No.2132 エッセイ・コラム | コミュニケーション | 社会・コミュニティ 『LISTEN』 ケイト・マーフィ著、篠田真貴子監訳、松丸さとみ訳(日経BP)

2022.05.04

 5月4日は「みどりの日」ですね。
 それに合わせて、グリーンの装丁の本を紹介いたします。
 『LISTEN』ケイト・マーフィ著、篠田真貴子監訳、松丸さとみ訳(日経BP)です。「知性豊かで創造力がある人になれる」というサブタイトルがついています。

 著者は、ヒューストンを拠点に活動するジャーナリスト。ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、AFP通信、テキサス・マンスリーなどで活躍。健康、テクノロジー、科学、デザイン、アート、航空、ビジネス、金融、ファッション、グルメ、旅行、不動産など、多岐にわたるトピックを執筆。特に人間関係や、人がなぜそのように行動するのかを、科学的にわかりやすく解説することに定評があるとか。

本書の帯

 本書の帯には、「話してばかりの人はもったいない」「『聞くこと』は最高の知性」「マルコム・グラッドウェル、アダム・グラント、スーザン・ケイン、ダニエル・ピンク、ワシントン・ポスト、フィナンシャルタイムズ絶賛!!」と書かれています。

本書の帯の裏

 帯の裏には、「一生の友人をつくり、孤独ではなくなる、ただひとつの方法」として、「聞くことで他人の才能も共有できる」「友情を保ついちばんの方法は、『日常的な会話』」「うなずいたり、おうむ返しは『聞くこと』ではない」「孤独をいちばん感じるのは、『よいことが起こった』のに誰にも気づいてもらえないこと」「チームワークは、話をコントロールしたいという思いをやめた人のところにやってくる」「つじつまが合わない会話をそのままにしておくとだまされる」「『アドバイスを使用』と思って聞くと失敗する」「つまらないギャグを言う人は、大抵人の話を聞いていない」と書かれています。

 カバー前そでには、こう書かれています。
「他人の話は、『面倒で退屈なもの』です。だから、私たちは聞くよりは話し、知らない人を避け、何に時間をかけるかを自分で決められるSNSを見がちです。でも話をコントロールすることは、そんなに大事なことでしょうか」

アマゾン「出版社より」

 本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「監訳者はじめに」
「はじめに」
chapter1
「聞くこと」は忘れられている
chapter2
私たちは、きちんと話を聞いてもらえた経験が少ない
chapter3
聞くことが人生をおもしろくし、
自分自身もおもしろい人物にする
chapter4
親しい人との仲もレッテルからも
「聞くこと」が守ってくれる
chapter5
「空気が読めない」とは
そもそも何が起こっているのか
chapter6
「会話」には我慢という技術がいる
chapter7
反対意見を聞くことは
「相手の言うことを聞かなければならない」
ことではない
chapter8
ビッグヒットは
消費者の声を「聴く」ことから生まれる
chapter9
チームワークは、
話をコントロールしたいという
思いを手放したところにやってくる
chapter10
話にだまされる人、だまされない人
chapter11
他人とする会話は、
自分の内なる声に影響する
chapter12
「アドバイスをしよう」と
思って聞くと失敗する
chapter13
騒音は孤独のはじまり
chapter14
スマートフォンに依存させれば
させるほど、企業は儲かる
chapter15
「間」をいとわない人は、
より多くの情報を引き出す
chapter16
人間関係を破綻させるもっとも多い
原因は相手の話を聞かないこと
chapter17
だれの話を「聴く」かは
自分で決められる
chapter18
「聴くこと」は学ぶこと
「謝辞」「原注」

 「監訳者はじめに」で、エール株式会社取締役の篠田真貴子氏は「コミュニケーションには伝える方と受けとる方、両方必要です。それなのに私たちは、伝え方や話し方ばかりに意識を向けてしまう。この忘れられがちな「聞く」に焦点を当てたのが本書です。聞くことが大切な職業には、たとえばカウンセラー、医療職、介護職があります。企業でも『1on1』と呼ばれる、上司が部下の話にじっくり耳を傾ける面談スタイルを取りいれることが増えてきました。本書ではそうした職業に加えて、人質交渉人、即興劇のコメディアン、諜報機関の尋問担当、大型家具店の営業担当者などが登場し、彼らにとって聞くことがどれほど重要かを語っています」と述べています。

 また、篠田氏は本書について「じっくり話を聞いてもらうことや、聞く姿勢とスキルを身につけることが、子どもの発達や夫婦関係から、職場での成果、貿易交渉まで、実に多種多様な課題の解決に寄与する様子が、最新の科学、実践例、哲学や文学まで様々な専門家の見解とともに描かれています。聞くことで私たちは、人を愛し、物事を理解し、成長し、周囲と絆を深めています。聞くとは、人間の営みそのものなのですね」とも述べます。

 「はじめに」で、著者は以下のように述べています。
 「現代の私たちは、自分の心を聞こう、内なる声に直感に耳を傾けよう、それはいいことだから、と言われています。しかし他の人の話に注意深くしっかりと耳を傾けるようにと言われることはほとんどありません。逆に私たちは、相手の意見などお構いなしに、自分が言いたいことだけを話すという会話を繰り広げています。立食パーティや会議、さらには家族との食事のときでさえも、お互いの言葉をさえぎって話をしています」

 耳を傾けることは話すことよりもずっと大切です。これまで、話をきちんと聴かなかったがために、戦争が起こり、富が失われ、友情が壊れてきたと指摘し、第30代アメリカ大統領カルビン・クーリッジの「耳を傾けたがために職を失った人はいない」という有名な言葉を紹介して、著者は「私たちは聴くことでしか、人として関わり、理解し、つながりあい、共感し、成長できません。聴くことは、プライベートであれ、仕事であれ、政治的なものであれ、どのような状況においても、人間関係がうまくいくための土台をなすものです。古代ギリシャの哲学者エピクテトスは、実際、こう言いました。『自然は人間に、舌ひとつと耳ふたつを与えた。自分が話すその倍は、人の話を聞くようにと』」と述べます。

