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「おもてなし」という幻想』

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No.1662


『「おもてなし」という幻想』眞野ナオミ著(幻冬舎)を読みました。「10年先の日本をつくるインバウンド立国論」というサブタイトルがついています。幻冬舎メディアコンサルティングの発行なので、いわゆる企業出版の類かもしれませんが、内容は具体的で、非常に参考になりました。

 

 著者は、イベントやカンファレンス、ホスピタリティ等を提供する株式会社ラグジュリークCEO。LAで生まれ、東京とアメリカで育つ。聖心女子大学文学部英語英文科卒業、Univercity of Southern California Principles in Business Managoment修了。大学卒業後はIBMに就職し、長野オリンピック等のマーケティングやホスピタリティを担当したそうです。

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本書の帯

 

 本書の帯には「今こそ共に輝かせる時 心を照らす日本の光――音羽山 清水寺 大西英玄」「海外超富裕層の訪日プロデュース、グローバル企業主催イベントのコンサルティング...国内の誰よりもインバウンドを知り尽くした著者が説く訪日ビジネスのビジョンとは」と書かれています。
 帯の裏には「世界が求める『ニッポン』を日本人だけが知らない」「地方自治体、飲食店、ホテル、レジャー関係者必読!」と書かれています。

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本書の帯の裏

 

 アマゾンの「内容紹介」には、「増加する外国人観光客『本物のおもてなし』方法を紹介!」として、以下のように書かれています。
「外国人観光客向けのビジネス―インバウンド。
2006年頃からそのインバウンドに力を入れ始め、2008年には観光庁が発足しました。2017年には過去最高の2869万人の外国人旅行者が日本を訪れ、2010年から334%も増加したと推定されています。観光外国人はツアーやテーマパークよりも、日本の日常を体験する事などに関心を持ちます。
しかし日本人は、自分たちがイメージする『外国人が喜びそうなもの』を提供しているだけではないでしょうか。国家政策としてマーケティングの方法論を活用し、国そのものをブランド化させることに成功している国も少なくありません。
しかし日本は観光立国でありながらも、マーケティングなどにそれほど力を入れていないのではと著者は疑問を呈しています。外国人旅行者数がピークを迎えるであろう2020年の東京オリンピックに向けて、観光業に携わる人だけでなく、国や自治体の関係者にも役立つ『インバウンドマーケティング』を紹介する1冊です」

 

本書の「目次」は、以下の構成になっています。

「はじめに」

第一章 来る2020年、

    日本は「観光立国」か「観光没国」か

第二章 食べる・遊ぶ・買う・泊まる

    ――どれをとっても間違いだらけの訪日観光業

第三章 訪日外国人が真に求める、

    ニッポンの「おもてなし」とは

第四章 観光地の地方拡散が必須!

    訪日外国人をリピーターにする地域ブランディング

第五章 一過性の「観光立国」から「観光先進国」へ

    ――求められるのは10年20年先のビジョン

「おわりに」

 

 日本が外国人観光客向けのビジネス、つまりインバウンドに力を入れ始めたのは2006年頃の話。同年に観光推進基本法が成立し(翌年施行)、2008年には観光庁が発足しました。日本のインバウンドマーケティングは「おもてなし」をキーワードに展開されていますが、「はじめに」で、著者は次のように述べます。
「日本は観光立国といっても、国も地方自治体もそこまでマーケティングやブランディングに力を入れてはいません。それどころか、『外国人は京都や浅草のような日本らしい観光スポットが大好きだ』と思い込んで、宣伝しなくても来てくれるだろうと考えている節があります。そのせいか、民間事業者が提供する外国人向けの観光メニューも画一的です。着物を着せたり皇居や浅草寺を案内したりと、どの国のどんな層の外国人に対しても同じようなメニューが用意される傾向があります」

 

