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「成功」と「失敗」の法則』

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No.1780


 『「成功」と「失敗」の法則』稲盛和夫著(致知出版社)を再読しました。日本が誇る哲人経営者の名著です。現代において、わたしが最も尊敬する経営者こそ稲盛和夫氏です。

 

 著者は昭和7年、鹿児島県生まれ。鹿児島大学工学部卒業。34年、京都セラミック株式会社(現・京セラ)を設立。社長、会長を経て、平成9年より名誉会長。昭和59年には第二電電(現・KDDI)を設立、会長に就任、平成13年より最高顧問。22年には日本航空会長に就任し、代表取締役会長を経て、25年より名誉会長。昭和59年に稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。毎年、人類社会の進歩発展に功績のあった方々を顕彰しています。また、若手経営者のための経営塾「盛和塾」の塾長として、後進の育成に心血を注がれました。

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本書の帯

 

 本書の帯には著者の顔写真とともに「稲盛哲学のエッセンスをポケットに!!」「素晴らしい人生を送るための原理原則」と書かれています。
 また帯の裏には「人生における『真の成功』とは、この世に生まれたときより、少しでも美しく善い人間となれるよう、その魂を高め、浄め、磨き上げていくことにあると、私は信じている」という著者の言葉が紹介されています。
 さらにカバー前そでには、「仕事にも人生にも法則がある。その法則にのっとった人間は成功し、外れた人間は失敗する」と書かれています。

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本書の帯の裏

 

 アマゾンの「内容紹介」には、こう書かれています。
「『「成功」と「失敗」の法則』は弊社から平成20年に出版され、11万部を超えるベストセラーになっている。経営破綻したJALの再建に稲盛氏が当たるのはその直後のことだが、人生と経営の基を成す不変の哲理はここでも貫かれ、同社を僅か2年8か月で再生へと導いた。本書は『素晴らしい人生を送るための原理原則』をテーマに綴られたものだが、 より多くの人に繰り返し読んでいただこうと、このたび新書判として発刊することとなった。
稲盛氏は27歳で京セラを創業し、KDDIの起業にも成功し、常勝経営を続けてきた。その間、数々の試練に遭いながらも、誠を尽くし、誰にも負けない努力を重ねてきた。その稲盛氏が言う『成功』とは、高名を馳せ、財を成すようなことではない。
『「真の成功」とは、この世に生まれたときより、少しでも美しく善い人間になれるよう、その魂を高め、浄め、磨き上げていくことだ』
稲盛哲学のエッセンスに満ちた本書をぜひお手元に置いていただき、繰り返しひもといていただきたい」

 

 本書の「目次」は、以下のようになっています。

第一章●人生の目的
          試練を通じて人は成長する
          心が決める地獄・極楽
          なぜ哲学が必要なのか
          今日よりよき明日のために

第二章●思いの力
          善き思いをベースとして生きる
          動機善なりや、私心なかりしか
          幸福は心のレベルで決まる
          人生とは心の反映である

第三章●自らを慎む
          才能を私物化してはならない
          誠を尽くし、誰にも負けない努力を続ける
          豊かさとは「足るを知る」こと
          反省ある日々を送る

第四章●道をひらくもの
         働くことの大切さ
         ひたむきに打ち込む
         人間としての正しい生き方
         徳に基づき、組織を治める
        「知恵の蔵」をひらく
「あとがき」
「初出一覧」

 

 第一章「人生の目的」の「試練を通じて人は成長する」では、「成長の分岐点」として、著者はこう述べています。

 

 人生を終えるときに、立派な人格者になった人もいれば、そうでない人もいます。その違いは、人生を歩む中で、自らを磨き人格を高めることができたかどうか、ということにあると私は考えています。

 

 私は「試練」を経験することが、人間を大きく成長させてくれるチャンスになると考えています。実際、偉大なことを成し遂げた人で、試練に遭ったことがないという人はいません。 

 

 「試練をどう受け止めるか」として、著者は述べます。

 

 私は、その「試練」とは、一般的にいわれる苦難のことだけを指すのではないと考えています。人間にとって、成功さえも試練なのです。

 

 成功した結果、地位に驕り、名声に酔い、財に溺れ、努力を怠るようになっていくのか、それとも成功を糧に、さらに気高い目標を掲げ、謙虚に努力を重ねていくのかによって、その後の人生は、天と地ほどに変わってしまうのです。つまり、天は成功という「試練」を人に与えることによって、その人を試しているのです。

 

 苦難に対しては真正面から立ち向かい、さらに精進を積む。また成功に対しては謙虚にして驕らず、さらに真摯に努力を重ねる。そのように日々たゆまぬ研鑽に励むことによってのみ、人間は大きく成長していくことができるのです。

 

