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長州力 最後の告白』

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No.1597

 『長州力 最後の告白』長州力&水道橋博士著(宝島社)を読みました。
 「誰にも語れなかったプロレス重大事件その真相と顛末」というサブタイトルがついています。昭和プロレス関連書はエピソードを掘りつくした感があり、なかなか新しい情報を得ることは難しくなってきました。「もう、この手の本はいいかな」と思いつつも、発売されると読まずにはいられないのは、昭和プロレス、いや、活字プロレス・ファンの性ですね。
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   本書の帯


 カバー表紙には、前田日明から顔面襲撃された直後の長州力の怒りの形相をとらえた写真が使われています。帯には、長州力、水道橋博士の顔写真とともに、「来年中の引退を宣言!」「水道橋博士がガチンコ取材!」「1・4『橋本vs小川』は日大アメフト事件に実によく似ている―」と書かれています。
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   本書の帯の裏


 帯の裏には章立てとともに、「お笑いで言えばチンタ(橋本真也)はダウンタウン」と書かれています。また、カバー前そでには「結局は会長(アントニオ猪木)が"インパクトの粉"を振った結果なんです」、カバー後そでには「あなたたちはみんなターザン山本の教え子なんです」という長州語録が掲載されています。

 さらに、アマゾンの「内容紹介」には以下のように書かれています。

「1980~90年代のプロレス界において斬新なアングルを使ってスターとなった長州力が、自身が関係した『プロレス事件』についてその舞台裏を告白する。噛ませ犬発言、藤波との名勝負数え唄、ジャパンプロレス設立、前田による顔面襲撃事件、現場監督としてUインター対抗戦を決行、WJ旗揚げと空中分解、アントニオ猪木との確執・・・・・・沈黙の"革命戦士"がすべてを語る」

 本書の「目次」は、以下のようになっています。

「はじめに」水道橋博士
第1章 プロレスへの苦悩と「噛ませ犬」発言
第2章 前田日明と「長州顔面蹴撃」の先
第3章 90年代ドーム興行連発の"インパクト"
第4章 「1・4事変」と橋本真也への思い
第5章 長州力引退と「大仁田劇場」の結末
第6章 格闘技と「新日本暗黒時代」の長州力
特別収録 長州力×水道橋博士対談「プロレス芸人論」
「詳細 長州力完全年表」
「おわりに」水道橋博士

 「はじめに」では、宝島社から長州力のインタビュー本をつくらないかというオファーが来たとき、水道橋博士は「なぜ?」と腑に落ちなかったことを告白しています。この読書館でも紹介した『真説・長州力』がすでに3年前に出版されていたからです。水道橋博士は「この評伝、ノンフィクション作品に対するボクの評価は著しく高い。しかも、著者の田崎健太は、現在、ボクが編集長をつとめるメールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』の執筆者というきわめて近い関係であり、彼が数多ある長州本の決定版を著すため、膨大な時間を取材に費やしたことを知っていた」と述べています。

 しかし、最終的に水道橋博士は、このオファーを受けます。
 この企画が長州サイドからの指名であったことと、当時の水道橋博士が置かれていた状況がオファー受諾の大きな理由でした。2018年上半期の芸能界はオフィス北野問題が大きな話題になりましたが、これはきわめてプロレス的な問題でした。水道橋博士いわく「この世界は『一寸先は闇』であり、選手(芸人)とフロント(背広組)は、周知の環境で権力闘争と離合集散を繰り返すところなど、プロレス界と芸能界の相似な関係を暗喩していた」というわけです。

 マスコミ嫌いで有名な長州から「博士だったら話す!」と言われ、水道橋博士も気を良くしたのか、これまでの長州力の歴史におけるさまざまな「噂」や「事件」の真相について単刀直入に質問していきます。長州は、プロレスの裏側に触れるような話題になると、これまでと同様に肝心なことは語りませんが、それでもいくつか本音のようなものを吐露しています。水道橋博士による長州へのインタビューは6つの章および対談に再構成され、各章の冒頭に構成者が明記されています。
 博士の発言は、当時の状況や博士の感想を紹介するスタイルでまとめられ、それを受けた形で長州の発言が太字で記されています。

 第1章「プロレスへの苦悩と『噛ませ犬』発言」では、1982年10月8日の後楽園ホールで起こった「噛ませ犬事件」が取り上げられます。6人タッグマッチのパートナーであった藤波に対して、長州は「俺は、お前の噛ませ犬じゃないぞ!」と牙を剥いたわけですが、この"黒幕""仕掛人"はアントニオ猪木だったのではないかという水道橋博士の質問に対して、現在の長州は次のように語っています。

「あの時、事を起こしたきっかけとして、(猪木)会長の言葉というのは、やはりありますよ。あの日、控室に呼ばれて『お前は、藤波に対してどういうものを持っているんだ?』『このままじゃ、メキシコから帰ってきてもずっと同じ、お前は、このまま終わるぞ』というようなことを言われて」

