No.1386 社会・コミュニティ 『ヒットの崩壊』 柴那典著(講談社現代新書)

2017.02.03

 『ヒットの崩壊』柴那典著(講談社現代新書)を読みました。
 「ヒット」という得体の知れない現象から、エンタメとカルチャー「激動の時代」の一大潮流を解き明かす内容です。著者は1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、ウェブ、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がけています。著書に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)があります。

   本書の帯

 本書の帯には「激変する音楽業界、『国民的ヒット曲』はもう生まれないのか?」と大書され、続いて以下のように書かれています。

●宇多田ヒカルの登場はJ-POPをどう変えたのか?
●なぜ「超大型音楽番組」が急増したのか?
●「スポティファイ」日本上陸は何を変えるのか?
●なぜBABYMETALは世界を熱狂させたのか?
●SMAP解散発表で広がった購買運動の意味とは?

 さらに、「テレビ、ライブ、ビジネスが変わる。業界を一変させた新しい『ヒットの方程式』とは?」と書かれています。

   本書の帯の裏

 また帯の裏には、「2016年は『時代の大転換点』だった! 音楽の未来はもっと面白くなるはずだ。」と大書され、続いて、「本書のおもな内容」として以下のように書かれています。

●小室哲哉はどのように「ヒット」を生み出してきたのか?
●いきものがかり・水野良樹が語る「ヒットの本質」とは?
●オリコンは「AKB商法」をどう受け止めているのか?
●ランキングから「流行」が消えたのはいつから?
●なぜ「ロングテール」理論は間違いだったのか?
●ゴールデンボンバーはなぜ〝特典ゾロ”CDを販売したのか?
●世界的な「モンスターヒット」の仕組みとは?
●ユーミンがライブを「総合芸術」に変えた?
●「カバーブーム」の仕掛け人は誰だったのか?
●音楽を〝売らない”新世代スターとは?

 本書の「目次」は以下のような構成になっています。

第一章 ヒットなき時代の音楽の行方
  1 ヒットなき時代の音楽の行方
  2 「みんなが知っているヒット曲」はもういらない?
第二章  ヒットチャートに何が起こったか
  1 ランキングから流行が消えた
  2 ヒットチャートに説得力を取り戻す
第三章  変わるテレビと音楽の関係
  1 フェス化する音楽番組
  2 テレビは新たなスターを生み出せるか
第四章 ライブ市場は拡大を続ける
第五章 J-POPの可能性─輸入から輸出へ
  1 純国産ポップスの誕生
  2 新たな「日本音楽」の世界進出
第六章 音楽の未来、ヒットの未来
「おわりに」

 「はじめに」の冒頭を、著者は以下のように書き始めています。

「『最近のヒット曲って何?』
 そう聞かれて、すぐに答えを思い浮かべることのできる人は、どれだけいるだろうか? よくわからない、ピンとこないという人が多いのではないだろうか?
かつてはそうではなかった。昭和の歌謡曲の時代も、90年代のJ-POPの時代も、ヒット曲の数々が世の中を彩っていた。毎週のヒットチャートを見れば、何が流行っているのか一目瞭然だった。テレビの歌番組が話題の中心にあった。
 でも、今は違う。シングルCDの売り上げ枚数を並べたオリコンのランキングを見ても、それが果たして何を示しているのか、判然としない。流行歌の指標がどこにあるのかわからない。それが今の音楽シーンの実情だ」

 なぜヒット曲が生まれなくなったのでしょうか? 著者は、それは音楽の分野だけで起こっていることではないとして、以下のように述べています。

「ここ十数年の音楽業界が直面してきた『ヒットの崩壊』は、単なる不況などではなく、構造的な問題だった。それをもたらしたのは、人々の価値観の抜本的な変化だった。『モノ』から『体験』へと、消費の軸足が移り変わっていったこと。ソーシャルメディアが普及し、流行が局所的に生じるようになったこと。そういう時代の潮流の大きな変化によって、マスメディアへの大量露出を仕掛けてブームを作り出すかつての『ヒットの方程式』が成立しなくなってきたのである」