 「なぜ哲学が必要なのか」では、「道を誤らぬための羅針盤」として、著者は次のように述べています。

 

 才覚が人並みはずれたものであればあるほど、それを正しい方向に導く羅針盤が必要となります。その指針となるものが、理念や思想であり、また哲学なのです。そういった哲学が不足し、人格が未熟であれば、いくら才に恵まれていても、せっかくの高い能力を正しい方向に活かしていくことができず、道を誤ってしまいます。これは企業リーダーに限ったことでなく、私たちの人生にも共通して言えることです。

 

 この人格というものは「性格+哲学」という式で表せると、私は考えています。人間が生まれながらに持っている性格と、その後の人生を歩む過程で学び身につけていく哲学の両方から、人格というものは成り立っている。つまり、性格という先天性のものに哲学という後天性のものをつけ加えていくことにより、私たちの人格は陶冶されていくわけです。

 

「人間として正しいかどうか」として、著者は述べます。

 どのような哲学が必要なのかといえば、それは「人間として正しいかどうか」ということ。親から子へと語り継がれてきたようなシンプルでプリミティブな教え、人類が古来培ってきた倫理、道徳ということになるでしょう。

 

 嘘をついてはいけない
 人に迷惑をかけてはいけない
 正直であれ
 欲張ってはならない
 自分のことばかりを考えてはならない

 

 「今日よりよき日のために」では、「人生でただ一つ滅びないもの」として、著者は以下のように述べます。

 

 私たち人間が生きている意味、人生の目的はどこにあるのでしょうか。その根本的な問いかけに、私は真正面から、それは「心を高める」こと、「魂を磨く」ことにあると答えたいと思います。

 

 死を迎えるときには、現世でつくりあげた地位も名誉も財産もすべて脱ぎ捨て、「魂」だけ携えて、新しい旅立ちをしなくてはなりません。だから、「この世へ何をしにきたのか」と問われたら、私は、「生まれたときより、少しでもましな人間になる、すなわち、わずかなりとも美しく崇高な魂を持って死んでいくためだ」と答えます。

 

 「試練は魂を磨く絶好の機会」として、著者は述べます。

 

 様々な苦楽を味わい、幸不幸の波に洗われながら、息絶えるその日まで、倦まず弛まず一所懸命に生きていく。その日々を磨砂として、人間性を高め、精神を修養し、この世にやってきたときよりも少しでも高い次元の魂を持ってこの世を去っていく。私はこのことよりほかに、人間が生きる目的はないと思うのです。

 

 試練を、そのように絶好の成長の機会としてとらえることができる人、さらには、人生とは心を高めるために与えられた期間であり、魂を磨くための修養の場であると考えられる人――そういう人こそが、限りある人生を、豊かで実り多いものとし、周囲にも素晴らしい幸福をもたらすことができるのです。

 

 第二章「思いの力」の「善き思いをベースとして生きる」では、「善き思いは善き結果をもたらす」として、著者は「素晴らしい人生を送るためには、『心に抱く思いによって人生が決まる』という『真理』に気づくことが大切です」と述べています。さらに著者は以下のように述べます。

 

 なぜ善き思いを抱けば、善き結果を得ることができるのでしょうか。それは、この宇宙が、善き思いに満ちているからです。宇宙を満たす善き思いとは、生きとし生けるものすべてを生かそうとする、優しい思いやりにあふれた思いです。私たちが、この優しい思いやりに満ちた思いを抱けば、愛に満ちた宇宙の意志と同調し、必ず同じものが返ってくるのです。

 

 「動機善なりや、私心なかりしか」では、「少年院からの感想文」として、著者は以下のように述べています。

 

 「他に善かれかし」と願う、美しい「思い」には、周囲はもちろん天も味方し、成功へと導かれる。一方、いくら知性を駆使し、策を弄しても、自分だけよければいいという低次元の「思い」がベースにあるなら、周囲の協力や天の助けも得られず、様々な障害に遭遇し、挫折してしまうのです。

 

 「幸福は心のレベルで決まる」では、「勤勉、感謝、反省の大切さ」として、著者は以下のように述べます。

 

 仏の教えに、「足るを知る」ということがあるように、膨れあがる欲望を満たそうとしている限り、幸福感は得られません。反省ある日々を送ることで、際限のない欲望を抑制し、いまあることに「感謝」し、「誠実」に努力を重ねていく――そのような生き方の中でこそ、幸せを感じられるのだと思います。

 

 幸福になれるかどうか、それは心のレベルで決まる――つまり私たちがどれだけ利己的な欲望を抑え、他の人に善かれかしと願う「利他」の心を持てるかどうか、このことこそが幸福の鍵となるということを、私は自らの人生から学び、確信しています。

 