 ソーシャルメディアは、「あらゆる考えを世の中に向けて発信する、仮想のメガホン」と、「自分に反する考えを取り除く手段」をすべての人に与えたと指摘し、著者は「人々は、電話をわずらわしいと感じ、留守番電話のメッセージを無視し、テキストや絵文字でのやり取りを好むようになりました。何か聞くとしたら、自分だけの安全な音の世界に入り込めるヘッドホンやイヤホン。遮断された世界の中での、自分の人生という映画のサウンドトラックです」と述べます。

 その結果、孤立や空虚が忍び寄ります。そして人はより一層、デジタル・デバイスをスワイプ、タップ、クリックするようになっていくとして、著者は「デバイスは気を紛らわせてくれますが、心の栄養になることはほとんどありません。ましてや、感情に深みを与えるなどさらにないでしょう。感情の深みを育むには、相手の声が自分の体と心の中で共鳴する必要があります。本気で耳を傾けるとは、相手の話によって、身体的にも、体内物質のレベルでも、感情的にも、知的にも、動かされるということなのです」と述べています。

 chapter1「『聞くこと』は忘れられている」の「『話を聞かれない』と孤独になる」には、「話を聞いてもらえないと、人は孤独になります。心理学や社会学の研究者は、アメリカで孤独がまん延していると警告するようになりました。孤立している、あるいはつながりがないことを原因とする早死のリスクは、肥満とアルコール依存症による早死のリスクの合計とほぼ同じくらい高いのです。孤独は、1日14本の喫煙よりも健康に悪い影響を及ぼします。そのため専門家たちは、孤独は公衆衛生の危機だと言うようになりました。実際、疫学研究により、心臓病、脳卒中、認知症、免疫機能不全などには、孤独が関係していることがわかっています」と書かれています。

 「誰かと一緒にいても、人は孤独を感じる」では、スマートフォンのスクリーンタイムが長ければ長いほど、幸福度が低くなると示す研究も複数あることを指摘し、著者は「フェイスブックやユーチューブ、インスタグラムなどソーシャルメディアの使用頻度が高い8年生〔日本の中学2年生〕は、これらプラットフォームの使用時間が短い8年生と比べ、うつ病のリスクが27パーセント高く、自分は幸せではないと答える確率は56パーセント高くなりました。同様に、習慣的にテレビゲームをする若者に関する調査のメタ分析では、不安やうつに苦しむ可能性が高くなることがわかりました」と述べています。

  「『聞きなさい』と言われる話は『会話』ではない」では、テレビなどのメディアが、人の話に耳を傾けるという美徳を後押ししていると可能性を否定します。ニュースや日曜ぼの灯篭ん番組は、異なる意見を詳しく探っていく礼儀正しい討論会ではなく、大声で口論したり、揚げ足をとったりする場となっています。朝と昼の番組も、インタビューはたいてい、宣伝担当者や広報コンサルタントが細かく指示して演出を作り込んだもので、司会者もゲストも、本物の会話ではなく、あらかじめ用意されたセリフを話していることがほとんどです。ドラマや映画で描かれる会話については、著者は「私たちの日常には、相手の話を聞くことで、話題が広がり、まるで言葉のキャッチボールを交わすような気軽な会話があります。しかし、ドラマや映画で描かれる会話は、実はミニ演説や一人語りの積み重ねでしかないことが多いのです」と述べます。

 「『話を聞く』とは相手のおしゃべりを待つことだと思っている人が多い」では、著者は以下のように述べます。
「聞きべたの人たちは、本気で考えているのです。人の意見を聞くとは、相手の唇が動くのをやめて自分が話せるようになるまで、礼儀正しく待つことだ、と。話を早く進めてもらうためにせわしなくうなずいたり、時計や携帯電話をちらりと盗み見たり、テーブルをトントンと叩いたり、他に誰か話し相手がいないかとあなたの背後に目線を走らせたりするかもしれません。積極的に自己アピールしないと存在価値がないのではという不安に駆り立てられる今の風潮では、黙っていることはつまり、遅れをとることを意味します。人の話を聞くとは、自分のブランドを押し出して名をあげるためのチャンスを逃すことになるのです」

 chapter2「私たちは、きちんと話を聞いてもらえた経験が少ない」の「『聴く』ことは、自分自身への理解も深めてくれる」では、著者は「私たちは赤ちゃんのときから、人の声に極めて敏感で、声の微妙な違い、同調、不和を聞き分けられるようにチューニングされています。実際、私たちが『聞き』始めるのは、なんと生まれる前からなのです。胎児は、わずか妊娠16週目で音に反応するようになり、妊娠後期には人の言葉とそれ以外の音をはっきりと聞き分けられるようになります。生まれる前の赤ちゃんは、親しげな声には落ち着き、怒号にはビクッとすることもあります。聴力はまた、人が死ぬ際に最後まで持ち続ける感覚の1つです。最初に失うのは空腹感とのどの渇きで、次に発話能力、視力と続きます。死にゆく患者は、触覚と聴力を最後の最後まで持ち続けます」と述べます。

 「聞くことで他人の才能も共有できる」では、強調すべき大切な点は、「ヒアリング(聞こえること)」は「リスニング(聴くこと)」とは同じではなく、むしろその前段階にあるということだとして、著者は「『聞こえる』は受動的です。『聴く』は能動的です。もっとも優れた聴き手は、聴くことに意識を集中させ、聴くために他の感覚も動員します。脳みそをフル稼働させて入ってくる情報すべてを処理し、そこから意味をひき出します。ここでつかんだ『意味』が、創造性、共感、洞察、知識へとつながる扉を開きます。聴くことのゴールは理解です。聴くことには努力が必要です。