 第一章「ヒットなき時代の音楽の行方」の2「『みんなが知っているヒット曲』はもういらない?」では、「『共通体験』がキーを握る」として、著者は「人々の興味は細分化され、セグメント化されてきている。『月9』ドラマが社会現象化したような時代は過去のものとなった。流行は局所的に生じ、局所的に消費されるものになっている。だからこそ、『CDが売れない』という話とは全く別の、より大きな次元で『ヒットが生まれづらい』時代になっている」と述べています。

 続いて、著者は以下のように述べるのでした。

「そういう時代においてもなお人々の『共通体験』になりうるものとして残っているのが、卒業式や結婚式などのイベントだ。そこを介することで、世代やセグメントを超えて曲が伝わっていくことができる。現象としてではなく、より聴き手一人ひとりの生活や人生に近いところを介して社会に影響を与えていく。それが今の時代のヒット曲のあり方と言えるかもしれない」

 第二章「ヒットチャートに何が起こったか」の2「ヒットチャートに説得力を取り戻す」では、著者は「ヒット曲が映し出す『分断』」として、「ヒットチャートから見えるのは『分断』だ。それぞれの世代、それぞれのジャンルのファンの間で、お気に入りの音楽が楽しまれるようになっている。アイドルファンはCDを買い支え、ライト層はYouTubeでミュージックビデオを視聴したり、気に入ったらつまみ食い的にダウンロード配信を購入したりする。カラオケに行っても、10代は動画サイト経由で知ったボーカロイドの人気曲を歌い、40代以上は青春時代のJ-POPスタンダードを歌い続ける」と述べます。

 第三章「変わるテレビと音楽の関係」の1「フェス化する音楽番組」では、著者は「東日本大震災が変えたテレビと音楽の歴史」として、「2011年は、東日本大震災によって大きく社会が揺れ動いた一年だった。原発事故も、それによる電力供給の低下と計画停電もあった。震災後にはテレビのバラエティ番組やエンタメ全般の自粛ムードもあった。その一方で、震災後には多くのアーティストたちがいち早く復興支援の活動に乗り出していた。その中で大きな存在感を示したグループがSMAPだった。メンバー5人が揃う番組『SMAP×SMAP』で募金を呼びかけ、メンバー自身もいち早く寄付を行い、孫正義や王貞治と共に『東日本大震災復興支援財団』の発起人となり、仲居正広も被災地をたびたびボランティアで訪れている」と述べます。

 第四章「ライブ市場は拡大を続ける」では、「『聴く』から『参加する』へ」として、縮小するCD市場に代わって拡大するライブ市場について語るとき、まず前提となるのは「体験はコピーできない」ということだと示し、著者はさらに「これは音楽だけに限った話ではなく、コンテンツやエンタテインメントの分野すべてに訪れている変化である。情報技術が進展した結果、複製できるもの、大量生産できるものの価値は小さくなった。求められるのは『パッケージ』の消費から『体験』の消費に変わっていった―そういうことを言う人は多い」と述べます。

 なぜ、CDの売り上げが減少している一方で、ライブやコンサートの動員数は増加しているのか? 著者によれば、以下の理由があるといいます。

「まず1つ目の重要なポイントは、ライブの現場においては音楽に『参加する』ことができる、ということだ。特にアイドルやロックバンドのライブにおいては、その感覚を肌身では体感することができる。オーディエンスは拳を振り上げたり、手拍子を打ったり、掛け声を上げたり、サイリウムやペンライトを振ったり、一緒に歌ったり、鳴らされている音楽に対して様々な形でアクションを示す。それが場の盛り上がりを作る」

