No.0616 人生・仕事 『ズルい仕事術』 勝間和代著(ディスカバー・トゥエンティワン)

2012.06.10

 『ズルい仕事術』勝間和代著(ディスカバー・トゥエンティワン)を読みました。

 著者の本を読んだのは、『読書進化論』(小学館新書)を読んで以来で2冊目になります。『読書進化論』を読んだのは、『あらゆる本が面白く読める方法』(三五館)を書く際に当時売れていた読書術の類を片っ端から読んだからです。もちろん著者の存在は知っていましたが、ホリエモンと同じで「食わず嫌い」状態だったのです。

 本書には、真紅のライダースーツを着て大型バイクの傍らに立った著者の勇姿が写った帯が巻かれています。その横には、マルの中に次のような言葉が記されています。

 [勝間式]自己分析力×論理思考力×レバレッジ力で、あなたも「ズルい」人になれる!

 さらに、大ぶりな帯には以下のようにも書かれています。

 「この本は、限られた時間と能力から最大限の付加価値を社会にもたらしたいと考える人のためのものです。『まじめ』な人は、なぜかそれを『ズルい』と言います」

 どうやら、本書では「まじめ」と「ズルい」が反意語として扱われているようです。著者は先に『まじめの罠』(光文社新書)という本も刊行していますので、同書はその姉妹編なのかもしれません。

 本書の「目次」は、以下のようになっています。

はじめに:なぜズルさが必要なのか?
     あなたの生産性を阻む5つの病状
     ズルさが日本を救うこれだけの理由

第1章:「ズルい仕事術」を支える3つの柱

第2章:ズルい仕事術を支える柱(1)自己分析力
気づきその1.自分の判断はあてにならないということを徹底して知ろう
気づきその2.「しょせん、自分ができることなんて限られている」
気づきその3.自分と他人は違う価値観で行動しているということを徹底して理解する

第3章:ズルい仕事術を支える柱(2)論理思考力
論理思考力を構成する3つの力その1.正しく課題を設定する能力
論理思考力を構成する3つの力その2.課題に対して仮説をしっかりとつくる能力
論理思考力を構成する3つの力その3.仮説を実証するために情報を集める能力

第4章:ズルい仕事術を支える柱(3)レバレッジ力
  レバレッジ力その1.市場をレバレッジする
  レバレッジ力その2.人脈をレバレッジする
  レバレッジ力その3.ITをレバレッジする
  「レバレッジ力」について、とても大切なこと

おわりに:ズルい仕事術とは、「自分をいつも見つめ直し」「常識を疑い」「運のいい人になる」こと

 はじめに「なぜズルさが必要なのか?」の冒頭で、著者は「まず、日本が『まじめ病』『根性主義病』にかかっていることを強く強く理解してください」と読者に訴えます。
 まじめ病や根性主義病の難点は何かというと、「仕事の成果というものを、付加価値、すなわち、〈OUTPUT―INPUT〉」で計算されるものとしてとらえるのではなく、ひたすら、「INPUTを最大化すれば、OUTPUTもそれに比例して最大化されるはず」と思いこんでしまっていることだそうです。
 著者は、これが正しくないことであり、みんなも気づきはじめていると言います。
 これだけまじめにコツコツ休みをとらずに長時間労働しても、日本の国際競争力は低下する一方であり、市場は過当競争の結果、供給過剰となり、マクロではデフレで低成長に苦しんでいるからだそうです。そして著者は、次のように述べています。

 「小さいころから、『努力は美徳』『成果だけで人の価値を測ってはいけない。プロセスが大事』と言われ続けてきたわたしたちには、付加価値を最大化しなければならない、という発想が本当には身につかず、行動に結びついていません。
 それどころか、あまり努力をしない、すなわちインプット(INPUT)が少ないのにアウトプット(OUTPUT)を出してしまう人は、『あいつはなにか裏技を使ってるに違いない、悪いことをしているに違いない』ということで、『ズルい人』と呼ばれ、軽蔑されたりするのです。しかし、この本の目的は、そのような『ズルい人』になりましょう、ということです。『ズルい仕事術』の推奨です」

 この「ズルい仕事術」のポイントは、3つの力のバランスだそうです。
 3つの力とは、「自分の強み・弱みについての正しい自己分析力」「不確実な状況でも的確な判断を下せる論理思考力」「周りへの徹底したレバレッジ力」だとか。著者は「ズルい仕事術」に対して「秘伝のタレ」という表現を使っています。この「秘伝のタレ」について、著者は次のように説明しています。

 「自己分析力や論理思考力、レバレッジ力のひとつひとつは、文字どおり、独立した調味料です。しょうゆ、みりん、砂糖をどのように組み合わせればおいしくなるかということについてさまざまなレシピがあるように、そのバランスのとり方にはコツがあります。料理と同様、おいしい組み合わせ方を、いちいちレシピを見て計量スプーンで計らなくても、自分の勘で工夫できるようになることが大事です」

