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告白 平成プロレス10大事件最後の真実』

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 No.1556

 
 『告白 平成プロレス10大事件最後の真実』長州力+前田日明+川田利明+秋山準+齋藤彰利ほか著(宝島社)を読みました。350ページのボリュームでしたが、約2時間で一気に読了しました。
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   本書の帯



 カバー表紙には長州・前田の顔写真が並び、帯には「事実はひとつだけ」「俺たちは知っている」と黒地に赤字で大書され、本書で取り上げられた平成プロレス界で起こった10大事件が記されています。
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   本書の帯の裏


 カバー前そでには、以下のように書かれています。

「橋本だけでなく、(武藤)敬司と蝶野も出ていくとしんどいなと。でもチンタだけだから。敬司はのらりくらり天秤にかけた。蝶野は二人とも出ていってほしかったんだろうな。なんか見ていてわかった」(長州力)

 カバー後そでには、以下のように書かれています。

「札幌での田村戦(89年10月25日、前田の膝蹴りで田村が眼底骨折)もね、試合前に鈴木と船木が田村を焚き付けたんだよ。『おもいっきり行けよ、田村。前田さんに恥をかかせてやれ』って」(前田日明)

 本書の「目次」は、以下のようになっています。

「はじめに」ターザン山本
●平成プロレス10大事件(1)長州政権「ドーム興行」の隆盛と崩壊
長州力
「蝶野は橋本と武藤に出て行ってほしかったんだろうな」
●平成プロレス10大事件(2)第二次UWF崩壊と3派分裂
宮戸優光
安生洋二
鈴木健

「解散後1週間での3派分裂に、一切事前準備はなかった」
前田日明
「まず、宮戸が言ったんだよね。『信用できません』と」
●平成プロレス10大事件(3)高田×ヒクソン戦とプロレスの凋落
宮戸優光
安生洋二
鈴木健

「道場破りでヒクソンに勝っていたら安生は殺されていた」
●平成プロレス10大事件(4)アントニオ猪木の引退
永島勝司
「引退後の猪木はPRIDEから金をもらって、新日本を利用した」
●平成プロレス10大事件(5)橋本×小川"1・4事変"と橋本真也の死 
橋本かずみ
「橋本の不倫相手から受けた葬儀での仕打ち」
高島宗一郎(元『ワールドプロレスリング』実況アナウンサー)
「死の直前に決まっていた"橋本vs小橋"という幻の復帰戦」
ジェラルド・ゴルドー「猪木から事前に出ていた『小川を守れ』という司令」
●平成プロレス10大事件(6)ジャイアント馬場逝去と全日本分裂
川田利明
「親より長く一緒にいた馬場さんを裏切れない」
渕正信
「川田から電話で『このまま全日本がなくなるのは嫌です』」
●平成プロレス10大事件(7)『流血の魔術 最強の演技―すべてのプロレスはショーである』発売
ミスター高橋
「山本小鉄が『プロレス界と縁を切る覚悟があるんならやれば』」
水道橋博士
「新日本の凋落と"高橋本"の出版は関係ない」
●平成プロレス10大事件(8)棚橋弘至刺傷事件
上井文彦
「『クビにしなくていいんですか?』と言ったのは棚橋のタッグパートナー」
●平成プロレス10大事件(9)新日本プロレス「暗黒期」と「身売り」
田中ケロ
「『猪木事務所』は私腹を肥やす人間の集まり」
●平成プロレス10大事件(10)三沢光晴がリング上で非業の死
秋山準
「死の恐怖があった"四天王プロレス"」
齋藤彰俊
「三沢社長は万が一を考え対戦相手への手紙を残していた」

 本書で取り上げられているテーマは、すでに語りつくされてきたものばかりです。最近のプロレス・格闘技における告白本のブームで手垢がついている感は否めませんが、改めて当事者に話を聞き、少しは目新しい事実も語られています。まあ、金や人間関係などのスキャンダラスな話題が多いですが・・・・・・。

