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困難な結婚』

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No.1545



 『困難な結婚』内田樹著(アルテスパブリッシング)を読みました。
 著者は1950年東京生まれ。武道家(合気道7段)。思想家。神戸女学院大学名誉教授。東京大学文学部仏文科卒。『寝ながら学べる構造主義』『日本辺境論』『下流志向』をはじめ多くのベストセラーがあります。そして、本書のテーマは「結婚」です。わたしには『結魂論~なぜ人は結婚するのか』(成甲書房)という著書があり、執筆時はずいぶん「結婚」について書かれた本を読みました。それ以来、久々に読んだ「結婚」の本ですが、素晴らしい名著でした。さすがは内田樹氏です!
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   本書の帯


 本書の帯には「悩めるあなたへ贈る『本当に役立つ』結婚論。」「全国の未婚/既婚者から共感と納得の声!」として、以下のように書かれています。

●結婚とは安全保障である。
●「もっと良い人」はいません
●今より幸せになるために結婚してはいけません
●結婚生活を愛情と理解の上に築いてはならない
●「よくわからない人」だから素晴らしい
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   本書の帯の裏


 また、帯の裏には以下のように書かれています。

「結婚しておいてよかったとしみじみ思うのは『病めるとき』と『貧しきとき』です。結婚というのは、そういう人生の危機を生き延びるための安全保障なんです。結婚は『病気ベース・貧乏ベース』で考えるものです。(本書より)」

 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

「はじめに」
こうすれば結婚できる(あるいは、あなたが結婚できない理由)
結婚するのはなんのためか?
結婚式はしたほうがいい
結婚と戸籍と姓
結婚とは不自由なものである
家事という「苦役」について
夫婦間コミュニケーションを巡る諸問題について
他人とうまく暮らすには
結婚してからのお金問題
コップのふちから水をこぼさない努力──結婚を続けるには?
「あとがき」

 「はじめに」で、著者はいきなり以下のような卓見を披露しています。

「結婚という制度は人類史の黎明期から存在していたはずです(制度はいろいろに変遷しましたけれど)。集団の再生産という本来の趣旨からすれば結婚は『だいたい誰でもできるもの』のはずです。そうでなければ困ります。結婚できない人たちばかりや、結婚してもすぐに別れてしまう人たちばかりでは、三世代もすればその集団は再生産不能で滅亡してしまうでしょう。ですから、本来結婚は『誰でも出来る』を基準に制度設計されていたはずなのです」

 では、「誰でも出来る」はずの結婚が、なぜ困難になっているのか。著者は、以下のように述べます。

「今、結婚が『困難』であるのは、その根本のところの『とてもたいせつなものだからこそ誰にでもできるのでなければならない』ということが見落とされているからではないか、僕は何となくそんな気がしています。
 もちろん、『結婚は容易である』とは申しません(そんなこと言えるわけがない)。でも、『結婚はこんなふうにいろいろたいへんだけど、それが「ふつう」だからあまり気にすることはないですよ』というくらいのことは申し上げられるのではないか。これは、そういう趣旨で書かれた本です」
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   映画「彼岸花」の佐分利信


 「こうすれば結婚できる(あるいは、あなたが結婚できない理由)」の「『もっといい人』は現れません」では、著者は佐分利信という俳優の名前を出します。「秋日和」や「彼岸花」といった小津安二郎の映画で、若い女の子を見ると「のりちゃん、いくつになったんだい。ほう、24か。じゃあ、もう結婚しなきゃだめだな。どうだ、ちょうどいいのがいるんだ。見合いしないか」とうるさくおせっかいするおじさんを演じました。著者は、そういうおせっかいなおじさんおばさんが世の中から払拭したせいで、若い人たちの結婚機会が減殺したのではないかと考え、これまで6回の見合いをセッティングしたといいます。

 最後の見合いでは、紹介した女の子のお母さんから「お断りします」という手紙が来たそうです。著者は以下のようにのべています。

「紹介した男性は学歴も、仕事も、人間性も申し分ないと思ってお薦めしたんですけれど、見合いした女性ご本人が『どうしようかなあ』と迷っていたら、お母さんが『迷うならやめときなさい』って決めたそうです。ご自分が結婚するみたいなつもりで相手を選んでしまっている。
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   映画「晩春」の杉村春子


