No.1339 SF・ミステリー | コミック 『戦後SFマンガ史』 米沢嘉博著(ちくま文庫)

2016.10.26

 『戦後SFマンガ史』米沢嘉博著(ちくま文庫)を読みました。
 装画は、吾妻ひでおが描いています。著者は1953年生まれの漫画評論家で、明治大学在学中から漫画批評家集団「迷宮」に参加しました。迷宮の同人として1975年からのコミックマーケット開催に加わり、80年から2006年夏までコミックマーケット準備会代表を務め、同年10月に逝去しました。主な著書に『藤子不二雄 FとAの方程式』(日本児童文学学会賞受賞)など多数。編著に『発禁本』(日本出版学会賞受賞)などがあります。

 本書のカバー裏には、以下のような内容紹介があります。

「戦後マンガの発展は、SFから始まった。初期の傑作をすべてSFという形で描いた手塚治虫。重なり合う勃興期のマンガファンとSFファン・・・。映画・小説などSF界全体の流れをも参照し、独自の『少年マンガ発展史』として綴る。『戦後少女マンガ史』に続く、資料として使え、読み物として楽しめる”マンガ史三部作”の第二弾」

 本書の「目次」は、以下のようになっています。

「文庫化にあたって」
「はじめに」
第一章 SFマンガ前史
冒険少年SFの登場
大衆小説と紙芝居と映画 
『少年倶楽部』と海野十三
漫画の中のSF的なもの
戦前のSF的流れ
焼跡闇市民主主義
第二章 手塚治虫の時代
手塚治虫デビュー(ACT1―1947)
空想科学怪魔マンガ横行す(ACT2―1948)
絵物語のセンスオブワンダー(ACT3―1949)
映画的テクニック(ACT4―1950)
SF世界のリアリティと人類ドラマ(ACT5―1951)
手塚治虫雑誌へ!(ACT6―1952)
氾濫群としてのマンガ(ACT7―1953)
ヒーロー不在の異世界(ACT8―1954)
第2世代とジュヴナイルSF (ACT9―1955)
元々社とライオンブックス(ACT10―1956)
★SFと手塚治虫の宇宙
第三章 少年マンガの爆発
闘いと虚構空間の対決(ACT11―1957)
ヒーローの力を求めて(ACT12―1958)
ロマンとTVヒーロー(ACT13―1959)
個から集団戦へ向けて(ACT14―1960)
★スーパーヒーロー闘いのただ中へ
第四章 SF播種計画
グループアクションと日常(ACT15―1961)
少年よ、この旗の下に集まれ!(ACT16―1962)
新たなるSFを求めて(ACT17―1963)
反対進化と絶対進化(ACT18―1964)
★アクションとSF認識
第五章 異次元進化
貸本劇画の中のSF
水木しげる幻視境
怪奇マンガとエンターテイメント
ミステリーとアクションの間に
貸本劇画の終焉
第六章 少年SFマンガ最後の光芒
SFアニメシンドローム(ACT19―1965)
怪獣物と立休化状況(ACT20―1966)
幻魔、最後の光芒(ACT21―1967)
少年マンガの敗北(ACT22―1968)
★闘いの果ての終末
第七章 SFの長い午後
よりSFへ・・・・・・(ACT―1969)
「光る風」と70年の状況(ACT24―1970)
SF・短編の時代(ACT25―1971)
少年SFマンガの揺り戻し!(ACT26―1972)
第八章 SFゲットーに向けて
終末の予兆とSFの大衆化(ACT27―1973)
超古代史の詐術(ACT28―1974)
SFへの異常接近(ACT29―1975)
SFマンガの檻(ACT30―1976)
第九章 ブームのさなかに・・・・・・
松本宇宙とロマン(ACT31―1977)
SFブームの中で(ACT32―1978)
吾妻ひでおシンドローム(ACT33―1979)
終章 果てしなき明日
なぜマンガはSFの夢を見るか?
SFよ! SFよ!
「あとがき」
「主要少年マンガ誌生存年表」
解説「偉業を継ぐもの」(高千穂遙)

 「はじめに」の冒頭を、著者は以下のように書き出しています。

「現在のマンガの起点を、手塚治虫のデビューに置くということに関して異論があるとしたら、当の手塚さんぐらいであろう。それほどに、現在、マンガを描いている作家達のほとんどは、手塚治虫に影響を受けている。直接の影響ではなくとも、マンガを読むことで描き始めるという、マンガの『読まれ方』は、全てのマンガの後に手塚治虫を秘めているということができる。とりもなおさず、増殖していくマンガとは、増殖していく手塚治虫だったとも言えるのである」

