No.0829 人生・仕事 『渋沢栄一 巨人の名語録』 本郷陽二著(PHPビジネス新書)

2013.12.02

 『渋沢栄一 巨人の名語録』本郷陽二著(PHPビジネス新書)を読みました。
 「日本経済を創った90の言葉」というサブタイトルがついており、帯には「『渋沢は思想家としても行動家としても一流である―』ドラッカーが絶賛した実業家!」「みずほ銀行、東京ガス、王子製紙・・・・・。約500社の企業に関わった、実業界の賢人が語る成功の秘訣。」と書かれています。著者は、光文社のカッパブックスの元編集者で、かの大ベストセラー『冠婚葬祭入門』(塩月弥栄子著)のシリーズなどを担当した人です。

    帯には、ドラッカーの言葉が紹介されています

 カバーの前そでには、以下の3つの渋沢栄一の言葉が紹介されています。

 「正しい商売には秘密はない」
 「自分さえよければという考え方では、不幸に陥る」
 「自分の行動は天にも地にも恥じるものではない」

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

「はじめに」
「渋沢栄一年譜」
第1章 「成功への道」を語る―正義を貫く
第2章 「人生の修養」を語る―自分の心をしっかり見つめる
第3章 「人との接し方」を語る―人を知り、自分を律する
第4章 「チャンスと金」を語る―運を味方にする
第5章 「社会貢献」を語る―自分の幸せだけでいいのか
第6章 「正しい商売」を語る―商いにも道徳あり
「おわりに」
「参考文献」

 「はじめに」の冒頭に、著者は次のように書いています。

 「経営の神様といわれるP・F・ドラッカーは、人材や技術などを活用して新しい時代を創り出したことで、明治維新を高く評価していた。そして、そのリーダーである渋沢栄一を称賛している。『渋沢は思想家としても一流である』と」

 わたしは、『孔子とドラッカー新装版』(三五館)や『最短で一流のビジネスマンになる! ドラッカー思考』(フォレスト出版)において、渋沢栄一こそは孔子とドラッカーの2人をつなぐミッシング・リンクであると述べました。ドラッカーから絶賛された渋沢栄一自身は孔子を心からリスペクトしていました。著者は、「はじめに」で次のように述べています。

 「『論語』は、中国の春秋時代の孔子の言葉を集めたものだが、渋沢は武士道精神、特にその中核になっている『論語』の教えこそ、『日本ビジネス道』の基本としなくてはならないと考え、『論語と算盤』を著したのである。
 それは『論語』は道徳上の経典であるのに、算盤はまったく反対の貨殖の道具である。この二者は相いれないものと考えるだろうが、自分は久しい以前から『論語』と算盤は一致しなければならぬというのが持論だった”と語っていることでもわかるだろう」

 本書を読んで、わたしの心に残った言葉を紹介したいと思います。

私利私欲ばかり考えていないか。

 この言葉について、著者は次のように述べています。

 「残念ながら、世間の経営者のすべてが優れた人物とはかぎらない。経営者の技量がない者として渋沢が挙げているのは『名前が欲しいだけの人、好人物だが事業経営の手腕に欠ける人、私利私欲ばかり考えている人』という3つのタイプだ」

 その3つのタイプの中で、一番問題になるのは「私利私欲ばかり考えている人」であるといいます。渋沢は、「このような考えを持っている者は、実際にはありもしない利益をあるように見せかけるなどして株価をつり上げて株主の目をごまかそうとする。しかし、彼らの悪行はこれにとどまらず、なかには投機目的で会社の金を流用したり、自分の事業に使ってしまう者もいる」と述べています。現在でも、経済界ではこのような人間があとを絶ちません。日本資本主義の父である渋沢は、これを「泥棒と同じ」とまで非難しています。

たとえ可能でも、どんな事業でも計画すればよいというものではない。
最も大切なのは、その事業が成立するものか否かを冷静に分析すること。

 本書には、渋沢の次の言葉が紹介されています。

 「たとえば、富士山頂に素晴らしいホテルを建設する計画があったとしよう。不可能なことではなく、やろうと思えばできる事業である。だが、もしそのホテルが完成しても、利用する人はごくわずかで採算があわないことは、多くの人がわかることだ。これは極端な例だが、可能だからといってどんな事業でも計画すればよいというものではない」

一家の冨だけを追求するのは覇道であり、
公利公益に努めるのが王道だ。

 この言葉について、本書には渋沢の次の言葉が紹介されています。

 「経営者は、社則や法律の力に頼るのではなく『王道』を貫くことが大切だと思っている。王道とは、王者が行うところの道という意味だけではなく、賢明な上役や慈愛深い経営者が行うべき道でもある。一家の富だけを追求するのは覇道であり、公利公益に努めるのが王道だ」

 「王道は従業員たちにも存在するものだ。働かないのに給料を上げてくれだとか、同僚に働かせて自分は遊んでいるというのも王道ではない。自分の責任を明らかにし、給料と仕事を調和するように努めるのが従業員の王道である」

欲深い人ほど悪い誘いには弱く、
無欲な人ほど正義の上に立つと強いものである

 渋沢は、孔子の言葉を引きながら次のように語っています。

 「君子に仕えるのは簡単だ。なぜなら、君子は部下の才能を見抜いてその長所を使ってくれるからである。だが、君子を喜ばせるのは難しい。不正やごますりなどを退け、賄賂も喜ばないからである。これに対し、小人を喜ばせるのは簡単だ。私利私欲しか考えていないため、ごますりや贈り物をすればたやすく喜ぶ。ただし小人には人を愛する心がないため、仕えるのは難しい。明治維新が成功したのは、明治天皇をはじめとした多くの君子が少しの私利私欲もなく行なったからである」

 最後に、本書には章末にコラムが掲載されていますが、「渋沢栄一とノーベル賞」というコラムに次のように書かれていました。

 「ノーベル賞は世界で最も権威のある賞といわれ、これまで日本人は19人が受賞してきた。その選考過程は極秘とされているが、近年公開された資料によると、1926年と1927年の二度にわたり、渋沢栄一がノーベル平和賞の候補者であったことが判明した」
これは、わたしも知りませんでした。

 大正時代の社会運動家であった賀川豊彦は三度もノーベル平和賞の候補になりながら受賞には至りませんでしたが、渋沢栄一や賀川豊彦といった偉大な日本人が受賞していれば、日本ももっと世界から尊敬される国になっていたように思います。ちなみに、渋沢の精神的支柱は孔子、賀川はイエスでしたが、両者ともに大いなる「人間尊重」の人でした。

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