No.0044 コミック 『欅の木』 原作:内海隆一郎(小学館)

2010.04.13

 これまで何度か劇画を取り上げました。すると読者の方から、「へえ、一条さんもコミックを読むんですね」と言われました。

 なんだか、わたしには難しい本、お堅い本ばかり読んでるようなイメージがあるとか。読むどころか、コミック、大好きですよ。 ほぼ毎日、読んでるんじゃないでしょうか。

 最近読んだ中で一番気に入ったのは、『欅の木』原作:内海隆一郎、作画:谷口ジロー(小学館)という作品です。

 帯には「名作、甦る。」とのメインコピーに続いて、「市井に生きる人々の哀歓を描き読書人の絶賛を集める珠玉の連作『人びとシリーズ』200編の中から、谷口ジローの心の琴線に触れた8編を完全コミック化!」と書かれています。

 その後には、「この感動はきっとあなたに届くはず。」のコピーが。 いやあ、本当に感動しました。何度も涙しましたね。

 表題作の「欅の木」では、引っ越してきた庭に植えてある欅の大木を切るようにという隣人たちの申し出を受けて一度は切る決心をした主人公に対して、前に住んでいた住人がこう言います。

 「欅の木の方が先に住んでいたんです。そこへわたしが住むようになって、ずっと後に、まわりの家が建ちはじめたんです。それなのに、葉をおとすからって、厄介者にするのは後から来た人間の身勝手というものじゃありませんか。」

 この言葉で、主人公は木を切ることを思い直すのです。

 わたしが感動したのは、ここには隣人との新しい関係が描かれていたからです。ふつう、隣人からクレームが来れば、誰でも事を荒立てず善処しようとします。

 でも、本当にこちらに道理があれば、それを堂々と述べればよい。その上で、隣人とも豊かな関係を築く努力をすればよい。この物語の主人公は、最後に「ようし、あくまで近所迷惑と責めたてるなら、雨樋の掃除ぐらいわたしが引き受けようじゃないか!」と決意します。

 ここには、新しくて、かつ豊かな隣人との関係が描かれているように感じました。

 その他にも、母と離れて暮らす幼い少女の不安な心を描いた「白い木馬」、離婚して子どもの頃に別れた実の娘に会いにゆく「再会」、息子の家から出て安アパートで暮らす兄を弟が訪ねる「兄の暮らし」、両親が離婚したために数奇な運命をたどる姉と弟の人生を描いた「雨傘」、夫に先立たれた老婦人の淡い恋心を描いた「絵画館付近」、両親が離婚したために手放した愛犬に会いにゆく「林を抜けて」、長崎出身の男性と国際結婚したフランス人女性の物語である「彼の故郷」・・・・・本当に、すべて名作揃いです。

 かの『人間交差点』(原作:矢島正雄、作画:弘兼憲史)や『ハートカクテル』(わたせせいぞう)との共通点も多いと感じました。

 すべて心ゆたかな話ばかりで、まさにハートフル・コミックとは本書のことだと思います。こんなに泣けたのは、わが編著ながら『むすびびと』と『最期のセレモニー』の感動実話集の2冊以来です。

 わたしは、もともと谷口ジローさんの大ファンです。 かの名作『坊ちゃんの時代』シリーズから、最新の『センセイの鞄』まで愛読してきましたが、たまたま『欅の木』は未読でした。

 谷口さんはヨーロッパの主要な5つのコミック・フェスティバル全部で受賞の栄誉に輝き、今や日本を代表する作家となりました。しかし、世界が認めるだけあって、谷口ジローさんは本当にうまい! いつか、『むすびびと』と『最期のセレモニー』の2冊の実話集を谷口さんにコミック化してほしいなあ。 どのエピソードも谷口さんの絵にバッチリ合うし、絶対に売れると思うけどなあ。

 考えてみれば、『欅の木』には離婚や死別の話が多いことからも明らかなようにテーマはずばり「家族愛」です。冠婚葬祭の感動エピソードを集めた2冊のテーマも「家族愛」ですから、通じるものがあるわけです。

 そうだ、とりあえず谷口さんに本を送ってみよう! というわけで、これから2冊に同封する谷口さん宛の手紙を書くことにします。 それでは、また。

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