 また、著者は「少年マンガ」とSFの関係について以下のように述べます。

「ある意味で、日本独自の文化である『少年マンガ』は、SFマンガで始まったとすることが、ストーリーマンガの内実を探るための一方法であることは間違いない。そしてそれは、手塚治虫から始まり、動いていった少年マンガの歴史の大部分を、『SF』という枠で括ることで、見やすくする方法なのだ」

 戦後の少年漫画の流れを見てみると、当初から現在まで、続いているジャンルは「SFマンガ」「スポーツマンガ」「ギャグマンガ」の3つだと、著者は指摘します。かつてあれほど人気があった「時代マンガ」「探偵マンガ」は、1980年現在、ほとんど掲載されていません。時折、ブームをつくる「怪奇マンガ」や、最近増えてきた「ラブロマン」「青春ロマン」は、「少年マンガ」の中では傍流であり、新ジャンルなのだといいます。

 この3本の流れが内在させているものが、「少年マンガ」を形造る「素」であると考えるならば、そのそれぞれは何なのか。著者は以下のように大ざっぱに俯瞰します。

「『スポーツマンガ』が持つのは『学園』と『闘い』と『ドラマ』だろう。もちろん、『学園』はカッコつきで『日常=リアリズム』を意味する。かつて『野球』をもとに繰り広げられた『夢の少年王国』も少年達の日常の中に存在していたし、ゲーム性に富んだ魔球合戦も、リアリズムを基調としていた。これと一部重なる形で『日常』を保持していた『ギャグマンガ』は『笑い』の一点を突出させることで『横町ほのぼのコメディ』から、『ナンセンス』『異常』まで走り出す。そして『SFマンガ』が持っていたのは『夢』と『物語』だ。もっと言うならば、『冒険』『世界』『闘い』『力へのあこがれ』・・・・・・」

 さらに著者は、以下のように述べています。

「日本のSF小説が50年代英米SFから生まれたとしたら、なぜ、それほど土壌の広がりを持たなかった日本で、知的エンターテイメントとして定着していったのか。アメリカでのスペースオペラの役割をSFマンガが果たしていたというのはまぎれもない事実だ。押川春浪、海野十三と続く戦前のSF冒険小説から、日本SF作家達の登場時までの15年間を埋めるのは、やはり、手塚治虫とSFマンガなのだ」 著者は「マンガの読者ではなく、マンガファンはあらかたSFを好むのだ」と言います。なぜか。それは、「センスオブワンダー」「物の見方」「想像力のはばたかせ方」「夢と日常」―SFについて言われることは、そのままマンガにもあてはまるからです。

 第二章「手塚治虫の時代」の「手塚治虫デビュー(ACT1―1947)」では、著者はマンガについて以下のように述べています。

「マンガとは一種の『遊び』の増殖なのだ。子供達の中で『遊び』が増殖し変貌していくさまを考えれば、同種のものがマンガの中にもあることがわかるだろう。これといってマンガ家になるための勉強法があるわけでもない。まずは好きなマンガの『絵』を真似して描き、次にこんな『物語』を作ってみたいと思う。こうして作品としての『マンガ』が出来上がった時、それは全体的には『好きなマンガ』と似ているわけなのだが、まちがいなく別の『マンガ』なのだ。自分が楽しんだ『マンガ』をより楽しもうとし、自分のものにしようとした時に『マンガ』はその安易さ(紙と筆記用具さえあればなんとかなる)ゆえに、異なる『マンガ』を生み出す」

 続けて、著者は以下のように述べています。

「それは読み手によってなされるシジシイ(単位生殖)にも似ている。スタージョンを引くならそれは『夢みる宝石』と呼んだ方がいいだろう。宝石は夢見、作品を創り上げる。一対の宝石が完全な夢を見た時完全に同じ物が出来るが、多くは奇型の『似たような物』を創りあげるにとどまるという設定は、そのままマンガの作られ方にあてはめることができる。子供達は一度はマンガを描いてみようとする。それはさまざまな外的要因によって変型を加えられ、多くをマンガの道から遠ざからせることになる。しかし、残った人達は、自らの中で『最初の感動をもたらした作品』を意識的に変型させ、別の作品を作りあげる」

