No.0936 国家・政治 『ニッポンの懸案』 櫻井よしこ著(小学館新書)

2014.06.11

 『ニッポンの懸案』櫻井よしこ著(小学館新書)を読みました。
 著者は、日本における保守論客の1人として知られる女性ジャーナリストです。1945年、ベトナム・ハノイの野戦病院で日本人の両親の間に生まれました。帰国後は大分県中津市に住みますが、のちに母親の郷里である新潟県長岡市に転居しています。新潟県立長岡高等学校卒業後、慶應義塾大学文学部に進学しますが、退学します。その後、ハワイ大学マノア校歴史学部を卒業しています。英字新聞「クリスチャン・サイエンス・モニター」東京支局などを経て、1980年5月から96年3月まで日本テレビ「NNNきょうの出来事」のメインキャスターを務めました。95年に薬害エイズ事件を論じた『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』で第26回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2007年12月、国家基本問題研究所の初代理事長に就任。2012年10月、インターネットテレビ「言論テレビ:櫻LIVE」をスタートしています。本書は、同番組で放送された対談から、テーマに遭ったものを選択し、書籍向けに再構成したものです。

   凛とした著者の写真が掲載された本書の帯

 本書のサブタイトルは「韓・中との衝突にどう対処するか」で、帯には凛とした著者の上半身の写真とともに「日本は今、一歩も退いてはいけない!」と大書され、「櫻井よしこ氏がダライ・ラマ法王ほか6人の論客と語り尽くす!」「慰安婦 戦時徴用賠償問題 靖国 竹島 尖閣 防空識別圏 歴史認識 憲法改正」と書かれています。

 また、カバー前そでには、以下のような内容紹介があります。

 「韓・中との歴史認識、領土問題の軋轢が増している。韓国は『従軍慰安婦』の少女像を、この問題と無関係のアメリカ各地に建てようとし、官民一体となって反日を世界に拡散しようとしている。これはまさに日本の名誉、国益に関わる問題である。また、中国の尖閣諸島への侵入も恒常化し、防空識別圏を設定して侵略の意図を露わにした。時に韓・中は協力の姿勢を見せ、日本に圧力をかけている。こうした国益侵害にどう対処すべきか。櫻井よしこ氏がダライ・ラマ法王ほか、韓国、中国問題及び領土・領海、軍事、憲法問題の専門家と徹底議論する」

   帯の裏には内容紹介が・・・・・・

本書の目次構成は、以下のようになっています。

「はじめに」
対談1 ”従北勢力”が跋扈する韓国は内戦状態
     元駐日韓国大使館公使/桜美林大学客員教授 洪熒
対談2 言論の自由を封じ、入国拒否の蛮行に走った韓国の精神構造
     拓植大学国際学部教授 呉善花
対談3 尖閣、五島、沖縄、そして日本海にも中国の脅威が
     東海大学海洋学部教授 山田吉彦
対談4 国境の島の防人に聞く「日本の離島をどう守るか」
     石垣市長 中山義隆
対談5 軍事独裁国家・中国との戦争を防ぐには
    日本の軍事的努力が必要だ
     防衛大学校教授 村井友秀
対談6 抑圧ではチベット人の民意は得られない―中国は変われるか
     ダライ・ラマ14世
対談7 日本の領土、領海を守れない憲法をどう変えるべきか
     日本大学法学部教授 百地章

 「はじめに」で、著者は次のように述べています。

 「日本の目醒めを促したのが、日本を取り巻く国際政治の急激な変化であるのは言うまでもない。アメリカが大きく内向きに舵を切り、中国がより一層の膨張と冒険主義に乗り出し始めたのだ。私たちが眼前に見ている現在進行形の変化が日本に及ぼす影響は、戦後約70年の歴史上もっとも本質的なものだと言ってよいだろう。戦後の日本国の在り方が大幅な修正を強いられ、日本に真の自立が求められている。同盟国といえどもアメリカの核の傘と軍事的庇護に頼り切って、国防を他国に過度に依存してきた日本国の在り方が、これからはもはや通用しないという局面に、私たちは立っている」

