No.1635 日本思想 | 歴史・文明・文化 『世界をつくった八大聖人』 一条真也著(PHP新書)

2018.12.07

 わたしは「グリーフケア」や「隣人祭り」などに取り組んでいますが、その真の目的は自死や孤独死をなくすことです。そして、それらの活動はブッダやイエスや孔子の思想に基づいています。もし現在、ブッダやイエスが生きていたら、自死をなくす活動をするでしょうし、孔子が生きていたら隣人との交流を推進して孤独死をなくす活動をするのではないかと思います。わたしの心の中には、いつも聖人たちが生きています。

 ということで、25冊目の「一条真也による一条本」は、『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)をご紹介いたします。「人類の教師たちのメッセージ」というサブタイトルがついており、2008年4月30日に刊行されました。

本書の帯(新バージョン)

 わたしが2012年に「孔子文化賞」を受賞したときに新たに作成した帯には「孔子文化賞 受賞」「人類の普遍思想を求めて」「ブッダ、ソクラテス、孔子、老子、聖徳太子、モーセ、イエス、ムハンマド」「今こそ知っておきたい 彼らは何を伝え、何を残したのか?」と書かれています。

本書の帯の裏(新バージョン)

 本書の「目次」は、以下のようになっています。
「はじめに」
第1部 人類の教師たちのミステリー
【1】人類を導いた八人
 人類の「こころ」をつくった先人たち
 なぜ、この八人か
 日本人の宗教観
【2】聖人のライバルたち
 ブッダと六師外道
 孔子と諸子百家
 老子と謎の道家思想家
 ソクラテス以前の哲学者たち
 イエスにもライバルがいた
 モーセ、ムハンマドと預言者の系譜
 聖徳太子も歴史から選ばれた
【3】人類の教師の誕生
 四大聖人とは何か
 孔子は聖人か哲学者か
 人類の教師たち
 ヤスパースによる『大哲学者たち』
 宗教や哲学をもった文明
 歴史の4段階と枢軸時代
 四大聖人の考案者は日本人?
 ソクラテスと日本
 イエスを外した「妖怪博士」
 新渡戸稲造の『武士道』
 内村鑑三の『代表的日本人』
 岡倉天心の『東洋の思想』
 四聖を通しての日本理解
 四聖を決定づけた修養ブーム
【4】すべては心学から始まった
 心学とは何か
 「啓蒙」が心学のキーワード
 憲法十七条に見る啓蒙精神
 「啓蒙」から「修養」へ
 心学の伝統に立つ松下幸之助
 神道・仏教・儒教が融合した日本
 日本人独特の宗教感覚
 「アンドフル・ワールド」に向かって
第2部 人類の教師たちのプロフィール
【1】ブッダ
 仏教の開祖
 ブッダの悟り
 4つの真理「四諦説」
 八正道の教え
 大乗仏教と上座仏教
【2】孔子
 不遇の生涯
 孔子の政治的思想
 礼によって君子をめざす
 五倫と五常
 礼とは何か
 親の葬儀が最も大切
【3】老子
 謎に満ちた人物
 道の思想
 無為自然の道に徹する
 儒家と道家
 老荘と道家と道教
【4】ソクラテス
 神託の謎を解き明かす
 無知の知
 ソクラテスの死
 哲学は死の予行演習
 魂の世話をする
【5】モーセ
 『旧約聖書』の最重要人物
 モーセが生まれるまで
 モーセの生涯
 モーセの十戒
 モーセは預言者たちの原像
【6】イエス
 イエスの生涯
 処刑されたイエス
 キリストとは何か
 「山上の垂訓」に見るイエスの教え
【7】ムハンマド
 預言者ムハンマド
 メディナからメッカへ
 平等主義者ムハンマド
【8】聖徳太子
 儒教と仏教の伝来
 宗教対立を超えて憲法17条へ
 大いなる宗教編集者
 神道は根、儒教は枝葉、仏教は花実
 聖徳太子はいなかった?
第3部 人類の教師たちのメッセージ
【1】人類の教師とは何者か
 「ソクラテス問題」から「聖人問題」へ
 影響し合う聖人のイメージ
 ブッダとイエスの類似点
 モーセに影響されたイエス
 ギリシャ思想とヘブライ思想の合体
 モーセに由来する古代神学
 普遍宗教を追求したフィチーノ
 ソクラテスと結びついたイエス
 「大いなる和合」を求めて
 孔子と老子をめぐって
【2】龍と聖人の暗号
 聖徳太子とイエス
 聖徳太子と老子
 聖徳太子と孔子
 聖徳太子とブッダ
 玄聖の徳とは何か
 聖徳太子は龍である
 森が水を守ってきた
 火と水をめぐって
【3】人類の品格を考える
 戦争と平和
 普遍思想をよみがえらせる
 地球にも公共マナーがある
 直観主義的倫理の発想
 「人の道」から「人類の道」へ
 人類は地球のマネジャー
 すべては水を大切にするこころから
 聖徳太子は集合的無意識
 「水に流す」という思想
 思いやりが世界を動かす
 思いやりと水の共通点
 人類を信じる
「おわりに」
「主な参考文献」