 長州は、次のようにも語っています。

「具体的にアレをしろとかいうのはないんですよ。謎かけみたいなもので。だから、それをどう捉えるかは、自分次第。こういう会長が振りかけるインパクトは、ある意味で怖いところもありますよね。たぶん、全員にはわからないことを会長はする。だから藤波さんは、なぜ僕がああいう行動を取ったのかわからなかったはずですよ。あそこで僕は『ああ、こういうもんなんだな』と感じて、行動に出た」

 最後に、長州は「アントニオ猪木の怖さというか醍醐味というか、ファンを捕まえるっていうところなんじゃないですかね」と語っています。これに対して、水道橋博士は「いまも、噛ませ犬発言のウラトリに決定的な証拠はないんだけど、ボクは長州の告白にある、猪木の言い回しに、日大の悪質タックル事件の内田監督を彷彿させるものがったと思う」とコメントしています。

 「みんな永遠に猪木会長の手のひらの中」という長州は「インパクトの粉」という言葉を使って、次のようにも語っています。

「僕やアキラ、高田なんかが新日本を飛び出したっていうのは、結局は会長が"インパクトの粉"を振った結果なんですよ。そのインパクトの粉というのは、誰にも振られるわけではないし、振られたところでどうするのかは、その選手次第。全員がなにかをやれるとは、絶対に言えないですからね。大きく言えば、プロレスという世界があるわけだから、そこでまず波を起こしていくというインパクトは必要。会長はその波を起こさせるために、インパクトの粉を振っていたんでしょう」

 長州力も前田日明も、ともに「言葉のプロレスラー」です。
 もちろん両者は実力と人気を兼ね備えた一流のプロレスラーでしたが、言葉というものを武器として闘った表現者でもありました。その2人が大事件の主役となったのが、第2章「前田日明と『長州顔面襲撃』の先」で取り上げられる1987年11月19日の後楽園ホール大会でした。6人タッグマッチで前田が背後から長州の顔面へキックを放ったのです。たちまち長州の目は腫れ上がり、鼻から血が吹き出します。怒り心頭の長州は前田に殴りかかり、大混乱になりました。

 この「インパクトの粉」という長州の独自の表現に痺れた水道橋博士は、前田日明の「カッコウの巣」理論を思い出したそうです。かつて、前田は猪木のことをカッコウにたとえて、こう語りました。

「猪木さんの毒なしでは生きられなくなってしまったレスラーは多い。猪木さんは毒に対する抵抗力の強い人間には、カッコウの卵を産みつける。カッコウは、モズやホオジロなどのほかの鳥の巣に卵を産む。そして、卵がかえると、カッコウのヒナは、自分の周りの卵をすべて巣の外に落としてしまう。とんでもない習慣を持った鳥だよね。猪木さんは、カッコウと同じように他人の人格のなかに猪木イズムを産みつける。成長しながら、その人間個性や感覚を消していくんだ。つまり猪木イズムがカッコウのヒナなんだよ」

 このいわゆる「顔面襲撃事件」について加害者の前田は、キックを放つ前に長州の肩を叩いて合図をしており、あれは長州の受け方に問題があったのではないかと発言しています。しかし、被害者となった長州の見解は異なっており、次のように語っています。

「僕は怒ってましたよ、あの当時は。いまはアキラが勝手に(真相を)成立させてますけど、『受け方が失敗』ってのはアキラの言い方であって(笑)、コッチからすると『アキラの未熟なキックが』ってね。『あの野郎、蹴りやがったな!』って(笑)。撲、アキラに会ったら『いまなら許してやるから。お前、本当に蹴っただろ?』って聞くんだけど、いつも『いや、違います』って言う(笑)」

 第3章「90年代ドーム興行連発の"インパクト"」では、水道橋博士のプロレス観が以下のように述べられています。

「プロレスとは? そう聞かれて、ボクは『観客に人生の綱引きを見せている大河ドラマ』と答えたことがある。時には綱を引っ張る人間が少なくなることもある。でも、そのなかで、どう力を発揮していくか。人生の縮図。壮大なる大河ドラマ。だからプロレスは面白い。ボクはそう思う」

 この言葉を受けて、長州は「博士さんが出した綱引きということで言えば、向こうは10人でこっちは2人しかいないこともある。プロレスにおいて上に行くというのは、ある種、それは力自慢を見せているんだと思います。当然、そうですよ。でも、どこかで僕も譲ってるのかな(笑)」と語っています。

