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満願』

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No.1590


 『満願』米澤穂信著(新潮文庫)を読みました。
 2014年に単行本が刊行されたミステリー短篇集です。
 最近、NHKでドラマ化もされたベストセラーです。著者は1978年岐阜県生れ。2001年、『氷菓』で角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞しデビュー。11年、『折れた竜骨』で日本推理作家協会賞を受賞。14年、本書『満願』で山本周五郎賞を受賞しています。
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   本書の帯


 帯には、「TVドラマ化!」「ミステリーランキング3冠」「短篇集の金字塔!」として、「万灯」主演の西島秀俊、「夜警」主演の安田顕、「満願」主演の高良健吾という3人の俳優の写真が使われています。
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   本書の帯の裏


 帯の裏には、「『満願』米澤穂信【山本周五郎賞受賞作】」「磨かれた文体、完璧な技巧。至高のエンターテインメント!」と書かれ、さらに「史上初ミステリー3冠!」として、以下のように書かれています。

第1位 このミステリーがすごい! 2015年版(宝島社)
第1位 ミステリが読みたい! 2015年版版(早川書房)
第1位 週刊文春ミステリーベスト10 2014年版(文藝春秋)

 カバー裏表紙には、以下の内容紹介があります。

「『もういいんです』人を殺めた女は控訴を取り下げ、静かに刑に服したが・・・・・・。鮮やかな幕切れに真の動機が浮上する表題作をはじめ、恋人との復縁を望む主人公が訪れる『死人宿』、美しき中学生姉妹による官能と戦慄の『柘榴』、ビジネスマンが最悪の状況に直面する息詰まる傑作『万灯』他、全六篇を収録。史上初めての三冠を達成したミステリー短篇集の金字塔。山本周五郎賞受賞」

 本書には以下の6つの短篇小説が収められ、最後には、文芸評論家の杉江松恋氏による「解説」が置かれています。

「夜警」
「死人宿」
「柘榴」
「万灯」
「関守」
「満願」


 この読書館でも紹介した『出会いなおし』に「出版寅さん」こと内海準二さんのことを書いたところ、それを読んだ内海さんから以下のメールが届きました。

「ありがとうございます。本当に、あんな偶然の電話があるでしょうか。今、思い出しても胸が熱くなります。早速、読みます。定期的に小説を読まれているとのこと。その研鑽に頭が下がります。『満願』は読まれましたか。同じく短編集ですが、表題作は儀式の大切さを思いました」


 わたしは早速、『満願』を取り寄せて読んでみました。非常に読みやすく、また面白くて、文庫本で約420ページありますが、一晩で読了しました。

 表題作の「満願」は、先祖を大切にする女性の物語ですが、正直、リアリティに欠けると思いました。殺人を犯す女性があまりにも古風で、昭和50年代という時代設定に違和感がありました。さらにNHKドラマでは、時代設定が平成になっており、これはどう見ても無理があります。
 リアリティといえば、両親が離婚する美しい中学生姉妹を描いた「柘榴」にも現実感がありません。というより、親権が定まっていないのに離婚が成立するというのは法律的に間違っているのではないでしょうか。そのへんのチェックを作家や出版社はしなかったのが不思議です。

 それでも、この短編集は面白いです。トリックを推理したり、謎解きを楽しむ本格ミステリーではなく、人間の心の闇に迫った作品ばかりです。「解説」で、文芸評論家の杉江松恋氏はこう書いています。

「なぜそれは起こったのか。『満願』は、人間の不可解な心理を謎の中心に据えた作品集である。やむにやまれず他人に手をかける、あるいは自らの体を傷つけてしまう。そうした強い動機がどの作品にも描かれている。人の心は孤絶しており、中の動きは外部から窺い知れない。深奥で熟成されていったものが結晶した形を、米澤は各篇の最後に明かす。それぞれの結果はそれぞれの必然である。そうするしかなかった、という呟きを聞きながら、ああ、なんと切実な、と読者は畏怖の念に打たれる。人間が孤独な存在であるということを思い知らされる短篇集だ」

 『満願』に収められている作品は、すべてがミステリーではありません。松本清張を思わせるオチの「夜警」や「万灯」は社会派ミステリーといった趣がありますが、「柘榴」はダーク・ファンタジー、高橋克彦の短篇を思わせる「死人宿」や「関守」はホラーに分類できるかもしれません。総じて、6つの短篇は後味が悪いです。読者は謎が解けたカタルシスを一切味わうことができません。非常に嫌な気分で作品を読み終えなければなりません。それが一種の刺激となって、この短篇集はベストセラーになったようにも思えます。いわば、本書は「奇妙な味の短篇集」と呼べるのではないでしょうか。

 6つの作品は、いずれも映像的に描かれており、ドラマ化がしやすいように思いました。すでにドラマ化された「夜警」「万灯」「満願」以外の作品でも、読みながらドラマ化した際のキャストを想像してみました。「死人宿」の主人公の証券マンは椎名桔平、旅館の仲居になった女性は真木よう子、「柘榴」の美しき姉妹は広瀬アリスと広瀬すず、そして「関守」に登場するライターはリリー・フランキー、食堂の老婆は樹木希林という、「一条真也の映画館」で紹介した映画「万引き家族」で紹介した映画のコンビが心に浮かんできました。これらのキャスティングは厳密に言えば年齢的に合わないでしょう。あくまでもイメージです。

 「関守」といえば、主人公の男性についての以下の描写があります。

「ライターを職業としてから、7年になる。スポーツ系が専門のライターになりたかった。中でも、格闘技。ボクシングやレスリングに強みがあり、剣道や柔道などの武道系もひととおりは書けるつもりで仕事を始めた。ゆくゆくは相撲の記事も書いて、名と格を上げていきたかった。大学で俺をかわいがってくれた先輩が、一足先にライターとして名を成していた。そのひとの紹介でスポーツ雑誌にいくつか記事を書き、2年後には定期的に仕事を持たせてもらえるようになった」

 しかし、ライターになった主人公は、次第に気づいていくのでした。
 「自分はスポーツについて詳しいつもりでいたけれど、実は俺程度の知識を持つ人間はありふれているのだ、と。それはあまりショックではなかった。知識の欠如は補えばいい。―だが、より致命的なことに、自分は別にスポーツが好きではないと気づいてしまったのだ。華やかな世界戦には食いついても、泥くさいノンタイトルマッチや前座戦には気持ちが冷えていく。期待の新人を自分で見つけることを面白がれず、誰かが騒ぎ出してから後追いすることしかできない。要するに、最も得意だと思っていたスポーツの分野でさえ、俺は浮ついた興味しか持っていなかったということだ」と書かれているのですが、これを読んだとき、わたしはドキッとしました。

 わたしも大の格闘技好きで、いつかは格闘技についての本なども書きたいなどと思っていたのですが、自分もビッグマッチには興味を持っても、泥くさいノンタイトルマッチや前座戦にはあまり興味がないことに気づきました。きっと、わたしには「三度の飯より格闘技が好き」などと言える資格はないのでしょう。それを知って、少しだけ寂しい思いをするとともに、1人の読者の心の隙間を的確に衝いてくる著者の非凡さに感服しました。
 米澤穂信という作家は今回初めて知りましたが、これから東野圭吾クラスの大物、さらには松本清張クラスのレジェンドになる可能性を秘めているように思います。早速、他の著作を数点、アマゾンで注文しました。