No.0557 エッセイ・コラム 『シアワセのレモンサワー』 東陽片岡著(愛育社)

2012.03.10

 『シアワセのレモンサワー』東陽片岡著(愛育社)を読みました。

 著者は、わたしが愛読している漫画家です。社長であるわたしの影響で、わが社にも多くのファンがいるようです。本書は、著書の身辺雑記的なエッセイ集なのですが、読んでいるうちに何だか心がホンワカしてくるような不思議な幸福論でもあります。

 本書の帯には、「東陽先生に根拠のない勇気をもらいました!(40歳・男・失業者)」という読者の声が紹介されており、「場末のハンニバル・レクター、東陽片岡が贈る大不景気時代の世渡り術」と書かれています。どうやら、お金がなくとも世間を渡ってゆくためのヒントのようなことが書かれている本のようです。

 本書は、第一章「一人遊び」、第二章「私の経歴」、第三章「シアワセのアイスコーシー」、第四章「カナシミのレモンサワー」、あとがき「やっぱしシアワセのレモンサワー」という構成になっています。第一章「一人遊び」の最初は「酒」というエッセイが掲載されていますが、その冒頭で著者は次のように書いています。

 「私の酒の飲み方は、まずはレモンサワー、もしくはホッピーです。
 つまみは焼き鳥のネギ間をタレで3本。他は特にいりません。
 ビールなんてものはあまり飲みません。
 あれは小便になるのが早く、しみじみ演歌を聞きながら飲むものではありません。
 最近、居酒屋に演歌が流れなくなったのは寂しいことです。
 私は基本的に演歌が流れる居酒屋に飲みに行きます。
 メニューはその日仕入れたものを手書きで書いた店が理想ですが、新鮮な刺身を出すような高級な居酒屋には行きません。新鮮な刺身を出す高級居酒屋で9000円使うのならば、3000円で飲める居酒屋に3回行きます」

 ・・・・・とまあ、こんな内容が延々と続きます。「どうでもいいようなこと」のようにも思えますが、これが途中で読むのをやめられないほど面白いのです。

 この「酒」というエッセイの最後は、次のように書かれています。

 「はじめて酒を飲んだのは高校2年の時でした。人からもらったウイスキーを1本飲んで翌日はひどい二日酔いで学校を休みました。吐きまくりました。
 1人で居酒屋に行くようになったのは27歳、包茎手術をした後です。
 スナック放浪は30過ぎからもう20年以上続いています」

 なんだか、しみじみとする文章ですね。著者は、スナック放浪の経験を生かして、奇書として名高い『レッツゴー!! おスナック』(青林工藝舎)を書き上げます。

 著者の趣味は、サラリーマンの格好をすることだそうです。著者は一度も会社員生活をしたことはありませんが、なぜかサラリーマンに憧れています。ときどき、パリッとしたスーツを着てネクタイを締め、空の手提げカバンに新聞を差して、サラリーマンの聖地である新橋に行くそうです。そして、新橋の安酒場で本物のサラリーマンに混じって酒を飲みながら「日刊ゲンダイ」を読んだりするとか。著者は、「サラリーマンごっこ」というエッセイで次のように書いています。

 「もともとスーツを買ったのはテレクラで待ち合わせた女性に好印象をもっていただくためでした。テレクラにあきるとスーツを着る必要がなくなったわけですが、もったいないからそのままサラリーマンごっこをはじめたわけです。
 サラリーマンごっこの楽しさを知り、スーツは紳士服店で何着か揃えました。
 時計もサラリーマンらしいセイコーの1万円のものを買いました。
 クリーニング屋にもちゃんと出してます。
 サラリーマンごっこは、いつも1人でやるわけではありません。
 ときどき、知り合いの編集者やデザイナーがスーツ姿になって、私の部下になることもあります。サラリーマンごっこに参加する女性は当然のことながらOLです。そのうち大企業なみの人数でサラリーマンごっこをしながら忘年会でもやろうかと考えています」

