No.0847 人間学・ホスピタリティ 『「おもてなし」僕ならこうする』 弘兼憲史著(新講社ワイド新書)

2014.01.02

 いま、「おもてなし」が時代のキーワードになっています。わたしはホテルや冠婚葬祭といったホスピタリティ・サービス業の会社を経営しているので、いわば「おもてなし」が本職と言えますが、プラーベートでは難しいもの。

 本書は2009年に同じ版元より出版された『弘兼憲史の大人のための「もてなし」の達人』を改題し、再編集した内容になっています。

   島耕作が描かれた本書の帯

本書のサブタイトルは「気持ちがうまく伝わるかどうかだ」となっており、著者の肩書きは「漫画家・『もてなし』の達人」です。著者の代表作はなんといっても「島耕作シリーズ」ですが、帯にはその島耕作のイラストとともに「知っておきたい日本式おもてなし」と大きく書かれています。

 また帯の裏には、以下のような本書のポイントが並んでいます。

◎本番よりも、準備に全力をつくす
◎ゴージャスよりも気の効いた演出
◎お客様の趣味嗜好は事前に調査
◎ホストはいい「聞き役」に徹する
◎サプライズは一次会より二次会で
◎仕事を成功に導く「おもてなし」

   気持ちがうまく伝わるかどうかだ(帯の裏) 

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

「まえがき」
プロローグ 「もてなし上手」はここが違う
第1章 サプライズをさり気なく―すべては接待相手のために
第2章 「お得感」を演出する―僕のおもてなし「べからず集」
第3章 「おもてなし」は、その準備で決まる―本番をさらりと行うために
第4章 相手に合わせる「もてなし術」―あの人の「好み」を活用する
第5章 「接待の目的」を忘れない―「ニュートラルな自分」を心がける

 島耕作は「もてなし」上手でした。課長から部長、取締役、社長へと出世していく中で、彼は数えきれないほどの接待を行いました。仕事に接待はつきものです。良い接待は良い仕事につながりますが、その方法には誰もが悩むところでしょう。「まえがき」で、著者は次のように述べています。

 「『もてなし』の場では、具体的な仕事の交渉をすることはほとんどないけれども、『もてなし方』ひとつで、暗礁に乗り上げていた交渉がスムーズに動き出すことは少なくない。それは、『もてなし方』ひとつで、相手に信頼される立場を獲得した、とはいえないだろうか」

 続けて、著者は次のように述べています。

 「そういう意味でも、おもてなしの精神は仕事の場に不可欠といえるのだが、もうひとつ、こちらの人間性の発露の場、という意味もあるように思う。
交渉においては『厳しさ』を前面に出さなければならないこともあるだろう。けれども、もてなしの場では、だいぶ『寛容な自分』を見てもらうことになる。そういうところから『心の交流』が始まり、信頼が醸成されていくのだから、『もてなし』は、こちらの力量を試される場といってもいいかもしれない」

 著者自身が「もてなし」の達人とされているようです。具体的には、どういった「もてなし」を行っているのでしょうか。著者は述べます。

 「僕のもてなしの基本の1つは、『人と同じことをしない』ということだ。
グルメな相手を高級店でもてなして、高額の料理を食べて、『こと足れり、いいおもてなしをした』と考えるビジネスマンをよく見かける。けれどもこんなパターン化されたもてなし方は、あまり効果がないように思う。
 なぜかといえば、そこには独自の工夫やアイデアが何もないからだ。高級店に予約を入れるだけで、後は店が用意した『おもてなしコース』にただ乗っかっているだけなのだから、お客さんもルーティーンの仕事をこなすようにたんたんと食べるだけ・・・・・・こうなってはあまり印象に残らないのではないだろうか」

 プロローグ「『もてなし』上手はここが違う」で、「もてなし上手なら、話していいこと・悪いことをわきまえる」として、タブーとなる話題について著者は「もてなしの場にふさわしくない話題の2つのタブーは、『政治』と『宗教』というのはよく知られている。たしかにこの2つの話題は、論争の火種になりかねない要素を数多く秘めている。僕はこれに『病気』と『批判を含めた悪口』をつけ加えたい」と述べています。これは、なかなかの卓見ではないでしょうか。

 病気の話題をした場合、話をした当の相手がその病気に悩んでいるということがあります。あまり人に知られたくないと思い、本人が気にして隠していることだってあるのです。また、政治家やタレントなどの悪口を言って盛り上がることがよくありますが、みんなに知られている人たちだけに、嫌いな人もいれば大好きという人もいることを忘れてはなりません。

 著者は、接待の成否を決める3大ポイントとして「サプライズ」「お得感」「準備」を挙げます。その中でも、「もてなし」の醍醐味は「サプライズ」にあると考えているようです。著者は「もてなしには、相手が『あっ』と驚くようなサプライズがあったほうがいい。もてなしのサプライズは、料理の味つけのようなものだ。料理のうまさは味つけで決まる。同じように、心に残るもてなしはサプライズで決まるといっていい」と書いています。
 わたしは、これは一概には言えないと思いました。冠婚葬祭業界でもサプライズに固執するあまり、結婚式や葬儀の場で学芸会のようなチープな演出がはびこって、参列者に感動を与えるどころか、かえって白けさせてしまう場面をよく見聞するからです。わたし個人は他人を驚かせることが大好きな人間ですが、良い「もてなし」というものを考えた場合、サプライズが不可欠だとは到底思えません。