 著者は、そもそも旅行という概念が日本と外国では異なると指摘し、「日本ではツアーでテーマパークや観光地に行き、観て食べてお土産を買って帰るのが一般的です。ところが外国人は、パッケージ化されたものにはそれほど興味を示さない傾向にあります。日本の日常の姿を見たり体験したりしたいという人が多いのです」と述べます。
 また、海外でさまざまな国を行き来してきた著者から見ると、日本ほど観光に適した国はなかなかないそうで、以下のように述べています。
「四季の移り変わりは情緒がありますし、都心から離れると自然も豊かです。全国に歴史的な建造物や文化施設も多く、各地には個性豊かな郷土文化もあります。何よりも、人の『情』が深い。日本に来た外国人の多くは『日本は親切』と言うように、外国人に道を聞かれたら目的地に連れて行ってあげる人もいます。また、海外のように、外国人相手に法外な料金を取ろうとしたり、おつりをごまかす人もほとんどいません。そういった日本のよさをうまくアピールできれば、もっと観光客を増やせると思います」

 

 第1章「来る2020年、日本は『観光立国』か『観光没国』か」では、「長野オリンピックで学んだこと――世界のホスピタリティ・マネジメントの現実」として、「ホスピタリティ」について、著者は以下のように述べています。
「ホスピタリティは、『おもてなし、思いやり』と訳されています。ホスピタリティ・マネジメントは、『おもてなしを管理する』という意味になるでしょう。
観光産業やサービス産業に必要なスキルというイメージがあるかもしれませんが、サービスを個人の技術や経験だけに頼るのではなく、経営学、会計、マーケティング、ファイナンスなどマネジメントの知識を広く習得し、経営戦略の一環としてとらえる流れになってきています。ホスピタリティはあらゆる産業に不可欠ですし、それを企業のビジネスの戦略とどのように結びつけるのかがカギになっていくと思います」
 このへんは、わたしも本名で上梓した『ホスピタリティ・カンパニー』(三五館)に詳しく書きました。

 

 そして、ホスピタリティ・マネジメントこそ、日本が観光立国になるための重要な政策になるとして、著者は以下のように述べます。
「2020年、東京オリンピックが行われます。
多言語対応の施設や表示が増えたり、外国人観光客を迎えるためのハード面の準備は着々と整っていっています。しかし、ホスピタリティ・マネジメントについてはまだまだ不十分で、何も議論が起きていないのが現状です。東京オリンピックまでにホスピタリティ・マネジメントを整備することが、日本にとってインバウンドを取り込み、継続的な観光立国になるための勝機になります」

 

 第2章「食べる・遊ぶ・買う・泊まる――どれをとっても間違いだらけの訪日観光業」では、「日本は『なんちゃっておもてなし』の国!?」として、著者は「おもてなし」について以下のように述べます。
「本当のおもてなしとは、相手が欲しいものを先読みし、誠意をもって、可能な限り提供することです。日本人はでしゃばらずに控えめであるのが美徳なので、困っている人を助けたり電車で席を譲ったりするとき、つい相手は必要としているのかを考えてしまいます。本当は人見知りせず、おせっかいをするくらいでちょうどいいのだと思います。他人との間をへだてる壁を取り払うことが本当のおもてなしへの第一歩です」
 なんでも、「日経MJ」が訪日外国人100人を対象に「日本のおもてなしに対する不満」についてリサーチした記事によれば、1位は「外国語サービスが少ない」、2位は「無料Wi-Fiの整備が遅れている」、3位は「飲食店の食券システムが分からない」という結果だったとか。

 

 アジアの富裕層の旅行についてのレポートによれば、富裕層が旅行で求めているのはサイトシーイング(観光)、ショッピング(買い物)、ダイニング(食事)の3つが主だそうです。著者の会社では、この3つを顧客のニーズに合わせてコーディネーとしていますが、次の3つの条件を満たすと、地方でも海外の富裕層が満足できる旅行を演出できると提言します。

1.3、4泊以上の連泊でも楽しめる観光スポットをそろえる

2.その地域ならではの工芸品や名産品があること

3.毎日違うものを食べられるような環境が整っている

 

 数年前から消費者のニーズは「モノ」から「コト」に移ったと言われていますが、著者は以下のように述べています。
「アジアの富裕層は宝石や時計などの高級品やファッション、化粧品、食事より、最も旅行とレジャーにお金を費やすというデータもあります。やはり『モノ』ではなく『コト』、つまり体験にお金をかけるということです。
JR九州が導入した豪華寝台列車の『ななつ星』は、2割が外国人客だと言われています。ななつ星は一番安くても1泊2日で1人30万~45万円、3泊4日では1人63万~93万円、最高料金となる展望客室は3泊4日コース2人利用料金で190万円という価格設定になっています」