 また、著者は以下のようにも述べています。
「飛行の父であるウィルバーとオーヴィルのライト兄弟、第二次世界大戦の指導者だったイギリスのウィンストン・チャーチル首相とアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領、DNAの構造を共同で発見したジェームズ・ワトソンとフランシス・クリック、ザ・ビートルズのジョン・レノンとポール・マッカートニー。いずれも歴史上の偉業を成し遂げたふたり組です。彼らは、お互いに相手の発言を完ぺきに理解し、それを自分自身のものにしていました。どのペアも、何時間も続けて対話を重ね、歴史にその名前を刻んだのです。彼らはそれぞれ単独でも卓越していたことは間違いありません。しかしこうした偉業を達成するには、ある意味、相手と自分の心と考えが一体化するほどになる必要がありました」

 あなたの意思はどのように決まるか? 文庫 (上)(下)セット ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか? 文庫 (上)(下)セット Amazon 「ふたりで議論を重ねると、ひとりではできない発見ができる」では、ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーの2人の心理学者が、行動心理学を共同で研究していたことが紹介されます。その業績は、行動経済学に大きな影響を及ぼしています。研究成果は、カーネマンのベストセラー本『ファスト&スロー~あなたの意思はとのように決まるか?』(早川書房)の土台となりましたが、著者は「このふたりのシンクロニー(同調性)を考えてみましょう。ふたりの性格は正反対で、トベルスキーは衝動的で図太く、カーネマンは思慮深く控え目でした。しかしふたりは意気投合して何時間も議論し、笑い、ときにはどなりあいながら会話を重ね、ひとりでは成し遂げられなかった発見を何度も手にしたのです」と述べます。

 「孤独を感じるのは、『よいことが起こった』のに誰にも注意を払ってもらえないとき」では、この言葉自体に深い意味が込められているといいます。なぜなら、これがまさに「聴く」ことだからだといいます。著者は、「それがあなたの子どもであれ、恋人、同僚、顧客、他の誰であっても、必ず頭の中で何かが起きています。よく『聴く』とは、相手の頭と心の中で何が起きているのかをわかろうとすること。そして『あなたを気にかけているよ』と行動で示すことです。自分の考え、感情、意図を持ったひとりの人として理解され、価値あるものとして大切にされる――それこそが、私たち誰もが切望することです」と述べています。「よいことが起こった」ときに、それをしっかり聴いて、相手に「おめでとう」と言うことは人間関係の基本だと言えます。

 「『赤ちゃんの泣き声がうるさいの』という母親には、何と聞くのが正解?」には、以下のように書かれています。
「母親は、自分の赤ちゃんの泣き声に耐えられないと言っていました。やさしい人であれば、『人間は赤ちゃんの世話をせざるを得ないように、泣き声を不快に感じるようにできているのだ』と母親に説明したかもしれません。もしくは、『そうね、赤ちゃんの泣き声は私も気に障る』と言って共感した可能性もあります。しかしこうした対応では、ニュースクール大学の大学院生たちからは、傾聴で低い点しかもらえなかったでしょう。実際のところ最高点を獲得したのは、母親に何も言わなかったファシリテーターの女性でした。彼女は少し待ってから、こう聞きました。『この泣き声の何が気に障るの?』なぜこの発言が良かったのでしょうか? それは、母親が一瞬考え、そして『自分が小さかったころに、誰も何もしてくれなかったことを思い出す』と言ったからでした。子どもの泣き声が、母親である彼女に、心的外傷後ストレスを引き起こしていたのです。泣き声を聞くたび、落ち込み、恐れ、そして怒りを感じていたのでした」

 「出発点は、『他の人の声に耳を傾けること』」では、大人になっても、仕事、結婚、日常生活、いつでも人に耳を傾けることから人間関係が始まることに変わりはないと指摘し、著者は「聴かずして語るとは、触れられずして触れるようなものです。触れるよりもさらに深く、他者の考えや気持ちを伝える『音』に、私たちは包み込まれ、存在全体が振動するのです。人の声は、私たちの身体にも感情にも入り込み、私たちをつかみます。誰かに共鳴することなしに、その人を理解し、愛することはできません。私たち人間は、進化の過程で、目を閉じられるようにまぶたが発達しました。しかし耳には、まぶたに相当する構造はありません。耳は閉じません。それは、聴くという行為が、人間が生き抜くのに欠かせないからではないでしょうか」と述べるのでした。

 chapter3「聞くことが人生をおもしろくし、自分自身もおもしろい人物にする」の「うなずいたり、おうむ返しは『聴くこと』ではない」では、いかにして良い聞き手になるかの手っとり早いアドバイスは、巷にたくさんあふれているとして、そのほとんどは、ビジネス・コンサルタントやエグゼクティブ・コーチによるものだと述べます。著者は、「彼らの方法論は要するに、聞いている姿勢を見せましょう、それには、アイコンタクトをする、うなずく、ところどころで『そうだね』を入れることが有効ですよ、さらには、話をさえぎってはいけない、相手が話し終わったら言葉を繰り返したり、言い換えたりして合っているか確認し、合っていなければ直してもらえというものです。そして、聞き手であるあなたはここまで待って、話していいのはやっとここからですよ、ということです。なぜこのような聞き方が『いい』とされるのでしょうか。それは、この方法を実践すれば、自分が欲しいものが手に入る(つまりデートする、売り上げを上げる、最善条件を交渉する、企業の出世階段を上る)という前提があるからです」と述べています。

 「自分の話に耳を傾ける人がいると、外の世界に安心して出ていける」では、研究によると、安定した愛着を持っている子どもも大人も、そうでない人と比べ、新しい情報に対して好奇心旺盛かつオープンな傾向にあると示されているとして、著者は「これもまた愛着理論の考え方なのですが、自分の話に耳を傾け、自分が親近感を抱く誰かが人生にいると、外の世界へ出て行って他の人と交流するときに安心していられるのです。もしも何かショックを受けるようなことを聞いたり知ったりしても、自分が信頼して秘密を打ち明けられ、苦悩を軽くしてくれる人がどこかにいてくれるとわかっているため、大丈夫だと確信できるからです。これは『安全基地』と呼ばれ、孤独に対する防御手段になります」と述べます。