 対談1「”従北勢力”が跋扈する韓国は内戦状態」で、元駐日韓国大使館公使で桜美林大学客員教授の洪熒氏は以下のように述べます。

 「韓国がなぜ反日でないと言えるのか。まず数字で説明したいと思います。
 国際交流基金のウェブサイトで確認できますが、現在、世界中で日本語を学習する人はおよそ360万人です(2009年の統計)。そのうち韓国人は97万人。なんと4分の1以上です。
 韓国のその数の中には、高校生が87万人ほどいます。というのも、ちょうど40年前の1973年に、当時の朴正熙大統領が国の将来を考え、すべての高校で日本語を第2外国語として教えるようにしたのです。私が調べた範囲で、今、世界的に中等教育課程で広範に日本語を教えているのは、韓国の他にはオーストラリアしかありません」

 洪氏によれば、現在の韓国では反日教育もしていますが、それと同時に祖国に対する反感も植えつける歴史教育が行われているそうです。韓国の左翼が「韓国は親日派が建てた国」だと教えているというのです。「なぜ、そんなことが起きるのでしょうか」と問う著者に対して、洪氏は述べます。

 「この背景には、韓国がいまだに北と戦争中である現実があります。1945年に、米ソによって朝鮮半島が日本に代わって分断され、戦争状態になりました。そして50年、南侵によって始まった朝鮮戦争は53年に停戦になりましたが、これは『終戦』ではなく、熱戦が冷戦に変わっただけです。今も南・北は63年間にわたる戦争中なのです。ですから、北側が核ミサイルの開発にこだわるのは、この戦争で核をもって最終的反撃を謀るという意味なのですね」

 洪氏はまた、「戦争状態という『非正常』が68年も続いた結果、人間の感覚や価値観がおかしくなってしまいました。長すぎた異常によって、正常な感覚がおかしくなったのです」と指摘します。さらに、次のような非常に重要なことを述べています。

 「今は武力による熱戦ではなく、より難しい冷戦になっています。この長すぎる戦争状態の中で、韓国はいわば『ストックホルム症候群』に陥ったのです。誘拐犯に拉致され、最初は恐れるが、時間が経過すると誘拐犯と被害者の間に一種のシンパシーが生まれるという現象です。誰が脅威で、誰が敵かが、わからなくなる。あまりに長すぎた『非正常』の中では、正常に機能するはずの判断力や基準がおかしくなってしまいます。まさに今、韓国の政治や社会がそういう状況に置かれているのです。
 身体にたとえると、正常でない状況が長く続いて免疫システムがおかしくなってしまうという状態です。その結果、本当は恐ろしいものや脅威が敵であるはずなのに、ただ憎たらしいという感情だけで、そういう相手を敵だと捉えてしまうのです」

 なるほど、この韓国が「ストックホルム症候群」に陥ったという説明はわかりやすいですね。洪氏との対談を終えて、著者は次のように述べています。

 「どの国との関係も、我が国の国益に資するかどうかがもっとも重要なことなのである。国益という利害関係に加えて、もし、友情から生まれる絆を共に確立できる国があれば、私たちはその国との関係を望外の喜びとして大事にすればよいのだ。それほど国際社会とは厳しいものなのである。
韓国には多くを望まないこと、しかし、日本国の立場を守るために主張すべき点は主張するという基本路線に則って、期待せずに協調関係を保ち続けるのが正解であろう」

 対談2「言論の自由を封じ、入国拒否の蛮行に走った韓国の精神構造」では、拓植大学国際学部教授の呉善花氏が、韓国メディアの暴言について次のように紹介しています。

 「今年(2013年)の5月20日に中央日報のコラムでキム・ジンという論説委員が書いたことに驚きました。安倍首相が震災被災地の宮城を訪れ、航空自衛隊で機体番号731の飛行機に試乗したところ、細菌部隊の731と結びつけ、論説委員はこう書いたのです。『・・・・・・日本の広島と長崎に原子爆弾が落ちた。これらの爆撃は神の懲罰であり人間の復讐だった。(略)日本に対する懲罰が足りないと判断するのも神の自由だ』原爆で、広島では瞬時に14万人以上の方が亡くなっています。長崎では8万人近くの方が亡くなりました。言語に絶する悲劇です。それを『神の懲罰』と発言した」

