No.1913 SF・ミステリー 『星を継ぐもの』 ジェイムズ・P・ホーガン著、池央耿訳(創元SF文庫)

2020.07.15

緊急事態宣言の期間中、『星を継ぐもの』ジェイムズ・P・ホーガン著、池央耿訳(創元SF文庫)を読みました。
1977年に発表されたSFの名作です。一条真也の読書館『嘘と正典』で紹介した現代SFの短編集を読んだら、もっと本格的なSFの長編が読みたくなりました。そこで、一条真也の読書館『夏への扉』『タイタンの妖女』で紹介した本に続けて本書を読んだのです。アマゾンで見つけたのですが、レビューがなんと450本以上もあって驚きました。

本書の帯

本書のカバー表紙には宇宙船の残骸の中を調査する2人の宇宙飛行士のイラストが描かれ、帯には「100刷突破!」と大書され、「今でもこれからも愛され続ける永遠のロングセラー」「創元SF文庫 読者投票第1位」「圧倒的な支持!」と書かれています。

本書の帯の裏

扉には以下の内容紹介があります。
「月面調査隊が真紅の宇宙服をまとった死体を発見した。すぐさま地球の研究室で綿密な調査が行なわれた結果、驚くべき事実が明らかになった。死体はどの月面基地の所属でもなく、世界のいかなる人間でもない。ほとんど現代人と同じ生物であるにもかかわらず、5万年以上も前に死んでいたのだ。謎は謎を呼び、一つの疑問が解決すると、何倍もの疑問が生まれてくる。やがて木星の衛星ガニメデで地球のものではない宇宙船の残骸が発見されたが……。ハードSFの新星ジェイムズ・P・ホーガンの話題の出世作」

作者のホーガンは1941年、英国ロンドン生まれ。コンピュータ・セールスマンでしたが、1977年に一気に書き上げた長編『星を継ぐもの』でデビュー。同書は日本に翻訳紹介されると同時に爆発的な人気を博し、翌年の星雲賞を受賞。さらに『創世記機械』『内なる宇宙』でも同賞を受賞。『造物主(ライフメーカー)の掟』『時間泥棒』など、最新科学技術に挑戦する作品を矢つぎばやに発表し、現代ハードSFの旗手として幅広い読者を獲得。2010年没。

『星を継ぐもの』(1977)には『ガニメデの優しい巨人』(1978)、『巨人たちの星』(1981)、『内なる宇宙』(1991)という続編も生まれ、宇宙叙事詩ともいうべき壮大な物語世界を構成しています。このシリーズは星野之宣によって漫画化されており、星野作品の大ファンであるわたしは、小説に先立って、まずは漫画から読みました。『宗像教授』シリーズとはまた違った星野之宣の魅力が輝いており、素晴らしい傑作であると思いました。創元SF文庫の『星を継ぐもの』は活字が小さくて、老眼の始まったわたしには読むのが辛かったため、先に漫画を読んでストーリーを把握しておいたのが良かったのです。それでも、ハヅキルーペをかけて読みましたが……。

『星を継ぐもの』を愛してやまないという作家の小野不由美氏は、「SFにして本格ミステリ。謎は大きいほど面白いに決まっている。」という推薦の辞を寄せていますが、たしかに「いかにスケールの大きい嘘をつくか」ということがSFの醍醐味ですので、その意味で本書はSFの最高傑作と言えるかもしれません。ヒューゴー・ガーンズバック、ジュール・ヴェルヌ、H・G・ウェルズ……SF作家とは人類における想像力のチャンピオンであるというのがわが持論ですが、アーサー・C・クラークの不朽の名作『2001年宇宙の旅』『地球幼年期の終わり』などとともに、本書『星を継ぐもの』こそはSFの最高の到達点ではないかと思います。

『星を継ぐもの』の物語は、月面から始まります。1969年7月16日、ニール・アームストロング、マイケル・コリンズ、バズ・オルドリンの3名がケネディ宇宙センターでサターンV型ロケットに乗り込みました。「アポロ11号」です。NASAアポロ計画における5度目の有人ミッションにして、11番目の機体が、ついに人類を月に送ることに成功したのです。1972年12月、アポロ17号が史上6回目の月面着陸を果たしました。人類の英知を結集して地球以外の世界に到達し、直接その世界を探索しようという初の試みに有終の美を飾るものでした。アポロ計画以後、経済危機による財政圧迫のためにNASAの活動は規模を縮小しました。その最後の第17次アポロ計画の5年後に、この物語は発表されたのです。

ロマンティック・デス〜月と死のセレモニー

地球に棲むわたしたちにとって、月は謎の宝庫です。1991年10月に上梓した『ロマンティック・デス〜月と死のセレモニー』(国書刊行会)において、わたしは月の謎について詳しく書きましたが、「月の先住者」として、アポロが月に行った後も、月の裏ではどうしても何かやっているとしか考えられない人々が月人工天体説を唱えたりしていると紹介しました。NASAの元職員たちもグループを組み、明らかに月には2種類の生命がかつていたという説を出しました。ひょっとしたら今でもまだいるのではないかと推測する者もいます。彼らは、月の裏や表の仔細な痕跡をコンピューターにかけて分析し、その結果、どうしても1つの起源から生まれたパターンというふうには考えられないパターンがあることを発見したといいます。つまり、大体2つの起源から出ているパターンのバリエーションが組み合わさっているというのだ。彼らは、月に何かを仕掛けて、月に何かを作った連中がいたとすれば、これは別種の知的生命がいたのであるというふうに結論を出しているのです。ジョージ・レオナードの『それでも月に何かがいる』や、ドン・ウィルソンの『月の先住者』といった本は、この奇妙な説の延長線上にありますが、SFとしての『星を継ぐもの』にも「月の先住者」説の影響を見ることができます。

