No.0509 宗教・精神世界 『現代神道論』 鎌田東二著(春秋社)

2011.12.11

 『現代神道論』鎌田東二著(春秋社)を読みました。

 本書は、「バク転神道ソングライター」こと鎌田東二先生の最新刊です。サブタイトルは「霊性と生態智の探究」。テーマはずばり「神道」で、帯には「『神道』という日本人の生き方。」というキャッチコピーが記されています。

 また、「『3・11』後の時代を見据え、霊性と生態智の視点から、原発と震災を超えて、日本人の生きる道を問う、刮目の書。」とも書かれています。どうやら東日本大震災についても書かれているようですので、これは非常に読書欲をそそられます。

 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

序章    熊野にて―東日本大震災からのメッセージ
第一章  神道をどうとらえるか
第二章  スパイラル史観としての「現代大中世論」
第三章  東山修験道―「あさっての神仏学」
第四章  祈り・東日本大震災の被災地を巡る旅
 ~神社と民俗芸能・儀礼が伝えるメッセージ
終章   「3・11」後の霊性と生態智の探求に向けて
「引用・参考文献」
「あとがき」

 序章「熊野にて―東日本大震災からのメッセージ」で、2011年3月11日の朝、著者は京都から熊野に向かい、神社仏閣を参拝して回った後、沖縄から合流した映画監督の大重潤一郎氏から東北地方を襲った大地震と大津波のことを聞き、初めて未曾有の大災害のことを知ったと書いています。非常に大きな衝撃を受けたという著者は、次のように述べています。

 「この夜わたしは、熊野本宮の地で、東北地方を襲った地震と津波の映像を見た。特に、気仙沼が燃え盛っている真夜中の風景は、宮崎駿監督のアニメーション『風の谷のナウシカ』の王蟲(オウム)の暴動の場面を想起し、慄然とした。
 信じがたい、息をのむ光景だった。津波にのみ込まれて亡くなっていった多くの人々の恐怖と無念の念いが一挙に押し寄せてくるように思った。『無縁社会』どころか、この大震災と大津波によって亡くなった方々をどう供養し鎮魂し、そしてこれからの社会をどう築いていくのか、厳しく問われていると思った。これから先、どんな困難が待ち受けているか、先の読めない『現代大中世』という『大乱世』の深部にいよいよ突入していくのかという暗澹たる気持ちを抱いたまま、熊野本宮での一夜を過ごしたのだった」

 著者は、元号が「平成」(1989年1月8日)になった時から、それまでも主張していた「現代大中世論」をさらに強く主張するようになりました。それは、現代は中世の課題をいっそう拡大再生産したような困難の中にあるという時代認識です。

 著者いわく、日本中世には律令体制が大きく崩れ、征夷大将軍という令外の官が権力の中心となって二重権力構造が生まれました。そして、現代日本は米国という「征夷大将軍」に制圧され守護された二重権力構造の中にあると主張してきたのです。

 当初、その主張はバブル崩壊前の元禄気分が漂う時代風潮の中で、あまり注目されませんでした。しかし、1989年のベルリンの壁崩壊、91年のソ連崩壊、湾岸戦争、95年の阪神淡路大震災、オウム真理教事件、97年の酒鬼薔薇聖斗事件、2001年の米国同時多発テロ事件、アフガニスタン戦争、03年のイラク戦争、04年のスマトラ沖地震、そして08年のリーマンショック後の世界金融危機、地球温暖化現象など、深刻度を増す事件や事態が相次ぎ、著者の危機感は次第に現実味を帯びてきたのです。

 著者は、自ら主張する「現代大中世論」を一言で言えば、4つの「チ縁」の崩壊現象とそれを踏まえた再建への課題を指しているとして、次のように述べます。

 「それはまず、地縁・血縁、知縁、霊縁という4つのチ縁の崩壊現象として現れてくる。限界集落を抱える地域共同体やコミュニティの崩壊。家族の絆の希薄化と崩壊。知識や情報の揺らぎと不確定さ。『葬式は要らない』とか『無縁社会』と呼ばれるような先祖祭祀や祖先崇拝などの観念や紐帯や儀礼が意味と力を持たなくなった状況。物質的基盤から霊的・スピリチュアルなつながりまで、すべてのレベルでチ縁が崩落し、新たな効果的な再建策やグランドデザインを生み出せないでいるのが、今日の現状である」