 わたしたちが生きる21世紀は、どうやら大変な時代のようです。先の20世紀は、とにかく人間がたくさん殺された時代でした。何よりも戦争によって形づくられたのが20世紀と言えるでしょう。
 なにしろ、世界大戦が一度ならず二度も起こったのです。「戦争のない世紀」という希望とともに21世紀を迎えた人類を待ち受けていたのは、あの9・11同時多発テロからイラク戦争に至る相変わらずの一連の「憎悪」の連鎖、そして絶望でした。
 一方、地球環境の危機が叫ばれていますが、事態は深刻さを増すばかりです。毎年のように、世界中から異常気象が報告されています。極地の氷は溶け出し、世界中の珊瑚礁は激減し、台風やハリケーンが頻発しています。そして、熱波、寒波の襲来。これらは、いずれも地球温暖化の影響といいます。

 その他にも差別や病気や貧困などなど、人類はさまざまな難問に直面していますが、結局は「戦争」と「環境破壊」という2つの最大の難問が残ります。本当に厄介な難問です。難問に直面したとき、そしてどうしてもその解決策が思い浮かばないとき、どうすればよいでしょうか。わたしという個人レベルの問題なら、子どものときに先生から教わった教えを思い出すことにしています。幼稚園の先生にしろ小学校の先生にしろ、「挨拶をきちんとする」とか「人に迷惑をかけない」とか「ウソをついてはいけない」とか、とにかく人間としての基本を教えてくれました。

 そして、それらの教えは大人になって何かで悩んでいるときに思い出すと、意外に解決策を与えてくれました。おそらくは、人間が本当に追い詰められて悩んでいるときというのは「人の道」から外れている、あるいは外れかけているためでしょう。先生たちが教えてくれたことは「人の道」のイロハなのです。ならば、難問に直面し、大いに悩んでいる人類も、同じことをすればよいのではないでしょうか。つまり、かつて先生から教わったことを思い出すべきなのです。
 本書では、人類にとっての教師と呼べる存在を八人紹介します。ブッダ、孔子、老子、ソクラテス、モーセ、イエス、ムハンマド、聖徳太子です。なぜ、この八人が「人類の教師」として選ばれたのか、また、この八人はどのようなメッセージを人類に残したのか。それを知りたい方は、ぜひ本書をお読みいただきたいと思います。

 グローバル社会において、わたしたちは地球的な視野ですべての問題を発想しなければならないことは言うまでもありません。結局は、わたしたち1人ひとりが、自分は「地球」に住んでおり、「人類」という生物種に所属しているという意識を強く持つことが大切でしょう。そして、人類の一員ならば、人類の心というものを広く知る必要があります。そのために、ぜひ、飛び切りの「代表的人類」にして、偉大な「人類の教師たち」について知っていただきたいです。彼らは決して古臭い歴史上の人物などではありません。彼らの思想は今でも生きています。彼らの心は生きているのです。

