が訪れる。人間は死んだらどうなるのか。これは、人類が存続する限り永遠に続けられる、普遍的かつ通時的な問いかけである。日本における幽霊表象の歴史的系譜をたどることは、日本人の精神世界を浮き彫りにすることにつながる。これまでの日本人は、死をどのようにとらえ表象してきたのだろうか。その表象のあり方には、人間にとっての永遠の課題である死への恐怖の超克をいかに果たそうとしたのかという点も反映されているはずである。このような点についても、幽霊の表象を検討することにより考えていきたいと思う」とも述べています。非常に興味深い問題提起ですし、わたしの研究テーマである「グリーフケア」とも深い関係がありそうです。 

 第Ⅰ部「幽霊の存在論――それはどう生起するのか」では、小山氏が「幽霊ではなかった幽霊――古代・中世における実像」の「はじめに」で以下のように述べています。
「古代・中世の幽霊に関しては、古くは田代慶一郎氏の研究がある。田代氏は、夢幻能(霊的な存在が主人公となる作品)を論じるなかで、世阿弥(1363~1443)がそれまでほとんど使われてこなかった幽霊という語を使いはじめ、死者の魂という意味の怖くない幽霊を作り出した、とした。田代氏によると、怖くない幽霊は能だけに見られ、しかも世阿弥一代で消滅したのだという。さらに氏は、幽霊という語そのものはなくてもそれに相当するものは遙か以前からあり、怨霊やモノノケがそれであるとし、それらも幽霊として含めて論じている」

 また、小山氏は「幽霊」という言葉について、「幽霊の語の初見についても、これまでの幽霊研究が歴史史料を綿密に調査したうえでなされてこなかったことにより、諸説がある。川崎晃氏が僧玄昉(?~746)に関する論考の脚注で、天平19年(747)の『唐僧善意大般若波羅蜜多経奥書願文』に幽霊という語が見え、それが日本の文献上の初見かと指摘しているにもかかわらず、幽霊に関する研究ではこの指摘はまったく引用されてこなかった」と述べています。これは、わたしも初めて知りました。

 続けて、小山氏は「それによって、幽霊の語の早い事例として、『中右記』寛治3年(1089)の、藤原道長の死霊を『幽霊』と呼ぶ事例が挙げられてきた。そのうえ、田代氏の、幽霊という語は世阿弥以前にはほとんど普及していなかったという指摘についても、再検討されることはなく、現在にいたっている。幽霊という語の早い事例が8世紀であるにもかかわらず、中世後期にならないと普及しないというのは、あまりにも不自然ではないだろうか」と述べています。さらに、小山氏は「日本人の精神世界を探るうえで、幽霊研究は欠かすことができない。日本の歴史のなかでは、しばしば死者との交流を試みたり、畏怖したり、祀ったりすることにより、現世に生きる者と死者との関係がよりよいものとして保たれるよう、努力がなされ続けてきたのである」と述べます。

  一「文献上の早い事例」として、小山氏はきわめて重要な指摘を行います。
「田代慶一郎氏の研究以来、世阿弥以前は幽霊という語がほとんど使われてこなかったとする説は、否定されてこなかった。しかしこれは誤りである。本稿末の『古文書・古記録にでてくる幽霊一覧』をご覧いただきたい。じつは、とりわけ古文書には幽霊という語が頻出している。幽霊という語がでてくるのは、古文書のなかでも、死者の供養のための願文と寄進状である。これまでの多くの幽霊研究が、文学作品の分析を中心に行われてきたために、古文書や古記録にでてくる幽霊の用例は見落とされてきたのであろう。幽霊は、あくまでもフィクションの作品で語られるものであり、いわゆる歴史史料には記されないだろうという思い込みによるのであろうか。とにもかくにも、幽霊研究では、とくに古文書の幽霊が見落とされてきた。幽霊という語の古い事例は、文学作品ではなく、古文書と古記録のなかに見出すことができる。それゆえ、古文書や古記録の幽霊の分析なくして、古代・中世の幽霊を論じることなどできない」

 「おわりに」で、小山氏は以下のように述べます。
「幽霊という語の早い事例は8世紀中頃であり、それ以降も古文書や古記録に非常に多くでてくるのである。そのなかでも、とくに願文や寄進状に幽霊という語がでてくる。これは幽霊が多くの場合死霊を指し、追善供養の対象であったことによるのだろう。また11世紀初頭の史料をもとに、幽霊が神に近いものとしてとらえられていたことを指摘した。これは、死霊それ自体が神と等質性を持っているからだろう。さらに12世紀以降には、幽霊という語が死霊という意味だけではなく、死者、さらには死体という意味も持ったことを明らかにした。死体に関しては一例しか確認できなかったものの、死者を指す事例は中世を通じて多く確認することができる」
 このあたりはこのあたりは拙著『唯葬論』(サンガ文庫)の「幽霊論」でも詳しく論じました。

 文学研究者で産業新聞社記者の松井健人氏は、「死霊表象の胚胎――記紀・万葉を中心に」の「はじめに」で、「古代人の思考と現代人の思考はまるで違う。たとえば『現代人と同じように、平安時代の人々も恋をしていたから、時代が違っても人間は同じ心を持っているのだ』と謳う言説に触れることがままあるが、人間の持つ自意識を中心に据ですべてを意味づける現代の感覚と、人間世界の対極にある世界(自然・外界・神の世界・向こう側)を絶対化する古代の感覚が、同じであるはずがない」と述べ、戦前の著名な研究者である内藤湖南は、「応仁の乱(1467年)以前の歴史は外国の歴史と同じであり、応仁の乱以後の『われわれの真の身体骨肉に直接触れた歴史』だけを学べばよく、古代の歴史を研究する必要などない」と喝破したことを紹介します。

