お探しの書名・著者名・キーワード等を入力して下さい

  • HOME
  • ロボットとシンギュラリティ
Title

ロボットとシンギュラリティ』

Category

No.1807


 『ロボットとシンギュラリティ』木野仁著(彩図社)を読みました。「ロボットが人間を超える時代は来るか」というサブタイトルがついています。著者は福岡工業大学工学部に勤務する教授。博士(工学)。技術士(機械部門)。専門はロボット工学。過去に日本ロボット学会・評議員および代議員、日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス部門第7地区技術委員会・委員長などを務める。ガンダムを見て育ち、趣味が転じて大学教授を志すことになる。現在、ガンダム芸人としてデビューを目指し、修行中だそうです。

20190909131747.jpg
本書の帯

 

 本書の帯には「――AI搭載のロボットは人間の敵か? 味方か? AI時代到来の前に知りたい最新ロボット技術と未来像」「ロボット工学の専門家が、ロボットとAIの現在と未来を現実的な視点で語る」と書かれています。

20190909131840.jpg
本書の帯の裏

 

 帯の裏には、以下のように書かれています。
「私の専門はロボット工学であり、日々、大学教育や学会活動の傍らでロボットの研究に勤しんでいる。そう伝えると多くの人が投げかけてくるのが、次のような質問だ。『人工知能が発達すれば、人工知能を持ったロボットが人類を襲ってくるのではないか?』『10年後には人間の仕事がロボットに奪われ、みんな失業するのではないか?』こうした質問をされるとき、多くの場合は悲観的な口調だ。しかし、私はもう少し冷静になった方がいいと考えている。本書で紹介する内容が、読者にとって冷静にロボット技術の現状を理解する良い機会になってくれることを信じている。(「はじめに」より)」

 

 本書の「目次」は、以下の構成になっています。

「はじめに」

第1章 ロボットの歴史

第2章 ロボット技術はどこまで進んだか

第3章 ロボット技術の最前線――ヒューマノイドロボットの現在

第4章 ロボットが人間を襲う可能性はあるか?

第5章 シンギュラリティと人間の幸福

「おわりに」

「参考文献」
「参考URL」
「本文画像引用元」

 

 第1章「ロボットの歴史」の「シンギュラリティとは何か」では、以下のように書かれています。
「シンギュラリティは日本語で『特異性』を意味する。そして、物事が特異な状態になる状況のことを『特異点(シンギュラーポイント)』という。一般的に『特異点』とは、数学や工学でよく出てくるコモンワード(共通語)である。数学などでは厳密な定義が存在し、また、細分化された専門分野の中でそれぞれ意味が異なる。専門的かつ厳密な意味は説明が難しいので、すごく簡単に言えば何かを計算する上で計算不能におちいる状態の事を言う」

 「シンギュラリティ」を狭義にとらえると、とりわけ人工知能(AI)の分野に限って言えば、レイ・カーツワイル博士により唱えられた人工知能の発展に関する概念のことを指すとして、著者は以下のように述べています。
「近年の情報処理技術の凄まじい発展により、人間の脳神経の一部の働きはコンピュータシミュレーションで再現可能となっている。そして近い将来、コンピュータの処理能力は人間の脳の働きを完全に超え、コンピュータで作られた人工知能が『意識』を持つ可能性がある。この人工知能が人間の脳の能力を超えることを『シンギュラリティ』と呼んでおり、これが実現されればそれまでの人工知能とは比較にならないレベルの人工知能が登場し、劇的に我々の生活が変わるというものだ。そして、カーツワイル博士は2045年にはシンギュラリティが実現するとしている」

 一般的には「人工知能≒ロボット」と考えられていることが多いですが、著者は以下のように述べます。
「ロボットと言う言葉の概念は少し曖昧だが『人工知能を搭載したもの』『人工知能を搭載していないもの』を含めた少し広い意味でのロボットである。今でこそロボットが一般社会を賑わしているが、このようなロボット技術は1980年代くらいまでは産業用といった一部を除けば、テレビやSFの世界の出来事であった。しかしながら、1990年代の急速な科学技術の発達を経て2000年代から徐々に一般社会にロボットが浸透しつつあり、今や人工知能と相まってロボット技術は社会になくてはならない存在となってきている」