2020年の現在、月の謎の多くは解明されてきました。今や月は最大の観光地にさえなりつつあります。『星を継ぐもの』にはUNSA(国連宇宙軍)が運営する月旅行についての以下の描写があり、興味深かったです。
「21世紀初頭30年の間に、月への旅客便の座席は大手の旅行代理店で予約できるようになっていた。宇宙船はUNSAの定期便が就航していたし、UNSAの将校を乗員とするチャーター便もあった。旅客宇宙船は乗心地がよく、大きな月面基地の宿泊施設も安全快適で、月旅行は多くのビジネスマンにとって海外出張とさして変わらぬ日常茶飯事であり、月旅行を一生の思い出とする観光客の数も増加の一途を辿っていた。月旅行には特別な知識や訓練はいっさい不要であった。現にあるホテル・チェーンと国際線を持つ航空会社、パッケージ旅行斡旋業者、それに、ある土木工事会社から成る企業連合は月面にホリデー・リゾートを建設中であり、早くも次のシーズンの予約で満員となっている」
こういった未来の社会風景を覗き見するのも、SFを読む大きな楽しみの1つです。現在の人類は新型コロナウイルスに翻弄されている最中ですが、感染拡大が終息すれば、再び月旅行が話題になるでしょう。

創元SF文庫の『星を継ぐもの』のカバー裏表紙には「月面で発見された深紅の宇宙服をまとった死体。だが綿密な調査の結果、驚くべき事実が判明する。死体はどの月面基地の所属でもないだけでなく、この世界の住人でさえなかった。彼は5万年前に死亡していたのだ!」と書かれています。その死体は「チャーリー」と名付けられますが、どう見ても人類としか考えられません。しかし、人類が月に行けるようになったのはほんの数十年前の話です。それ以前に月に行ける高度な文明が存在したのか。だとすれば、なぜ、その痕跡が地球上に全く残っていないのか。チャーリーが地球外の別の星からやってきた宇宙人だとしたら、なぜ、彼の姿は人類そのままなのか。謎は深まる一方ですが、主人公である物理学者のヴィクター・ハントと生物学者のダンチェッカーたちは「チャーリーは何者か?」という疑問に挑みます。

本書の「解説」で、SF作家の鏡明氏は「月面で、深紅の宇宙服を着こんだ死体が発見される。それは人類が生まれる以前から、そこにあったのだ。はたして、何者なのか、その死体は」と書き、さらに以下のように述べています。
「すでに使い古されたアィディアかもしれない。エドモンド・ハミルトンの『虚空の遺産』、アルジス・バドリスの『無頼の月』、あの『2001年宇宙の旅』といった作品も、それと似たアィディアからはじまる。けれども、いったいそれは何者なのか、それではじまり、その謎を解明し、それで終わる作品というのは、ほとんどない筈だ。『星を継ぐもの』は、その死体の謎の解明だけで書かれている。近未来の科学技術や知識のすべてが動員されて、その謎に迫っていくわけだ。何度も解答が提示されるたびに、逆に謎が深まっていく。ミステリ専門誌のEQMMで、レヴューが載ったというが、たしかに謎解き小説としても、よくできている」

そう、このSFの名作は基本的に「謎解き」の物語であり、探偵小説でもあるのです。思想家の内田樹氏は著書『邪悪なものの鎮め方』(文春文庫)において、探偵の仕事について鋭く分析し、次のように指摘しています。
「探偵は一見して簡単に見える事件が、被害者と容疑者を長い宿命的な絆で結びつけていた複雑な事件であったことを明らかにする。読者たちはその鮮やかな推理からある種のカタルシスを感じる。それは探偵がそこで死んだ人が、どのようにしてこの場に至ったのかについて、長い物語を辛抱づよく語ってくれるからである。その人がこれまでどんな人生を送ってきたのか、どのような経歴を重ねてきたのか、どのような事情から、他ならぬこの場で、他ならぬこの人物と遭遇することになったのか。それを解き明かしていく作業が推理小説のクライマックスになるわけだが、これはほとんど葬送儀礼と変わらない」

ロマンティック・デス〜月を見よ、死を想え

「探偵の仕事は葬送儀礼と同じ」という考えには、つねに葬儀の意味を考え続けているわたしも膝を打ちました。内田氏は、さらに「死者について、その死者がなぜこの死にいたったのかということを細大漏らさず物語として再構築する。それが喪の儀礼において服喪者に求められる仕事である。私たちが古典的なタイプの殺人事件と名探偵による推理を繰り返し読んで倦まないのは、そのようにして事件が解決されるプロセスそのものが同時に死者に対する喪の儀礼として機能していることを直感しているからなのである」とも述べています。『星を継ぐもの』にはチャーリーの死体が登場しますが、その場所は月面でした。そして、その謎を解明していく作業は葬送儀礼に通じる……まさに、「月」と「死」と「葬」について書いた『ロマンティック・デス〜月と死のセレモニー』の世界そのものではありませんか! 同書は2005年8月に『ロマンティック・デス〜月を見よ、死を想え』として幻冬舎から文庫化されましたが、『星を継ぐもの』を読みながら、わたしはずっとこの自著の内容を思い出していました。チャーリーの死の原因、そして出自を明らかにしていくことは、5万年ぶりに行われた彼の葬儀でもあったのです。

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