No.0815 日本思想 『天皇』 矢作直樹著(扶桑社)

2013.10.23

 『天皇』矢作直樹著(扶桑社)を読みました。
 著者の矢作直樹氏が送って下さった本です。矢作氏はわたしとの対談本である『命には続きがある』(PHP研究所)の刊行後に本書を上梓されました。以前から『天皇の国』という本を書かれるということはお聞きしていました。

 しかし、最終的に『天皇』というこれ以上ないシンプルなタイトルになったので、少し驚きました。『天皇とは何か』でも『天皇と日本人』でも『天皇の国』でも『天皇論』でもなく、『天皇』! この極限ともいえる短いタイトルには、著者の万感の想いが込められているように感じました。

 表紙は黒字に「天皇」「東京大学医学部教授 矢作直樹」の文字が入り、皆既日食のようなデザインがあしらわれています。帯には、ベストセラー『人は死なない』の著者が、いま最も伝えたいこと」「陛下の無私の祈りに日本は何度も救われた」「学校では教えてくれない[天皇と現代史]の真実」と書かれています。

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

「はじめに」
第一章  天皇陛下とともに生きる
第二章  生と死の狭間で得たもの
第三章  国際銀行家に影響された日本
第四章  骨抜きにされた「天皇の国」
第五章  天皇陛下の国、日本
第六章  そして、これから
「おわりに」
「主要祭儀一覧」

 「はじめに」で、著者は次のように述べています。

 「私は、拙著『人は死なない』などの著作を通じ、人の生命の不思議さから、創造主の天壌無窮の『摂理』の一端について述べてまいりました。これらは私自身の生い立ちや、医師となってからの多くの経験から導き出した考えでもあります。この『摂理』を理解することで、人がこの世での使命を知り、普遍意識と繋がり、大いなる安堵と幸福が得られることに気づいてもらえればと願ってのことでした。そして、日本人が「摂理」を理解するうえで、大きな役割を担っていらっしゃるのが天皇陛下です。天皇陛下は、日本人が祖国愛と人間愛のもとに調和していくうえでの道標ともなります」

 著者は、天皇陛下にはもうひとつの大きな役割があると指摘します。それは、「力こそ正義」の世界にありながらも、世界の平和と繁栄を願い、精神的に主導されていることだそうです。著者は、誠実な人柄と誠心誠意準備をされたお心のこもった対応により、面会を得た各国の元首は皆、日本を代表される天皇陛下に心酔されると伺っております。その精神的影響の大きさは計り知れないものでしょう」と述べています。

 さらに著者は、日本人にとっての天皇陛下の意味を次のように述べます。

 「日本人にとって天皇陛下は、2600年にわたってこの国を、そして日本人を形作るのに欠かせない『扇の要』のような存在でした。そんな『要』としての存在を戦後の日本人は忘れつつあるように思います。天皇陛下の『不在』によって日本人、ひいては日本という国が融解し、ギスギスしバラバラになってきたようにも思います」

 そして著者は、「はじめに」の最後を以下のように締めくくっています。

 「天皇陛下は、それこそ無私になられて日々国民の安寧と世界の平和を祈っていらっしゃいます。国民を第一に、そしてご自分は二の次とお考えのごとく、国民のことをお気にかけられてこられました。私たちは、このような尊い心がけで生きていらっしゃる方を戴いていることを心に留めているでしょうか? もし一人ひとりが、このことをしかと心に留めて生きていれば、国民の結束や道徳心の浸透など、社会もずいぶんと変わると信じているのです」

 第二章「生と死の狭間で得たもの」では、著者は天皇陛下に医師として接した経験から、次のように述べています。

 「人は肉体を持った個人として、権利については平等としても、その魂の格や役目は千差万別です。こと天皇陛下におかれては、すべて国民・世界のために日々を費やしておられるわけですから、その魂の格がすばらしいということだけは覚えておきたいと思います」

 まことにその通りだと思いますが、こういった言葉は、いくら天皇陛下を尊敬していたとしても、なかなか言えるものではありません。このような正論を堂々と述べることができる著者は、やはり「勇気の人」であると思いました。