 二「記紀の多様な死霊観」として、松井氏は、古代人は、死霊とは「青」の衣服を着ていると認識することがあったことを指摘し、「鳥たちを殯の執行役に任じたのは、鳥が死霊を天に運ぶ存在、または死霊そのものの表象であるという古代人の考えが反映されたためである。このことは、和歌の世界でも重要になる」と述べています。そして「おわりに」で、松井氏は「記紀と『万葉集』において、死霊が赴く他界がどのようにイメージされていたかをおおまかにいえば、天上・地下・山・海といった4つの類型に大別できる。古代人が明確なひとつの他界観を有さなかったことは注目されてよい」と述べています。

 最後に、松井氏は「ところで『青』であるが」として、以下のような非常に興味深いエピソードを述べています。
「近年、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのデイヴィッド・ジェムズ氏率いる研究チームが『線虫は死ぬ間際、青い光を放つ』とする論文を発表し、学会だけでなく一般からも注目された。氏らは、カエノラブディティス・エレガンス(Cエレガンス)という線虫が死んでいく過程を、紫外線を照射して観察し、細胞膜が壊死する際に細胞内から放出されるアントラニル酸によって、この線虫から『death fluorescence』(直訳すると「死の蛍光」)が発せられると結論した。この『死の蛍光』は死ぬ2時間前から発せられはじめ、死の瞬間にもっとも輝き、6時間かけて消える。もちろんヒトの死はまだもって不明な点が多いうえ、ここでの青は当然あざやかなブルーのことであるが、死が青い光をもたらすというこの生物学の研究は、本稿の論旨と一部重なる部分があってたいへん興味深かった」

 第Ⅲ部「幽霊の空間論――それはどこに出没するのか」では、人間・環境学者で二松学舎大学文学部准教授の松本健太郎氏が「デジタル時代の幽霊表象――監視カメラが自動的/機械的に捕捉した幽霊動画を題材に」の一「体験不可能な体験としての『死』」として、「人間とは死という、その直接的な体験が自らを終焉へとみちびく事象を必死に遠ざけようとする一方で、言葉や映像メディアを介してそれを意識化し、生きているうちはけっして到来するはずのないその疑似体験さえ試みようとする。たとえばテレビゲームにおけるプレイヤーキャラクターの死、すなわち『game over』の瞬間は、そのような『疑似体験』の一例といえよう」と述べています。

 続けて、松本氏は、「丸山圭三郎はその著書『ホモ・モルタリス』のなかで、人間を『本能とは異なるコトバによって〈死〉をイメージ化し、死の不安と恐怖をもつ唯一の動物である』と語ったが、まさに人間が意識化してみせる死とは原理上それ自体ではなく、単なるイメージ、もしくはコトバやメディアの効果として現前するものでしかありえない。だが、それにもかかわらず、人間は不可知な『死』という事象に対して、それを忌避しながらも好奇心をもつという両義的な感情を抱きがちである」と述べます。この「ホモ・モルタリス」の先に、わたしの唱える「ホモ・フューネラル」があります。問われるべきは「死」ではなく「葬」だというのが、わが持論です。

 社会学者で立命館大学文学部教授の遠藤英樹氏は、「現代社会の幽霊(ゴースト)的読解――ホラー映画の表象とメディアの物質性(マテリアリティ)」の「はじめに」で、以下のように述べています。
「カール・マルクスは唯物論者として、幽霊(ゴースト)的なるものを否定していたと思われがちである。だが、それは正しくない。意外なことにマルクスは資本主義社会の解明にあたって、幽霊(ゴースト)にこだわっていたのである。『共産党宣言』においては、『Ein Gespenst geht um in Europa ? das Gespenst des Kommunismus.(一匹の幽霊がヨーロッパを徘徊している――共産主義という幽霊が)』という叙述があることはよく知られている話だ。それだけではない。『資本論』でも『価値とは何か』を考察する『商品論』の部分で、価値のことを『gespenstige Gegenständlichkeit(幽霊のような対象性)』と呼んでいる。それ以外にもマルクスは、あちらこちらで『幽霊(ゴースト)』的なレトリックを用いながら資本主義社会の仕組みの不思議さを抉り出そうとしていたのである」

 「あとがき」で、松本健太郎氏は、「死者はどこへいくのか、そして死者はどのように(言語や映像によって)シンボル化されるのか。九相図にも描かれるように、死を契機として誰かの遺体は時間の流れとともに朽ち、その身体を形成していた肉は物質として消滅していく。しかし(映画評論家のアンドレ・バザンが「ミイラ・コンプレックス」という名称で概念化したことだが)その”消滅”を肩代わりさせるために、人びとは墓を建てたり、故人の肖像画を飾ったり、その記録映像を残したりする。それらは『非在の現前』を可能にするシンボル活動によって”不在”を補うための、あるいは、時間の流れとその先に待ち受ける『死=消滅』に抗うための(ささやかな)文化的営為であるといえるだろう」と述べています。

 そして最後に松本氏は、「他方で人間は、かつては実在し今は失われた”物質”だけでなく、本来であればけっして実在するはずのない『幽霊』までをも想像し、それをシンボル活動によって現前させたりもする。本書が考察の主題とした『幽霊』とは、『死』という理解しがたい/耐えがたい体験から派生しつつも、存在しえないものを現前させるという意味で、人間的なシンボル化能力の究極的産物であるといえるかもしれない」と述べるのでした。怪談が好きで、ホラー映画が好きで、ゆえに幽霊が大好きなわたしですが、「幽霊」とは人類が発明した偉大なるグリーフケア文化であると考えています。松井氏の「人間的なシンボル化能力の究極的産物」という言葉に触れて、その考えが強まりました。

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