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いざなうもの』

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No.1521

 

  『いざなうもの』谷口ジロー著(小学館)を読みました。
 今年の2月に逝去した漫画家の未発表絶筆『いざなうもの 花火』(原作:内田百けん)を含む近作の作品集です。いずれも単行本初収録となります。
 わたしは著者の漫画の大ファンで、『「坊ちゃん」の時代』をはじめ、『歩くひと』『犬を飼う』『父の暦』『遥かな町へ』などの名作を何度も読み返しました。テレビドラマ化もされた『孤独のグルメ』も愛読書の1つです。

 著者は1947年、鳥取県鳥取市出身です。
 鳥取商業高校を卒業後に京都の繊維会社に就職しましたが、漫画家を目指して1966年に上京、石川球太のアシスタントとなり漫画の技術を学びました。71年に『嗄れた部屋』(「週刊ヤングコミック』」でデビューした後、上村一夫のアシスタントを経て独立しました。以後、関川夏央ら漫画原作者と組み、青年向け漫画においてハードボイルドや動物もの、冒険、格闘、文芸、SFと多彩な分野の作品を手がけました。絵はジャン・ジロー(メビウス)やフランソワ・シュイッテンなどのバンド・デシネの作家に強い影響を受けています。また、『歩くひと』や『遥かな町へ』などの翻訳版刊行を期に2000年代からヨーロッパにおける著者の評価が高まりました。
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    本書の帯


 本書の帯には「生涯、ずっと描きつづけた。」と大書され、続けて、「2017年2月11日、この世を旅立った谷口ジロー。最期まで飽くなき挑戦をつづけた世界的作家が、渾身の力で描いた驚嘆の未発表絶筆『いざなうもの その壱 花火(原作:内田百けん『冥途』)を含む珠玉の作品集、ついに刊行」と書かれています。
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    本書の帯の裏


 本書の【収録作品】は以下の通りで、すべて国内単行本初収録です。

●『彼方より』(「ビッグコミックオリジナル」2014年4号)
●エッセイ『フランスと私』(「ふらんす」2011年11月号)
●『何処にか』その壱・その弐(「ビッグコミック」2016年8号/9号)
●『魔法の山』前編・後編(「ヤングジャンプ」2006年1号/2号)
●『いざなうもの 花火』について
●『いざなうもの 花火』(未発表絶筆)

 わたしは東京出張したとき、いつも羽田空港からモノレールに乗ります。終点の浜松町駅で降りると、駅ビルの中の大型書店を通り抜けてタクシー乗り場へと向かうのですが、本書はその書店のレジ横のワゴンに積まれていました。そのとき、わたしは探していた新書本を3冊購入して、そのまま立ち去ろうとしたのですが、振り返ったときに本書のクリーム色の表紙カバーと「谷口ジロー」の文字が見えました。わたしの心は騒ぎましたが、急いでいたので無視しようとしました。しかし、数メートル歩いたところで「いや、今あれを買わないと絶対に後悔する」と思い直し、レジまで戻って列に並び直して本書を求めたのでした。まさに、本書は書名のとおりに「いざなうもの」だったのです。

 その日のうちに一気に読みましたが、まず『何処にか』の魅力の虜となりました。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が登場する作品ですが、八雲は『「坊ちゃん」の時代』シリーズの夏目漱石や森鷗外に劣らぬ存在感を示しています。その壱は「茶碗の中」、その弐は「水飴を買う女」の物語が紹介されています。「茶碗の中」は『怪談』と並ぶ八雲の代表作である『骨董』に、「水飴を買う女」は同じく八雲の『知られざる日本の面影』に収録されています。いずれも心霊ホラーとでも呼ぶべき短編ですが、日本人の「こころ」の琴線に触れるような味わいがあります。
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    iPhoneで『骨董』の「茶碗の中」を聴く


 じつは、わたしは「茶碗の中」の話をよくiPhoneで聴いています。というのも、執筆や読書で目が疲れたときは寝る前にiPhoneに取り込んだCDブックの類を聴く習慣があるのですが、お気に入りの朗読CDの1つが小泉八雲の『骨董』なのです。「茶碗の中」の他では、「おかめのはなし」「露の一滴」「夢を食ふもの」などが好きで、わたしを心地よい睡眠へといざなってくれます。
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    iPhoneで『冥途』を聴く


 本書の最後には『いざなうもの 花火』も収録されていますが、最初は完成された漫画作品なのですが、次第にラフ画のようになってきて、最後は絶筆で終わっています。このようにリアルな「人生の終わり」をそのままページの上に再現した本というのは珍しいのではないでしょうか。特に文章だけの本と違って、漫画だけに絵そのものの変化は読者にインパクトを与えます。ちなみに、『いざなうもの 花火』の原作である内田百けんの『冥途』の朗読CDもわがiPhoneに入っており、よく聴きます。
  
 『何処にか』と『いざなうもの 花火』の間にあるのが『魔法の山』です。
 病気の母親の命を救うために、幼い兄と妹が大冒険するというファンタジーです。母を想う子の心には、どうしても泣かされます。ちょっとジブリアニメの「となりのトトロ」にも似ていますが、新海誠監督の「星を追う子ども」にもイメージが重なります。「魔法の山」を新海監督がアニメ化したら、きっと素晴らしい作品になったでしょうね。

 

 『何処にか』『いざなうもの 花火』『魔法の山』にはいずれも血縁への郷愁のような感情が描かれています。著者の漫画を読んで、たまならなく懐かしい思いがするのは、幼少の頃の両親の愛情が甦ってくるからでしょう。
 2016年12月26日、著者は双葉社の染谷誠氏によってインタビューを受けています。著者の実質最後となるインタビューでしたが、「手がけてみたいのは日本の文豪―たとえば夏目漱石や芥川龍之介、太宰治の短編作品などのマンガ化でしょうか」(「ダ・ヴィンチ」2017年3月号、メディアファクトリー)と語っています。著者によってマンガ化された漱石の「夢十夜」、芥川の「魔術」、太宰の「竹青」などを読んでみたかったです。
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   著者の直筆メッセージ


 本書の最後には、著者の直筆で書かれた以下の言葉が掲載されています。

「たったひとりでもいい。本が何度も、何度でも、本がボロボロになるまで読まれるマンガを描きたい。あきることなく何度も開いて絵を見てくれるマンガを描きたい。それが私のたったひとつの小さな望み。
 そんなマンガが私に描けたかどうか疑問はあるが、今、頭の中で妄想している物語その世界と絵はなんとなく見えているのだが、これをひとつの形にするのは難しく骨の折れる作業となる。それでも苦痛を乗り越えた楽しさがあるのもまちがいのないことだ」

 この遺書のような著者の言葉を読んで、わたしは深い感銘を受けました。「漫画の神様」と呼ばれた手塚治虫をはじめ、命の灯が燃え尽きるまで描き続けた作家は何人かいますが、著者もその1人だったのです。