 続けて、著者は以下のように述べています。

「これは昔の見合いのときと逆ですね。
 昔は『迷っているなら、嫌いっていうわけじゃないのよね? じゃあ、式場とかいろいろ手配があるから決めるわよ。いいわね』と『晩春』における杉村春子的なおばさんがどんどん決めてしまったんですけれど(小津安二郎の映画を観ていない人にはわかりにくい喩えが続いてすみません)、今はそうもゆきません」

 さらに著者は、以下のように述べるのでした。

「『迷っているなら、止めなさい』的発言をするお母さんは今はけっこう女性の側に多いみたいです。たぶん結婚に自分の『果たしえぬ夢』があって、それを娘に投影しているんでしょう。だから、『こんなところで手を打っちゃだめ』みたいなことをおっしゃるんではないでしょうか。待っていれば、もっと条件が良い相手が現れると考えているんでしょう。でも、『迷っているなら、止めなさい』というのは、ある種のイデオロギーだと僕は思います。結婚するときは、『「この人だ」って、ビビビと来るものよ』なんて言われても。『ビビビが来たかな? どうなのかな?』なんてわからないですよ」

 「結婚しちゃえばだいたい同じ」として、著者は以下のように述べます。

「昔の母親は『いい縁談が来たんだから、あんた、もう30なんだし早く結婚しなさい』とか『男なんてみんな同じよ』と言って結婚をせっついたものなんです。これはたしかに一理ある発言であって、男はもちろんピンキリなんですけれど、それはあくまで社会生活において際立つところの差異であって、家庭生活においてはそれほど劇的な差異は見られないのであります」

 そして、著者は次のようなトドメの一言を述べるのでした。

「娘に向かって『もっといい男が出てくるまで結婚を急いじゃだめよ』と言っている母親たちって、心のどこかでは『このまま結婚しなくてもいい』と思っているじゃないかな。ずっと結婚しないで、そのまま年を取ってゆく。そういう娘の姿を、どこかで期待しているんじゃないかと思うこともあります。ご自身の結婚生活があまり幸福じゃなかったせいで、『どうせ結婚してもいいことなんかないのよ』という経験知で、娘の結婚を無意識的に妨害している」

 わたしは、この著者の発言、非常に鋭いと思います。

 「結婚式はしたほうがいい」の「結婚式の本質は公に『誓う』こと」の冒頭を、著者は次のように書き出しています。

「どんなスタイルでやるにしても、結婚式はしたほうがいいです。なにごとにも儀礼は必要です。結婚式の本質は『誓言をなす』ことです。男女の結びつきという私的な出来事を、公共的な場において公開し、参列した人々に向って誓言をなすということです。
 男女が好き合って、一緒に暮らしたりセックスしたりするということは、それ自体は『プライヴェート』なことです。そのままいくら長期的に関係が続いても、まわりの人たちがみんな知っているというだけでは、『パブリック』なことにはなりません」

 結婚は恋愛・同棲とは違うのです。
 もともとは私的な問題であったにもかかわらず、「財布の中身」「身体の中身」「ラヴ・ライフ」という、人として最もプライヴェートなことについて、「ちゃんとします」と人前で、公的に誓言するのです。この「公」というキーワードは重要です。現代日本では結婚式や葬儀に代表される儀式が軽視される傾向にありますが、思うに、日本人のあいだで「公」の意識が希薄になっているのではないでしょうか。自分が結婚するときは結婚式および結婚披露宴をきちんと行って、夫婦となったことを公にする。親が亡くなったときは通夜および告別式をきちんと行って、故人が旅立ったことを公にする。この「公」という意識がなくなって「私」だけになっているのが現代日本人の特徴であると思います。これで良いはずがありません。
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   『結魂論~なぜ人は結婚するのか』(成甲書房)


 また、「結婚した」ことを公にするということは「離婚しない」ためには大きな効果があります。『結魂論』で詳しく述べましたが、日本の結婚式には離婚をしにくくさせるノウハウが無数にありました。仲人や主賓の存在、結納という儀式、文金高島田の重さや痛さ、大人数の前でのお披露目。どれも面倒でストレスのかかることばかりです。もうこんな大変なことは二度とやりたくない、それが安易な離婚の抑止力になっていた。昨今はカジュアルな合コンの延長のような感覚で結婚パーティーを開いてしまうから、簡単に離婚してしまうのではないでしょうか。