 また、従軍慰安婦問題について、呉氏と著者は語り合います。

【呉】 政府や軍による強制連行はなかったと日本で言っているわけですが、韓国では、強制連行なのか、慰安婦そのものがあったのか、問題がごちゃまぜになって います。慰安婦制度があったこと自体が悪いことだというのです。ですから、強制連行があったかどうかをいくら議論しても、この問題はなかなか解決に向かわないと思います。

【櫻井】 しかし、1950年の朝鮮戦争の時には韓国にもソウルをはじめ5ヵ所ほど慰安所がありましたね。アメリカ軍を相手に韓国政府が設置したという資料が残っています。朝鮮戦争でもベトナム戦争でも、自分たちもやっていたことだとは考えないのでしょうか。

 韓国済州島生まれの呉氏は、日韓両国について次のように述べます。

 「日本統治時代は、朝鮮半島のそれまでの歴史の中で国民がもっとも豊かな生活をした36年間でした。初期には武断的な傾向があって不幸な事件も起きましたが、総督府はそれを反省して改め、文化や教育などに非常に力を入れました。日本の統治政策というのは、欧米諸国の武断と収奪を軸とする植民地政策とはまったく性格の異なる文化的な統治でした」

 さらに二人は、次のように両国民の考え方について語り合います。

【櫻井】 朱子学は、階級制社会を維持する便利な思想であったため、中国や朝鮮、江戸幕府などに重宝されました。
 しかし、お話を伺っていると、こんな言い方をしたら失礼かもしれませんが、教条的で柔軟性がないように思われます。学者によっては、朱子学では身内が絶対優先され、その反対に、よそ者に対する蔑視や差別意識が強く、歪んだ優越感も生み出したと指摘する人もいます。

【呉】 私も今回はっきりわかったのは、朝鮮半島の人々の価値観や考え方は、1つの倫理・道徳の下で成り立っているということです。韓国人というのは、元となる絶対的な原理・原則があって、それだけが善であり、そこから外れたものは全部悪なのだという一元的な考え方をする民族なのです。

 この呉氏との対談を終えて、著者は次のように述べています。

 「普通の知性と常識を備えていると思われていた人が突然、理解し難い行動に出ることがある。どう考えても、いくら物事の経緯を振り返ってみても、納得できない奇妙な言動におよぶ人物がいる。そんな思いがけない体験をしたことが、皆さんにもあるのではないだろうか。
 なぜ、突然、訳のわからない言動が生じるのだろうか。主な原因は嫉妬ではないか。そう考えてもう一度状況を精査すると、ストンと納得できることがある。嫉妬が人間の理性を狂わすことが実例として見えてくるのだ」

 対談3「尖閣、五島、沖縄、そして日本海にも中国の脅威が」では、東海大学海洋学部教授の山田吉彦氏が中国について「東シナ海全体を視野に入れて、侵攻計画をつくっています。その中に尖閣があり、五島列島の玉之浦がある。そして次に沖縄が入ってくるということになります」と述べ、以下のようなやり取りがあります。

【山田】 そもそも、訒小平時代につくられた「第一列島線」という軍事戦略に従って動いています。日本の九州から沖縄、台湾、そしてフィリピン、ボルネオ島を囲み、南シナ海全域を「中国の海」にするという第一列島線の戦略にきちんと従ってきているわけですから、これはずっと中国の基本方針なのです。沖縄を取るというのは本気です。

【櫻井】 第一列島線として、まず日本列島からフィリピンを結ぶ海域から米海軍の影響力を排除するというのが中国の海洋軍事戦略でしたね。さらに第二列島線もあって、小笠原諸島からグアム、サイパン、パプアニューギニアなどを結ぶ海域に中国の海を広げていくことを目指していますね。

また、今いかに日本の離島が中国資本に買われているかの現状を山田氏が説明し、以下のように語り合います。

【山田】 中国は日本の実情を実によく研究していますよ。櫻井さんと一緒に取材に行った玉之浦の近くの集落に限界集落がありましたね。二十数人のお年寄りが住んでいますが、ほとんどがひとり暮らしです。その土地を買ってくれるという人が出できたら、売ってしまう可能性が高い。