 

 さらに「コト」の次に来るのは「情」ではないかという著者は、以下のように述べています。
「多くの国を訪れた私から見ると、日本ほど礼儀正しくて、思いやりのある国はありません。東日本大震災のときに、被災地で略奪が起きていない様子を見て、外国人は大変驚いていました。どこかで災害が起きると、すぐに支援物資があちこちから届いて、ボランティアが現地に続々と駆けつけます。そういう日本人の感情や友情、心情を外国人観光客にも向けられるようになれば、日本は世界から愛される国になるでしょう。日本は可能性に満ちた国なのです」

 

 拙著『ハートフル・ソサエティ』(三五館)の「ホスピタリティが世界を動かす」にも書きましたが、ホスピタリティを人類の普遍的な文化としてとらえると、その起源は古いです。実に、人類がこの地球上に誕生し、夫婦、家族、そして原始村落共同体を形成する過程で、共同体の外からの来訪者を歓待し、宿舎や食事・衣類を提供する異人歓待という風習にさかのぼります。異邦人を嫌う感覚を「ネオフォビア」といいますが、「ホスピタリティ」はまったくその反対なのです。異邦人や旅人を客人としてもてなす習慣もしくは儀式というものは、社会秩序を保つうえで非常に意義深い伝統的通念でした。これは共同体や家族という集団を通じて形成された義務的性格の強いものであり、社会体制によっては儀礼的な宗教的義務の行為を意味したものもありました。

 

 ホスピタリティを具現化する異人歓待の風習は、時代・場所・社会体制のいかんを問わず、あらゆる社会において広く普及していました。そして、異人歓待に付帯する共同体における社会原則がホスピタリティという概念を伝統的に育んできたのです。その結果、ホスピタリティという基本的な社会倫理が異なる共同体もしくは個人の間で生じる摩擦や誤解を緩和する役割を果たしました。さらに、外部の異人と一緒に飲食したり宿泊したりすることで異文化にふれ、また情報を得る機会が発生し、ホスピタリティ文化を育成してきたのだと言えます。

 

 第5章「一過性の『観光立国』から『観光先進国』へ――求められるのは10年20年先のビジョン」では、著者は「私の考えるおもてなし3か条」として、「『点』ではなく、『線』で考える」「誠意をもって対応する」「『体験』よりも『感動』を与える」を提示しています。そのうち、「誠意をもって対応する」では、「やはり、マニュアル通りに進めるのはサービスを提供している側の都合であって、お客様のニーズに応えているとは言えないのでないか」として、著者は以下のように述べます。
「たとえば、ホテルオークラ東京は『おもてなしのホテル』と言われていますが、お客様からどんなリクエストをされても『ノー』と言わずに、代案を提案していると言います。当社のVIPクライアントがイレギュラーなことをお願いしたときも、『できるかもしれないので、確認してまいります』と気持ちよく対応していただけます。その時に可能な最大の代案を提案するので、もし希望通りの結果にならなかったとしてもお客様には納得してもらえるので、誠意をもって取り組んでいるかどうかが問題なのだと思います」

 

 さらに著者は、「おもてなしサービスも、お辞儀の仕方や笑顔での挨拶の仕方、声の掛け方など、ある程度基本を身につけておく必要はあります。そこから先は、『相手が自分の親だったら』『相手が自分の友達だったら』という視点でもてなし方を考えれば、自然と誠意が伝わるでしょう」と述べています。そして、「『体験』よりも『感動』を与える」では、「旅行で一番心に残るのは、些細な出会いだったりします。たとえば、街中でおばあさんに道を聞いた際に、商店街の知り合いのお店に連れて行ってくれて、しばらく雑談するようなこともあるでしょう。そういった何気ない人との触れあいが、心に残る感動になるのです」と述べています。
 この著者の考えには、わたしは深く共感します。

 

