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昭和天皇物語』

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No.1715


 4月29日は「昭和の日」です。もともと昭和天皇の誕生日でしたが,1989年の崩御に伴って「みどりの日」として制定されました。 2007年、国民の祝日に関する法律の改正によって、「みどりの日」は5月4日に変更され、4月 29日は新たに「昭和の日」となりました。「激動の日々を経て,復興を遂げた昭和の時代を顧み,国の将来に思いをいたす」ことをその趣旨としています。昭和の後の平成もあと1日で終わりますが、『昭和天皇物語』能條純一著(小学館)を紹介したいと思います。

『昭和天皇物語』は「ビッグコミックオリジナル」に連載中のコミックで、半藤一利氏の『昭和史』(平凡社)を原作とし、永福一成氏が脚本を、志波秀宇氏が監修を担当しています。作者の能條純一氏は1951年、東京都墨田区生まれ。 1996年、『月下の棋士』で第42回(平成8年度)小学館漫画賞受賞。 「哭きの竜」「翔丸」に代表される、クールな主人公が登場する乾いた雰囲気の作品から、「プリンス」「ずっこけ侍ミケランジロウ」などの軽妙な人情モノの両極な作風が特徴だとか。

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 最初にこの作品を知ったとき、わたしは「ついに天皇がマンガで描かれる時代になったか!」と軽い衝撃を受けました。コミックス第1集ですが、アマゾンの「内容紹介」に以下のように書かれています。
「今世紀最大の話題作、ついに単行本化!! 大元帥陛下して軍事を、大天皇陛下として政治を一身に背負い昭和という時代を生き抜いた巨人。波瀾万丈という言葉では表せないほどの濃密な生涯に半藤一利氏協力のもと、漫画界の巨人・能條純一氏が挑む......『ビッグコミックオリジナル』誌で毎号にわたり衝撃を呼ぶ巨弾連載、待望の第1集は、その少年時代が大胆な解釈と圧倒的な画力で描かれる......!」

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第1集の カバー裏

 

 第1集のカバー裏には、「昭和天皇・裕仁。激動を生き抜いた巨人。」「『大元帥』として、『象徴』として、そしてひとりの『人間』として。知られざる少年時代を舞台に大いなる物語の幕が上がる......!!」と書かれています。

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 コミックス第2集ですが、アマゾンの「内容紹介」に以下のように書かれています。「反響轟轟! 話題の歴史物語、待望の第2集! 武田鉄矢氏はじめ、各所で激賞の嵐!! 時は大正。自らの為に創設された御学問所で強烈な講師陣による英才教育を施される迪宮(みちのみや)少年。やがて天皇となることを運命づけられた少年も、とはいえ多感な10代半ば。学友たちとのかけがえのない日々を過ごす一方で、母のように慕った教育係・足立タカとの悲しい別れや周囲が押し進める『お妃候補』との出会いを経て少しずつ大人への階段を登ってゆく姿が情感豊かに描かれます。ビッグコミックオリジナル誌にて大きな反響を呼ぶ『誰も見たことのない』歴史物語......身震い必至の第2集、いよいよ発刊!!」

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第2集の カバー裏

 

 第2集のカバー裏には、「昭和天皇・裕仁が過ごした青春の日々とは。」として、「『御学問所』にて英才教育を施される迪宮(みちのみや)少年。唯一無二の人生を歩むことになるこの少年にも、かけがえのない学生時代があった......!!」と書かれています。

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 コミックス第3集の「内容紹介」は、アマゾンに以下のように書かれています。
「ご婚約は白紙!? 暗躍する元老との対峙! 時は大正。晴れて皇太子となった裕仁(ひろひと)青年のお妃候補、内定......! 不況の世に明るいニュースが流れる中、真っ向から異を唱えたのは"明治の亡霊"こと元老・山縣有朋であった。自らの希望を通さんと、不遜とも思える態度で婚約破棄を迫る老政治家に対し、皇室は、そして裕仁青年は......? 大正の世を揺るがした"宮中某重大事件"を大胆な解釈で描く最新刊です」

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第3集の カバー裏

 

 第3集のカバー裏には、「それは私欲か愛国心か。蔑ろにされた青年は。」として、「裕仁皇太子のお妃候補に良子(ながこ)女王、内定。祝賀ムードの中、人選を不服とした元老・山縣有朋が不遜にも映る態度で婚約破棄を迫る!!」と書かれています。

 

 この『昭和天皇物語』、とにかく能條氏の画力が素晴らしいです。能條氏は「昭和天皇という存在を、あくまで一人の人間のドラマとして描きたい」という強い思いを抱いているそうですが、それが見事に表現されています。第1集の1話目の冒頭にマッカーサーに会いに行く昭和天皇の表情がアップで描かれた絵が出てきますが、もうこの絵を見ただけで、このコミックから目が離せなくなります。まさに伝記コミックの新境地を開いたと言ってよいでしょう。

 

 冒頭の場面はハリウッド映画「終戦のエンペラー」(2013年)を連想させました。昭和天皇の実像に迫る作品です。マッカーサーと初対面を果たした天皇は、まず一緒に写真を撮影します。あの、あまりにも有名な天皇とマッカーサーのツーショット写真です。天皇は写真を撮り終え一度は椅子に腰掛けます。しかし、すぐに立ち上がってマッカーサー元帥に自身の偽らざる思いを述べます。そう、戦争に対する自らの責任について心のままに述べるのです。このシーンを見て、わたしは涙がとまりませんでした。
 歴代124代の天皇の中で、昭和天皇は最もご苦労をされた方です。その昭和天皇は、自身の生命を賭してまで日本国民を守ろうとされたのです。昭和天皇が姿を見せるシーンは最後の一瞬だけでしたが、圧倒的な存在感でした。そして、実際の天皇の存在感というのも、この映画の「一瞬にして圧倒的」という表現に通じるのではないでしょうか。