 第四章「骨抜きにされた『天皇の国』」では、連合国、なかでも米国政府が戦後、「天皇陛下の国」である日本を骨抜きにするために奔走する様子が描かれます。その悪しき施策の一例が「日本国憲法(現行憲法)」であり、戦後教育でした。GHQが行った一連の「精神的武装解除」は日本の国体を変えてしまうほど狡猾なものでしたが、65年以上を経過た現在、日本国憲法を見直すという行為は避けられません。しかし、よく保守派が唱えているような憲法改正とは少し違う考えを持っている著者は、以下のように述べます。

 「今『憲法改正』を考えるのであれば、一度、現憲法を正しいプロセスを経たものにする。それが筋論としては正しい。そのためには、実現可能かどうかは別として、日本国が降伏を受け入れることになったポツダム宣言の受諾までは戻って考えなければなりません。憲法はその国の人間が自主的に制定すべきです。一度、旧憲法に戻し、正しい動機、すなわち国民が今まで述べたような事実を理解し総意として現行憲法がよい、と確認したあとにしかるべき手続きを経て現行憲法を採用するのが筋道であると理解しておくことが重要だと思います」

 日本の歴史において、天皇は自らは祭事を執り行い(権威)、直接政治にたずさわらないというスタイルを貫いてきました。つまり、天皇統治には「権威」はあっても「権力」はなかったのです。第五章「天皇陛下の国、日本」で、著者は次のように述べています。

 「歴史を振り返ってみると、平安時代の約400年間と江戸時代の260年間が長い平和の時代でした。この時代の特徴として、権威と権力の分離があります。権力を平安時代は公家の摂関政治が、江戸時代は武家の幕府政治が担いました。一方、権威は天皇が実質的に象徴天皇としておわしました。そして思想的には平安時代は神仏習合、江戸時代は神仏儒の習合でそこから生活規範としての武士道も体系化されました」

 先の戦争では昭和天皇の「戦争責任」の有無が問われましたが、果たして権威はあっても権力なき天皇に戦争責任はあったのでしょうか。わたしは、映画「終戦のエンペラー」を思い出しました。この映画では、もともと日本通であったボナー・フェラーズ准将が、昭和天皇の聖性というか、日本人の「こころ」に与える天皇の存在感の巨大さに気づいていく過程がドラマティックに描かれています。ボナー・フェラーズを演じたマシュー・フォックスは精悍な顔立ちをしたナイスガイですが、わたしは本書の著者である矢作直樹氏によく似ていると思いました。マシュー・フォックスの顔だけでなく、表情といい、動きといい、何よりも全体の雰囲気が著者にそっくりなのです。

 さて、天皇陛下がいかに国際社会で敬意を払われているか。これについて、著者は「米国大統領が最高の礼装であるホワイト・タイ(燕尾服に白い蝶ネクタイ)で出迎える相手は、世界中で3人。それはローマ法王、英国女王、そして日本の天皇だけ、ということはご存じでしょうか」と書いています。わたしは、この事実を知りませんでした。そして、これを知って感動をおぼえました。

 また、著者は天皇陛下の「慎ましやかなご生活」についても言及しています。戦後、皇室財産は純然たる私有財産以外、すべて国有財産にされました。皇室の土地であった御料地も国有林とされ、他の皇室財産も国の財産に転換されました。皇室は経済力を完全に奪われてしまったわけです。この事実を述べた後で、著者は次のように書いています。

 「敗戦時、昭和天皇が『国民を救ってほしい』とマッカーサーのもとに持参された皇室の有価証券の類いも現在は限られたものをお持ちになられているだけです。明治天皇が『生活苦で医療を受けることができずに困っている人たちを施薬救療によって救おう』と思召され、桂太郎首相に下賜金を賜われて恩賜財団済生会が創設され、全国に済生会病院が建てられましたが、このような裁量もおできにならなくなったのです」

