No.0461 人間学・ホスピタリティ 『父親のための人間学』 森信三著(致知出版社)

2011.10.05

 『父親のための人間学』森信三著(致知出版社)という本です。

 教育哲学者として幅広く活躍した著者が、昭和56年に出版した 『父親人間学入門』を改題して新装発行されたものです。「目次」は以下のようになっています。

「新装版発刊にあたって」寺田一清
「自序」森信三
1.新たなる人間学を
2.叡智と実践力
3.一生の見通しと設計
4.仕事に賭ける
5.職場の人間関係
6.読書と求道
7.健康管理と立腰
8.財の保全と蓄積
9.家づくりの年代
10.夫婦のあり方
11.子どもの教育
12.娘・息子の結婚
13.親の老後と自分の老後
14.地位と名声
15.趣味と教養
16.異性問題その他
17.日常生活の智慧と心得
18.逆境と天命
19.生死と心願
20.日本民族の運命と教育
21.二十一世紀への日本的家族主義
「あとがき」寺田一清
「現代に生きる森信三先生の教え」寺田一清

 この「目次」を見てもわかるように、本書ではじつに幅広い視野から「父親の人間学」というものを考察していますが、著者は「自序」で次のようにその核心を述べています。

 「家庭における父親の役割は何かというに、それは人生の見通しと社会的視野の広い立場に立った人生の生き方に基づき、家庭のあり方と子どもの育て方に対してその根幹となり、その方向を明示すべきでありましょう。それゆえ日頃は決して放任ではないが、しかし直接に子どもの躾けにとやかく口出しはしないというのが常態であるべきで、子どもの日常生活の角目と将来の岐路については、よき相談相手として、また人生の厳しい大先達として、断乎として方向を提示するのでなくてはならぬと思うのであります。それゆえ子どもの小学校時代には母親が家庭教育の、とりわけ躾け教育の主役を演ずるわけですが、中学生や高校生となると父親の果すべき役割が次第に加重されてくるように思われます」

 わたし自身が2人の娘の父親ですが、なかなか父親の言うことを聞かせるのは楽ではありません。「父親の権威」というものが示しにくい時代なのかもしれません。著者は、この「父親の権威」について、次のように述べています。

 「父親の権威というものをそれとなく感ずるのは、父親に対する母親のあり方によるわけであり、それによって子どもも父親の存在の重さをそれとなく無意識的に感ぜしめられるわけであります。もともと真の権威とは、権力を行使することによって生ずるものでなくて、そこはかとなき、人間的香気ともいえる人格と品位と力量によって自ら発するものであります」

 第1章「新たなる人間学を」では、いきなり深いテーマが読者に突きつけられます。著者は、「人生二度なし」が自分の根本信条であり、根本真理であると述べます。これは、一見まことに分かりきったことで自明のことにように思いがちです。

 しかし、これを真に体得することは容易ではありません。著者は、人間は哲学的宗教観というか、宗教的哲学観というか、そういう叡智を持つ必要があるといいます。そういうものを、それぞれ自分なりに持たなければ、せっかくの「人生二度なし」という根本真理も、真に人生を生きる原動力とはなり難いというのです。

 西洋においては、ソクラテス以来長い年月を、哲学がこのような宇宙人生の根本問題を学問的に究明しようとしてきました。いっぽう東洋においては、直観というか直覚によって宇宙人生の真相をとらえようとしてきました。東洋人にとっては、西洋哲学のような鋭利な分析的論理のみでは体質に合わなかったのです。

 ここで著者は、根本真理というものに対する西洋的方法と東洋的方法のそれぞれ良いところを取り入れるべきであるとして、次のように述べます。

 「わたくしとしては、いわゆる既成宗教のわくにとらわれず、さりとてまた、いたずらに西洋哲学の難解にも陥らないで、たくみに両者の間を縫ったところのいわゆる宗教的哲学観を、提供することこそ、現代における最緊要事と思うのであります。ではそれについて何かふさわしい名称をつけるとしたら、わたくしの考えでは『新たなる人間学』というのが、最も適当ではないかと思われます」

 著者は、「哲学」という名称すら、どうも現代的ではないと違和感を抱くそうです。そのため、「愛知の学」としての哲学の代りとして、「全一学」という新たな名称を考えました。この「全一学」は、著者がその生涯にわたって愛用した言葉です。さらに、著者は次のように述べています。

 「ここにいう人間学も、そういう全一的人間学という意味において申しているのであります。したがって、この人間学には人生観や世界観が含蓄されているわけであって、単に世に処する現実的な智慧のみを意味するのではないのであります。
 そして今日、そういう人間学こそ、いわゆる『万人の学』として一般に希求されているにもかかわらず、それに応える努力が、これまで学者の側からも、また宗教家の側からも、なされていないように思われてなりません。それというのも結局、学者や宗教家と呼ばれるような人々が、現代という時代の現実を踏まえて、真に民衆の悩みというか、その魂の希求に対する洞察が、いずれの側からも、切実になされていないからだと思うのであります。これここに『新たな人間学』の確立の要を説くゆえんなのであります」