【櫻井】 ご家族が年に1回も来ないとか、都会に出ていって戻ってこないという、寂しいお年寄りが多かったですね。その人たちをも守る形の対処策がないと、容易に土地は手放されていくでしょうね。

【山田】 高齢者施設の方が便利だし、寂しくないから、もう土地を売ってしまって施設に入ろうという時に、その土地を買いたいという人が現れる。それが実際には日本人の顔をした外国資本で、結果的にどんどん日本の土地がなくなってしまうという可能性は高いと思います。

 この山田氏との対談の最後に、著者は次のように述べます。

 「日本は戦後、ずっとアメリカに国防を頼ってきました。日米同盟は非常に大事ですが、他国に守ってもらうという他力本願志向から脱することができるかと厳しく問うているのが、この尖閣問題です。自国の領土は自国の意思と力で守り切るのだという、普通の国々が当然のこととして堅持している祖国防衛の基本を、日本も打ち立てることができるのか。今こそ覚悟を固め、他国の侵略に備えることができるかが問われているのです。今、戦後日本の最大の危機ですが、逆に言えば、日本にとっての一大好機でもあります。危機こそチャンスなのです。この挑戦を前向きに乗り切りたいものです」

 対談4「国境の島の防人に聞く『日本の離島をどう守るか』」では、石垣市長の中山義隆氏が冒頭で次のように述べます。

 「日本は世界第6位の海洋大国で、6852もの島々を持っています。しかし、この島々の中の、国境のいくつかの島を他国が虎視眈々と狙っています。北から見ていきますと、歯舞、色丹、国後、択捉の北方四島、これらはロシアに不法占拠されています。
 そして日本海の竹島は韓国に不法占拠されています。同じ日本海の佐渡島、対馬では、中国や韓国に大量に土地を買われています。さらに南には沖縄本島があり、尖閣諸島があります。ここは連日のように中国が領海侵犯を繰り返しています」

 対談5「軍事独裁国家・中国との戦争を防ぐには日本の軍事的努力が必要だ」では、防衛大学校教授の村井友秀氏が、中国の対外戦略について次のように説明します。

 「中国の対外戦略の基本は「(1)世論戦、(2)心理戦、(3)法律戦」の3戦です。世論戦は、内外の世論を、たとえば反日に誘導して日本を追い込むこと。心理戦は、巨大な軍事力を構築し、相手方の戦意を挫くこと。法律戦は、自国に都合のいい法律を駆使し、また中国独自の法に独自の解釈を加えて、主張を通すことです」

 そして中国が仕掛けるのは「小さな戦争」であるとし、語り合います。

【村井】 中国が軍事的な手段をとる可能性が高くなるのは、共産党政権が非常に不安定になった時、人気回復の手段としてやるのだろうと思います。

【櫻井】 今、中国は共産党幹部による汚職問題や深刻な環境問題、経済格差の問題など、国内問題が山積していて、国民の不安も鬱積しています。そのため暴動が1年間に20万件も起きていると言われています。習近平国家主席は汚職撲滅を宣言しましたが、自分の一族もすでに500億円以上蓄財しているということが発覚しています。

 さらに村井氏は、中国について以下のように語ります。

 「これまで中国共産党が国民に支持されていた最大の理由は経済発展で、国民はみんなが金持ちになれると信じていたわけです。それが、みんなが金持ちにはなれないということがわかって、今、もっとも基本的な中国共産党の支持理由が揺らいでいます。そしてもう一度、経済で挽回できるかというと、共産党というのはもともと経済が得意な政党ではありませんので、これは難しい。何が得意かというと戦争が得意なわけですから、国内事情で追い詰められて支持が低下した時、求心力回復の手段として、得意な戦争で挽回しようとすることが考えられます。その場合、中国は『小さな戦争』を目指すと見ています。
 というのも、大きな戦争をすれば、国民にもはっきり勝敗がわかってしまいますが、小さな戦争は最終的な決着をつけるところまでいきませんから、国民向けには自分たちが勝ったと言えます。独裁国家では、いくらでも自分たちに都合のいいシナリオを説明することができる。特に絶海の孤島のような、国民の目が届かないところの小規模戦争が都合がいいのです」