 わたしが経営する冠婚葬祭会社サンレーが意識しているのは、離婚発生率の低い結婚式場の運営です。結婚式場はいわば「夫婦工場」ですから、その製品である夫婦が離婚するということは、不良品や粗悪品を製造していることにほかなりません。離婚しない夫婦を作ることは最もお客様の利益、幸福につながると思うのです。そのためにはやはり儀式を大切にすることです。わが社のスタッフはお客様に儀式の大切さをしっかりとお伝えしており、たとえば松柏園ホテルでは年間150組ほどの結納・顔合わせが行われています。
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   『儀式論』(弘文堂)


 結納とは「結び納める」ことです。昨今のイージーな結婚式だと蝶々結びのようにすぐにほどけてしまう。結納は簡単にほどけないようにぐるぐると固く結ぶ儀式なのです。ブライダル業界はついついパーティーの提案ばかりに力を入れがちです。業界として、儀式をもっと重要視し、その大切さを訴えていくべきだと思います。わたしは『儀式論』(弘文堂)で、儀式の重要性を強く訴え、カタチにはチカラがあることを具体的に説きました。

 著者の内田氏も儀式の重要性をよく理解している人ですが、結婚について以下のように述べています。

「相手が誰だかよくわからない段階で好きになっちゃったという人と、『相手がどんな人だかよくわかんない段階で人が好きになれるような人』って、ちょっといいかな・・・・・・と思った人の組み合わせで結婚が成立するわけです。だから、はじめから個人的な出来事じゃないんですよ。生命の歴史のうちに起源を持つことなんです、性と生殖というのは。だから、自分で制御しちゃいけない。制御できると思ってはいけない。そのために結婚式を挙げて、神さま仏さまを『ステイクホルダー』としてお招きするわけです」

 続けて、著者は以下のようにのべるのでした。

「『神頼み』することが大事なんです。『とても個人の力でどうこうできるようなことではないので、どうかご加護を』とお願いするというのは、人を好きになる、一緒にいたくなるという心情そのものの起源を誰も知らないからです。それは神さまの領域の出来事なんです。だから、結婚式では人間の人間性の起源について、人間は何も知らないという事実をもう一度思い出すために神さまを呼び出すのです。儀礼が大切だということ、わかりましたか」
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   冠婚・衣裳責任者会議での訓話のようす


 わたしのブログ記事「冠婚・衣裳責任者会議」でも紹介しましたが、わたしは「冠婚事業は哲学産業です」と考えています。古代ギリシャの哲学者ソクラテスの「とにかく結婚したまえ。良妻を得れば幸福になれるし、悪妻を得れば哲学者になれる」という言葉は有名です。また、「哲学は驚きにはじまる」という言葉もよく知られていますが、結婚相手との出会いほど不思議で驚くべき出来事はないと思っています。
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   冠婚・衣裳責任者会議で本書を紹介


 現代日本における哲学者といえば、本書の著者である内田樹氏が第一人者だと思います。わたしは、「サンレーグループ冠婚・衣裳責任者会議」の社長訓話で本書を紹介しました。内田氏によれば、結婚しておいてよかったとしみじみ思うのは「病めるとき」と「貧しきとき」だそうです。結婚というのは、そういう人生の危機を生き延びるための安全保障だというのです。なるほど、結婚は「病気ベース・貧乏ベース」で考えるものなのですね。
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   夫婦は世界で一番小さな互助会!


 わたしは、基本的に内田氏の発言に賛同しつつも、夫婦の本質である「安全保障」を別の四文字熟語で置き換えたいと思いました。それは「相互扶助」です。「相互扶助」を二文字に縮めれば、「互助」となります。
そう、互助会の「互助」です。そういうふうに考えれば、夫婦というのは、じつは互助会であることに気づきます。童話の王様ハンス・クリスチャン・アンデルセンは「涙は世界で一番小さな海」という言葉を残していますが、わたしは「夫婦は世界で一番小さな互助会」と言いたいです。