 

 天皇はけっして自身の考えを直接口にすることはなく、昭和天皇の戦争に反対する気持ちも祖父である明治天皇御製の歌に託するほどでした。その昭和天皇がたった一度だけ、自らの意思で、勇気を持って断行したのがポツダム宣言の受諾であり、玉音放送を国民に流すことでした。それは昭和天皇自身の生命の危険を招く行為であり、そのあたりは日本映画「日本のいちばん長い日」を観ればよくわかります。また、開戦から終戦に到る日本の真実は、津川雅彦が東条英機を熱演した日本映画「プライド~運命の瞬間~」(1998年)において見事に描かれています。

 

『昭和天皇物語』には多くの実在した歴史上の人物が登場しますが、中でも裕仁皇太子の少年時代の教育責任者を務めた乃木希典、東郷平八郎の2人がとびきり魅力的に描かれています。乃木は陸軍、東郷は海軍の軍人でしたが、軍人としての評価は正反対です。ともに日露戦争の指揮を執りましたが、乃木は二百三高地で多くの若い命を失い、東郷は日本海海戦で世界史上に残る奇跡的勝利を収めたのです。しかし、2人は軍人としての人生を極めただけでなく、大和魂というものを体現できる最高の人格者でありました。皇太子の教育について責任は想像を絶するほど大きいでしょうが、こういった人物が選ばれたことは非常に納得できます。

 

『昭和天皇物語』では、裕仁皇太子に帝王学を教えた倫理学者の杉浦重剛も重要な役割を果たします。一般的に杉浦は国粋主義的教育者・思想家として知られます。近江国膳所藩(現・滋賀県大津市)出身で、父は膳所藩の儒者杉浦重文です。杉浦重剛は、若き日の昭和天皇、秩父宮雍仁親王、高松宮宣仁親王の3兄弟に帝王学の一環として倫理を進講しました。後に「人格高邁の国士」と評されますが、その教えの一部がコミックにも紹介されていて興味深いです。安岡正篤の一世代前の「帝王学の第一人者」といったイメージでしょうか。

 

『昭和天皇物語』はまだ第3集が刊行されたばかりであり、物語は途中です。第2集では、裕仁皇太子が後の伴侶となる久邇宮良子と再会する場面が描かれます。宮城内に咲く草を見て、「この草は雑草......」とつぶやく久邇宮家の令嬢に対して、裕仁皇太子は「いえ......雑草という草はないのです」と言います。さらに二人は「どんな草にもちゃんと名前があります。たとえば......」「は......い」「この草の名前はツルボといってキジカクシ科で......」「......はい!」「夏になったらかわいい花を咲かせます」「はい」といった会話を交わします。このあたりはまことに爽やかで、心が洗われる思いがします。

 

 このとき、裕仁皇太子には杉浦重剛が、良子には野口ゆかが付き添っていました。野口ゆかは、裕仁皇太子の母である貞明皇后が最も信頼を寄せた女性教育者です。貧しい庶民の子どものために日本初の施設幼稚園である「二葉幼稚園」を立ち上げた人物です。裕仁皇太子のお妃選びには3つのテーマがありました。一に、温和でほがらかなこと。二に、人の話をよく聞くこと。三に、必ず相槌を打てること。......杉浦重剛も、野口ゆかも、久邇宮良子こそは将来の皇后になる女性であると確信したのでした。しかし、山縣有朋をはじめとする抵抗勢力の存在で、二人のご成婚には障害もありました。今上天皇や皇太子のご成婚のいきさつは有名ですが、昭和天皇のご成婚にも数々のドラマがあったことを初めて知りました。

 

 第3集には、漢那憲和が登場します。琉球国出身の海軍軍人で、最終階級は海軍少将です。裕仁皇太子の欧州遊学の際、御召艦「香取」の艦長を務めたことで知られます。彼を「香取」の艦長に推挙したのは東郷平八郎で、東郷は漢那の航海術が誰よりも卓越していることを高く評価していました。漢那は最初の停泊地に自身の故郷である沖縄を希望していました。当時、天皇家の人々は誰ひとりとして沖縄の地に足を踏み入れていませんでした。沖縄の県民たちは裕仁皇太子が沖縄の地に降り立つことを期待し、知念岬に大きなやぐらを建てていました。沖縄寄港の際には、やぐらの上で松明を焚き、皇太子を奉送する準備も整えていました。

 

 皇太子の随行員の中には「なぜ琉球へ」などと沖縄寄港へ反発する者もいましたが、皇太子の「イラブーを食してみたい」という鶴の一声で沖縄寄港が決定したのでした。イラブーは海蛇の一種で、もちろん皇太子は本気で食べてみたいわけではありませんでしたが、漢那艦長に故郷に錦を飾らせてあげたかったのです。皇太子の思いやりが描かれたこの場面には感動しました。漢那憲和は退役後、地元・沖縄県選出の衆議院議員となりました。戦前最後の沖縄県選出議員の1人です。
 このように『昭和天皇物語』には、杉浦重剛、野口ゆか、漢那憲和といった、これまであまり知られていなかった人物が次から次に登場し、まことに興味深いです。第4集の刊行が楽しみでなりません。
「令和」への改元まで、あと2日です。