No.0177 哲学・思想・科学 『エコエティカ』 今道友信著(講談社学術文庫)

2010.09.16

 エコエティカ 』今道友信著(講談社学術文庫)を読みました。

 『ハートフル・ソサエティ』(三五館)を書いているとき、ある方から本書を紹介され、一読するや、非常に感銘を受けました。同書の「超人化のテクノロジー」という章は、本書の影響を受けています。

 本書は倫理の書です。いま、生命倫理や医療の倫理、環境倫理や技術倫理など、あらゆる分野において倫理が問い直されています。

 「エコエティカ」とは、これらのすべてを含む「人類の生息圏の規模で考える倫理」のことであり、高度技術社会における人間の生き方を考え直そうとする新しい哲学です。倫理学者の著者が、人間のエコロジカルな変化に対応する徳目について考えます。

 20世紀は大いなるテクノロジーの世紀でした。ほとんどの人々にとって、テクノロジーは科学技術の同義語であり、同時に「技術」そのものでしょう。現代社会は、科学の成果としての二つの技術を中心に築かれてきました。

 一つは、飛行機や自動車あるいは鉄道船舶などの運輸交通技術。

 もう一つは、インターネットや携帯電話、あるいは衛星放送などの情報通信技術です。これらのテクノロジーは、世界中に存在するほとんどあらゆる社会の、あらゆる人間集団の隅々にまで浸透しています。人々は電子メールを通して世界中の人々と会話し、インターネットを通して世界中の情報を瞬時に手に入れ、世界中のモノを自由に手に入れることが可能になりました。

 著者は、現代社会の特色を「技術連関」という言葉で表現しています。人間と自然の間に機械が介在したことによって生まれた新しい環境のことです。昔は自然のみが環境でしたが、今は自然の他にもう一つ環境があります。

 つまりアスファルトや軌道や電車、信号機、携帯電話、コンピューターのように、一連の技術的な環境、つまり技術の連関が認められる。技術連関が環境になっていると考えなければなりません。そして、その技術連関とはどういうものかといえば、それによって人間が生活を便利にすることのできる、一つの体系であると考えればよいでしょう。「技術連関」という言葉を使えば、全世界のどのような社会にも当てはまると言えます。

 人間の文明史を大別すると3つになります。

 1つは道具を使っていた時代です。道具というのは、わたしたちの手足とか感覚の延長にすぎません。したがって道具を使う場合には、わたしたちの肉体はいくらか楽になりますが、完全に肉体を動かしていたのです。この時代は長く、道具の質的差はありますが、ほとんど15、6世紀まで続いたと言ってよいでしょう。

 次に機械の時代が来ます。「機械」という単語は『荘子』に出てくる古い言葉であり、マシーンのもとのメーカネーという言葉も、ギリシャ悲劇の時代からある言葉です。よって、定義する場合に区別しなければなりませんが、字の通り「自分ではず(機)む構成(械)を持ったもの」と考えると、内燃機関を持った、自分で動く道具ができたとき、すなわち第一次産業革命前後が機械の成立した時代だと言えます。

 ちなみに、はじめて蒸気機関車が走ったのは1825年でした。さらに、その機械が互いに連関を持つようになったとき、初めて「技術連関」の世界ができました。

 自動車ができただけでなく、自動車を走らせる道が必要になり、また、それを機能的に処理する電気による信号機が随所にできるとか、自動車を動かす燃料が石油コンビナートなどへ系統的に運ばれるようになると、どこが狂っても自動車が動かなくなります。

 今日では、電話、テレヴィジョン、ファックス、そしてインターネットなどで通信は世界的同時性を呈し、各種の交通機関も世界中に連絡網ができています。そういう大きな技術連関が組織的に世界的にできてきた時代だということが、20世紀後半から現在に至る特色なのです。そういう技術連関として見るかぎり、現代社会というものは、世界のどこにおいても同じ性格を持つと、著書は述べるのです。

 しかし、このような技術連関による現代的なコミュニケーション経験は、電気的なコミュニケーション装置としては最初のものである電信の発明とともに始まりました。電信の登場は、それまでの印刷の時代が過去として切断されていく重要な転換点でした。アメリカのコミュニケーション学者であるキャロリン・マーヴィンが言うように、歴史的な観点からすれば、今日のコンピュータは、桁外れの記憶力を備え、瞬間的な送受信ができるようになった新型の電信という以上のものではありません。

 また、電信とコンピュータのあいだに発明されてきたあらゆるコミュニケーション手段は、いずれもが電信が最初に踏み出した道を、単により洗練させていったものなのです。電信によって始まった長い変容のプロセスのなかでも、19世紀の最後の四半世紀は、メディアの歩みを知るうえで特別の重要性をもっています。電話、蓄音機、白熱電球、無線、そして映画という、20世紀に広く普及していくことになる5つの大衆的なメディアの原型が、まさしくこの時代に発明されているのです。

 ちなみに、この技術連関というテーマは、秋丸知貴さんの専門分野です。わたしの若い友人ですが、彼のメインテーマは近代のテクノロジーが人間の精神に与えた影響というものなのです。秋丸さんが新しい「エコエティカ」の哲学を打ち出してくれることを楽しみにしています。

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