 「他人に関心を持って過ごす人は、多くの友人ができる」では、『人を動かす』の中でデール・カーネギーが「自分に関心を持ってもらおうと過ごす2年間よりも、他の人に関心を持って過ごす2か月間の方が、多くの友人をつくることができる」と書いていることを紹介します。著者は、「『聴く』とは関心を持つことであり、その結果、興味深い会話が生まれます。あなたは、自分についてはもう知っています。でも話し相手のことや、その人の経験から自分が何を学べるのか、会話が始まる時点ではまだわかりません。その会話から何かしら学ぶことが目標です」

 「見知らぬ人よりも、『知っている嫌な人』に話しかけてしまう理由」では、著者は以下のように述べています。
「人間はたいてい、とりわけ社会的には、不確実性を嫌います。『これまで通りに続けなさい、それをしてきて、今のところまだ死んでいないんだから』と、原始的な脳に備わったサバイバルのためのしくみがささやきかけてくるのです。だからこそあなたは、パーティで知らない人に自己紹介するよりも、話すとイライラするとわかっている顔見知りの方へと引き寄せられてしまいます。マクドナルドやスターバックスの成功の秘訣も同じで、人が不確実なことを嫌うという性質に応えたからです。世界中どの店舗でもまったく同じビッグマックやフラペチーノが買えるようにしたのですから」

 しかし逆説的ではありますが、生きた実感をいちばん味わわせてくれるのは不確実性であるという著者は、「決まりきった日々とはがらっと変わった日のことを思い出してみてください。家族の結婚式に参列する、大きなプレゼンテーションをする、行ったことのない場所に行く。こんなとき、時間の流れが少しだけゆっくり感じられ、いつもよりもっと夢中になれる感覚を抱きます。登山やパラセーリングなど、リスクを伴う経験も同じです。感覚が研ぎ澄まされ、より多くに気づきます。ドーパミンと呼ばれる、気分をよくする脳内化学物質が放出されるおかげで、予定どおりの人と会うより偶然の出会いの方に大きな喜びを感じます。よい知らせや報奨金、プレゼントなどは、あらかじめ知らされていないサプライズの方が喜びもひとしおです。だからこそ、テレビ番組や映画でもっとも人気になるのは、意外などんでん返しや思いがけないエンディングがある作品です」と述べています。

 4「親しい人との仲もレッテルからも『聞くこと』が守ってくれる」の「夫婦仲が悪くなったのは『相手が何を言うかがわかっているから』という思い込み」では、親しい間柄で「ちゃんと話を聞いて!」「最後まで言わせて!」「私、そんなこと言ってない!」などの言葉がよく交わされることについて、見知らぬ人の話よりも、愛する家族の話の方がちゃんと聞けると思うのは逆であることが明かされます。著者は、「実は私たちの誰もが、愛する人に関しては思いこみをする傾向にあります。これは『近接コミュニケーション・バイアス』と呼ばれています。親密であることやお互いを深く知っていることはすばらしいのですが、そのため自己満足してしまい、自分にもっとも近い人たちの気持ちを読みとる能力を過信するという間違いを犯してしまうのです」と述べます。

 「友情を維持する第一の方法は、『日常的な会話』」では、人間関係の話題になるともっともよく名前が出てくる研究者の1人として、イギリスの人類学者であり、進化心理学者でもあるロビン・ダンバーを取り上げ、「彼は、人が友情を維持する第一の方法は、『日常的な会話』だと言います。つまり『元気?』と尋ね、返ってきた答えをきちんと開くことです。ダンバーは、『ダンバー数』という概念で有名です。これは、私たちが関係性も含めて把握できる人数の認知的な上限のことで、ダンバーは150程度としています。『バーでばったり出くわしたときに、身構えずに一杯飲める程度には相手を知っている』、と言える人数の上限だと考えればいいでしょう。これ以上だと、精神的にも感情的にも、意味あるつながりの維持は難しくなります」と述べています。

 「深く話を聴いたことがある人とは、久しぶりに会っても昨日のように戻れる」では、何年も話していないのに、久しぶりに会ったら以前のようにすぐ親しく戻れる友達がいるとして、著者は「ダンバーによると、これはたいてい、人生のどこかの時点において、深いレベルで集中的に相手に耳を傾けたことで築いた関係です。大学時代や青年期のように情緒面が成長する時期、もしくは病気や離婚など人生の危機に直面したときに育まれた場合が多いようです。ちょうど、『聴く』という行為をたくさん貯金しておき、だいぶ長い時間離ればなれに過ごした後でも、その人物を理解し共感するために貯金から引き出せるような感じです。別の言い方をすれば、過去に誰かの話を頻繁に、かつじっくり聞いた経験があれば、その人と物理的に距離ができたり口論などで気持ちが離れたりし『同調』しなくなってしまった後でも、再び同じ波長に戻りやすくなるということです」と述べます。これは、学生時代の友人などによくありますね。

 「自分自身にさえ打ち明けるのも恐ろしい思い出もある」では、詮索は、人の信頼をもっとも速く失うということが指摘されます。『地下室の手記』(光文社古典新訳文庫)の中でフョードル・ドストエフスキーは、「どんな人の思い出の中にも、誰にでも打ち明けるわけにはいかない、親友だけにしか打ち明けられないようなものがある。親友にも打ち明けられない、ただ自身にのみ、それもこっそりとしか明かすことのできないものもある。しかしさらに、自身にさえ打ち明けるのが怖ろしい思い出もあるわけで、そうした思い出はどんなまともな人間の中にも、かなりの量が積もり積もっているものだ」と書いています。

 chapter5「『空気が読めない』とはそもそも何が起こっているのか」の「『よい聞き手』とは、話し手と同じ感情になって聞ける人」では、ミシシッピ大学で統合マーケティング・コミュニケーションを教えるグレアム・ボディ教授が行った研究では、聞き手がうなずいたり、オウム返ししたり、別の言葉に言いかえたりするよりも、意味づけと解釈を伝えた方が話し手は理解してもらえたと感じることがわかったことが紹介されます。著者は、「傾聴とは受け身であると考えがちですが、それに反し『聴くこと』には、解釈する力と、話し手・聞き手の相互の働きかけが必要であることをボディの研究は明らかにしました」と述べています。