 第4章「『1・4事変』と橋本真也への思い」では、99年1月4日の東京ドームで行われた橋本真也vs小川直也での小川の"セメント暴走"、通称「1・4事変」が取り上げられます。新日本プロレスの強さの象徴でもあった"破壊王"橋本が、元柔道世界王者の小川にセメントを仕掛けられ、完膚なきまでに叩き潰されました。まさに、プロレス界を根底から覆しかねない大事件でした。
 水道橋博士は、以下のように述べています。

「この事件の真相には諸説あるんだけど、小川が猪木の指令を受けて"仕掛けた"というのが一般的だ。ただ、けしかけた猪木も、あそこまでやるとは思っていなかったという説もある。抽象的な言葉で、『橋本を潰してこい』と言われた小川が、キャリアが浅かったから、やりすぎてしまったという。個人的にこの話は、先頃世間を騒がせた日大アメフト部の危険タックル事件に実によく似ていると思う。『噛ませ犬事件』のところでも、この話はしたけど、猪木が内田監督で、小川が危険タックルを仕掛けた宮川選手、そして佐山サトルが井上コーチと考えればわかりやすい」

 この水道橋博士の見解を「ああ、そういう見方もあるんだな」と感心したという長州は、次のように語っています。

「日大のフットボールの話で言えば、あそこには伝統があるから、コーチにきついことを言われて、追いつめられて突っ込んだのはわかりますよ。責任もすべて監督が取るべき。それが監督というものだから。ただ、あのプレーが終わったあとに、ああいうタイミングで突っ込んでしまう、あの宮川選手も怖いなっていう気はしましたね。
 橋本と小川の件で言えば、小川だって伝統ある大学を出て、大学や柔道の現役引退からそんなに時間がたってるわけじゃなかったから、僕は小川がああいうことをやるとは思っていなかった。僕にはやる人間には見えませんでしたね。だから、あれをやってしまう小川というのは、さっきの宮川選手と同じような意味で、怖いなっていう感じはありますね」

 「1・4事変」の背景には、大仁田厚の新日マット初登場があったようです。大仁田の過剰な「毒」を嫌った猪木が、大仁田戦を遥かに超えるインパクトを橋本vs小川で示そうとしたというのです。猪木は新日のレスラーたちに対して「お前たち、あの毒を飲み込めるのか? 飲み込めないのなら大仁田だけは触るな」と言ったとか。
 第5章「長州力引退と『大仁田劇場』の結末」では、98年1月4日、新日本プロレス・東京ドーム大会で引退した長州が、度重なる大仁田からの挑戦パフォーマンスの結果、2000年7月30日の横浜アリーナ大会で大仁田とのノーロープ有刺鉄線電流爆破マッチでプロレス復帰を果たしたことが取り上げられます。
 水道橋博士から復帰の真意を問われた長州は、「インディー対メジャーのイデオロギー? そんなのはまったくなかったです。プロレスはすべてが興行。興行会社にイデオロギーなんてものはない。だってインディーの選手は他にもいるわけだから。単純に、大仁田に客を呼ぶ能力があったということなんです。思想的なことは、その辺で止めておかないと」などと答えています。

 第6章「格闘技と『新日本暗黒時代』の長州力」では、"400戦無敗"のヒクソン・グレイシーをめぐる貴重な新情報(長男ホクソンの死の真相など)も興味深かったですが、なんといっても、長州史上最強の男は"赤鬼"ウィレム・ルスカだったという事実が明かされたことが衝撃でした。

「柔道家からプロレスラーになった強豪では、東京オリンピックの金メダリスト、アントン・ヘーシンクもいるが」という水道橋博士の問いかけに対して、長州は「ヘーシンクが出てたのは全日本でしょ? それよりヘーシンクには負けたけど銀メダルを獲った神永昭夫さんのスパーリングパートナーが坂口さんだったの知ってますか。ということは坂口さんもすげえ強かったってことだよね(笑)」

 それでは、ルスカ以外にも強い男はいたのか。長州は、さらに語ります。

「全日本にいた叫ぶヤツ・・・・・・(ブルーザー・)ブロディにはヤバいとか怖いっていう感覚はなかったですね。バッドニューズ・アレンは悪くないけど、ルスカとは素材がまったく違いますからね。ルスカはリングのなかで成立しないんですよ。ヤバいと思ったのはルスカだけですよ。試合とかそういうのはもう度外視してた。強さだったら僕はもうすぐにルスカって言いますよ。要するにどんなに強くてもリングの中では試合は成立しますよ。でもルスカは成立しないんです(笑)」

 特別収録「長州力×水道橋博士対談『プロレス芸人論』」では、両者が「お笑い」についてガチンコで意見を交わします。水道橋博士は「芸能プロダクションとプロレス団体って、やっぱり似ているところがある」と指摘し、以下のように述べます。

