No.1060 人生・仕事 | 帝王学・リーダーシップ | 経済・経営 『お客様満足を求めて』 福地茂雄著(毎日新聞社)

2015.04.17

 『お客様満足を求めて』福地茂雄著(毎日新聞社)を読みました。
 元アサヒビール会長兼CEO、元NHK会長である著者から送られた本です。著者は、わたしの高校の大先輩でもあります。
 わたしのブログ記事「マイケル・サンデル白熱教室」で書いたサンデル教授の歓迎レセプションで初めてお会いして以来、御指導を受けております。

   本書の帯

 表紙には著者の笑顔の写真が使われ、帯には張富士夫氏(トヨタ自動車名誉会長)による以下の推薦の言葉が紹介されています。

 「『お客様満足』を原点に、現地現物を大切にし、変化に強い経営理念を追求し続けた福地さんの挑戦―。まさに経営者必読の書です」

   本書の帯の裏

 また帯の裏には、「目次」の紹介とともに、「全ては経営理念のもとに・・・・・・。」として、以下のように書かれています。

 「常に『お客様』の視点に立ち、筋道から外れない行動をとる。そして時代の変化をつかむ。アサヒビール、NHK、新国立劇場、東京芸術劇場のトップを歴任した、日本を代表する専門的経営者の経営哲学の真髄とは」

 本書の「目次」は、以下のようになっています。

「はじめに」
第一章 お客様満足への道のり
第二章 全ては「お客様満足」の理念のもとに
第三章 お客様満足の期待値を超える価値創造
第四章 現場で、現物を、現実に
第五章 お客様満足に終わりなし
第六章 読書にみるお客様満足
「あとがき」

 「はじめに」の冒頭には、以下のように書かれています。

 「『アサヒグループは、最高の品質と心のこもった行動を通じて、お客様の満足を追求し、世界の人々の健康で豊かな社会の実現に貢献します』
 アサヒグループの経営理念の柱は、『お客様満足』です。アサヒビール(社長、会長)、NHK、新国立劇場、東京芸術劇場とお客様や組織の形態は違いますが、経営を任されてきたなかで、私の経営判断の拠り所は常にこの『お客様満足』でした。よく『業界も異なると大変ですね』と言われますが、業界の違いは苦になりません。『お客様満足』という自らの信念に従って行動すれば、自ずと道は開けます」

 いきなり「お客様満足」という言葉が続けて登場しますが、著者は実際にその言葉の通りの人生を歩んできました。アサヒビール社長時代には、社内でも意見を二分した発泡酒への参入を決断しました。NHK会長時代には、大相撲の野球賭博事件が発覚し、視聴者からは多くの意見が届きましたが、結果的に相撲中継を中止するという決断をしました。さらに東京芸術劇場館長としては東日本大震災直後、コンサートの開催を決めて、チケット代を全て被災地に寄付するという決断をしました。これらの決断は、すべて「お客様満足」という判断基準に忠実に従ったものだったのです。

   福地先輩との初対面(グランドハイアット福岡で)

 「はじめに」には、以下のように書かれています。

 「物事を判断する時は、『お客様満足』でふるいにかけるのが、私の1つの信念です。アサヒグループの『お客様満足』の経営理念が私の信念となり、それに基づいて経営をしてきたのです。企業経営において経営理念と実際の活動がずれてはなりません。その軸足さえ定まっていれば、あとは時代の変化をつかんで変わることです。今の時代、変わらなければ生き残れませんから」

 本書を読んで、やはり著者の出身地である北九州に関するエピソードが印象に残りました。たとえば、著者は母校・福岡県立小倉高校時代の恩師から貰った「一期一会」という言葉を座右の銘にしているそうです。「現代は交通機関も発達し、インターネットも全盛。だからであろうか、一度の出会いを大切にすることが、蔑ろにされているやに感じる。改めて『一期一会』の意味を噛みしめたい」と書かれています。

 また、著者が社長就任後に北九州市の実家へ帰ったときのエピソードが素敵です。久々の実家でくつろいでビールを飲んでいると、著者のお母さんが、「社長になっても傲慢になってはいけない」と、丸めた新聞で著者を叩き、その姿を写真に撮ったそうです。それを自分への戒めに使えということです。素晴らしいお母さんですね!

 日本を代表する経営者として名を残した著者のメッセージは、自分でも会社を経営しているわたしにとって大いなる学びを与えてくれます。たとえば、著者は以下のように述べています。

 「経営者は、本音と建前を使い分けてはなりません。つまり、全てが現実への対応ではいけないのです。経営理念や社訓・社是といったものが、壁に貼られているだけ、朝礼などで棒読みされている企業もあります。しかし、経営理念というのは信条であって、迷った時に立ち返る、大事なものです」

 わたしも経営理念が何よりも大事と考えている人間なので、この言葉に触れて勇気を与えられました。著者は次のようにも述べています。

 「部下は、トップの背中を見ています。そのトップが理念を都合の良いように、自分にとって入りやすいものにしてしまうと部下はついてきません。経営者は総論、各論、本音と建て前を使い分けることなく、変えてはいけないものは変えず、しかし常に時代の変化をとらえるという難しいかじを取って大海原を航海していかなくてはならないのです」

 さらに、ドラッカーの言葉を紹介しながら、次のように述べます。

 「経営学者のピーター・ドラッカーは、企業の目的は、顧客の創造だと述べています。企業が社会にとって有意義なのは、価値がある商品やサービスを生み出し続けることです。そして、お客様や地域や社会から信頼を獲得して、長期にわたってかけがえのない存在であり続けることが、企業の生き残りの条件です」

 スーパードライという戦後日本を代表する大ヒット商品の誕生に立ち会った著者だけあって、「顧客が求めているもの」を追求する姿勢には頭が下がるほどです。著者は述べます。

 「こんなものが良いじゃないか。お客様がその商品の出現を心待ちにするような、かゆいところに手が届くという商品なり、サービスの開発が今、求められています。つまり、お客様の心の中にあるニーズであるウォンツを探る必要があります。そういったものの最たるものが、携帯電話の世界ではないでしょうか。カメラ付きや2つ折り、フェリカ携帯、メガピクセル、ワンセグ、とうとうスマートフォンになりました。これは、お客様がそういうものを出してほしいと言ったわけではなく、出すと『待っていました』とお客様が飛びついてきたものです。それこそがウォンツであり、アンテナを高くして探っていかなくてはならないものです」

   「お客様満足」とは「おもてなし」の別名である!