 サラリーマンごっこをしながら、酒を飲む著者はいろんな面白い人に出会います。「歌謡ショー」というエッセイでは、次のように書いています。

 「サラリーマンごっこをしていると、一人酒をしているおじさんと隣合わせ、さっそく話がはじまりました。
 『僕はね「頑張れ」なんて人に言わないの』
 『たしかに「頑張れ」というのは微妙に照れが在りますね』
 『そうそう。だから僕はね、人を励ます時はいつも「踏ん張れ」って言うんだよね』
 こういう味わい深い話が聞けるのも居酒屋で1人で飲んでいる酔っ払いのおじさんならではです。酒に酔ってこういう話をするおじさんはいい人間に決まっていて安心して話を聞いていられます。
 『お風俗に行き、サービスをはじめる前に女の子がよく「頑張ろっか」と言いますけど、私はあれも非常にいいと思います』
『うん、そうそう。しかし、風俗の女の子たちは体をはって踏ん張ってるよなあ』
 私のような人間がこんなに素晴らしい会話を楽しめるのはサラリーマンごっこのおかげです」

 いやはや、「頑張れ」に代わる応援言葉としての「踏ん張れ」には感動しました。それ以来、わたしもことあるごとに、社員などに「踏ん張れ」と言っています。

 考えさせられたのは、「飲酒文化が廃れていく」というエッセイです。居酒屋やスナックをこよなく愛する著者は、次のように書いています。

 「しみじみ考えれば、この不景気なご時世にアパートで暮らせ、蒲団で眠りメシが食えるだけで御の字です。世の中には病気やケガで入院している人がたくさんいる訳ですから、こうしてたまに居酒屋でレモンサワーを飲めるだけでシアワセなのです。
 町からどんどん居酒屋やスナックが消えていきますが、経営者のみなさんもきっと大変辛い思いをしていることと思われます。
 居酒屋やスナックが廃業においやられるのは、団塊の世代が続々と定年退職を迎えたのも原因の1つだと考えられます。さらに交際費の削減もあります。
 みんな自分の金で飲むのは嫌なのだということがよくわかりました。
 これからますます外飲み文化が廃れていくのはまったくもって悲しむべきことです。
 現役を無事引退した方々が、会社の金を使えなくなったから飲むのをやめて家にいるのではなく、退職金や年金や貯金でマイペースに酒を飲む方が楽しいことに気付けば大分景気は回復するような気もします」

 わたしは、この文章を読んで、なんだか寂しくなってきました。地元の小倉でも、行きつけだったスナックが次々に閉店しているからです。「ミューゼ・ド・イー」も、「ルパン」も、「レパード」さえもなくなりました。10年前に比べたら、本当に行く店がなくなってしまいました。寂しいです。

 スナックは日本独自の文化なのに、このままでは絶滅してしまうかもしれません。文化庁かどこかで、スナックの保護政策が図れないものでしょうか?

 著者とはお会いしたことがあります。マンガに掲載されている写真そのままのお姿でした(笑)。名刺を交換すると、厚紙の名刺には「漫画・挿絵業 東陽片岡」と書かれていました。著者とは荒木町の「グレース」というスナックでお会いしましたが、今度はぜひ新橋の居酒屋で会いたいです。そして、著者はタレ、わたしは塩で焼いた焼き鳥をかじりながら、しみじみとシアワセのレモンサワーを一緒に飲みたいです。

 もともと、レモンサワーはシャンパンと並んで、わたしの一番好きな飲料であります。わたしがチョー貧乏になってシャンパンとは無縁の人生になったとしても、きっとレモンサワーぐらいは飲めるでしょう。よく考えれば、酔っ払っちまえばシャンパンもレモンサワーも味などわかりゃしません。どちらも透明の炭酸アルコール飲料ですしね(微苦笑)。

 わたしは、これからもシアワセのレモンサワーを飲みながら、素晴らしき東陽片岡ワールドを楽しみたいと思います。もう、たまらん!(笑)

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