 しかし、第1章「サプライズをさり気なく――すべては接待相手のために」でサプライズ必要論を展開する著者は、次のように述べています。

 「僕がなぜサプライズにこだわるかというと、サプライズがあると招待したお客さまが喜んでくれるからだ。だからどうやってもてなそうかと考えるのは、どうやってサプライズを用意しようかと考えるのとほぼ同じことといえる。
 これはエンターテイメントの基本でもある。漫画家はどうやって読者を楽しませようかと考える。そしてそのためにいろいろなサプライズを用意する。
 漫画家だけではない。料理人も客に満足してもらおうとして料理をつくる。
 『おいしかった』というお客さまの一言が聞きたいために腕をふるうのだ」

 サプライズのくだりにはあまり共感できませんでしたが、逆に共感できたのは、第3章「『おもてなし』は、その準備で決まる――本番をさらりと行うために」の「相手の趣味に興味をもつべし」でした。そもそも、「もてなし」とは相手との人間関係を良くするために行うわけですが、その最大の鍵は趣味にあります。接待相手の趣味がゴルフなどのわかりやすいものならいいのですが、世の中には変わった趣味を持つ人もいます。著者は、次のようなアドバイスします。

 「ふだんから、趣味の話はもてなしのときのいい話題になることを意識して、機会があれば直接本人に聞いておくことをおすすめしたい。
少し親しくなった頃合いに、『ご趣味は?』と質問し、『趣味は弓道です』といわれたら、このときは、『いい趣味をおもちですね』とあまり深入りせずに流しておけばいい。そして接待の日までにあれこれの予備知識を仕入れておきたい」

 いよいよ接待を行う本番の日には、どうするのか。著者は、次のように述べています。

 「話のタイミングを見て『そういえば弓道がご趣味でしたね』と水を向けるといいだろう。前もって相手の趣味がわかり、こちらもある程度の予備知識が準備できれば、余裕のある対応ができるはずだ。この余裕が、相手に安心をもたらすことはいうまでもない」

 なかなか具体的なアドバイスですが、これが本書の特徴でもあります。他にも、ワインのテイスティングで「これは変だ」と思ったときの物の言い方とか、女性を得した気分にさせる接待のイロハとか、かなり勉強になりました。あるいは、「客の好みがわからないときはイタリアンがおススメ」「外国人は寿司より天ぷらが無難」「健啖家なら焼肉店でもてなすといい」などなど、本書にはきわめて具体的なアドバイスが満載です。はっきり言って、使えます!

 しかし、細かいテクニックも大事ですが、「もてなし」における本当に大切なポイントは何でしょうか。著者は、第5章「『接待の目的』を忘れない―『ニュートラルな自分』を心がける」の「『自己主張』もノー、『迎合』もノー。さらりとした自分でいよう」で、次のように述べます。

 「自分をアピールするためではなく、お客さまに楽しんでもらうのがもてなしと割り切ってしまえば、安易なやり方は最初から禁じ手にしておける。封じ込める禁じ手は2つ。『自己主張』と『迎合』だ。この2つを封印しておけば抑制のきいた受け答えができるだろう」

 最後に、著者は「もてなし」の極意について次のように述べています。

 「論語にこんな一節がある。
 『君子は和すれども同ぜず。小人は同ずれども和せず』
 これがもてなす側の人がうまく自分を表現するやり方になると思う。
 僕なりに解釈すれば、にこやかにお客さまとの関係を保ちながらも、迎合することはない、ということになるだろうか。
 ついでにいえば、悪いもてなしは、お客さまに迎合するが、和気あいあいとした関係は築けない、ということになる」

 言うまでもなく、『論語』は世界最高の「礼」の書です。そして、「もてなし」とは「礼」そのものです。「礼」の精神を説いた『論語』に「もてなし」の極意が書かれていることは当然と言えるでしょう。あえて付け加えるならば、「相手の幸福を願う心のこもった礼」がさらに望ましいでしょう。

 著者の弘兼憲史氏は1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業に勤務。のち、漫画家として独立しました。1976年、「朝の陽光の中で」で本格デビュー。『人間交差点』で小学館漫画賞(1984年)、 『課長島耕作』で講談社漫画賞(1990年)、 『黄昏流星群』で文化メディア芸術祭マンガ部門優秀賞(2000年)、日本漫画家協会賞大賞(2003年)を受賞、さらには2007年に紫綬褒章を受章しています。

    コンビニマンガ化された『黄昏流星群』が面白い!

 わたしは大学生の頃から著者の漫画に親しみ、代表作はほとんど読みました。しかし、『黄昏流星群』だけは未読でした。しかし、最近、続々とコンビニマンガ化されており、わたしも愛読しています。「黄昏流星群」とは何か。コンビニ本の冒頭には次のように書かれています。

 「40歳を越え多くの大人達は、死ぬまでにもう一度、燃えるような恋をしてみたいと考える。それはあたかも黄昏の空に飛び込んでくる流星のように、最後の輝きとなるかもしれない。この熱い気持ちを胸に秘めつつ、落ち着かない日々を送る大人達を我々は・・・・・黄昏流星群と呼ぶ―」

 40歳どころか50歳になってしまったわたしは、いま、『黄昏流星群』が面白くてなりません。学生時代に興味が持てなかったのも当然。これは、若造には理解できない面白さですな。むふふ。

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