 著者の文通相手であるわたしは、「葬式は、要らない」とか「無縁社会」と呼ばれるような先祖祭祀や祖先崇拝などの観念や紐帯や儀礼が意味と力を持たなくなった状況に強い危機感を抱いています。そして、新たな効果的な再建策やグランドデザインを生み出すべく悪戦苦闘しているところです。他ならぬ著者自身も「無縁社会」を乗り越える実践者ですが、次のように述べます。

 「わたしたちの身体は、『この身このまま』でしかないので、多様で多彩な情報空間の中で拡大・拡散しがちな『非等身大の情報的自己』と、この『等身大の身体的自己』との分裂や齟齬や断裂がまま起きる。『今ここのこの身』とか『等身大』という自覚は、『生態智』という具体的で身体的な知恵ともつながってくるが、わたし自身は、そうした自分の身体拠点から、『支援』というよりも、『これまでのご縁の生かし方』という意味での『支縁』の在り方を考え、実践していきたい。
 というのも、わたしは25年も前から、修験道の開祖とされている役行者をもじって、『現代の縁の行者になる』と宣言し、実践してきたからだ」

 その「現代の縁の行者」の導きによって、わたしも多くの方々と出会いました。映画監督の大重潤一郎氏、沖縄学者の須藤義人氏、造形美術家の近藤高弘氏、写真家の須田郡司氏、そして「宇宙船の船長」こと天河大弁才天社の柿坂神酒之祐宮司など、わたしがこれまでにお会いした方々も、本書に登場されています。

 さて、本書は「神道」についての本ですが、神道とはそもそも何か。本書ではまたユニークな説明がなされています。第一章「神道をどうとらえるか」の冒頭で、著者は「神道」の真髄について誰にでもわかるように解き明かすとすれば、童謡「むすんでひらいて」が最適であるとして、次のように述べます。

 「『むすんでひらいて、手を打ってむすんで、またひらいて手を打って、その手を上に』という歌詞のこの童謡は、作曲はフランスの思想家ジャン・ジャック・ルソーであるが、作詞者が不明といわれている。古代歌謡や民間伝承のさまざまな物語の多くは作者不明であるが、しかしそれが伝承されてきたところに、その歌や物語の共同心性が共有されていたことがわかる。
 あるものとあるものとをむすぶ、そしてそのむすびからあるものごとをひらいていく、そして神前で拍手を打つように手を打って、またさらにそれらをむすびかため、またひらき、手を打って、天地神明に対し、手を上にして祈りの言葉を唱え、感謝と祈りの気持ちをあらわす。このよく知られた『むすんでひらいて』という童謡を、そのような一連の思想・思念と行動・行為の連係と読み解いてみる。
 このような何気ない、誰にも知られているような童謡の中に、潜在思想として、神道の精神と思考が極めてはっきりと表現されていると考えるからだ」

 著者は、神道の生死観を考えるとき、そこでの根源語は「むすび」と「ひらき」であると断言し、次のように述べます。

 「『むすび』とは、いのちを生成するはたらき、対して、『ひらき』とは、開放するという意味ばかりではなく、その反対に、解散するとか消滅するとか無くなるという合意を持っている。例えば、『おひらきにする』と言ったら、おしまいにする、解散するという意味合いである。とすれば、無くなるということは単なる消滅ではなく、もう一つの世界へ開いていくという意味合いも持っているということになるが、この生死観を古くからの大和言葉を使って言えば、『むすびとひらき』であろう」

 著者は、さらに「神道とはどのようなものか」と考えます。神道には明確な教義はありませんが、しかしいろいろな形に表れていると著者は言います。そして、その「表現(あらわれ)としての神道」を次の7つの観点から位置づけたいというのです。