 「ロボットの歴史」では、「第二次世界大戦以降」として、こう書かれています。
「産業用ロボットが市場に出回り技術革新が進んでいくと、ロボットに対する夢は膨らむものである。日本では1970年頃にSFとして鉄腕アトムがアニメ化され、マジンガーZ、機動戦士ガンダムなど、ロボットが活躍するアニメ作品が公開されていった。また、現実のロボットとしては1970年に大阪万国博覧会が開催され、その15年後の1985年には国際科学技術博覧会(つくば科学博)が開催され、当時としては最先端の多くのロボットが展示された。これらの万博で登場したロボットは無骨な産業用ロボットとは異なり、SFに登場するロボットに近く馴染みやすい外見をしているものが多く、近い将来にこのようなロボットが家庭に普及する予感を十分に漂わせるものであった」

 第2章「ロボット技術はどこまで進んだか」の「レスキューロボット」では、「原発処理ロボット(廃炉ロボット)」の項が興味深かったです。2011年の東日本大震災では原子力発電所の重大な事故が発生しました。著者は述べます。
「事故の結果、原子炉の周辺は高い放射性物質により人間が近づくことができず、事故直後の緊急対応や廃炉処理にはロボットによる遠隔技術が用いられ、これまでに多くのロボットが投入されて一定の成果を上げている。ただし、この福島第一原発事故では、ロボット技術の導入が後手に回った。そこで現在ではこれを教訓に、万が一にも次の原発事故が起こった場合にも、高度な作業能力を持ち迅速に対応できる次世代のヒューマノイドロボットの開発競争が盛んになっている」

 「サイバネティクス」では、こう書かれています。
「サイバネティクスとは、電気電子工学、情報工学、機械工学や通信工学などの技術と生物学、生理学を融合した学問である。もう少し簡単に言えば、ロボット技術と生物学を融合させた学問である。SFの例で言えば、『サイボーグ009』や『仮面ライダー』のようなサイボーグ技術をイメージして頂ければよいであろう。これらSFに登場するサイボーグは、生身の人間の一部の機能をロボット工学による人工物に置き換え、常人を超えたパワーやスピードを発揮する。ヒューマノイドロボットはロボット技術が主体でありロボットの形状を人間に似せているのに対し、サイボーグは生身の人間の一部をロボットに置き換える。なお、アンドロイドという言葉もあるが、アンドロイドは簡単に言えばヒューマノイドロボットを外見的にかなり人間に似せたもので、サイボーグとは異なる」

 また、「サイバネティクスと人工臓器」として、著者はこう述べています。
「サイバネティクスで最も実用化し、普及している例が、医療現場の人工臓器である。人工臓器は病気やケガなどの理由で機能が損失もしくは低下した臓器を、人工物に置き換えたものである。具体的には義手や義足、人工関節、人工心臓、人工皮膚、人工肛門、人工眼などがあげられる」

 さらに、著者は以下のようにも述べています。
「皆さんはパラリンピックで義足での短距離走を見たことがあるだろうか。あれは、電気を使っていないタイプの義足である。2019年現在、両義足での有名なスプリンターに南アフリカ共和国のオスカー・ピストリウス選手がいるが、彼が用いた義足は短距離走に特化したものであり、両足に炭素繊維でできたシンプルなブレード状の義足をつけて、オリンピックとパラリンピックの両方に出場している」

 そして、義眼についても以下のように書かれています。
「義眼の開発は、近年の人工知能を利用した画像処理技術の発展の恩恵を強く受けている。全盲の場合でも、カメラやセンサなどを搭載したハイテク義眼を装着し、その信号を人工網膜を通じて視神経を通じて脳中枢に信号を伝達することで、装着者の脳に直接映像を映し出す技術も盛んに研究されている」

 第3章「ロボット技術の最前線――ヒューマノイドロボットの現在」の「ヒューマノイドロボットの活躍」では、「ロボットは目的を限定した方が使いやすい」として、著者は以下のように述べています。
「ヒューマノイドロボットの技術は着々と進歩しており、今後は様々な場所にヒューマノイドロボットが徐々に普及していくと考えられるが、現時点では一般の人が思うほどヒューマノイドロボットは万能ではない。シンギュラリティを迎えるといわれる2045年頃はどうか分からないが、少なくとも10年後くらいでは、一般の家庭にヒューマノイドロボットが普及して、人間のお手伝いさんのように1台のヒューマノイドロボットで家事などを行うのはおそらく無理であろう」