 二人は「軍事バランスを中国優位にしてはならない」として、著者は「軍事戦略の専門家の立場から見ると、国家というものは、軍事力と外交力というこの2つの両輪がないと駄目だということですね」と言います。また、村井氏は次のように「中国の夢」について述べています。

 「習近平主席は『中国の夢』という言葉をたびたび使います。『中国の夢』というのは『中華民族の偉大なる復興』ということで、太平洋をアメリカとともに2分割統治するということがそのうちの1つです」

 対談6「抑圧ではチベット人の民意は得られない―中国は変われるか」では、ダライ・ラマ14世が次のように語ります。

 「スペインの裁判所が、中国の江沢民元国家主席ほか4人の元中国政府幹部に対し、チベットでの大虐殺に関わった容疑で逮捕状を出しました。この判断は、いかなる人間も危害を加えられてはならないという、非常に思いやりのある動機に基づくものだと思います。これは先進社会が世界に向けて発信し得る最も重要なメッセージの1つです。理由が何であれ、拷問、大虐殺、弾圧は容認されるべきではありません」

 意外にも、ダライ・ラマは江沢民を擁護するかのような発言をします。

 「自由な国で自由に情報を得られる状況であれば、指導者個人を批判することもできます。だが中国の場合、彼らの生き方そのもの、教育のあり方、洗脳や歪曲された情報などにもっと注目する必要があります。スペインの裁判所の決定は人権を重視する姿勢を示しており、良い兆しです。しかし同時に、中国共産党員もある意味で被害者です。私たちはもっと全体的な構図に目を向けなければならない。私はそう感じるのです」

 ダライ・ラマ法王と著者は、以下のように語り合います。

【法王】 今、中国の仏教人口が急速に増えています。現在、信頼できる筋によると、仏教人口は中国だけで4億人、5億人に達しているそうです。その多くがチベット仏教に対する関心を示しています。多くがチベット仏教を信仰しているのです。

【櫻井】 それは大変な変化ですね。共産主義体制は宗教を認めていないわけですから。弾圧にもかかわらず、4億人、5億人もの中国人が仏教を信仰しているとは驚きです。

 そしてダライ・ラマ法王は、最近の中国人について次のように述べます。

 「最近、彼らは明らかに変わろうとしています。文化大革命の時に、古い考え方、信仰、精神性、宗教を排除しようとして、凄まじい弾圧を行いました。けれど、失敗しました。宗教をなくすなら、仏教に優る有意義な新しい生き方を示さなければなりません。そうすれば仏教的な考え方は自然に廃れるでしょう。しかし、それは非常に難しい。仏教はインドで生まれ、2500年経ってもまだ生き続けています。これからも生き続けるでしょう」

 対談7「日本の領土、領海を守れない憲法をどう変えるべきか」では、日本大学法学部教授の百地章氏が、日本の自衛隊と他国の軍隊の違いについて次のように述べます。

 「日本の自衛隊は法律上の構成は警察と同じであり、一定条件を満たした時に、作戦を実施できるという、いわゆるポジティブ・リストのルールの下に置かれています。他方、他国の軍隊は『してはならない』ルールを守れば、使命達成のために現場で一番いい方法を判断して行動してよいことになっている。現場の裁量に任せるために、してはならないことを規定したものをネガティブ・リストというわけですね」

 百地氏との「対談後記」で、著者は日本帝国憲法について述べます。

 「大日本帝国憲法(明治憲法)が必ずしも万全で最高だとは私は考えないが、少なくとも明治憲法は憲法の憲法たる資質を備えていた。それは、国民生活の隅々に至るまで影響を及ぼすもっとも根源的な法として、明確に日本の国柄をその条文に反映させていた点にある」

