No.2066 プロレス・格闘技・武道 『グレート・ムタ伝』 武藤敬司著(辰巳出版)

2021.09.06

 『グレート・ムタ伝』武藤敬司著(辰巳出版)を読みました。本体の武藤敬司については 一条真也の読書館『さよならムーンサルトプレス』で紹介した名著がありますが、別人格のグレート・ムタについて本体の武藤が書いたのが本書です。

 著者は1962年12月23日、山梨県富士吉田市出身。身長188cm、体重110kg。1984年に新日本プロレスに入門。同年10月5日、越谷市立体育館での蝶野正洋戦でデビューした。2度目のアメリカ武者修行中、WCWでペイントレスラーの「グレート・ムタ」に変身して大ブレイク。凱旋帰国後、新日本プロレスのトップ選手として数々のタイトルを獲得。2002年に全日本プロレスに移籍し、代表取締役社長に就任。その後、WRESTLE-1を経て、現在はプロレスリング・ノア所属。

本書の帯

 本書のカバー表紙には、顔を赤くメイクしたグレート・ムタの写真が使われ、帯には「代理人・武藤敬司が”悪の化身”のすべてを独白」「グレート・ムタほど使い勝手のいいレスラーは他にいないよ」と書かれています。

本書の帯の裏

 帯の裏には、「グレート・ムタ、35年の毒々しき歴史を読む――。」として、「フロリダでホワイト・忍者が誕生/カリブ海に現れたスーパー・ブラック・ニンジャ/WCWでザ・グレート・カブキの息子が大ブレイク/”悪の化身”が血の海で馳浩を担架葬/WWF世界王者ハルク・ホーガンとのドリームマッチ/引退カウントダウンでアントニオ猪木を蹂躙/卒塔婆に『死』の血文字……戦慄の新崎人生戦/一大ムーブメントを巻き起こしたnWoジャパン加入期/”偽者”グレート・ニタとの有刺鉄線電流地雷爆破マッチ/武藤敬司と共に全日本プロレスへ電撃移籍/「ファンタジーファイト」でボブ・サップと激突/ハッスルでインリン様の股間に毒霧を噴射/”髙田総統の化身”エスペランサー・ザ・グレートと対峙/DDTのリングで放ったラスト・ムーンサルトプレス/コロナ禍でプロレスリング・ノアの無観客試合に降臨」と書かれています。

 アマゾンの「内容紹介」には、こう書かれています。
「日本マット界を代表するトップレスラー武藤敬司が遂に『”悪の化身”グレート・ムタ』の伝記を代筆! ムタ誕生前夜の海外武者修行時代(フロリダ地区、プエルトリコ、ダラス地区)に始まり、大ブレイクしたWCW時代、そして新日本プロレス、全日本プロレス、ハッスル、WRESTLE-1、プロレスリング・ノアに至るまで35年に及ぶ歴史が一冊の書籍になった。国内外のリングで数々の大物レスラーと対峙した時、武藤敬司とグレート・ムタは何を考えていたのか? 稀代の天才レスラーがプロレスの本質も説き明かすファン必読の一冊!!」

 本書の「目次」は、以下の通りです。
イントロダクション
「武藤敬司」と「グレート・ムタ」
Chapter1
CWF~WWC~WCCW~WCW ERA
Chapter2
NEW JAPAN PRO-WRESTLING ERA Part-1
Chapter3
NEW JAPAN PRO-WRESTLING ERA Part-2
Chapter4
ALL JAPAN PRO-WRESTLING ERA
Chapter5
WRESTLING-1~PRO-WRESTLING NOAH ERA

 Chapter1「CWF~WWC~WCCW~WCW ERA」では、初のアメリカ修行でフロリダにいた頃のことが紹介され、著者は「フロリダにいた時期、やっぱり俺は新日本プロレス育ちだなと実感したのは、サーキットをしながら練習を欠かさなかったところだね。もちろん、他のレスラーもジムでウェイトトレーニングをやったりするんだけど、俺は対人の練習もしておかないと若干ながら不安もあったんだ。だから、タンバにあった柔道場によく通っていたよ。その道場には、あのアントニオ猪木さんと異種格闘技戦を戦った五輪金メダリストのウィリアム・ルスカも来たことがあるらしい。誰かが『ルスカは強かった』なんて言っていたからさ。かといって、レベルが高いわけじゃないんだけどね。道場の中では、俺が一番強かったよ」と述べています。

 フロリダでは著者は「ホワイト・ニンジャ」のリングネームでベビーフェイスを務めましたが、ある日、ベビーフェイスのトップだったワフー・マクダニエルを裏切ったことが転機となります。ヒールのトップは「ケンドー・ナガサキ」こと桜田一男でしたが、著者は桜田とワフーの試合に乱入し、最初は桜田を殴るふりをして、いきなりワフーをぶん殴ったのです。著者は、「そうしたら、客が物凄くヒートしたよ。俺を目掛けて、いろんなものをリングに投げ込んできたからね。ジャップがどうのこうのって汚い言葉も飛び交うし、日本では味わえない空気が客席に溢れていたよ。その時に感じたエクスタシーは、凄く新鮮だった。客を手のひらに乗せている優越感というか、高揚感が体の中に押し寄せてきたよ。これはプロレスに限ったことではないかもしれないけど、アメリカは大統領選挙だって、それくらいの熱を持ってのめり込む人たちがいるよな。そんな熱を一身に浴びた感覚があった」と回想します。