 また、著者は「『みんなで踊る』がブームになった時代」として、「音楽に『参加する』というのは、何もライブの現場だけで行われていることではない。曲に合わせて『みんなで踊る』ことがムーブメントを巻き起こし、そのダンス動画がYouTubeに投稿されることが長く愛されるヒット曲が生まれたというのも、10年代の音楽シーンの大きな特徴の1つである。その代表例はAKB48『恋するフォーチュンクッキー』だろう」と述べています。
 それならば、恋ダンスがブームになった星野源の「恋」もそうですね。

 第六章「音楽の未来、ヒットの未来」では、「所有からアクセスへ」として、著者は以下のように述べています。

「『所有者の要望は、音楽を『所有』することから、音楽に『アクセス』することへと変化している』国際レコード産業連盟(IFPI)のフランセス・ムーアCEOは、こう告げた。2015年4月に発表したデジタル音楽市場調査結果のレポートの中でのことだ。
 2015年という年は、世界のレコード産業にとって歴史的なターニングポイントになった。2016年4月のIFPIによる発表でそのことが鮮明に示された。世界全体の音楽市場のうち、デジタル配信(ダウンロードおよびストリーミング)の売り上げが全体の45%を占め、一方、パッケージメディア(レコードやCDなど)の売り上げが占める割合は39%となった。初めてデジタル配信がパッケージメディアを上回ったのである。同レポートでは、世界19ヵ国の音楽市場で同様の傾向が見られることが示されている」

 さらに2015年が世界のレコード産業にとって歴史的なターニングポイントになった理由がもう1つあります。1998年以来、17年ぶりに音楽産業がプラス成長を果たしたのです。IFPIは、2015年の世界音楽市場全体の収益が150億ドルとなり、前年比で3・2%増となったことを発表しています。
 所有からアクセスへ、音楽の聴かれ方は抜本的に変わりつつあるのです。

 「音楽シーンの未来」として、著者は、かつての「お茶の間」がもはや存在しないことを指摘した上で、「テレビを筆頭とするマスメディアは力を失い、それぞれが自分の興味対象に没頭し体験を消費するパーソナルな『島宇宙化』の時代が訪れている」と述べています。しかしその一方で、グローバルなポップ・カルチャーにおいては、「ロングテールとモンスターヘッドが二極化した世界」が到来しようとしているとして、以下のように述べます。

「その上で音楽シーンの未来を考えるならば、その鍵は、アイドルも、ロックバンドも、シンガーソングライターも、ダンス&ボーカルグループも、アニメソングも全て含めて、様々なジャンルに横断して広がっている、今の日本のポピュラー音楽の『多様性』をどう届け、どう伝えていくかにかかっているのだろう。ヒットチャートには音楽の流行や話題をより正確に、よりリアルタイムに可視化する仕組みが求められていくはずだ。そして後者の『変わらないもの』は、ポップ・ミュージックが持っている価値そのものだ。音楽は、常にその時、その時の社会と共にある」

 そして、「おわりに」で著者は以下のように述べています。

「2016年は、おそらく後から振り返ったときに、日本の音楽シーンの『時代の変わり目』として思い出される年になるのではないかと思っている。SMAPが年内いっぱいでの解散を発表した。宇多田ヒカルが久しぶりの新作『Fantome』でカムバックを果たし、本人も予想していなかったアメリカのiTuneチャートでTOP3入りを記録した」

 続けて、著者は以下のように述べるのでした。

「映画の世界では、新海誠が監督を、RADWIMPSが音楽を手掛けた『君の名は。』が、まさにブロックバスター的なヒットを実現した。そして、世界各国で音楽マーケットを刷新してきたスポティファイが、ようやく日本上陸を果たした。現在進行形で様々な状況が変わっていくのを横目に見つつ、それでもここに書いた問題意識はすぐに古びるようなことではないだろうという確信を持って執筆を進めていった。おそらく、この先は、さらに巨大な規模で地球全体を覆い尽くすグローバルなポップ・カルチャーと、ローカルな多様性を持って各地に根付き国境を超えて手を結びあうアートやカルチャーとの、新たなせめぎ合いが生まれる時代がやってくる予感がしている」

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