 さらに、著者は日本国憲法についても次のように述べます。少々長い引用となりますが、ここは非常に重要なポイントです。

 「他方、米占領軍が泥縄式につくった現行憲法には『日本の価値観』など、まったく記されていない。逆に、日本人の価値観とは程遠い、まるで無国籍のさすらいの民であるかのような価値観ばかりが書き込まれている。典型的な事例が『国民の権利及び義務』の第3章であろう。国民の暮らしを支える価値観を記した同章には、たとえば、世界のおよそどの国の憲法にもある『家族規定』がないのである。
 家族の絆とそれを支える『自分以外の人々への思いやり』という高貴な精神性を日本民族の優秀さの根源の1つと見たGHQが、あらゆる伝統と美徳を日本人から引き剝がし、日本人の精神性を貶める意図で家族規定を外したのである。現行憲法から外されたのは、家族の在り方を含めた日本の古き善き価値観全般だと言ってよい。
 こうして戦後の日本社会は家族ではなく、バラバラの個人を基礎として築かれた。個々人がもっぱら自由と権利を享受し謳歌する体制が作られ、他者への思いやりや利他の精神よりは、利己の思想が前面に立つようになった。教育、家族、税制など多くの暮らしのルールがバラバラの個人を大切にする形に改められ、戦後の教育はそのような方向に押し流された」

 いま、「無縁社会」などと呼ばれていますが、日本国憲法に「家族規定」が記さないことが日本社会の無縁化の大きな原因の1つになったのではないでしょうか。そして本書の最後に、著者は以下のように述べています。

 「中国は東シナ海の領有権を主張し、防空識別圏を設定した。南シナ海では領有宣言に加えて、すでに軍事力を背景にした取り締まりが始まっている。中国の軍事的膨張はとどまる気配がないのである。危機が進行する今、中国の軍事的膨張主義の主目標となっている日本こそ、あらゆる面で憲法を見直し、早急に改正し、日本の戦後体制を変えていくことが大切だ。百地氏の指摘した憲法改正のための国民投票を念頭に置いて、今から行動しなければならないと思う」

 本書を通読して改めて思ったのは、著者・櫻井よしこ氏の愛国心、真実を追求する執念、さらには自分の歴史観に対する強い信念です。これだけ精神力が強靭でありながら、物腰の柔らかい日本人が他にいるでしょうか。先の東京都知事選の際、ある出版社の社長さんと食事をしていたとき、「保守陣営は、田母神ではなく櫻井よしこを担ぎ出すべきだった。彼女なら当選したかもしれない」と語ったのが印象的でした。その社長さんはリベラルな思想の持ち主で革新系にシンパシーを抱いているようでしたが、田母神氏よりも櫻井氏のほうがずっと影響力があって怖いと告白したのです。わたしは、都知事はおろか、この方に総理大臣をやっていただきたいような心境です。

 最後に、わたしが言いたいのは、もちろん隣国の動向に注意をすることは大事ですが、やはり結局は友好的な関係を結ぶことが必要ということ。そして、その最大のキーワードこそが「礼」であるということです。

 先般出席した「第3回『孔子文化賞』授賞式」において、多くの中国人の前で、わたしは「いま、日本、中国、韓国、北朝鮮の関係が必ずしも良くないというか最悪の関係になっています。しかし、東アジア諸国はいずれも儒教国であり、国民には『礼』の思想が流れているはずです。もともと『礼』は他国の領土を侵さない規範として古代中国で生まれました。今こそ、究極の平和思想としての『礼』を思い起こす必要があります」と訴えました。

   「礼は究極の平和思想」と訴えました

 中国や韓国は、日本にとっての隣国です。隣国というのは、好き嫌いに関わらず、無関係ではいられません。まさに人間も同じで、いくら嫌いな隣人でも会えば挨拶をするものです。それは、人間としての基本でもあります。そして、この人間としての基本が広い意味での「礼」です。「礼」からは、さまざまな「しきたり」が派生しました。

 わたしは、『徹底比較!日中韓 しきたりとマナー~冠婚葬祭からビジネスまで』(祥伝社黄金文庫)という本を監修しました。それぞれの国の「しきたり」を知ることは、その国の文化を知ることです。そして、互いの文化の違いと共通点を知ることは、その国の国民の「こころ」を知ることに他なりません。わたしはこの本が日中韓の相互理解、国際親善、そして世界平和につながることを願っています。櫻井よしこさんにも同書を読んでいただきたいです。

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