 また、「接客業から見たヒューマノイドロボットと人間との関わり」として、著者は人間型接客ロボットについて以下のように述べます。
「人間型接客ロボットと言えば、2014年に発表されたソフトバンクロボティクス社のパーソナルロボット・ペッパー(Pepper)がその代表であろう。ペッパーは足を持たないために2足歩行が出来ず、ホイールでの移動である。しかし、人工知能を搭載し、2つの腕と顔を利用した豊かな感情表現と、胸に搭載されたタッチパネルによるインタラクティブな情報収集能力などが特徴である。しかも、ペッパーは一般販売価格が20万円程度、レンタルしても保守契約込みで月々数万円程度のリーズナブルな価格設定のため、レストランなどのサービス業で案内ロボットとして爆発的に普及した。ロボットで出来る作業をかなり絞り込み、ある意味で接客ロボットとして最高のコストパフォーマンスを持っていたペッパーではあるが、ロボットビジネスとしては非常に気になる結果となっている」

 著者は、コストパフォーマンスという視点での接客ロボットについて、以下のような鋭い指摘を行います。
「個人的には、夢も希望もないかもしれないが、コスト削減を目的にするならば多くの回転寿司や一部の居酒屋チェーン店でやっているように、接客のインターフェースを全てタッチパネル経由で行う方式や無人会計化などを駆使したり、寿司ロボットや白飯よそいロボットのような専用のロボットを組み合わせて人件費を減らしていくのが最も確実で効果的な方法であると思うが、どうであろうか」

 しかし、人間は単純な効率化だけを求めているわけではなく、一見効率的には見えなくとも、精神的な面を重要視する部分も存在するとして、著者は以下のように述べます。
「だから、ロボットの外見が人間型をしているのも重要かもしれない。中国では深刻な嫁不足に対し、結婚できない男性のために人工知能を搭載した『嫁ロボット』が発表されている。容姿端麗で、皮膚の質感や体温は人間と同じ。さらに雑談を交わし、家事をこなすという。少し変化球ではあるが、これもある意味で接客ロボットに近い」
 日本でも京都市の高台寺では世界初のロボットの仏像「マインダー」が完成しました。僧侶らが開眼法要を行い、説法を説くのですが、著者は「ある意味で究極の接客ロボットかもしれない。もはや宗教界にもロボット化の波は押し寄せているのである」と述べています。

 第4章 「ロボットが人間を襲う可能性はあるか?」の「ロボットは人間を襲うのか?」では、著者が一般の人からの質問で『永遠の命』と同じくらいの頻度で聞かれる質問があるそうです。それが、「『ターミネーター』や『大鉄人17』の敵ボス・ブレインのように、自我に目覚めたり暴走したり、あるいは自我に目覚めたホストコンピュータからの命令を受け、人類を敵とみなして人間を殺戮するようなロボットが登場するのか?」というものです。

 この質問の内容は、2つのパートに分割することが出来るといいます。

(1)ロボットが暴走、あるいは自我に目覚めて、人間を襲う行為をしようとする

(2)人間を襲うことを目的として、ロボットが実際に殺戮をする
 そして、著者は以下のように述べています。
「結論から言えば、人間を殺傷することを目的としたロボットは既に開発され、実用化している。最たる例は軍事ロボットである。軍用ロボットは偵察などを行なう補助的な活躍を想定しているものもあるが、今や軍事ロボットはかなり高度化しており、直接敵を攻撃する攻撃型の軍用ロボットが多数存在する」

 また、攻撃型の軍用ロボットについて、著者は述べます。
「敵味方を識別し自動で攻撃を行うロボットシステムは『自律型致死兵器システム(LAWS:Lethal Autonomous Weapon Systems)』と呼ばれ、人道的な観点から『特定通常兵器使用禁止制限条約』の中で論議が検討されるなど、多国間で規制の動きもあるあまりにも危険な兵器である。日本もそのような殺人ロボットの国際ルール策定に積極的に動いている。これらのことを考えれば、アイザック・アシモフのロボット三原則の1つ『人間には危害を加えない』などは、もはや何も意味をなしていないことがわかる」

 続けて、著者は以下のように述べるのでした。
「重要ポイントは、人間を殺戮するロボットは必ずしもターミネーターのような人間の形状をしたヒューマノイドロボットでなくても良い点である。通常兵器に人工知能とネットワークを組み込むことでそれは容易に実現でき、どんどん実用化されている。特にアメリカやロシアなどでは産業としての軍事が重要な役割を持っており、それに投資する予算も他国の追随を許さない。ロボットの軍事応用に関しても、大きな予算をつけ優秀な人材を雇うことで盛んに研究が行われている。無人爆撃機から無人戦車、無人潜水艦さらには自爆ロボットまで、様々なロボットが軍事利用されてきている」