 「元々社とライオンブックス(ACT10―1956)」では、著者は、1956年の状況について以下のように述べています。

「街頭TVがあちこちに設置され、普及率30万台へと増えていた新しいメディアであるTVでは、この年の11月より『スーパーマン』が放映される。プロレス人気とも無縁ではないこの脳天気で単純明快なスーパーヒーローものは、最高60.7パーセントの視聴率を上げており、子供達の間ではスーパーマンごっこが流行った。 そう、なぜかこの年はSF的刺激が巷にあふれていたのである。だから、マンガもSF的であってよかったはずなのだ。『スーパーマン』は桑田次郎の絵物語『ロケット太郎』となる。アメコミタッチで頑張るヒーローは、しかしその画面やストーリーにもかかわらず、『太郎』といういかにも日本人的な名前をもらっていた。そして、力としてのロボットを登場させた探偵マンガ『鉄人28号』は、戦時中の秘密兵器として鉄人28号を設定したのである」

 「SFと手塚治虫の宇宙」では、著者は「異世界」について述べます。

「マンガにおける自律した世界、漫画の主人公が生き、死ぬ『異世界』の確立こそ、ドラマもキャラクターも物語も十全に機能する前提であった。手塚は『リアリティ』を求めて、『物語世界』の確立へ向かう。それはヌカミソ臭くてはいけなかった。日常と対立する『異世界』とは、銀幕の世界であり、アメリカの大都会であったのかもしれない手塚は、『メトロポリス』 『ふしぎ旅行記』を経て、『来るべき世界』へ至る。多くの登場人物がそれぞれの属性でそれぞれの生を生き、さまざまの場所が『世界』の広さを形造り、あらゆる事件がうねりのように謎をもってからまり、その『世界』を襲う異変は、地球的規模から宇宙的規模へ広がり、否応もない大きさを持って物語は盛り上る。この作品には、ヒーローも悪役もいない。それにもまして、始まりも終わりもある意味では存在しない」

 続けて、著者は以下のように述べています。

「この『来るべき世界』の世界に起こった、大異変を描いた物語は、くぎられた時間のドラマなのだ。異変が起こる前から存在しており、いずれはフウムーンが戻ってくる時までも続くであろう世界とは、いくら現実と重なろうとも、明らかな『異世界』として読者の前に現われる。それは虚構としての『物語』そのものであり、多元宇宙であり、『フェッセンデンの宇宙』なのだ。つまり手塚治虫は『手塚治虫の宇宙』を創り上げようと試みるのである」

 第七章「SFの長い午後」の「よりSFへ・・・・・・(ACT―1969)」では、著者は「SFとは物の見方である」という言葉を紹介し、SFの本質について以下のように述べます。

「哲学において、文学において、長い間人間を捉えてきた『神』と、SFは物語ることで対等に渡りあう。それどころか『沈黙せねばならない語りえざるもの』に記号を与え、弄ぶのである。―そしてマンガも、SFよりは無自覚ではあるが、言葉の操作性を記号としての絵の中に捉え使用していた。何にでも形を与えることで、機能として物として対象化するのである。ベタに白い点がとびちっていればそれは宇宙なのだ。その中に丸い物が尾を引いて飛んでいれば、それは円盤なのだ。それはつらなって物語をつくる。異世界は、全体を貫徹するスタイルによって統括される」

 「SF・短編の時代(ACT25―1971)」では、著者は、永井豪という天才について以下のように述べます。

「永井豪は、その闘いの果てにあるものを見すえてはいない。伏線とか、エピソードは決して整ってはいない。変転する闘争の様をエスカレートさせていくことで、そのエネルギーにまかせて突っ走ることで、そういった細かいことはすべて飲み込まれ、画面と物語のダイナミズム、エネルギーの奔流だけが渦巻くのである。読者はそこに身をさらすことで、どこにつれていかれるかわからないが、興奮の中で、動くことそのものへと魅きつけられていく。 結局、人間が滅亡し、デビルマン軍団と悪魔の闘いになった時、それはもはや拡大されることのない最終的ゲームとなる。その時、もはや永井豪は語ることの意味を失うのだ。それ以上、巻き込まれていくものはない。神話的闘争空間へ至る過程こそ、全世界を破壊し闘いを拡大していく『デビルマン』の物語だった」

 著者は永井豪の『デビルマン』ともに、これまた天才である楳図かずおの『漂流教室』を取り上げ、以下のように述べます。

『デビルマン』『漂流教室』は、長編少年マンガの2つの方向を、SFマンガの形で取り戻し進化させようとする試みだった。『闘い』と『少年達の日常』である。―そこでは『SF』は、新たな『物語』と『ドラマ』をひきずり出してくるための『方法』であり、読者に対する『アリバイ』となる。問題は『少年マンガ』だった。にしても、それはかつての少年マンガからはずいぶん遠くへ来てしまっていた」