 「相手が自分でもわかっていないことを引き出すのが聞き上手」では、話し手は、必ずしも自分で答えをわかっていないことがあるとして、著者は「優れた聞き手は、それを承知の上で質問を投げかけ、もう少し詳しく話すよう働きかけることで、話し手が答えを自分で気づくように手助けします。聞き手がかけた言葉に対して、話し手が『まさにそのとおり!』『わかってくれるのね!』と返してくれたら、うまく聴けたと言えるでしょう。20世紀の心理学者の中でもっとも影響力のあるひとり、カール・ロジャーズは、これを『アクティブ・リスニング(積極的傾聴)』と呼びました。『アクティブ・リスニング』という言葉が、あまりにも魅力的で力強い響きだったためか、ビジネス界で広く取り入れられたのですが、その意味はあまりきちんと理解されていません」と述べます。

 「『事実』の奥には、必ず感情がある」では、人は感情に支配されており、冷静な論理よりも、嫉妬やプライド、恥、欲、恐れ、虚栄心に突き動かされて行動する方が多いということを覚えておくと、世の中は理解しやすくなるとして、著者は「私たちが行動したり反応したりするのは、何かを感じるからです。これを考慮せずに、うわべだけしか聞かないとか、まったく聞かないのは、生き方として少し損をしているかもしれません。もし人がシンプルで何も感じていないように見えるのであれば、それは単に、あなたが相手をよく知らないだけの話ではないでしょうか。ジョン・ピアポント・モルガンはこう言いました。『人の行動には必ずふたつの理由がある。正しい理由と、本音の理由だ』『聴くこと』は、人の考え方や動機を理解するのに役立ちます。それは、互いに助け合う有意義な人間関係づくりにも、避けるべき人間関係の判断にも絶対に欠かすことはできません」と述べています。

 「大量殺人犯の共通点は、『誰も話を聞いてくれなかった』こと」では、銃乱射事件やテロ攻撃があると、犯人を知っていた人が犯人について「殻に閉じこもっていた」と口にするのは珍しくないと指摘します。家族はたいてい、連絡が途絶えていたとか、その人物が今どうしているか知らないなどといいます。コロンバイン高校での銃乱射事件を扱ったドキュメンタリー映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」を紹介し、著者は「犯罪学者らの研究によると、一般的に銃乱射事件の犯人は、精神病を患っているわけではなく、憂鬱で孤独で、復讐したいという思いが事件の動機だというケースが多いことがわかっています。銃による暴力の追跡を専門にした非営利のニュース媒体『ザ・トレース』によると、大量殺人犯に共通しているのは、社会から著しく疎外されているという点です」と述べます。

 また、著者は「犯人は、不満を募らせた従業員、家族と縁を切られた夫や妻、問題を抱えた10代の若者、事業に失敗したビジネス・オーナー、イスラム聖戦主義者、心理的外傷を負った退役軍人と多岐にわたりますが、どのケースもこれに当てはまっていました。この犯人たちは、誰も自分の話を聞いてくれない、理解してくれない、という感覚を共通して持っていたのです。そのため、今度は犯人の方が誰の話にも耳を傾けなくなり、たいていはねじ曲がった言葉を自分に言い聞かせ、それだけに突き動かされるようになってしまったのです」とも述べます。

 chapter6「『会話』には我慢という技術がいる」の「『うまい言葉』が、信頼関係に必要なわけではない」では、オーストリアの精神分析学者ハインツ・コフートが1960年代に創始した自己心理学を紹介。自己心理学は、ここ10年で広く受け入れられるようになったとして、著者は「人間関係に亀裂が入ってそれを修復した場合、その部分は『つぎはぎ』というより、むしろ人間関係の骨ぐみとなるものだと自己心理学では考えています。あなたが信頼を寄せ、人生の中でもっとも親近感を抱く人のことを考えてみてください。一度あなたと仲たがいし、それを乗り越えて元に戻った人たちのはずです」と述べています。

 chapter7「反対意見を聞くことは『相手の言うことを聞かなければならない』ことではない」の「反対意見を聞くことは、人間にとっては生理的に『脅威』を感じること」では、ロサンゼルスにある南カリフォルニア大学の「脳・創造性研究所」の脳神経科学者らが、政治的スタンスを明確にしている被験者を数人集めたことが紹介されます。調査では、fMRIスキャンを使い、被験者の政治的信念に反対意見を唱えられたときに脳の活動がどうなるかを観察しました。すると、まるでクマに追いかけられているときのように、脳が反応することがわかったそうです。著者は、「私たちはこの『戦うか、逃げるか、すくむか反応』を起こしたとき、何かに耳を傾けることはほとんどできなくなります」と述べています。

 「ソーシャルメディアは、誰にも邪魔されずに自分だけの現実をつくり出せる」では、著者はソーシャルメディアは民主的であると指摘し、「なぜなら、誰かを通すことなく、編集されていない意見を、誰もが世の中に向かって発信できるからです。一方で、ソーシャルメディアは、非民主的でもあります。なぜなら、自分の見解が正しいと思わせてくれる意見だけを選択的に聞くからです。これだと、偏狭な考えやいわゆる「もうひとつの事実」(明らかに虚偽のことを事実として話すこと。オルタナティブ・ファクト)を生み出してしまいます。ドナルド・トランプ前大統領の有名な発言で、「自分のいちばんの相談役は自分だ」というものがあります」と述べています。