 この「秘伝のタレ」のたとえは見事であると思いました。

 ところで、なぜ日本では努力至上主義がまかり通ってしまうのか。その理由について、著者は次のように述べています。

 「それは、ゴールに対する明確な目標設定がなかったり、あるいは、成果そのものをしっかりと計量するクセがないからです。だからこそ、とりあえず、保身のため『精いっぱい努力しました』と言い訳ができる状態にしておくのです。精いっぱいコスト削減をして、精いっぱい働く、そういうことです。
 わたしはこれを『保身のための悪しき完全主義』と呼んでいます。『一般的に言われている』努力を十分にしないことを理由に、あとで責められたり、うまくいかなかったときに揚げ足をとられたりするのが嫌だから、過剰な保身のための努力をするわけです。
 その背景には、『妬み文化』による足の引っ張り合いがあります」

 この「妬み文化」による足の引っ張り合いを著者が心の底から憎んでいることが本書の端々から窺えます。「妬み」は、一般に悪口や陰口につながります。誰が見ても羨むような成功を収めた著者は、妬みを買いやすいようです。
 そして、当然ながら悪口や陰口を言われやすくなる。それだけに、著者の「悪口」「陰口」に対する憎悪の大きさはかなりなもので、本書の第4章には「なぜ、悪口、陰口を言うのか?」というそのものズバリの文章があります。そこで著者は、次のように述べています。

 「なぜ、人は悪口や陰口を言いたがるのでしょうか? それはやはり、『自尊心を満たす』ためです。人の悪いところを見ることによって、あるいはそこを誇張することによって、相対的に自分の優位度を確認したい、高めたい、と思うからです」

 最近は、ツイッターやフェイスブックで著名人の悪口や陰口、あるいはホテルの従業員などが宿泊情報などをつぶやいて、処分されるケースが増えてきました。
 このような風潮について、著者は「なんでそんな馬鹿げたことを平気でやってしまうのかというと、それはやはり自尊心を満たすためだと考えます。自尊心を満たすために、自分の職場に有名人がいたということを言いたいし、他人を批判することによって自分がその他人より上になった気になりたいのです」と述べています。
 では、なぜ、そんなことをする人がいるのでしょうか。著者は、続いて述べます。

 「それは、自己分析力がしっかりとできていないからです。いろいろな価値観があり、また、人もいいところ、悪いところ、さまざまな面を持ち合わせているし、さらに完全な人など、自分も含めひとりもいないのだということがわかれば、特定個人の実名をあげた人格攻撃など、恥ずかしくて言えなくなるはずです」

 おそらく、ネット上も含めて、日本で最も悪口や陰口を叩かれているであろう著者は、悟りを開いたかのように、次のように述べています。

 「自分を上げるよりは人を下ろすほうに力を使ってしまう人は、人を下ろせば下ろすほど自分もそのぶん、下りていることに気がつかないのです。日本の世の中を見ると、むしろ下げることで自分を上げる人が多数派です。マスメディアも、週刊誌も、ゴシップ誌も、同じです。みんな、それを見て、悪い学習をして、ネガティブスパイラルに陥るのです」

 その通り! 著者の言うことは、まったく正しいと思います。この部分は、本書の中でも最もわたしのハートにヒットしました。最近は仏教書もよく読むという著者は、若くして人生の真理のようなものにアクセスしたようですね。

 「おわりに」では、ズルい仕事術を実現するためには「自分をいつも見つめ直し」「常識を疑い」「運のいい人になる」ことが大事とまとめています。
 逆に、努力の割に仕事ができない状態とは「人の意見に流され」「決められたことを守り」「運が悪くなるように悪くなるように、行動している」状態だそうです。
 本書には、ズルい仕事術を実現するための詳しい技術もいろいろと紹介されていますが、これらは著者のオリジナルというよりは著者がこれまで読んできた本などの引用が主です。自分の考えを述べずに他人の受け売りばかりで、本書を「ズルい本」だという人がいるかもしれません。でも、わたしはそうは思いません。自分の意見であろうが、他人の意見であろうが、要は読者の役に立つ情報を提示することが重要です。
 その意味で、本書は優れたアイデア・カタログであり、ブックガイドであると思いました。

 最後に『ズルい仕事術』というタイトルですが、わたしは好きではありません。内容を読むと、効率よく仕事をするための本なのに、わざわざ「ズルい」というネガティブな言葉を被せる必要はないと思います。
 ただでさえ誤解されがちな著者に、これ以上、偽悪的なレッテルを貼ってどうするのか。本のタイトルは刺激的なほうが売れるなどというのは、もう勘弁してほしいですね。
 「PRESIDENT」2012年4月30号の特集は「仕事リッチが読む本 バカをつくる本」でした。それによれば、稼ぐ人は「著者」で本を選び、低年収の人は「タイトル」で本を選ぶそうです。ならば著者の本を購入する人は「勝間和代」という名前で選ぶのでしょうから、ことさら偽悪的なタイトルをつける必要などないのでは?

 それにしても、本書には数え切れないほどの「ズルい」という単語が登場します。本書を読んでいる間、わたしの頭の中にはシャ乱Qの「ズルい女」がずっと流れていました。

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