 わたしは、いつも『般若心経』でも『論語』でも『老子』でも、または『旧約聖書』や『新約聖書』や『コーラン』でも古典としては読みません。つねに未知の書物として、それらに接し、おそるおそるそのページを開きます。ですから、そこに書かれていることは新鮮であり続けます。読むたびに、新しい発見も多いです。 当然ながら、その内容には共感できなかったり、納得のいかない部分もあります。それぞれに一長一短があり、どれかを一つ選べば難問も解決するといった単純なものではないのです。

 八人の教師たちは、生まれた時代も地域も違いますが、人間を幸福にしたいと願った強い想いは共通しています。ぜひ、彼らの生涯や思想にふれ、彼らのスピリチュアリティを感じていただきたいです。未知の八人の未知の声を聞いていただきたいです。そこから、人類が戦争という「業」と環境破壊という「病」から救われる道、そのわずかなヒントが見えてくることを願って、わたしは本書を書きました。

 本書はもともとブッダ、孔子、ソクラテス、イエスの「四大聖人」について書く予定でした。じつは、わたしは昔から「四大聖人」に強く心を惹かれていました。父の影響です。今では絶版となっている新渡戸の『修養』も、『修養全集』も、わたしの父の書斎に昔から置いてありました。しかも、そこには世界各地の観光地で買い求めた、ブッダ、孔子、イエス、ソクラテスの像も置いてあったのです。わたしが幼少の頃から、父はよく「心の中に四大聖人がいれば、世界は平和になれる」と語っていたのを思い出します。

 縁あって「四大聖人」についての本をPHP新書から書き下ろすことになり、わたしは構成案を作成して、編集部に打診しました。「四大聖人の謎」をさぐる第一章にはじまり、それぞれの生涯や思想を紹介した後に「四大聖人とは何か」という最終章で終わる構成でしたが、その中に惜しくも四大聖人に選ばれなかったけれども同じく人類の偉大な教師を紹介する「四大聖人のリザーバーたち」という章を設け、そこでモーセ、老子、聖徳太子、ムハンマドをリストアップしました。すると、PHP新書編集部の丹所千佳さんは「この4人のリザーバー(ライバル?)も対等に加えることにして、4人ではなく8人の聖人を扱う本にしませんか」と言われたのです。

 わたしも最初はとまどいましたが、よく考えてみたら「渡りに舟」だとも思いました。なぜなら、敬愛する石田梅岩の「心学」は神道、仏教、儒教を「ええとこどり」したものでした。わたしの唱える新時代の心学は神仏儒にさらに道教はもちろん、ユダヤ、キリスト、イスラームまで加えて「ええとこどり」した心学であるべきだと思い至ったからです。いわば、「日本心学から世界心学へ!」です。そして、「聖人の龍」としての聖徳太子が人類共存と世界平和のシンボルとして加わったわけです。

 聖徳太子が用意した神道・仏教・儒教を一体とした習合思想は、新渡戸稲造が指摘したように武士道へと流れ、あるいは心学へと流れ、さらには冠婚葬祭という日本人の慣習に結実しました。わたしは現在、冠婚葬祭を業とする会社を経営しています。そして、平成心学塾という塾を主宰しながら梅岩の説いた商人道を追求しています。さらには、日本人の美意識の基本となる武士道というものを常に意識して生きています。わたしは日々、神仏儒にどっぷり浸かっているのです。これから世界心学をめざすわたしは、哲学、道教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、その他にもありとあらゆる思想に接し、いいところをどんどん「ええとこどり」してゆくつもりです。

 本書を書くに当たり、多くの方々にお世話になりました。まずはPHP研究所の応接で直接わたしの話を興味深く聞いて下さり、本書を書く機会を与えていただいたPHP総合研究所社長(当時)の江口克彦氏、次にPHP研究所第一出版局局長(当時)の安藤卓氏、そして新書編集部(当時)の丹所千佳氏。また、私淑する故・渡部昇一氏は「四大聖人」についての小生の質問に対して、わざわざお手紙で教えて下さいました。毎月、満月ごとの文通を交わしている鎌田東二氏も、いろいろな意味でのインスピレーションを与えて下さいました。多くの方々のお力添えによって生まれた本書は、わたしは「こころの宝物」です。いつか、わたしは本書の内容をベースとして、さらに進化・充実させた大著『聖人論』を書きたいと願っています。

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