 「『原始的な扁桃体の反応』があることを知っておく」では、デューク大学で心理学と神経科学を教えるアハマド・ハリリの研究によると、人類史の中でそう遠くない昔まで、ヒトは、ライオン、トラ、クマなどの脅威から命を守るため、戦うか逃げるかしなければならず、扁桃体はそれを助ける役割を果たしていることが紹介されます。しかし現代において最大の心配事は、社会からの拒絶、孤立、追放です。ハリリは、「人類が動物界の頂点に君臨しているのは、その社会性や、互いから学ぶ能力、互いを助け合う能力のおかげです。しかしこの能力のせいで、人は冷遇や侮辱に弱くなりました。自分の心身の健康にとって、今や最大の脅威は、”他者”です。そしてそれが、社会的な関係に関する不安として現れるのです」と述べています。著者は、「だから、人は意見が合わないとき、互いに耳を傾けるより、額に青筋を立てて目をむき出しどなり合うのでしょう。その瞬間に原始的な脳は、意見の相違を『自分の部族から見捨てられ、誰からも守られずに独りぼっちになった』と解釈し、激しい怒りと恐怖でいっぱいになります」と述べます。

 「人として成長する唯一の方法は、反対意見に耳を傾けること」では、「アクティブ・リスニング」という言葉をつくった心理学者カール・ロジャーズは、人として成長する唯一の方法は、反対意見に耳を傾けることだと述べていることが紹介されます。彼は、著書『ロジャーズが語る自己実現の道』で、「自分の考えを修正したり、古いものの見方や考え方を投げ捨てたりするのはいまだにいやなことです。しかし、このような苦痛を伴う再構築こそ、学習と呼ばれているものであること、またたとえ苦痛を伴うとしてもそれは、人生をより正確に見ることができるというさらなる満足を常にもたらすものであること、このことに私は、より深いレベルでかなりの程度気づくことができるようになりました」と述べています。

 「優れた聞き手は、『相容れない考え』に耐えられる」では、イギリスのロマン派の詩人ジョン・キーツが1817年、弟たちに宛てて「物事を達成させるには、”ネガティブ・ケイパビリティ”(消極的能力)というものがなくてはならない」と書たたことが紹介されます。キーツは、これを「短気に事実や理由を求めることなく、不確かさ、謎、疑念を抱き続けられる能力」だと説明しています。著者は、「聞き上手は、『消極的能力』を備えています。相容れない考えや白黒ハッキリしないグレーゾーンに耐えられるのです。優れた聞き手は、人の話にはたいてい、一見しただけではわからない何かがあると理解しており、理路整然とした根拠や即座の答えにそこまでこだわりません。これは、『狭量』の対極にあるものといえるでしょう。消極的能力はまた、創造性の根源となるものでもあります。この能力のおかげで、物事を新たに捉えられるようになるからです」と述べています。

 chapter8「ビッグヒットは消費者の声を『聴く』ことから生まれる」の「人の感情や習慣は、データを超えてくる」では、プリンストン大学の社会学教授のマシュー・サルガニックが著書『ビット・バイ・ビット デジタル社会調査入門』の中で、ビッグデータの限界について書いていることが紹介されます。著者は、「彼が私に話したのは、データ中で答えを探す難しさは、大まかに言って、酔っ払いが街灯の下で鍵を探しているようなものだということでした。その酔っ払いに、なぜ街灯の下で鍵を探しているのか聞いてみれば、きっとこう言うでしょう。『だってここが明るいから』データは、データがある場所しか照らさないのです」と述べています。

 「ヒトが創造できるのは『聴く』から」では、データからつくられるアルゴリズムが限定的であることを指摘し、著者は「たとえば、チャールズ・ダーウィンの幅広い読書リストを考えてみてください。もし彼が、ネット通販のアマゾンのアルゴリズムではじき出された『おすすめ』をもとに本を買っていたら、この世に『種の起源』は存在していなかったかもしれません。動物学に関連した多くの本や、トマス・マルサスの『人口論』、アダム・スミスの『道徳感情論』に加え、ダーウィンは売春が道徳や公衆衛生に与える影響に関するフランスの研究書や、ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』、シェイクスピアの作品、ジェーン・オースティンの小説などを読んだりしていました。彼は独特で予測のつかない自分の関心を次から次へとたぐっていきました。それが彼の創造性の糧になり、科学的な活動へのインプットになっていったのです。ダーウィンはヒトであり、ヒトはいつも私たちを驚かせてくれます」と述べます。

 chapter9「チームワークは、話をコントロールしたいという思いを手放したところにやってくる」の「相手とつながっているという感覚をいちばん実感できるのが『笑い』」では、著者は「冗談を言うことには、弱さを見せるという面もあります。自分のユーモアが受けとめられることを願いつつ、自分をさらけ出すのですから。相手が話をしっかり聞いてくれ、感度高く反応してくれる人だとわかっていれば、勇気を振り絞らなくても安心してユーモアを発揮できますし、その逆も然りです。実は、相手とつながっているという感覚をいちばん実感できるのが、ユーモアをわかち合うことです。親密な関係を恐れる人は、敵対的で人をこき下ろす、意地悪なユーモアをいう傾向にあります。こうしたジョークは人を身構えさせるため、お互いに人の話を聞く気を削いでしまいます」と述べます。