 わたしは、これを読んで「おもてなしの世界そのものだ」と思いました。
 拙著『決定版 おもてなし入門』(実業之日本社)に書いたように、日本人独特の「おもてなし」の心は、言葉を交わさなくても相手の気持ちを「察する」という行為そのものにあります。そこには神道の「神祭」における「神饌」に象徴される文化があります。神饌では、お神酒や米や野菜などがお供えされます。神様は「酒が飲みたい」とか「野菜をくれ」などとは一言も言いません。しかし、人間の側が「神様はきっとこういったものをお求めではないか」と察して行動する。お客様から「お水をください」と言われたら、「かしこまりました」と言って水をお出しする。これは、サービスです。おもてなしとは、「このお客様は喉が渇いておられるのではないか」と察して、何も言われなくても水をお持ちすることです。このような「おもてなし」の心はサービス業のみならず、製造業にも必要とされます。わたしは、著者のいう「お客様満足」とは「おもてなし」の別名であると思いました。

 また、「お客様満足」を追求する上で、著者は「三現主義」を大切にします。「三現主義」とは何か。著者は、次のように述べています。

 「『現場で、現物を、現実に』この三現主義は私のモットーです。これはビール業界でも放送業界でも、芸術や文化の世界であっても同じです。現場には手の温もり、共感、そして感動があります。これからも、これまでと同様に現場に携わる人々との『こころ』の通った交流を大切にし、三現主義を実行していきたいと思います」

 最もわたしが感銘を受けたのは、「お客様満足のこころとかたち」について述べた以下の文章です。

 「第二次世界大戦が終わって70年になりますが、その間、日本は『かたち』を整えることに大いに専念してきました。もちろん形は大事なのですが、形を作ることに専念してきた結果、『こころ』というものをどこかに置き忘れてきてしまいました。国家は経済大国になったものの国を愛する心、郷土を愛する心が希薄になり、日本人としてのアイデンティティーを失いつつあると感じています。企業も形は大きくなったけれども不祥事は起こります。大学もキャンパスは立派になったけれども教育や研究は、それにふさわしい水準でしょうか。家庭も家屋は立派になったけれども家族の絆は弱くなっていませんか」

 そして「名経営者」の名を欲しいままにした著者は、「リーダーシップの要諦」について以下のように語っています。

 「私は、アサヒビール、NHK、新国立劇場、東京芸術劇場など、さまざまな業種で働きましたが、その全てに共通することは、どれも生きる上で必需品ではないが、人間らしく生きていくための必需品、つまり文化であったといえます。
 また両親・家族、高校・大学での恩師、アサヒビールで出会った『先人』たちの言葉や姿勢に学び、それを忠実に実践してきました。私は、母校・福岡県立小倉高校時代の恩師にいただいた『一期一会』『人生、意気に感ず』『一隅を照らす』という言葉を、今でも座右の銘にしています。
 私の経験を通じて特に若いビジネスパーソンに伝えたいことは、一番大切な経営資源は、時間であるということです。経営資源である人、モノ、カネはいくらでも手に入りますが、時間は1日24時間と有限です。時間こそ一番大切にしていただきたい」

 さらに著者は「3つのション」について「人を動かすものは、『3つのション』といわれます。動機付けのモチベーション、公正な評価という意味でのバリュエーション、そしてコミュニケーション」と述べています。
 ぜひ、わたしも、この「3つのション」を心掛けたいと思います。

 「あとがき」で、著者は次のように述べています。

 「トルストイのアンナ・カレーニナの書き出しに『幸せな家庭はどこも似通っているが、不幸せな家庭はそれぞれ違っている』と書かれています。アサヒビールの”不幸な家庭”から、”幸せな家庭”への転換は、それまでの長い、長い、”プロダクトアウト”経営から”マーケットイン”経営にコペルニクス的転回をしたことが要因だったのです」

 「あとがき」の最後には、以下の言葉が書かれています。

 「半世紀以上に及ぶビジネスマン人生において、私自身の品質がお客様を満足させることができたかは疑問ですが、軸足はブレなかったという自負はあります。決して器用ではなかった私が、ビール、放送、演劇の世界で図らずも経営に携わることができたのは、『お客様満足』という軸足を持っていたからだと、改めて思います」

 本書は経済界きっての読書家が満を持して世に問う一冊だけあって、隅々にまで経営者の「叡智」に満ちています。わたしは新刊が出ると、著者にいつも送らせていただくのですが、必ず直筆の礼状を頂戴します。わたしのような若輩者に「礼」を示して下さり、本当に心から尊敬の念が湧いてきます。著者は小倉高校の恩師から「一期一会」という言葉をいただきましたが、わたしは小倉高校の大先輩から「お客様満足」の教えをいただきました。
 福地先輩、素晴らしい御本をありがとうございました!

   尊敬する福地先輩と(松柏園ホテルで)

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