 「人生とは心の反映である」では、「なぜ成功が長続きしないのか」として、著者は以下のように述べています。

 

 私は、この宇宙には、すべての生きとし生けるものを、善き方向に活かそうとする「宇宙の意志」が流れていると考えています。その善き方向に心を向けて、ただひたむきに努力を重ねていけば、必ず素晴らしい未来へと導かれていくようになっていると思うのです。

 

 第三章「自らを慎む」の「誠を尽くし、誰にも負けない努力を続ける」では、「成功に特別な方法はない」として、著者は以下のように述べています。

 

 人間は弱いもので、困難に遭遇するとそれに正面から挑戦することなく、すぐに言い訳を考え、逃げ出そうとしてしまいます。しかし、それでは決して成功することはできません。どのような厳しい状況にあっても、それを正面から受け止め、誠を尽くし、誰にも負けない努力を続けることが、困難に打ち克ち、成功するためには必要なのです。

 

 「豊かさとは『足るを知る』こと」では、「利己から利他へ」として、著者は以下のように述べます。

 

 結局、豊かさというものは「足るを知る人」しか実感できないものであり、「足るを知る」という精神構造があってはじめて実感できるものなのです。日本人がまだ豊かさを実感できないとすれば、それは貧弱な精神に由来するとしか思えないのです。

 

 日本の社会をより素晴らしいものにしようとするのであれば、まず日本人の心を浄化することから始めなければなりません。利己にとらわれない正しい判断基準、価値観を持つことができるようになってはじめて、私たちは「足るを知る」ことができ、心から「豊かさ」を実感することができるようになるのです。

 

 「反省ある日々を送る」では、「利己的な心を浄化する」として、著者は以下のように述べています。

 

 仏教で、「一人ひとりに仏が宿っている」と教えるように、人間の本性とはもともと美しいものです。「愛と誠と調和」に満ち、また「真・善・美」、あるいは「良心」という言葉で表すことができるような、崇高なものであるはずです。人間は「反省」をすることで、この本来持っている、美しい心を開花させることができるのです。

 

 第四章「道をひらくもの」の「働くことの大切さ」では、「与えられた仕事を天職と考える」として、著者は以下のように述べます。

 

 一所懸命に働くことが、人生を素晴らしいものに導いてくれたのです。働くことは、まさに人生の試練や逆境さえも克服することができる「万病に効く薬」のようなものです。誰にも負けない努力を重ね、夢中になって働くことで、運命も大きく開けていくのです。

 

 「人間としての正しい生き方」では、「人間として正しいことを追求する」として、以下のように述べています。

 

 「人間として正しいことを追求する」ということは、どのような状況に置かれようと、公正、公平、正義、努力、勇気、博愛、謙虚、誠実というような言葉で表現できるものを最も大切な価値観として尊重し、それに基づき行動しようというものです。

 

 「特に基づき、組織を治める」では、「経営はトップの器で決まる」として、著者は以下のように述べています。

 

 企業経営とは永遠に繁栄を目指すものでなければならず、それには「徳」に基づく経営を進めるしか方法はないのです。実際に、経営者の人格が高まるにつれ、企業は成長発展していきます。私はそれを、「経営はトップの器で決まる」と表現しています。会社を立派にしていこうと思っても、「蟹は自分の甲羅に似せて穴を掘る」というように、経営者の人間性、いわば人としての器の大きさにしか企業はならないものなのです。

 

 「『知恵の蔵』をひらく」では、「創造力の源」として、著者は以下のように述べています。

 

 汲めども尽きない「叡知の井戸」、それは宇宙、または神が蔵している普遍の真理のようなもので、その叡知を授けられたことで、人類は技術を進歩させ、文明を発達させることができた。私自身もまた、必死になって研究に打ち込んでいるときに、その叡知の一端に触れることで、画期的な新材料や新製品を世に送り出すことができた――そのように思えてならないのです。

 

 美しい心を持ち、夢を抱き、懸命に誰にも負けない努力を重ねている人に、神はあたかも行く先を照らす松明を与えるかのように、「知恵の蔵」から一筋の光明を授けてくれるのではないでしょうか。

 

 最後に、「あとがき」の冒頭を、著者は以下のように書き出しています。

 

 人生における「真の成功」とは、この世に生まれたときより、少しでも美しく善い人間となれるよう、その魂を高め、浄め、磨き上げていくことにあると、私は信じている。

 

 本書は、1996年から2007年にかけて断続的に、月刊誌「致知」に寄稿した、著者の巻頭言を再構築したものです。人生と経営について考える、すべての人に本書を読んでほしいと思います。わたしは、第2回「孔子文化賞」を著者と同時受賞させていただきました。このことは、わが生涯における最良の出来事の1つでした。