 1.「場」の宗教としての神道~森(杜)の詩学、斎庭の幾何学・聖地学、場所の記憶。
 2.「道」の宗教としての神道~教えではなく、生活実践、いのちと暮らしのかまえ、いのちの道の伝承文化として。
 3.「美」の宗教としての神道~もののあはれや気配の感覚知、清浄、すがすがしさ、感覚宗教、芸術・芸能宗教。
 4.「祭」(儀礼)の宗教としての神道~祭祀による生命力の更新・鎮魂(たまふり)。
 5.「技」(わざ)の宗教としての神道~具体表現の技術。ワザヲギの術。エロス。
 6.「詩」(物語性・神話伝承)の宗教としての神道~世界やいのちを物語的にとらえる。
 7.「生態智」(エコソフィア)としての神道~いのちのちからと知恵を畏怖・畏敬し、伝承し、暮らしの中に生かす。

 つまり、著者は神道とは「場」「道」「美」「祭」「技」「詩」として表れており、その表れの総体の中に「生態智」が息づいていると考えているのです。

 著者によれば、「生態智」とは、「自然に対する深く慎ましい畏怖・畏敬の念に基づく、暮らしの中での鋭敏な観察と経験によって練り上げられた、自然と人工との持続可能な創造的バランス維持システムの技法と知恵」だそうです。「神道」には、そのような深層的な「生態智」が詰まっているというのです。

 また著者は、日本列島の最大の特徴は北米プレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレート、太平洋プレートが張り出して来て集合している「プレート集合列島」であるところだと指摘します。そして、このような地質学的・自然地理学的な習合特製の上に、歴史地理学的・文化地理学的な習合特性が加わってくる、すなわち、北方、西方、南方の三方から、半島的要素(朝鮮半島から)、大陸的要素(中国大陸から)、南島的要素(東南アジアの島々から)が入り込んできて、ハイブリッドな文化・文明習合が生まれたとして、著者は次のように述べます。

 「日本列島はプレート、気候、海流、動植物相、環境と生態系のすべてにおいて、実に多様で多層的、かつ多元的な習合構造としてできあがっている。つまるところ、プレート習合と文化習合の集結点ないし環太平洋祭祀文化が『神道』の基盤であり、日本列島に葦のように自己生成してきた『神道』は、日本列島の自然と文化の生成の交点、立体交差点となっているのである。
 こうした交点に、『神道』という土着型宗教と『仏教』という伝来宗教が『習合』して、『神仏習合』という独自の宗教複合の習合文化が生み出された。この『神仏習合』文化は、現在に至るまで日本文化の通奏低音となっている」

 著者は、「神仏習合」という文化習合が練り上げられる遥か以前から、4つの海流(黒潮・対馬海流・親潮・リマン海流)が流れてきて合流するという「海流の十字架」でもある日本列島において、さまざまな「カミガミ」が合流してきて、そこに列島の「神神集合」の文化特性ができてきたと主張します。その上に、6世紀になって仏教が朝鮮半島から伝えられ、その後さらに中国大陸から伝えられて、日本古来の神道と交じり合う「神仏習合」文化が形成されたと見ます。

 つまり著者によれば、「神仏習合とは神神習合の一分枝(ブランチ)である」というのです。そこにおいて、「カミ(神)」とは、日本人が抱いてきた聖なるものに対する「霊性のフォルダ」であり、その「神フォルダ」の中にたくさんの「八百万の神ファイル」が収められているとして、著者は述べます。

 「さまざまな神威、神格、霊威、霊格、霊性を表わす『八百万の神ファイル』を全部ひっくるめて、1つの『フォルダ』として集大成したものが、『神』という名の一大フォルダである。そういう『神フォルダ』や『八百万の神ファイル』の文化土壌に、『仏菩薩』の信仰と思想と実践が入ってきて、その『フォルダ』の中に包含され、根付くことになった。それが神と仏の日本文化史であり交渉史である」

 このような「フォルダ」とか「ファイル」といったパソコン用語を使って日本の神仏習合文化を説明するというPOP性こそ著者の真骨頂であり、他の宗教学者には決して真似のできない「強み」であると思います。わたしは、もともと著者のことを稀代の「コンセプター」であり「コピーライター」であると思ってきました。

 なかなか言葉に表現しにくいものを概念化し、言語化する著者の能力にはきわめて非凡な才能を感じます。たとえば、著者の多くの著書で紹介され、本書にも登場する「神」と「仏」の原理的差異などもその一例です。著者は、「神」と「仏」の違いを以下のように3つの標語にして、わかりやすく説明しているのです。

