No.0342 ホラー・ファンタジー 『蟲』 坂東眞砂子著(角川ホラー文庫)

2011.06.03

 『蟲』坂東眞砂子著(角川ホラー文庫)を読みました。

 角川書店が「ホラー文庫」のスタート記念として創設した第1回「日本ホラー小説大賞」で佳作となった長編です。古代信仰というテーマは著者の得意分野ですね。この作品でも、「常世神」という古代の信仰が描かれています。

 平凡な主婦めぐみは、さまざまな不満を抱えながらも、夫と穏やかな日々を送っていました。しかし、ある夜、夫が古い石の器を持ってきてから、何かが変わり始めます。

 めぐみは、奇怪な夢や超常現象に悩まされ始めるのです。

 そして、ある日、夫の体から巨大な緑色の虫が出てきます。

 謎は、古代信仰「常世神」へと遡り、物語は悲劇的な結末へと向っていきます。

 坂東眞砂子の恐怖小説作家時代の長編は4編とされています。

 いわゆる「ホラー・カルテット」と呼ばれるものですが、刊行順に並べると、『死国』、『狗神』、『蛇鏡』、そして本作『蟲』となります。

 しかし、残念ながら、最後に書かれた『蟲』は他の3作品に比べて明らかに質が落ちています。まず、ストーリーが陳腐で、誰でも途中でオチがわかってしまいます。

 でも、筆力は相変わらずで、それなりに面白い小説として読めました。

 特に妊婦の不安などは見事に描けていたと思います。

 いっそ、「常世神」などをテーマにするよりも、妊婦の妄想をメイン・テーマにしたほうが傑作になったのでは? おそらく、アイラ・レヴィンの『ローズマリーの赤ちゃん』に匹敵する妊婦ホラーが生まれたと思います。

 「八本王」というタイのバンコクにお住まいの女性が、アマゾンで本書のレビューを書かれています。「所詮、男には理解できない?」というタイトルのレビューですが、そこで著者の恐怖小説に共通する要素を5つ挙げています。以下の通りです。

1.時代設定は現代
2.怪奇現象に翻弄される男と女
3.怪奇現象の原因を古代神話や民間伝承に求める
4.女を束縛する日本の「家社会」への怨念
5.新たな恐怖の始まりを予感させる幕切れ

 見事な分析であると思います。この方は、『蟲』においてもこの手法は踏襲されていると見ますが、「女心の揺れ動きにより重点が置かれているため、相対的に怖さが弱まっています。 怪奇現象の理由付けについても、他の作品と比べて、底が浅く感じられます。 そういう理由で、恐怖小説としては、物足りなさを感じるのです」と述べています。

 所詮は男であるわたしも、この『蟲』には物足りなさを感じました。

 ホラー・カルテットの先行3作が名作なだけに惜しいです。他の3作に比べて、『蟲』には人間心理のドロドロ感、土俗的な閉塞感が足りなかったのかもしれません。

 ちなみに、第1回日本ホラー小説大賞は大賞受賞作は「無し」でした。

 荒俣宏氏をはじめとした審査委員からは、「応募された作品はどれもこれも駄作ばかり」といった否定的なコメントが多く出ました。

 高橋克彦氏だけは、「私にとって忘れられない作品」と評価しましたが。

 そういえば、著者の小説はどことなく高橋克彦作品に似ているような気がします。

 大賞が出なかった代わりに3作の」佳作が選ばれ、その1つが『蟲』です。

 残念でならないのは、著者が『蟲』ではなく、すでに書き上げていた『死国』や『狗神』を応募していれば、間違いなく第1回日本ホラー小説大賞の大賞に輝いていただろうということです。ホラー小説大賞はその後、瀬名秀明の『パラサイト・イヴ』や貴志祐介の『黒い家』など大傑作を大賞に選んできましたが、『死国』や『狗神』ならばそれらの作品にも負けないレベルであると思いました。

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