 ユーモアをわかち合うことは、つながりのひとつの形です。それは「聴く」ことから生まれ、アイデアと感情を共に探り、掘り下げながら、人と一緒につくり出すエネルギーであると指摘し、著者は「こうした即興的な相互作用は、人が互いに協力して取り組むあらゆる活動に必要となります。だからこそ、現代の職場において『聴く』ことは極めて重要です。会話を先回りしたり、独占したり、何か他の方法でとめてしまう人は、キャリアで成功することも、ましてや満たされた人間関係を築くことも難しいでしょう。親密な関係、既成概念を乗り越える思考、チームワーク、ユーモアはすべて、自分が話をコントロールしたいという思いから解放され、その話がどこに向かうとしても共に歩む忍耐と自身のある人のところにやってきます」と述べるのでした。

 chapter12「『アドバイスを使用』と思って聞くと失敗する」の「その人が変わっていく過程に耳を傾ける以上の愛があるでしょうか?」では、出身地の話にせよ、はたまた夢の話、今の仕事をすることになった経緯、水玉模様が怖い理由など、人の話を聞きたいと思わないようでは、人間関係の構築どころか意義深い会話すらできないと指摘し、著者は「その人が変わっていく過程の話に耳を傾けたり、その過程に加わりたいと思ったりする以上の愛などあるでしょうか? これは、恋愛関係、プラトニックな関係、どちらにも言えることです。そして知らない人の話に耳を傾けるのは、もっとも親切で寛大な行為のひとつと言えます」と述べています。

 chapter13「騒音は孤独のはじまり」の「脳は、音のニュアンスも含めて話を判断している」では、人の話を聞く際、脳が処理をしているのは言葉だけではないとして、著者は「声の高低や大きさ、語調、さらには韻律と呼ばれる音の流れも含まれます。人間は言葉がまったくわからないときでさえも、メッセージの感情面はかなり正確に解釈できます」と述べます。また、「ニューロンは、人の話を聞けば聞くほど、話の中に含まれる音の違いの知覚がうまくなります。その音の違いに、感情や、発話の意味の多くが込められているのです。たとえば音楽家は、一般の人と比べ、音声の感情表現を感じとる能力に長けています。音の高低や調子の違いを聞きわける能力にその芸術性が左右されるので、『音楽家は繊細な心の持ち主だ』という考えは、ある程度当たっているのです」とも述べます。

 「右耳は言葉を聞きとり、左耳は感情を聞きとる」では、聴覚情報の処理法について言及し、右耳優位性を紹介します。右利きの人は、左耳で聞くより右耳で聞いた方が、言葉の意味を深く、速く理解できます著者は、「これは脳の『左右機能分化』と関係があります。右耳で聞いたことはまず、ウェルニッケ中枢が位置する脳の左側に送られます。また、話の情緒面を認識したり、音楽や自然の音を知覚したり味わったりするときには、左耳優位性がみられます。左利きの人にとっては、脳の神経経路が逆になっている可能性があるため、逆が当てはまるかもしれません」と述べています。

 「難聴は孤独を生む」では、難聴は長い目で見ると、さまざまな感情的・社会的に好ましくないことを引き起こすとして、以下の実例が紹介されています。
・短気、否定的な態度、怒り、疲労、緊張、
 ストレス、気分の落ち込み
・社会的な状況の回避または引きこもり
・社会の拒絶や孤独
・職務遂行能力や稼ぐ能力の低下
・心理面を含む全体的な健康状態の悪化

 「本音はだいたい伝わる」では、著者はこう述べます。
 「他者にどれだけ自分をオープンにするかは自分でコントロールできるものだと思いたいところですが、顔の表情、息づかい、汗、身振り、姿勢、その他数えきれないほど多くのボディランゲージが、本音を伝えてしまいます。ジークムント・フロイトは、こう言いました。『秘密を守れる人間などいない。唇は黙っていても、指が語り出す。ありとあらゆる毛穴から裏切りがにじみ出るのだ』と。優れた聞き手は、他の人が見逃してしまうような些細なサインにも気づきます」と述べます。

 チャールズ・ダーウィンは、「危険だ!」とか「ふざけるな!」もしくは「つがいになろう!」と伝える能力は、人間が話す能力を発達させるよりもずっと前から、生き残るうえで重要だったと考えていたそうです。著者は、「顔の表情をつくるために顔の筋肉がどのくらいの頻度で収縮するかを測定した研究によると、交わされる言葉と頻度もタイミングも連動していました。このことを、顔の表情の『文法化』と呼ぶのだそうです。偽りのない表情は、わざとつくった表情とは見るからに異なります。それは、主に目と口のまわりにある、自分ではコントロールできない微細な筋肉の収縮の特別な組みあわせによってできます。つくり笑顔を見せたり、平静を装ったり、驚いたふりをしたりはできますが、こうした感情を実際に抱いたときと同じ表情にはならないでしょう」と述べます。

 顔は、感情に応じて表情のみならず顔色も変わるものだと指摘し、著者は「恥ずかしいときに真っ赤になったり、ショックを受けて幽霊のように蒼白になったりするだけでなく、いろいろな感情にあわせて微かに変化します。こうした顔色の変化は、鼻、眉、ほお、あごのあたりの血流がわずかに変わるために起こります。さらに、感情を示す顔色のパターン(割合と言いかえることもできます)はさまざまありますが、これは性別、民族、全体的な肌の色あいにかかわらず同じです。相手に注意を向けている聞き手は、こうした変化をたいてい無意識のうちに知覚しています」とも述べています。

 chapter14「スマートフォンに依存させればさせるほど、企業は儲かる」の「携帯電話を見ている間に『何かを生みだす時間』を失っている」では、携帯電話を見るということは、バーチャルな世界で起きているかもしれないことに気をとられて、現実の世界で起きていることに集中しにくくなるということであると指摘し、著者は「現代人は白昼夢を見る能力までも失いつつあると、専門家は危惧しています。空想にふけるにも、ある程度の注意力を必要とするからです。科学や芸術、文学における最大の進歩は、白昼夢から着想を得たものが多くあります。アルベルト・アインシュタイン、アレクサンダー・グラハム・ベル、チャールズ・ダーウィン、フリードリヒ・ニーチェ、T・S・エリオット、ルイス・キャロルー全員、自分が天賦の才能を発揮できたのは、誰にも邪魔されずに長時間にわたり物思いにふけっていたからだとしています。あなたははたして、スマートフォンを1時間、どこかにしまっておくことはできますか? 30分は? 5分ではどうでしょうか?」と述べています。