 さて、本書の中で特に心に残ったのは、第10章「夫婦のあり方」でした。著者は多くの結婚披露宴の招待を受け、祝辞を述べる機会があったそうです。その内容は、いつもだいたい次のようなことでした。

 「まず新婦のお方にお願いしたいことは、
 第1、朝起きたら御主人に対して必ず朝のアイサツをなさること
 第2、御主人から呼ばれたらハッキリと、そして爽やかに「ハイ」と返事をなさること
 第3、主人の収入の多少に対しては、一切不平をいわぬこと
 以上の3か条であります。次に、新郎たる御主人にお願いしたいことは、
 第1、奥さんに対しては小言をいわないこと
 第2、奥さんの容貌に関しては一切触れないこと
 第3、奥さんの実家の親・兄弟はもちろん、親戚についてもけなさぬこと
 これがお互いに守っていただきたい3つの決まりであります」

 著者は、人生の門出にあたり、若いご夫婦に以上のようなことを説いてきたそうです。そして、「小言をいわぬ」とは、妻に対する大前提でなければならないと訴えます。
 というのは、「肉体的交渉を持つ妻を教育しようなどとは、とんでもないことだから」だというのです。それよりもむしろ「一切小言をいわぬ」ということが、最根本的態度でなければならないとして、著者は述べます。

 「生まれも育ちもすべて違うものが、こうして夫婦として結ばれ、家庭を持ち、子を産み、そして育て、日々の生活をともにするわけですから、思えば宿世の因縁というよりほかないでしょう。つまり、人生の伴侶への『いたわり』が根本基盤として忘れられてはならぬわけであります」

 わたしは、かつて『結魂論』(成甲書房)という本を書き、「なぜ人は結婚するのか」を書きましたが、本書『父親のための人間学』で森信三は夫婦とは「宿世の因縁」であり、その根本基盤として相手への「いたわり」が必要であるというのです。これから結婚する人、いま結婚している人が読むべき内容であると感じました。

 そして、人生の大問題として「結婚」と並んで「死」があります。第19章「生死と心願」で、著者は次のように述べています。

 「思えば人間の最終点たる『死』こそは、万人共通の絶対的事実を申してよいのに、われわれ人間は、ともすればそれを忘れてついウカウカと日を過ごしているのが、われわれ人間の実相であります。
 わたくしはいつも譬えをもって申すのですが、死の絶壁にボールを投げて、その跳ね返る弾力を根源的エネルギーとして、われわれは生き抜かねばならぬのであります。これを一語につづめて申しますと『念々死を覚悟してはじめて真の”生”となる』ということでありまして、これがわたくしの宗教観の根本信条なのであります。こんなことを申しますと、人様は奇異の感をもって受け取られるでしょうが、真の宗教的な世界も結局はこの根本信条より発する無碍光に照らされた人生の如実実相と申してよいでしょう。そしてそれはまた換言すれば、わたくしどもに与えられたこの有限的生をいかに燃焼し尽くすか――これが人間のあるべき根本的態度と申せましょう。そしてこれこそが真の宗教信なのでありましょう。ですからこのような認識の徹底なくしては、真の宗教的な生き方はあり得ないわけであります」

 非常に力強い、説得力に富んだ死生観であり人生論であると思います。わたしは冠婚葬祭という「結婚」と「死」という人生の二大重要事に関わる仕事をしていますから、本書から多くの示唆を得ました。

 しかし、やはり本書のメインテーマである「父親」についての生き方が一番参考になりました。著者は、本書の最終章である第21章「二十一世紀の日本的家族主義」の最後に「あるべき父親像」として、次のように述べています。

 「一、父親自身が確固たる人生観を持ち、柔軟にして強じんな信念の持ち主でなければならぬ。人生の先達として、一家の大黒柱として、常に叡智と識見を磨くことを怠らないよう。
   一、父親はまず一事を通してわが子に忍耐力を育てる躾けをすべきである。これは日常の起居動作をはじめ共同作業やスポーツや学習等のいかんを問わない。
   一、父親は、平生は泰然として、あまり叱言をいうべきでない。古来卓れた父親は、わが子を一生に三度だけ叱るというが、これくらいの構えが必要。
   一、父親は、イザという時、凛乎たる決断と俊敏な行動を示すものでなければならぬ。
   一、父親自身が自らの『生活規律』を持ち、これを厳守するものでなければなるまい」

 本書は、非常に読みやすく、語りかけるような文体で書かれています。家庭教育の重要性をはじめ、躾の仕方、母親と父親のあるべき姿、男性にとっての仕事の意味など、教育や生き方全般について、やさしく諭してくれます。「父親」だけでなく、「人間」としての生き方を指南してくれる名著であると言えるでしょう。

これから、折りに触れて何度も読み返したい本です。そして、新しく父親となった部下や後輩にプレゼントしたい本です。

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