 「ロボットをハックして子供たちを洗脳する話」として、著者はこう述べています。
「アメリカの陸軍では2000年代から、新たに兵士を募集する目的で完全無料のゲーム『America′s Army』を配布している。このゲームはFPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)と呼ばれるもので、プレーヤー(主人公)視点で、戦場を移動し、銃をぶっ放して、敵軍の兵士やテロリストなどを倒していく(殺戮していく)ゲームである。特に若者のプレーヤーはゲーム中で敵を撃ち殺すことで、『オレってスゲー!』と高揚感を感じる。アメリカ陸軍へ入隊するハードルを下げて、軍にリクルートしているのである。このゲームを体験して入隊した兵士は、ゲーム中で銃で人を撃つのに慣れ親しんでいるから、優秀な兵士となるという。そして、このような試みはアメリカだけでなく、他の国でも行われている」

 とても嫌な話ですが、著者は以下のようにも述べています。
「『ゲームで若者が銃で人を殺し、その結果、軍隊に入隊する。なるほど、世も末だ』と思われる方もいるだろう。しかし、話はここで終わらない。これと同じことを実はテロリスト側も行っている。例えば、年端もいかない子供たちや判断能力の未熟な若者に特定のゲームをさせ、それを通じて、テロ行為の方法や信念などを叩き込むのである。まさに殺戮ゲームはリクルートツールとなっているのだ」
 ここでは、まさにゲームがハートレス・ソサエティへの入口となっているわけです。

 第5章「シンギュラリティと人間の幸福」「ロボット技術の未来はどうなるか」では、「過去から今を考えてみる」として、著者は以下のように述べています。
「今から約20年前の過去に遡ってみよう。今から約20年前と言えば、2000年頃であろうか。その頃の記憶がある方は当時を思い出して欲しい。当時はすでにパソコンも家庭用のインターネットもかなり普及していた。携帯電話もあったし、携帯電話からメールを送受信したり、限定的ではあるが携帯電話からインターネット接続も出来ていた。もちろん今のスマホほどは便利ではなかったが、基本的には当時も今も社会生活レベルでは大差なかったと記憶している」

 「20年後にはガンやエイズの特効薬も開発されているかもしれない」ともいわれました。あれから約20年経って、以前よりも医療技術は格段に進歩し、ガンにしてもエイズにしても、以前では救えなかった命も救えるようになっています。しかし、残念ながら「特効薬」という便利なものは完成していないのが現実であるとして、著者は以下のように述べます。
「同様に原発の問題を見てみよう。日本で原子力発電が一般的に開始されたのが1960年代のことで、当時想定された運転年数は40年だった(ただし、その後20年を超えない範囲で1回だけ延長可能)。今日、その多くは想定された運転年数が迫り、廃炉が決定した原子炉が現時点で20個ほど存在する。これは稼働中・解体中を含め、日本の原子炉の約3分の1の数である。しかしながら、廃炉が決定しても、具体的に核汚染された機器をどのように安全に廃棄するかは、まだ手探りの状態なのである」

 さらに、「マスコミの煽りを真に受けてはいけない」として、著者は訴えます。
「マスコミは必要以上に面白おかしく『人工知能やロボットによりあと10年でなくなる仕事、消える仕事』とまくし立てるが、人工知能やロボットが社会進出しても、10年や20年くらいには多少衰退する職業はあるが、存在そのものが無くなる職業はほとんどないと思う。もちろんこれは個人的な意見ではある」
 では、なぜこのような突拍子もないことがマスコミに大々的に取り上げられ、話題になるかと言えば、著者は「それは人間が『新しい事』や『新しい技術』に対し、期待と同時に恐れを感じる生き物だからだろう」と推測しています。

 そして、「『不便益』という概念」で、著者は以下のように結論づけるのでした。
「私自身は、ロボット・人工知能の社会普及により今より少しは生活が便利になるが、本質的な生活レベルは10年や20年そこそこでは、それほど変化は見られないと思う。科学技術というのは一般にそれが普及するまでにタイムラグがあるし、徐々に進歩し少しずつ我々の生活に浸透していく。まずは、我々はシンギュラリティなどという言葉に臆することなく、冷静にロボット技術を見守ればよいと思う。どんなに科学技術が発展しても、ロボットで出来ることは出来るし、出来ないことは出来ない。もしかしたら、100年後の未来の人間たちも、我々と同じような生活をしているかも知れない」

 最後に「シンギュラリティ? それがどうした!」と喝破する著者は、いたずらに不安を煽らず、ロボットとシンギュラリティについての現在をクールにレポートしてくれています。曖昧模糊として漠然としたこの分野をやさしく解説してくれる良き入門書です。