No.0158 経済・経営 『企業とは何か』 P・F・ドラッカー著、上田惇生訳(ダイヤモンド社)

2010.08.31

 企業とは何か』P・F・ドラッカー著、上田惇生訳(ダイヤモンド社)を再読しました。

 1946年に刊行され、2005年に日本版新訳が出ています。もともと本書は『会社という概念』の書名で、終戦直後に出版されたドラッカー経営論の原点として知られていました。それが2005年1月、実に60年ぶりに新訳が世に出たのです。

 本書は、企業と産業社会についての世界最初の分析であるとされています。それまで企業や産業社会について無数の研究がなされていましたが、それらのほとんどが企業を外側から見るものでした。ドラッカーは、本書の「日本語版への序文」に次のように書いています。

 「企業が重要な存在であることは直ちに認識された。しかし研究は容易ではなかった。アウトサイダーの目が必要とされていた。インサイダーではすべてを当然のこととしてしまう。そのうえ、インサイダーには外部での経験がほとんどない。他方、企業を理解するにはコミュ二ティとして見なければならない。したがって、アウトサイダーでは無理だった」

 第二次世界大戦末期、ドラッカーは当時の世界最強のメーカーであったGM(ゼネラルモータース)に招かれました。ドラッカーは、アウトサイダーの立場でありながらも同社の経営を内部から調べました。そして、徹底的に企業経営成功の秘密を探りました。 

 18カ月かけてGMのすべての事業部を訪問し、ミシシッピ川以東の工場の大半を訪ね、必要な調査をすべて終えて本書を書き上げました。取締役会に同席したり、経営陣一人ひとりに面会し、工場で働く労働者から直接話を聞いたりしました。ただ大戦の真っ最中であったため、工場も戦時体制にあり、その様子が本書には色濃く反映されています。

 本書が終戦すぐに出版されたとき、全米自動車労組(UAW)はGMを相手に一大ストライキを決行していました。労働者側と経営者側の協力関係が新しい時代に入ることを高らかに歌い上げた同書にとって、まさに最悪のタイミングでした。本書は出版当時、当のGM関係者から「反GM」「反企業」の書として受け止められ、「禁書」扱いとなりました。

 しかし、世界中の企業、政府機関、研究所、病院、大学、NPOの組織と経営に重大な影響を与え、必読の書となりました。また、フォード再建の教科書となり、世界中の企業の組織再編の教科書ともなったのです。

 本書は日本にも大きな影響を与えました。たとえば、マーケティングであり、事業部制であり、知識労働者の登場などです。

 しかし、日本への最大の影響は「人間尊重」の考え方でしょう。これは、もともと石田梅岩の心学や渋沢栄一の影響などから、日本の資本主義にDNAとして流れているものでした。だからこそ、ドラッカー思考はあれほどスムーズに日本で受け入れられたのだと思います。

 経営学者の間では、本書は組織原理の一つである「分権化」を提唱した書物として知られています。ドラッカーは本書において、分権を基本とすることによって、産業社会は成立すると述べたのです。1980年代までに、フォーチュン500社のうち75%から80%が大規模な分権化を実施していますが、これはすべてドラッカーに影響されたものだとされています。

 訳者の上田惇生氏によれば、もともとマネジメントには2つの危ない道が用意されていたといいます。1つが金儲けのノウハウの途をたどることであり、もう1つが数式によるモデル化という似非科学の道をたどることでした。上田氏は次のように述べます。

 「ところがマネジメントは、産業社会は社会として成立しうるか、社会的存在としての人間は産業社会において幸せたりうるかというドラッカーの問題提起から芽を出し、そのゆえに今日の堂々たる大木へと育った。それは、道具であることを超えた文化となり、現実にマネジメントに携わる人たちに指針と勇気と気概を与える存在となった」

 また、上田氏の次の言葉が読む者の心を強く打ちます。

 「本来経営とは、平常心をもって、しかも胸を張って堂々と行なうものである。大義を探す必要もなければ、不祥事も起こりえようのないものである。なぜならそれは『世のため人のため』のものだからである。ドラッカーのマネジメント論が時を超えてますます輝きを増すのは、われわれがつい忘れてしまいがちな、この当たり前のことを鮮やかに示してくれるからに他ならない」

 わたしも、平常心をもち胸を張って堂々と、世のため人のために企業を経営したいと改めて思いました。本書は、すべての企業人にとっての必読書です。

 まだ読まれていない方は、ぜひ、お読み下さい。

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