 まず、わたしの目を引いたのは「破壊王」と呼ばれた橋本真也の葬儀についてのエピソードでした。2005年7月11日、橋本は脳幹出血で急死。享年40歳で、かずみ元夫人との離婚が成立してから4ヵ月後のことでした。横浜の一休庵久保山式場で葬儀が行われました。しかし、橋本の不倫相手の女性が葬儀を取り仕切り、かずみ元夫人や子どもたちは葬儀場への出入りを禁止されました。かずみ元夫人いわく、不倫相手は葬儀代を安くあげるために、知り合い関係の斎場を使い、粗末な葬儀をあげたそうです。

 かずみ元夫人は、そのときのことを「たとえば、斎場の2階に上がったときです。待機場なのに、お茶もお菓子も用意されてなかったんです。人をもてなすのがなにより好きだった橋本がこれを見たら、どんなに悲しむだろうって。橋本ならお寿司でもなんでも出してますよ」と語っています。
 かずみ元夫人は、辛うじて知人に頼み、お茶と乾き物だけ用意してもらったそうです。葬儀の貧相な話が伝わり、橋本がエースを務めていたプロレス団体「ハッスル」を運営するDSEの榊原信行氏が「こんなの破壊王の葬儀じゃないよ!」と言い出し、7月30日に青山葬儀所で「プロレス界・プロレスファン合同葬」が開催されました。

 橋本の貧相な葬儀に驚いた人物は他にもいました。
 元KBC(九州朝日放送)の「ワールドプロレスリング」実況アナウンサーで、現在は福岡市長を務める高島宗一郎氏です。高島氏は生前の橋本とは非常に懇意で、博多では夜遅くまで焼肉や豚足を食べ歩く仲でした。高島氏はプロレス専門誌記者からの携帯電話で橋本の訃報に接し、彼の死の翌々日に久保山の斎場に着いたそうです。高島氏は言います。

「斎場に入って驚きました。とにかく人がいない。私を入れて5人。これがあの橋本真也のお別れの場なのか、と愕然としました。私は橋本さんに話しかけようと棺のそばに近づいたのですが、なんと心のなかに橋本さんの声が聞こえたんです。『お前来たのか?』って。『来ますよ、なにやってるんすか? 豚足持ってこなくちゃと思ったんですけど、間に合わなかったですよ・・・・・・』と、二人でそんな会話を交わして20分くらい経ってからでしょうか。さらに不思議なことがあって、死後2日半経っているのに、橋本さんの目から、突然涙がツーッと流れ出したんです。そして、誰もいないのに、入り口の自動ドアが開いたり閉まったりし始めて・・・・・・」

 オカルトめいた話ですが、現職の福岡市長がわざわざウソは言わないでしょうから、亡くなった橋本が高島氏への別れの挨拶をしたのでしょう。

 橋本の告別式が行われたのは7月16日でしたが、高島氏は司会と出棺時のコールを任されました。そのときも橋本のビッグマッチ用の入場テーマ曲である「爆勝宣言」が会場にギリギリまで届かないなどのアクシデントに見舞われながらも、高島氏はなんとか自分の務めを果たします。
 そして、現在の高島氏はこう語っています。

「私が、橋本さんにこれだけはしてあげられたと胸を張って言えることは、出棺時の花道を整えられたこと。『ありがとう、破壊王。ありがとう、橋本真也。183センチ・135キロ、破壊王・橋本真也~!!』のコールと、あのビッグマッチ用の『爆勝宣言』、そして霊柩車のホーンと、車が動き出すタイミング。橋本さんなら絶対あのタイミングで花道へ歩み出すだろうと確信していたからです」

 高島氏は最後に、世間では橋本はプロレスでも行き詰まってボロボロになって、そのまま死んでいると見られているけれども、それは違うと述べました。高島氏は語ります。

「実は橋本さんは、三沢光晴さんとも会っていたんです。なぜかというと、橋本さんは、冬木弘道さんが亡くなったあとに、冬木さんの奥さんだったKさんと付き合っていたのですが、冬木さんの親友だった三沢さんは、それにすごく怒っていた。だから橋本さんは三沢さんに直接会って、しっかり話をして、三沢さんから『わかった』と、その許しをもらっていたんです。そして、三沢さんと話をするなかで、橋本さんの復帰戦の相手も決まっていたんです。その対戦相手とは・・・・・・あの、小橋健太さんです。破壊王・橋本vs鉄人・小橋戦・・・・・・。橋本さんの復帰を飾るのにこれ以上ないビッグカードでしょう」