 「スマートフォンの待ち時間が3秒以上かかるとイライラする」では、マイクロソフトが行った調査によると、2000年以降、人の集中力の平均持続時間は12秒から8秒に低下したことを紹介し、著者は「ウェブサイトのアクセス解析の専門家によると、インターネット・ユーザーのほとんどは、オンライン記事を読み続けるか離れるかを15秒で決めるそうです。さらに、ウェブサイトの表示に3秒以上かかるとかなりいらだち、ページを離れてしまうとのことです。イギリスの広告代理店の調査では、人は自宅にいるとき、1時間のうちに平均で21回もデバイス(携帯電話、タブレット、ノートパソコン)を変えることがわかりました。しかもバックグラウンドではテレビもついている状態です」と述べます。

 「人々が注意力散漫であればあるほど、企業はお金になる」では、フェイスブックやグーグルといった企業は、あなたを虜にするために、コンピューター・サイエンス、脳科学、心理学を組みあわせ、不安や虚栄心、欲を刺激する方法を開発していると指摘し、著者は「なぜならこうした企業は、ユーザーのタップ、スワイプ、スクロール、クリックで稼いでいるからです。好むと好まざるとにかかわらず、私たちは関心経済に巻きこまれています。関心経済とは、人々の関心や注目の度合いが経済的価値を持つということです。私たちが本当は関心を寄せたい対象からの注意を奪うべく、広告主はメディア企業に何十億ドルものお金を払っています」と述べています。

 「携帯電話があるだけでそのテーブルには親近感が生まれない」では、イギリスのエセックス大学で心理学者らが行った研究によると、テーブル上に携帯電話があるだけで、たとえ音が鳴っていなくても、そのテーブルに座った人たちは互いに親近感を抱くことはなく、大切な話や深い話をしたいとは思わないことがわかったと紹介されています。著者は、「もしそんな話をしても、おそらく邪魔が入ると思っているからです。聞く価値のない話を人がするような状況をつくり出し、その結果、人はますます聞くのをやめ、携帯電話を見るようになる――携帯電話がつくり出す摩訶不思議なループです」と述べます。

 chapter16「人間関係を破綻させるもっとも多い原因は相手の話を聞かないこと」の「『他者』に耳を傾けることは私たちが同じ人間であると実感すること」では、フランスの哲学者エマニュエル・レヴィナスの、個人の倫理観の土台には人間同士の交流があるという考えを紹介。レヴィナスは、わたしたちが耳を傾け、「聴くこと」を通じて理解と共感が生まれれば人生に意義と方向性をもたらすと考えていました。著者は、「ユダヤ人であり、第二次世界大戦で戦争捕虜にもなったレヴィナスは『他者』を経験することの重要性を強調しました。ここでいう『他者を経験する』とは、つまり他者と直接的に関わり合うことであり、私たちの物語はみな異なってはいても、そこに潜む感情は同じだと学ぶことです。『他者』に耳を傾けるという行為は、私たち人間が共通して持つ弱さやもろさを思い出させるものです。そして、他者に害を与えないという倫理的な義務や責務を負わせます」と述べています。

 倫理的にふるまうには、自分の言葉や行動が他者にどれだけ影響を与えるかを考える必要があり、「聴くこと」なくしてそれを実感することはできないとして、著者は「生物進化の過程で、私たち人類は、食料を探し、巨大な野生動物をしとめる際に協力し合うことで、種として生きのびてきました。初期の人類は、人の話を聴いて協力しなければ死んでしまったのです。原始時代の『聴く』を核とした共同作業は、行動規範と礼儀作法に発展し、道徳とは何かを考えるときの糧となったと言えるでしょう」と述べます。

 「お互いの話を聞かないと、達成できることが減る」では、著者は以下のように述べています。
「現代の私たちは、人の話を聞くよりもたくさん話します。マンモスの狩猟から月面着陸まで、人類のあらゆる功績は、互いの話や考え、心配事を理解し、反応することを通して成し遂げられたというのに。お互いの話を聞かないと、達成できることは減ります。そしてそれ自体が、反道徳的だと言えるのではないでしょうか。個人として互いを失望させるのみならず、社会としての繁栄にも反するのですから。さらに、常に自分を売りこみたいと必死になると、人は表現が大袈裟になりがちです。そうすると、会話のレベルは下がり、皮肉な態度を助長します」

 「人生の大切なときに『耳を傾けなかった』ことを後悔するかもしれない」では、自分の気持ちを率直に人に伝えることは、世間で言われているほどよいことではないとして、著者は「感情を人に伝えたいという衝動にかられても、それを伝えるのがいつも有益とは限りません。相手の繊細さよりも、自分の自我を優先してしまっているのです。正直でいるなという意味ではありませんし、控えめにしていろという意味でもありません。しかし、耳を傾けておかないと、相手があなたの正直な言葉を聞く心の準備ができたタイミングが判断できません。あなたの感情をすべて伝える必要はありません。むしろ、強い感情が落ち着くまで待った方がいい場合もあります」

 chapter18「『聴くこと』は学ぶこと」の「だれかの話を聴くのは尊敬の証」では、スイスの心理学者ジャン・ピアジェが未就学児の「集団的独語」を研究したことが紹介されます。著者は、「未就学児を何人か集めるとべちゃくちゃ話し始めますが、それはお互いに向かってではありません。ひとりごとです。近年『会話』とされるものは、砂場でよく見る子どもたちのこうしたおしゃべりにそっくりです。その結果として、政治的、経済的、社会的、心理的な問題が起きないほうがおかしいくらいでしょう。これに対してピアジェは『集団的対話』を、『互いに聞きあい、反応し合うこと』と定義しています。集団的対話を行えるということは、それに足る成熟した人格と、人間関係を構築できるあらゆる能力を備えているということです」と述べるのでした。わが社、「人間尊重」をミッションとして、サービス業からケア業への進化を図っていますが、本書を読んで多くの学びを得ました。ぜひ、わが社の社員のみなさんにもその学びを伝えたいと思います。

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