 第1に、神は在るモノ、仏は成る者。 
 第2に、神は来るモノ、仏は往く者。 
 第3に、神は立つモノ、仏は座る者。

 つまり、神とは森羅万象、そこに偏在する力、エネルギー、現われです。それに対して、仏は悟りを開き、智慧を身につけて成る者、すなわち成仏する者です。
また神は祭りの庭に到来し、訪れてくるモノですが、それに対して、仏は悟りを開いて彼岸に渡り、極楽浄土や涅槃に往く者です。

 また神は祭りの場に立ち現われるがゆえに、神の数詞は一柱・二柱と数えるのに対して、仏は悟りを開くために座禅瞑想して静かに座る者で、その座法を蓮華座などと呼びます。例えば、諏訪の御柱祭や伊勢神宮の心の御柱や出雲大社の忌柱に対して、奈良や鎌倉の大仏の座像などは、立ち現われる神々の凄まじい動のエネルギーと、涅槃寂静に静かに座す仏の不動の精神との対照性を見事に示しています。このように、神と仏の違いは非常に大きいと言えます。

 ある意味で対極に位置する者でありながら、日本で神仏習合が進んだのは、もともと森羅万象に魂の宿りと働きを見る自然観や精霊観があり、それが仏を新しい神々や精霊の一種として受け入れる素地となったからです。

 また著者によれば、「神道」という言葉には次のような3つの意味があるといいます。

 第1に、「神からの道」(The Way from KAMI)としての神道
 第2に、「神への道」(The Way to KAMI)としての神道
 第3に、「神との道」(The Way with KAMI)としての神道

 まず、先程も紹介したように、さまざまな神威、神格、霊威、霊格、霊性を表わすファイルを含んだ霊性フォルダを「神」と総称します。その「神」から発するさまざまな現象や生成が「神からの道」としての「神道」です。それに対して、人間が儀礼、祈り、供物、さまざまな芸能を「神」に捧げ奉納することを通して向き合おうとするのが、「神への道」としての神道です。さらには、祈り、祭り、直会などを通して、神と人間が共に楽しみ、飲み食いし、遊ぶさま、これが「神との道」としての神道です。

 「神からの道」、「神への道」、「神との道」・・・・・3つの「神道」は、みな祭りという祈りの形式を通して総合的に実践されます。著者は、「祈りは1人で捧げる行為であるが、祭りは地域の仲間や家族と共にみんなで行う集合行為である。祈りは霊性の基盤であるが、祭りは公共性の基盤である」と述べています。

 そして、次のように「祭り」の4つの語源的意味を紹介します。

 1.待つ―神々の訪れを待つ行為としての祭り
 2.奉る―供え物を奉り芸能所作を奉納する行為としての祭り
 3.服ろう―大なる存在と意思に従う行為としての祭り
 4.真釣り―真の大いなる均衡・バランス・調和としての祭り

 さらに、著者は「祭り」の本質について次のように述べています。

 「祭りとは、神々と自然と人々との交歓によって、大なる循環と調和を導く民衆的知恵と生活技術である。それは、魂の力をもって、平和と平安と幸福を招き入れるワザヲギであり、何モノか神聖なる存在、つまり神の訪れを待つところから始まる。そしてそれは、深い『耳のそばだて』、傾聴の姿勢を必要とする。神々や自然や先祖の声に慎しみ深く耳を傾け、その場に到来するものを待ち受けること、そしてそこに到来した大いなるモノに心からの感謝の供え物を奉り、大いなる存在の『声』に従い、讃え、調和と美と喜びをもたらすこと、それが『祭り』である」

 こうした「祭り」の中で、聴こえてきた声と身振りのかたちが、やがて「神楽」という芸能文化となります。日本の芸能文化の始まりは「天の岩屋戸の神事」に発するとされていますが、舞い踊るアメノウズメノミコトの姿を見て神々は楽しくなり、口々に、「天晴れ、あな面白、あな楽し、あなさやけ、おけ!」と歓び叫びました。ここに「神道」の真髄を見る著者は、次のように述べます。