 黄金カードが決定し、続いて資金繰りもクリアしました。高島氏は語ります。

「ライブドアが橋本さんにお金を出してくれることになっていたんです。その承認を受けるためのライブドアの役員会が7月11日の午前中に行われることになっていたと聞いています。まさに、橋本さんが亡くなった、その日にです。だから、世間のイメージとは違うんです。橋本さんは復帰して、もう1回プロレス界を盛り上げようと思っていて、それで道場も対戦相手も、お金もプライベートも、『破壊王復活!』の舞台に向けて全部整理をつけたんです。でも、すべての環境が完璧に整った瞬間に橋本さんは息を引き取ってしまった・・・・・・。以上が、わたしがお話できるすべてです。橋本さんは決して枯れていって死んだわけじゃない、死ぬ瞬間まで、破壊王・橋本真也らしく、前に向かって突き進んでいたんだということを、友人の1人として、強く伝え残させていただければと思っています」

 高島氏は現職の福岡市長でありながら、それゆえに非常に多忙でありながら、ただただ故人の名誉を晴らすために、わざわざプロレス本のインタビューを受け、真実を告白したのです。そんな高島氏に対して、わたしは深い尊敬の念を抱かざるを得ませんでした。

 それから本書には、新日本プロレスのレフェリーだったミスター高橋が『流血の魔術 最強の演技―すべてのプロレスはショーである』を書いた理由も紹介されています。いままでプロレス業界でタブーとされていたことを明らかにした高橋本はプロレスファンを中心にセンセーショナルに受け止められ、スキャンダラスな話題となって広まっていきました。しかし、本人は「けっして暴露本ではない」と言い張り、あの本を書いた背景にはK-1やPRIDEなどの格闘技が主流となり、プロレスが凋落していたこと、その上にプロレス界の「強さ」のシンボルであったアントニオ猪木がジャニーズ・アイドルの滝沢秀明とプロレスをやって負けたことへのショックがあったとか。

 そんな高橋氏は最近、ある本を読んで深く考えさせられたそうです。
 それは、この読書館でも紹介したプチ鹿島氏の著書『教養としてのプロレス』で、高橋氏は「私が思いもしなかった視点でプロレスを楽しんでいる方がいるんだということに、ハッとしました。プロレスが真剣勝負なのか、フェイクなのかとか、そんなことにはこだわらず、半信半疑で観るのが一番楽しいという主張なんですよね」と語っています。高橋氏は『流血の魔術 最強の演技』を書く前に『教養としてのプロレス』を読んでいたら、ああいう内容の本を書いただろうかと、気持ちが揺らいだとまで述べています。

 ただでさえK-1やPRIDEに押されていた新日本プロレスは、高橋本の出版後、さらに衰退していきます。しかし、浅草キッドの水道橋博士は「新日本の凋落と"高橋本"の出版は関係ない」と断言し、こう述べています。

「ボク自身に関して言えば、ミスター高橋の本が出る前から、橋本真也vs小川直也の抗争以降はずっと(新日本に対して)冷めていたからね。橋本vs小川戦は、予定調和じゃないことが起きたことに対して興奮したけど、裏を返せば、当時の新日本がいかに予定調和になっていたか、ということだから」

 また、水道橋博士は次のようにも語っています。

「その一方で、PRIDEでは桜庭和志が快進撃を続けていたわけだからさ。もうボクは当時、PRIDEに心底夢中だったよ。そのボクも含めて、多くの元新日本ファン、猪木信者がこの時期にPRIDEに移ったことは事実。だから、新日本人気が落ちたというのは、キング・オブ・スポーツという概念、ストロングスタイルという概念を、PRIDEに奪われたということのほうが、むしろミスター高橋の本より影響が大きかったと思う」

