No.0324 人間学・ホスピタリティ | 歴史・文明・文化 『世界の偉人たちから届いた10の言葉』 波田野毅著(ごま書房新社)

2011.05.08

 『世界の偉人たちから届いた10の言葉』波田野毅著(ごま書房新社)を読みました。

 日本を訪れた多くの海外有名人が残した言葉を紹介した本です。どの言葉も、日本への「ありがとう」に溢れています。

 これまで、なかなか日本人であることに誇りを持てなかった人も、今回の大震災で日本を見直したようです。海外ニュースが驚きとともに伝えたことを紹介する、次のようなツイッターもありました。

「物が散乱しているスーパーで、
落ちているものを律儀に拾い、
そして列に黙って並んで
お金を払って買い物をする。
運転再開した電車で混んでいるのに
妊婦に席を譲るお年寄り。
この光景を見て外国人は絶句したようだ。
本当だろう、この話。
すごいよ日本。」

 「すごいよ日本」と思った人は、これまでにも多く存在しました。しかも、その人々は人類の歴史に名を残すような「すごい人」ばかりでした。

 本書の目次は、以下のような構成になっています。

「まえがき」
第1の言葉:アインシュタイン   私は日本と日本人に魅せられています
第2の言葉:へレン・ケラー   ヘレンと日本人との友情
第3の言葉:チャップリン   世界の喜劇王の願い
第4の言葉:エジソン   発明王と「武士道」
第5の言葉:ジョン・レノン   松尾芭蕉とジョン・レノン
第6の言葉:ゴッホ   日本人になりたかった画家
第7の言葉:ザビエル   日本の道徳と文化に驚嘆
第8の言葉:ガリレオ   「地動説」に登場する「日本」
第9の言葉:杉原千畝   シンドラーを越えた正義の人
第10の言葉:エルトゥールル号事件   善の連鎖

 「20世紀最高の知性」と呼ばれた物理学者アルバート・アインシュタインは言いました。

 「私に深い印象を与えているものは、この地球という星の上に今もなお、こんな優美な芸術的伝統を持ち、あのような簡単さと心の美しさとをそなえている国民が存在しているという自覚であります」

 また、「喜劇王」と呼ばれたチャールズ・チャップリンは言いました。

 「みながみな、親切で正直だ。何をやるにつけ、信用が出来る。それがため自然日本人が好きになり、日本は好きになった。こんな人たちを作り出している日本という国は一体どんな国だろう? 一度行ってみたいものだと思い始めた」

 このように本書には日本を絶賛する偉人たちの言葉が紹介されています。しかし、それ以上に本書を興味深い読み物にしているのは偉人たちと日本をつなぐエピソード、一種の「トリビア」的な情報の数々です。

 たとえば、1932年5月14に念願の日本にやってきたチャップリン。本来は翌日の15日に歓迎会が首相官邸で行われる予定でしたが、チャップリンは相撲見物に出かけました。その日、首相官邸を軍部の青年将校たちが襲い、犬養毅首相は暗殺されました。いわゆる「五・一五事件」です。

 もしも当日、予定通りにチャップリンの歓迎会が行われていれば、反米派の青年将校たちは確実に喜劇王を暗殺したと言われています。いわば相撲のおかげで命拾いをしたチャップリンですが、その他にも歌舞伎にも魅了されました。セリフを使わず、演技のみで観客を惹きつける歌舞伎の姿に、チャップリンはパントマイムを中心とする自身の芸術観との共通性を見出したようです。彼は、歌舞伎を「バレエ」と呼び、大いに称賛したそうです。

 また、チャップリンは滞在中に天ぷらに夢中になりました。日本酒を飲みながら海老の天ぷら30本、キスを4匹食べて、「天ぷら男」の異名を取ったとか。チャップリンは、本当に日本文化を愛していたのですね。

 また、「発明王」と呼ばれたトーマス・エジソンは「真珠王」と呼ばれた御木本幸吉とニューヨークの自宅で面談しました。そのとき、エジソンは贈られたミキモト・パールに心の底から驚き、感動しました。そして、次のように語りました。