 「神道とは、この『天晴れ、面白、楽し』を生き方の根本に据えていく道である。『天晴れ』とは、今まで曇って真っ暗だった状態から天が晴れること、つまり『いのち』の源の開放である。『面白』は、そのときに聖なる光が射してきて、顔の面が白くなること。『楽し』とは、光を受けて体が自然に踊りスイングすること。『さやけ』とは、神や人間だけではなく、笹がサヤサヤと一緒になって震えること。『置け』とは、木の葉が一緒になって震えること。こういう宇宙的調和的状態を実現するのが『祭り』であり、『神楽』であり『芸能』である。『神楽』とは、神と共に、自然の草木までが一緒になって震え歓ぶ歓喜の時間である。そういう行為と状態を、古語で『タマフリ』とも『タマシヅメ』とも『ワザヲギ』とも呼んだ。『タマフリ』とは魂を奮い立たせることであり、『タマシヅメ』とは魂を鎮めること、また『ワザヲギ』とはその魂を招き寄せ、エンパワーメントしていくことである。こうして、『祭り』のワザが実現する」

 そんな「祭り」を大切にしてきた日本人は、「生」と「死」についてどう考えてきたのでしょうか。民間伝承として伝わることわざの中に、「七歳までは神の内」とか、あるいは「死んだら仏になる」とかの言葉があります。まさに、ここに日本人の死生観があると見る著者は、次のように述べます。

 「『神として来たりて仏として去る』、つまり、『七歳までは神の内』というように神の子としてこの世に誕生し、『死ねば仏』というように仏として死んでいくという神と仏の相補的なとらえ方の中に、日本人の神仏習合的な生死観、生と死に対する考え方がある。こうして、神道をいのちとワザの伝承文化、あるいは生態智という観点で考えることができるだろう。日本列島民に身体的に伝えられてきたさまざまな伝承文化の表現(あらわれ)としての神道として考えられるのだ。
 その神道が、心の哲学と心の制御法としての仏教に触れて、より総合的でホリスティックな身心文化を生んでいった。その身心一如の文化が日本の神仏習合文化でもある」

 本書の第4章は「祈り・東日本大震災の被災地を巡る旅」として、著者が被災地を訪れて体験し、感じ、考えたことが書かれています。その中で、宮城県の塩竃神社の筆頭禰宜である野口次郎氏の話が印象的でした。

 塩竃神社のある土地は、昔から宗教者同士の仲がよい土地柄だそうです。宗教者間の親密さが下地としてあったために、「心の相談室」というケア活動も生まれました。さらには、身元不明者に対する共同葬儀の奉仕が行われるようになり、合同での祈りが捧げられたそうです。

 4月27日、28日の2日間にわたり、神道、仏教、キリスト教の3宗教の聖職者が葛原斎場で身元不明の死者一体一体にそれぞれ神道の弔詞、仏教の般若心経の読経、キリスト教の讃美歌の詠唱を行ったというのです。身元不明者の属する宗教や宗派がわからないので、このような方式が生まれたそうです。その話を聞いて、このような宗教協力が行われていることにひとすじの光明を見る思いがしたという著者は、次のように述べています。

 「もちろん、中には無神論者や無信仰の方もいるだろう。だが、それはそれとして、身元不明の死者を前にして、宗教者として最善の弔いをしたいという思いは十分理解できる。死者もそのことで腹を立てることもないだろう。野口禰宜さんは、『生きている人たちへのケアと、亡くなった人たちへのケアの両方が必要なのです』と強調した。そして、亡くなった方々への慰霊も、個人の慰霊と地域の両方が必要だと主張された」

 わたしは、この野口禰宜の考え方に全面的に賛成です。まさに今、生きている人たちへのケアと、亡くなった人たちへのケアの両方が必要であり、現代は「ケアの時代」とさえ言えるでしょう。

  また、宮城県の七ヶ浜の岩礁の海に入って禊を行おうとしたとき、どうしても著者はその海に入る気持ちになれなかったというくだりも印象に残りました。

 なぜ、著者は岩礁の海に入って禊を行うことを躊躇したのか。それは、そこにはすでに目に視えない放射性物質が浸透し始めているという事実があったからです。禊ができないということは、神道にとってきわめて深刻な問題です。著者は次のように述べます。