 また、新日本プロレスについては、著者は「俺が他の世代のレスラーよりも恵まれていたと思うのは、新弟子として新日本に入った途端に、うるさい先輩方がみんないなくなった。たぶん、それまではトレーニングなんかも基礎体力の練習とガチンコのスパーリングばっかりだったと思うよ。試合でも派手な技なんかやろうものなら、すぎに怒られていたよね。でも、先輩たちがごっそりいなくなったから、俺の1年先輩で当時は素顔だった獣神サンダー・ライガーが先頭に立って派手な技をやり出したんだ。ライガーは体が小さかったし、とにかく派手な技で魅せなきゃ生き残れないとでも思ったんだろうね。その後、他の若い連中もいろんなことをやり始めた。しかも、現場を仕切っていた坂口さんも特に口うるさく言わなかったから、やりたい放題だったよ」と述べています。

 新日本プロレスの総帥だったアントニオ猪木については、著者は以下のように述べています。
「プロレスって、いつも同じ環境でやれるわけじゃないからね。様々な環境の中で、いかにそこに順応するかがレスラーとしての器量が問われるところなんだ。こういった『TPOを考えるプロレス』で優れていたのが猪木さんだったりするんだろうね。昔、よく異種格闘技戦をやっていたけど、相手の器量がどれだけあるかわからない中での試合も多かったと思うよ。そこにきっちり順応して、客が納得する試合を見せていたんだから、やっぱりさすがとしか言いようがないよな。そういう意味では、ムタも毒霧というものをよく使いこなしてきたよ。プロレスが誕生してから余裕で100年以上経っているだろうけど、この毒霧に勝る凶器はないと思う」

入場する猪木を迎えるムタ 

 1994年5月1日、福岡ドームで、ムタは引退ロードに入った猪木と試合します。著者は、「猪木さんは、もうキャラクターが完璧に出来上がっている人だからさ。出てくるだけで、会場の雰囲気も出来上がってしまうよ。そういう意味でも福岡ドームでのファイナル・カウントダウンでは入場から、いい絵ができたと思う。猪木さんが入場してくると、先にリングインしていたムタがロープを上げて、長い間にらみ合いになった。入場曲も止まって、緊迫感のある、いいシーンになったよ。この試合は、もう入場の時点で摑みはOKだった。場内がシーンと静まり返って、『静の試合』になってね。この入場時のムタと猪木さんで作った間って、長州さんとは絶対にできないからさ。ムタと猪木さんによる『競技っぽくない間』だよな。長州さんはゴングが鳴ったら、すぐに相手を詰めにかかるからね。これはそんな人には絶対できない間だよ」と述べています。

 Chapter3「NEW JAPAN PRO-WRESTLING ERA Part-2」では、ムタの新日本時代の試合運びを振り返って、著者は「よく当時はムタにしても俺にしても、花道でのランニングラリアットというのをやっていたよおな。今考えると、バカなことをしていたなと思うよ。だって、あれは自分が疲れるだけだからね。でも、ドームという広い空間で試合する場合は、こういった動きをすると会場が盛り上がる。だから、バカみたいに花道を走ってたんだよ。こういうことをフィニッシュホールドでやっていたのが、たぶん猪木さんだよ。聞いたところによると、猪木さんは昔、大きな試合のフィニッシュホールドをいつも変えていたらしいからね。試合で印象的な絵を残そうという考えは、やっぱり猪木イズムなんだろうな。それに猪木さんのフィニッシュホールドの延髄切りや卍固め、スリーパーホールドにしたって、俺から言わせればファンタジーな世界だよ。そこはムタの毒霧と変わらないと思う」

猪木に毒霧を吹きかけるムタ 

 本書のChapter4以降は、新日本プロレスを離脱してからの出来事が書いてありますが、昭和の新日本プロレスを愛してやまないわたしには興味がありません。新日本は「ストロングスタイル」を標榜し、総帥の猪木をはじめ、藤波、長州、藤原、佐山、前田、髙田、船木、山田、橋本といった弟子たちは「強さ」を追求しました。グレイシー柔術の登場で総合格闘技がブームになったとき、猪木は新日本に格闘技路線を要求しますが、それに反抗して全日本プロレスに移籍したのが本書の著者である武藤敬司でした。しかし、アントニオ猪木という希代のレスラーはストロングスタイルの象徴であるとともに、ショーマンスタイルの達人でもあったのです。武藤は猪木のストロングスタイルの継承者ではありませんでしたが、ムタは猪木のショーマンスタイルの継承者である。本書を読んで、わたしは改めてそのことに気づきました。

Archives