 第六章「そして、これから」で、著者は「いま、日本人は何をなすべきか」を示しています。ここで、著者は映画「スライヴ」を参考にします。世界最大の一般消費材メーカーであるプロクター&ギャンブル(P&G)の創業家の御曹司であるフォスター・ギャンブルは、自身で制作した映画「THRIVE(スライヴ)」を公表しました。そこで、彼は国際銀行家たちによる世界の富の独占の事実をカミングアウトしています。
 フォスター・ギャンブルは映画の中で「私たちは何をすべきか」「その結果、現実社会はどうなるか」について説明しているのですが、それを参考に、日本人は以下のような活動をすればいいそうです。

(1)情報は、公正で開かれたインターネットにより得て、自分の考えを述べ他人と繋がる場をつくる。
     ジャスミン革命はまさにこのようななかから生まれてきた成果のひとつです。
(2)国際銀行家の息のかかって(大手資本の参入して)いない独立メディアを支援する。
(3)国際銀行家の息のかかっていない地元の銀行を使う。
(4)欲をかかないよう心がけながら責任を持った購入や投資をする。
(5)わが国の有機・非遺伝子組み換え農業を支援する。安心できる食べ物を地産地消で。
(6)現在の追跡可能な紙投票を維持することでコンピュータ操作の余地を差し挟ませない。
(7)再生可能なニューエネルギー技術を支持する。
(8)クリティカルマス活動(臨界点)に参加登録する。

 本書には、天皇陛下の素晴らしさが余すところなく述べられていますが、これは著者が担当医として陛下の近くで接してきたことも大きいでしょう。著者は、以下のように天皇陛下の想像を超えた影響力について述べます。

 「たとえば、東大病院を退院されるとき、特別室から一般の方とは別のルートで正面玄関まで来られ、お車で帰られるのですが、そのときの正面玄関の雰囲気というのは、もう、スーパースターがいらっしゃるとしか表現しようがありません。なにより、告知など行うはずもないのに、陛下が玄関にお越しになった瞬間に、どこから来たかと思うほどの見舞い客というか患者さんたちがワーッと集まってくるのです。本当に、おふたりが病院長に先導されてお歩きになるとき、その場の空気が激変するのです。玄関のガラスの向こう側を、車に乗り込む陛下がお通りになるとき、お1人お1人に、家族に挨拶をするように笑顔を振りまいていかれます。それを見れば、『あっ、私は陛下の民なんだ』といった、まさに『君臣一如』という理屈を超えた一体感を得ることができます」

 本書の帯には「学校では教えてくれない[天皇と現代史]の真実」と書かれていますが、小学校の教科書には天皇の主な仕事として「国会の指名に基づいて内閣総理大臣を任命する」「国会を召集する」「衆議院を解散する」「外国の要人と会う」などと書かれてあるそうです。それを読んだ著者は、そこには天皇陛下の最も大切な仕事が書かれていないことに気づいたそうです。それは、「国の平和と国民の安寧を願って祈られる」という仕事です。
天皇陛下とは、日本で最も日本人の幸福を祈る人なのです。

 東日本大震災が起きたときも、昭和天皇の「終戦の詔書」以来となる復興の詔勅としての「平成の玉音放送」を行われました。また、世界史にも他に例がないほどの回数の被災地訪問をなされました。そして、心から被災者の方々を励まされたのです。このたびの台風26号で亡くなられた伊豆大島の方々に対しても、天皇陛下は深い鎮魂の祈りを捧げられたことと思います。今また大型台風が日本列島を襲おうとしていますが、天皇陛下はきっと「すべての日本国民が無事でありますように」とお祈りになられていることでしょう。

 偉大なブッダ、イエスといった「人類の教師」とされた聖人にはじまって、ガンディー、マザー・テレサ、ダライ・ラマなど、人々の幸福を祈り続けた人はたくさんいます。しかし、日本という国が生まれて以来、ずっと日本人の幸福を祈り続けている「祈る人」の一族があることを忘れてはなりません。本書『天皇』は、その偉大な「祈る人」の真実を教えてくれる本です。ぜひ、すべての日本国民に読んでほしいと思います。

 本書を読み終えたわたしは、少し前に詠んだ以下の歌を口ずさみました。

   聖人は仏陀孔子にソクラテス 
             イエス・キリスト天皇陛下   庸軒

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