 「日本の海も川も滝も、これまでほぼどこでも禊できるほど美しかった。きれいだった。しかし、『3・11』以後、そのような自然浄化力を期待することができない時代に入った。わたしたちは、『風の谷のナウシカ』でいう『巨神兵』による破壊と汚染後の”『腐海』の時代”を生きているのだ。『腐海とともに生きる』、それがこれからの深刻な課題である。かつてのような、素朴な、禊による身心の浄化という精神文化の物質的基盤は喪われた。それによって、霊性的次元でどのような打撃があるか。
 だが、それよりもさらに深刻なのは、海に生きる生物たちであり、それを捕獲して生業を成り立たせている漁師さんたちだ。そして、その海山で捕れた初物を恭しく地元の神社の神々に奉献してきたのが、等身大の素朴な神社信仰であった。そのような、生態学的なサイクルがここで分断されたのだ。その痛みが鋭く深く突き刺さってくる」

 福島第一原発の事故は、日本の海や川や滝、つまり日本の「水」を放射能で汚染しました。わたしは『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)で、人類普遍の最重要思想として第一に「水を大切にする」ことを挙げました。それくらい、人間にとって水ほど大事なものはないからです。著者も、本書の第一章「神道をどうとらえるか」で、次のように述べています。

 「水はライフラインの最重要項目である。縄文人であれ現代人であれ、水のないところで生きていくことはできない。生活にも生業にも水は欠かせないので、砂漠のオアシスのみならず、人類史は水場を求め、水場を確保し、それを元に居住まいをいかに安定させ、産業や文化を発展させるかに創意工夫を凝らしてきた歴史であった。相模の国においても、相模川とそこに流れ込む支流や湧水の重要性は言うまでもないことだ。そしてそれは、旧石器や縄文時代からの遺跡ととも密接に結びついていたのである」

 その「恵み」であるはずの水が、時として人間の生命を危険に晒し、奪いさえします。東日本大震災で東北の沿岸部を襲った大津波が、まさにそうでした。そして、著者が「東日本大震災の被害にも匹敵する」と表現した台風12号の被害。著者は、終章「『3・11』後の霊性と生態智の探求に向けて」で、次のように述べます。

 「どうにもならない水の威力。その破壊力と、その対極にある水の恵み。その両極が、伝統的な神道思想において、荒魂であり和魂とされてきたものであったとしても、自然のふるまいをそのまま受け止めつつ、その中に噴出してくる根源的な浄化力というか復元力をわたしは信じる。また、『むすび(産霊)』という言葉に結実する生命思想を、生存の根源的な底力として自在な変容を遂げつつ創造力を掻き立てていくものであることを信じる」

 台風12号の猛威は、著者がこよなく愛する天河大弁才天社をも破壊しました。被害直後の9月12日の夜、その天河大弁才天社で観月祭が行われました。

 その夜の月光は白く、東の空に浮かび上がり、虹のフリンジを作りながら、境内の杉の間から姿をのぞかせました。それは、まるで美しいかぐや姫のようでもあり、まさに幽玄の美であったそうです。著者は「月は魂と死と再生のシンボルである。ここからどのような『復活』と『再生』があるのか。この天河での満月を見上げながら、『再生』する未来を念じ続けた」と書いています。

 わたしは、かつて著者から「月は魂と死と再生のシンボルである」と教えられ、今日まで月に取りつかれてきました。そして、今では求道の先達である著者と義兄弟の契りを交わし、満月の文通をする関係になりました。

 著者が東日本大震災の被災者の方々への祈りを込めた本書を書いたように、わたしも『のこされた あなたへ』(佼成出版社)を書きました。

 今年は、『満月交感 ムーンサルトレター』(水曜社)が1月に刊行され、わたしたち義兄弟にとっての2011年がスタートしました。そして、本書と『のこされた あなたへ』という2冊によって、わたしたちの2011年が終わろうとしています。わたしたちは、これからも「楽しい世直し」に向けて歩みを続けていくことでしょう。

 わたしもまた、魂の義兄とともに満月を見上げながら、この国の「復活」と「再生」を念じ、またそのための実践に努めたいと思います。

 そのためにも、今夜は「皆既月食」が見たかったなあ!

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