 「これは養殖ではなく、真の真珠だ。実は自分の研究所でできなかったものが二つある。一つはダイヤモンドで、いま一つは真珠である。あなたが動物学上からは不可能とされていた真珠を発明完成されたことは世界の驚異だ」

 「発明王」から最高の賛辞を受けた御木本幸吉が大いに感激したのは言うまでもありません。エジソンは、この真珠を最愛の妻マイナへプレゼントしたそうです。

 エジソンと御木本の出会いをつくったのは、渋沢栄一でした。日本における「近代資本主義の父」とされる大実業家です。渋沢は「利益を独占せず、社会に還元し、倫理と利益を両立させる」ことを唱えていました。

 またエジソンも、「この世の中で最も大切にすべきは道徳である」と考えており、2人は互いに共感し、尊敬し合っていたといいます。エジソンは多くの日本についての本を読んでいました。
中でも、新渡戸稲造の『武士道』を愛読していたそうです。

 その他、「炎の人」と呼ばれたフィンセント・ファン・ゴッホが日本に憧れていたことも本書に紹介されています。孤独なゴッホは大量の絵を描きながら、弟テオに700通にもおよぶ手紙を書いています。その中には、遠い国である日本への激しく強い想いが何度も綴られているのです。たとえば、ゴッホは次のように手紙に書いています。

 「日本の芸術を研究してみると、あきらかに賢者であり哲学者であり知者である人物に出会う」「自然の中に生きていくこんなに素朴な日本人たちがわれわれに教えるものこそ、真の宗教とも言えるものではないだろうか」「日本の芸術を研究すれば、誰でももっと陽気にもっと幸福にならずにはいられないはずだ」

 さらに、長く西洋世界を支配した「天動説」に対して、ガリレオが「地動説」を唱えました。そのガリレオは、地球が回っているという主張の中に「日本」を登場させています。彼の主著『天文対話』には、次のように書かれているのです。

 「大地が動かないことを確信させるためには、次のような議論が大変有効でしょう。『われわれは今朝コンスタンチノープルで朝食をとり、今夕には、日本で夕食をとるなんてことができるだろうか』」

 ガリレオが「地動説」を唱えたことを知らない人は少ないでしょうが、それを公に発した決定的瞬間に「日本」が登場することを知っている人もまた少ないでしょう。ガリレオは母国イタリアが生んだ偉大な旅行家であるマルコ・ポーロの『東方見聞録』などを読んで日本に興味を持ち、その名前も位置も把握したいたのです。

 ガリレオ以外にも、遠い東の神秘の黄金の国「ジパング」に憧れた西洋人は多く、ザビエルやルイス・フロイスなどの宣教師をはじめ、多くの人々が日本にやって来ました。

 本書の「あとがき」で、著者はアインシュタインの次の言葉を紹介しています。

 「私の心に大きく残っているものがあります。たしかに日本人は、西洋の知的業績に感嘆し、成功という大きな理想主義を掲げて、科学に飛び込んでいます。けれどもそういう場合に、西洋と出会う以前に日本人が本来もっていた、つまり生活の芸術化、個人に必要な謙虚さと質素さ、日本人の純粋で静かな心、それらのすべてを純粋に保って、忘れずにいてほしいものです」

 このアインシュタインの言葉に対して、著者は次のように述べています。

 「私はしっかりと言いたいのです。『日本人は、まだ心の良心を保っている』と。営々と続いてきた日本人のよき美徳が、そう簡単に雲散霧消するものではないと信じています」

 わたしも、この著者の言葉にまったく同感です。このたびの東日本大震災で、日本人のよき美徳が消えていないことが証明されました。

 一つだけ気になるのは日本人が「西洋の知的業績に感嘆し、成功という大きな理想主義を掲げて、科学に飛び込んでいます」というアインシュタインの言葉です。まさに、日本人がアインシュタインが危惧したような行動をとった結果、今回の原発事故が起こったのではないでしょうか。わたしは、そう思えてなりません。

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