No.0429 評伝・自伝 『小生物語』 乙一著(幻冬舎文庫)

2011.08.29

 『小生物語』乙一著(幻冬舎文庫)を読みました。

 当代一のホラー作家である乙一がネットに書いてきた日記をまとめたものです。Webマガジン「幻冬舎」連載に加筆・訂正を加えて単行本化されたものがさらに文庫化されたそうですが、161日分の日記が収められています。カバー裏には、次のように本書の内容が紹介されています。

 「小生、感激。小生、納得。小生、反省。小生、驚愕! 多数の熱狂と興奮を喚んだ現代の「奇書」がついに文庫版で登場。希代のミステリー作家・乙一≒小生の波瀾万丈、奇々怪怪にして平穏無事な日常が独特の”ゆるゆる”な文体で綴られる。虚実入り交じった小説家の一六四日間をご堪能ください!文庫書き下ろし日記(三日分)付き」

 また、本書の目次は次のような構成になっています。

「まえがき」
第一部:故郷を離れて 愛知編
第二部:ラジオがクリアな 東京編
第三部:流れ流れて 神奈川編
「あとがき」
「文庫版あとがき的名日記」

 最初の「まえがき」は短くコンパクトですが、インパクト満点です。以下が、その「まえがき」の全文です。

 「ネットでてきとうに書き散らしていた日記が本になった。
 懇意にしている幻冬舎の編集者がどうしてもとおっしゃるので出版することになった。
 しかし親切な私は先にこう書いておきたい。
 この本を読んでも良いことはひとつもない。
 この本に時間とお金を割くのはやめたほうよい。
 私はこの本の出版をためらった。なぜなら、読み終えて不平不満を言う読者のことが容易に想像できるからだ。こんなの手抜きじゃないかという声が必ずあがるはずだった。もともと出版目的の文章ではないため、この本に掲載されている文章は手抜きの文章である。どこもかしこも手抜きだらけである。手抜きをひとつ見つけたと思ったら、物陰にまた別の手抜きが潜んでいると考えてよい。手抜きが過ぎ去ったと思ったら、また新たなる手抜きが現れる。この、息もつかせぬ手抜きの連続。まさに手抜きのオンパレードである。手抜きのオーケストラである。手抜きオンステージ。手抜きリサイタル。手抜き祭り。手抜き漁業。どんな呼び名も敵わないほど手抜きだらけの本である。だから書店でこの本を買うかどうしようか迷っている人は、こんな本を買わずに、もっとためになるような、例えば講談社ブルーバックスとかにお金を出したほうがよいと思う」

 いやあ、この「まえがき」には笑いました。ある意味でものすごい名文だと思いますが、ここまで「手抜き」という言葉が乱発される「まえがき」も前代未聞です。しかし、本文を読んでみて、著者の物言いが謙遜でも衒いでもなんでもなく真実そのものだということがわかりました。これは、正真正銘の「手抜き」ですわ!

 ツイッターより短い文章もあり、2~3行しか活字が印刷されていないページもあって、紙の無駄使いではないかと思いました。内容も本当に友人に送るメールの類で、何を食べたとか、マンガ喫茶で粘ったとか、レンタル・ビデオを借りてきたとかの話が多い。

 本人も告白しているように、出版目的の文章ではなく、また出版する気もさらさらなかったのでしょう。ある意味で「どうしても」出版したいといった版元の犠牲になった感さえします。率直な感想を言うと、著者はこの本を出さないほうが良かっかもしれません。

 しかし、そこは当代一のエンターテインメント作家である乙一。読んでみると、それなりに面白く読めてしまいます。

 まず、どこからがホントで、どこからがウソかがわからない。「日記」だか「創作」だかわからない虚実皮膜の部分が微妙で、「小生」を完全にキャラクター化しています。

 著者はアイデアの奇抜さで知られる作家ですが、その発想の秘密なども少しだけ窺い知ることができます。それは、著者がとにかくマンガが好きで、映画が好きなこと。

 『沈黙の艦隊』とか『アカギ』とか『スラムダンク』とか『弥次喜多inDEEP』とか『ワガランナァー』などのマンガ。感想は「すごすぎる」といったシンプルなものが多いですが(笑)。

 また、タルコフスキー監督の「鏡」「サクリファイス」「ノスタルジア」をはじめ、「RONIN」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「ハリー・ポッター」や「キャッチ・ミー・イフ・キャン」や「ギャング・オブ・ニューヨーク」や「マトリックス・リローデッド」などの映画。

 感想は、いつも「おもしろかった」の一言だけですが(笑)。どうも本は基本的に読まないようで、読書の話題は一切出てきません。まあ、日記に書かないだけで人知れず読んでいるのでしょうけれど・・・・・。

 いずれにしても、著者の創作の原点がマンガや映画にあることは間違いありません。それは、著者が書く小説はビジュアル的であることに明らかに関係しているでしょう。

 発想豊かな著者の脳内を覗き見るという点では、「乙一ファン」には本書は楽しく読める一冊かもしれませんね。

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