 全盛期の新日本プロレスのリングアナだった田中ケロ氏は、新日本凋落の原因はPRIDEに代表される格闘技の急伸そのものではなく、格闘技ブームによる、新日本のオーナー・猪木の心変わりだったと述べます。
ケロ氏は、以下のように語っています。

「嫉妬です。猪木会長のなかに、どこか当時話題を集めていたPRIDEやK-1に対する嫉妬があった。日本の格闘技のトップは猪木じゃないといけないというプライドがあったんだと思う。ほかに話題を取られたことで、PRIDEと同じようなことを新日本に求めた。『お前たち、あれを超える闘いを見せろ』と新日本に押しつけたというか。その辺の意識の違いが、新日本や選手たちと猪木会長の間にあったんじゃないかと。ファンも戸惑ったと思います。プロレスを観たいのに、格闘技みたいなものを観せられて、その温度差がお客さんが離れていった原因の1つじゃないかと思ってますね」

 たしかに、田中氏の発言にも一理はありますが、わたしは当時の新日本プロレス・ファンの1人として、あのときはPRIDEに負けない強い新日本を観たいと思っていました。けっして純プロレスが観たかったわけではありません。でも、あのときの新日本マット上で行われていたのは中途半端な格闘技もどきのような試合ばかりで、もっとガチの格闘技の試合が観たかったです。猪木の意向を受けて、新日本の選手たちは、次々と格闘技のリングに上がっていきましたが、小原道由(vsヘンゾ・グレイシー・01年11月3日、vsケビン・ランデルマン・02年9月29日)、永田裕志(vsミルコ・クロコップ・01年12月31日、vsエメリヤーエンコ・ヒョードル・03年12月31日)、中西学(vsTOA・03年6月29日)など、みんな討ち死にして帰ってきました。この真剣勝負での弱さは新日本凋落の最大の原因ではないでしょうか。中には、総合格闘技でも成功した桜庭和志や藤田和之といったプロレスラーもいたわけですから。

 10大事件の最後に取り上げられているのは「三沢光晴がリング上で非業の死」です。全日本プロレス社長である秋山準が「死の恐怖があった"四天王プロレス"」として、以下のように述べています。

「プロレスは難しいですよ。どこまでやればいいのかというのもあるし、試合をやっているうちに、止まらなくなるんですよね。ファンの声援を受けると、その声援をもっともらうために、より以上、より以上という思いが出てきますから。一人前のレスラーでも、歯止めがきかなくなるんですよ。だから、発言力がある人がちゃんと団体内にいて、試合内容についても『これ以上はダメ』と、どこかで判断を下して止めないと、選手は突っ走っちゃう。かつての全日本やノアでは、そういう人がいなかったので、あそこまでエスカレートしてしまったんです」

このあたりは、この読書館でも紹介した『三沢と橋本はなぜ死ななければならなかったのか』を読むと、当時の詳しい事情がわかります。

 本書は「平成プロレス10大事件 最後の真実」についての本ですが、「はじめに」で、ターザン山本氏は以下のように述べています。

「ここに登場しているプロレスラー、関係者のほとんどは昭和という座標軸を生きた人たち。ここに最大のミソがある。要するに平成はその年号を貸しているだけなのだ。裏を返せば、あるいは別の言い方をすれば、これは『昭和最後の10大事件』という見方もできる。告白者のなかに長州力、前田日明がいることがそれを証明している」

 そして長州と前田の先には、アントニオ猪木がいました。
 いまや、その平成でさえ終ろうとしています。山本氏は最後に「この本を手にした人は、昭和という二文字を胸に刻みながら、最後までその延長戦を生きていくに違いない。平成の10大事件は、まるで自分が歩んで来た昭和という道の"終わり"を鏡で見るようなものなのだ」と記しています。同感です。わたしにとって「昭和」とは「プロレス」そのものでした。
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   サンデー毎日」2017年5月7日・14日合併号