No.0240 評伝・自伝 『ゆうきくんの海』 山元加津子著(三五館)

2011.01.08

 『ゆうきくんの海』山元加津子著(三五館)を再読しました。

 著者は、三五館から多くの本を出版しています。『満月をきれいと僕は言えるぞ』を含めて8冊の本をこれまでに刊行されています。

 じつは、わたしも三五館からこれまでに8冊の本を出させていただいています。そんなわけで、”三五館ファミリー”の一員同士として著者には親しみを感じます。

 わたしの代表作は『ハートフル・ソサエティ』(三五館)であると自分では思っていますが、著者の最高傑作はこの『ゆうきくんの海』ではないかと思います。

 三五館は、「こころの本」とでも呼ぶべき名著を多く世に送り出してきました。著者の書いた本も、いずれも心あたたまるものばかりです。普段は忘れがちな、とても大切なことを思い出させてくれます。その中で、わたしが一番好きなのは本書です。

 金沢といえば、わたしと縁の深い土地であり、日本中で一番好きな場所です。著者は、その金沢にある養護学校の名物先生です。その体験を生かした感動的で心あたたまるエッセイをたくさん書いていますが、本書はそんなエッセイ集の一冊です。 感動エピソードが満載ですが、中でも特に読む者の心を震わせる一篇が書名にもなっている「ゆうきくんの海」。

 養護学校に、ある男子生徒がいました。名前は、ゆうきくん。彼はいつの頃からかすぐ外へ走り出すようになりました。そんなとき、お母さんは、寝ている赤ちゃんの弟をただひっつかむように抱きあげて、すぐに後を追います。

 赤ちゃんがおなかをすかせて泣いてもミルクをあげられないし、おむつをずっと替えることもできません。泣き叫ぶ赤ちゃんを抱いていると周囲の人が鬼とでもいうようにお母さんのことを見ます。

 弟が一歳半になったとき、ゆうきくんが荒れ狂う海に入ったことがありました。お母さんは、幼い弟を浜辺に置き、ゆうきくんの後を追い海に入っていきました。お母さんを追おうとする弟を、たった一歳半のその子の頬をひっぱたいて「ついてくるな!」と叱りつけ、泣き叫ぶ子を置いたままゆうき君を追いました。

 朝も、ゆうき君をスクールバスに乗せるのはとても大変です。彼はすぐ走り出して、どこかに行ってしまうのです。仕方なく後から自分の車で学校まで送ると、「他のお母さん方が迷惑します」と先生から注意を受けます。

 かわいそうなお母さん。そのお母さんが、交通事故で亡くなりました。ゆうきくんは母親の死を理解できず、いつしか海へと向かいます。彼を追いかけた著者は、ゆうきくんの信じられない姿をそこに見ます。

 いつも動いているか、ただブツブツつぶやくだけで表情を変えることができなかったゆうきくんが、涙を流して泣いていたのです。著者は、「海に来ようとしていたんだね。お母さんに会いに来たんだね。お母さんを探していたんだね」と言って泣いているゆうきくんを泣きながら抱きしめました。

 障害を持った子どもを育てることの悲しみ、苦しみ、それでもわが子を守らなければならない親の責任と覚悟。それらが胸に迫ってきます。子どものいるすべての方々に読んでいただきたい名作だと思います。

 著者には、三五館という出版社の縁、また金沢という土地の縁を強く感じます。

 そして、もうひとつ、わたしたちが生きるこの社会を「思いやり」にあふれた社会にしたいという志をともにする「道縁」を感じます。「ハートフル・ソサエティ」を実際に呼び込むのは、著者のような人ではないかと思えてなりません。

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