 SFとは「センスオブワンダー」そのものだと思いますが、それを最も体現している創作者の1人に諸星大二郎がいます。第八章「SFゲットーに向けて」の「超古代史の詐術(ACT28―1974)」で、著者は述べています。

「諸星大二郎の『センスオブワンダー』とは何かというと、それは『奇妙な風景』そのものである。作品の構造は、諸星大二郎の悪夢とでもいうべき『奇妙な風景』を繰り広げるためにだけある。主人公は闘いもしなければ冒険もしない。じょじょにゆがみ崩れていく風景への、溶解していく世界の風景への案内者として少年達は、歩き、立ちどまり、その無垢の目に悪夢を映し出していくのである。言うならばその『奇妙な風景』こそ作品そのものであり、主人公であるのだ。山は読者に向かって舌を出し、風景は居心地の悪い恐怖をもたらし、時に笑いかける」

 続けて、著者は、諸星大二郎の作品について以下のように述べています。

「かつての絵物語の流れにあるかのようなその画面は、キャラクターをも溶かしこんだ『異常風景』として、日常の価値観と対立する。その溶けた世界をいかに現出させるかという点で、諸星大二郎は日常論理と視覚的になれあおうとする一方で、超古代史等を詐術として取り込む。つまり、『事実は小説より奇なり』といった類の『事実』を、さらに想像力でふくらませてみせるのだ」

 終章「果てしなき明日」の「なぜマンガはSFの夢を見るか?」では、著者は再び手塚治虫について以下のように述べます。

「手塚治虫が異世界の自律をめざし、多元宇宙の確立を求めすべての対象を自らの言葉に変えていく時、手塚治虫の宇宙は閉ざされていく。『火の鳥』は時空間を捉え、連鎖させ、宇宙すら、ミクロからマクロへと視点を変えて語り尽される。すべてはその『世界』、『宇宙』のために機能することで、手塚治虫の『宇宙』は完璧なものとなりおおせる。死も生も、存在も無も、すべては手塚によってとりおこなわれる。この『宇宙』の創造において、手塚の視点は神の位置に至る。さらに、スターシステムは、各作品をつなぎ、全ての手塚作品は集まって広大な『手塚宇宙』を作りあげる」

 続けて、著者は手塚マンガについて以下のように述べています。

「手塚マンガを読むことで描き始めた作家達に欠けていたのは、『世界』の認識だった。世界の完結を目に入れることなく、マンガで語ることに身をゆだねた描き手達は、SFにおける科学的認識をすっとばしたところで、操ることを楽しむ。パターンとして提示された『闘い』を軸に面白さを追求することは一方で、ファッションの増殖自体へ突入していく。ロボットプロレスマンガ、スーパーヒーローマンガとは、とどまり続ける祝祭の時であり、パターンの中での繰り返しだった。様式にのっとった仮面変身といってもよい」

 続けて、著者は以下のように述べるのでした。

「しかし、また一方で、操ることそのものの楽しさを追うことは、世界を拡大していくことであった。闘いのパターンはそれにも力を貸す。人間と人間の闘いは、人間と世界陰謀団、少年達と宇宙人、人類と神、存在と無―へとエスカレートしていく。巨大な存在を弄ぶことの楽しさは、マンガにおいてやすやすと行なわれていく。そのための広大で自由な場を作りあげるために、SFは使用される。前述のスーパーヒーローマンガは、そのファッションのバリエーションの1つとしてSFを選ぶのだが、物語の巨大さは必然的にSF的設定を招きよせる」

 そして終章の終わりに、著者は以下のように述べるのでした。

「マンガに求めるのは快楽体験である。判断の基準は、面白いか、面白くないか。ただそれだけだ。週ごとの緊張とスリルに身を投じ、情報の細切れを受け取り続けることで満足しきれぬ輩こそ、マンガの異常さ、物語の巨大さ、異常な風景を求める。そういったものを内包しているのがSFマンガであり、だからSFマンガを! と叫ぶのだ」

 本書は、戦後のSFマンガの歩みを丸ごと俯瞰しようという途方もない企みでした。正直言って、ページ数の制約のせいか、最後のほうが雑然となった感はあります。それと、わたしは吾妻ひでおの絵柄が苦手なので、1980年に刊行された単行本と同じく文庫版の表紙にも彼の絵が使われたことが残念でした。この表紙では、本書の壮大な世界を到底表現できません。 それにしても、著者の志を継ぐ者はもう現れないような気がします。現在のわたしと同じ年齢である53歳でこの世を去った著者は、心の底から「SFマンガ」を愛していたのでしょう。

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