 現在の日本の観光には問題点が多々あります。「日本が観光先進国になるためにすべきこと」として、著者は以下のようにタクシー乗り場の改善を挙げます。
「日本のタクシー乗り場は、たいてい1か所に集中していて、1台に乗客が乗り込んで、そのタクシーが走り去ったら次のタクシーが来るというシステムになっています。これだと並んでいる乗客をさばくのに時間がかかります。
海外では、乗り場が数か所に分かれていて、列の先頭の人はタクシーが到着した乗り場に進む方法を取っているところが多くあります。日本のスーパーやコンビニで、列の先頭の人が空いたレジに行くのと同じシステムです。これなら次々に乗り込めるので、効率的です。こういったちょっとした工夫も、外国人観光客のストレスを減らすために役立ちます」
この著書の意見にもまったく同感です。特に、羽田空港と東京都心の接点であるJR浜松町駅のタクシー乗り場などは問題だらけで、何とかしてほしいものです。

 

 しかし、最も共感したのは、「ホスピタリティに終わりはない」として述べられた以下のくだりでした。
「今はAIに奪われる職業と生き残る職業についての話題をよく耳にします。また、インバウンドでのビッグデータをAIとどう連動させることができるか、等の勉強会や有識者委員会に招かれた事もあります。私は、AIが台頭しても人によるおもてなしはなくならないと考えています。モノやコトはAIでも提供できるでしょうが、『情』は人間にしか提供できないからです」
「やはり最後に残るのは人と人との触れあいなのでしょう。おもてなしは一番アナログでシステム化したくなる部分かもしれませんが、非効率だからこそ、人に感動を与えられるのではないでしょうか」

 

 疑いもなく、現代は高度情報社会そのものです。
 高度情報社会は「IT社会」とも呼ばれます。
 拙著『最短で一流のビジネスマンになる!ドラッカー思考』(フォレスト出版)に書いたように、オーストリア生まれの経営学者ピーター・ドラッカーは、早くから社会の「情報化」を唱え、後のIT革命を予言していました。ITとは、インフォメーション・テクノロジーの略です。ITで重要なのは、もちろんI(情報)であって、T(技術)ではありません。その情報にしても、技術、つまりコンピュータから出てくるものは、過去のものにすぎません。ドラッカーは、IT革命の本当の主役はまだ現われていないと言いました。本当の主役、本当の情報とは何でしょうか。

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                                     ©一条真也

 

 日本語で「情報」とは、「情」を「報(しら)」せるということ。情はいまでは「なさけ」と読むのが一般的ですが、『万葉集』などでは「こころ」と読まれています。わが国の古代人たちは、こころという平仮名に「心」ではなく「情」という漢字を当てました。求愛の歌、死者を悼む歌などで、自らのこころを報せたもの、それが万葉集だったのです。すなわち、情報の情とは、心の働きにほかなりません。本来の意味の情報とは、心の働きを相手に報せることなのです。
 では、心の働きとは何か。それは、「思いやり」「感謝」「感動」「癒し」といったものです。そう、真の情報産業とは、けっしてIT産業のことではなく、ポジティブな心の働きをお客様に伝える産業、つまりは冠婚葬祭業に代表されるホスピタリティ・サービス業、おもてなし産業のことなのです。

 

 最後に、「日本のおもてなしを世界に輸出する」として、著者はこう述べるのでした。
「私は、日本は多くの外国人が何度も訪れるような観光先進国となる可能性を秘めていると思います。それは、日本のおもてなしは最高だからです。『外国人はおもてなしを受けるために日本に遊びに来るのではない』という意見もありますが、多くの外国人が日本人の親切さや丁寧さに感動して帰って行っています。自然や四季の多彩さ、伝統文化の奥深さも日本の魅力であるのは間違いありません。しかし、最後に心を動かすのはやはり人の『情』です。日本のおもてなしは世界で通用する一大産業なのです」
 日本のおもてなしがこれから世界で通用する可能性とその方法について、わたしは『決定版 おもてなし入門』(実業之日本社)で詳しく述べました。「ジャパニーズ・ホスピタリティ」としての「おもてなし」はやはり最大級の時代のキーワードだと確信します。