「人気の波をつくり、そこに乗れる者は1人しかいない。みんなが波をつくっても、自分に乗る気がなかったらやっぱり落ちてしまう。サーフィンにたとえると、たけしさんなんか、時代、時代の波をどんだけ乗り継いでいるんだっていう。漫才ブームの時にすごい大波を1回乗りこなし、堕ちてきたら今度は映画監督をやって。何回も何回も波に乗っていく。それはもう、見事だなと思います。たけしさん自身もよく『俺はフライデー事件で1回消えたし、バイク事故で消えたし、だけど必ず戻ってくる』とおっしゃっていて。でも、一方で『お前は選ばれたよ』と言っても乗れない人がいるわけじゃないですか。だからどんなに下積みの地位に居ても『俺は乗れる!』って思うだけのことをやっていないと、いざという時には無理ですよね」

 長州力は、「引退したら毎日テレビを観る」と断言するほどのテレビ魔だそうです。特に好きなのはバラエティ番組で、「リモコンが壊れるんじゃないか」というくらいにチャンネルを変えながら、貪るようにお笑いをウォッチしているとか。芸人というものをリスペクトしているという長州ですが、以下のような疑問を抱いていました。

「いまの時代、テレビでツッコミとボケっていう言葉がよく出るじゃない。僕から言わせると、プロレスと同じでそこまで知るべきことじゃなくて。芸人が『この野郎、ツッコミやがって』とか『お前はボケが下手だ』って、普通の会話のなかでやってる。僕はよくわかんないんだけど、自分たちで自分の首を絞めてないか?っていう」

 これに対して、芸人としての水道橋博士が答えます。

「まあ、もともと隠語、符丁ですよね。業界用語。それはやっぱり、ダウンタウン以降ですよ。ダウンタウンがツッコミとボケというのを公にして、かつ、2人があんなに見事なツッコミとボケだったという。あれは形としてツッコミとボケという役に徹していて、本人たちもツッコミとボケがなにかということを知っていたので。本当にもう、奇跡的なくらいに2人とも上手なんですよ。
 でも、言ってみれば松本(人志)さんが本当に天才で、もちろん浜田(雅功)さんも天才だけど、浜田さんはものすごくツッコミを練習しましたよ。『どういう大きさでどういう風に言えば、この松本が輝くか?』というのを。で、松本さんのことを浜田さんは『松本は本当の天才だ』って知っている人」

 これを聞いた長州は、「プロレスとそんなに変わらないですよ。マスコミが知ったような顔で『受け身』『受け方』って言葉で自分たちの雑誌に書き出しておかしくなった」と語り、博士は「なるほど。それはプレイヤー、経験者でもない人がしべてをわかったつもりで、異界のことをしたり顔で書くから、活字プロレス、いわば、ターザン山本の弊害だとは思うけど」などと述べます。
 また博士は、ボケとツッコミとは別のお笑いの定義を紹介します。「お笑いとは何か?」というと「Mが主導権を握るSMショー」という言い方があるそうです。普通のSMショーはムチを入れる側であるSが主導権を取っていますが、お笑いというのはボケが主導権を握っています。つまり、ボケがネタを書き、Sに「ここでムチを打て」というスタイルでできているというのです。面白いですね。

 最後に、「長州のプロレスはドキュメンタリー」として展開される2人の会話が興味深かったです。博士が「長州さんが維新軍をやり、体制に反乱し、その闘いを凝縮させたものをリングの中で見せていき、時代を生み、大衆の共感を呼んだんだと思います」と言ったところ、長州は「まあ、興行ですからね(笑)。そこのところを外しちゃうと成り立たない」と言うのです。
 しかし、それを聞いた博士は「でも長州さん、それを言うんだったら、映画の監督が『作品の意図はなんだった?』と聞かれ、それに対して『映画は興行ですから』って言ってしまったら、その質問に意味を持たせられないじゃないですか。試合も含め大衆にさらしてるものを"作品"と捉えるからこそ批評は成り立っているわけで」と述べるのでした。この博士の発言には「さすが!」と思いました。

 それを聞いた長州は、「ああ、そうか! だから、僕のプロレスはドキュメンタリーに走るんですかね(笑)。これは、選手1人ひとり違うと思うんだけど。大それた考えかもわからないけど。僕はドキュメンタリーの感覚だったし、ドキュメンタリーの要素が強かったのかなって」と言うと、博士は「本来は、レスラーと観客と虚構の王国であるプロレスの世界のなかでのドキュメンタリーですよね」と述べるのでした。

 本書に書かれてあることはすでに周知の事実となっていることも多いですが、基本的にプロレスラーをリスペクトしている水道橋博士、お笑い芸人をリスペクトしている長州力の間に強い信頼関係があって、両者は心地よい言葉のプロレスを繰り広げていると思いました。水道橋博士は長州だけでなく、前田、高田とも懇意だそうですが、ぜひ、いつの日か長州・前田・高田の3人が一堂に会するトークショーを開催していただきたいと思います。それができるのは水道橋博士だけでしょう。