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〈インターネット〉の次に来るもの』

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No.1470

 

  『〈インターネット〉の次に来るもの』ケヴィン・ケリー著、服部桂訳(NHK出版)を読みました。「未来を決める12の法則」というサブタイトルがついており、原題は「不可避」を意味する『THE INEVITABLE』です。著者は1952年生まれ、1984年~90年代までスチュアート・ブラントとともに伝説の雑誌「ホール・アース・カタログ」や「ホール・アース・レビュー」の発行編集を行い、93年には雑誌「WIRED」を創刊。99年まで編集長を務めるなど、サイバーカルチャーの論客として活躍してきました。著書に『ニューエコノミー 勝者の条件』(ダイヤモンド社)、『「複雑系」を超えて』(アスキー)、『テクニウム―テクノロジーはどこへ向かうのか?』(みすず書房)など。
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    本書の帯

 


 本書の帯には著者の顔写真とともに、「AI(人工知能)、 ロボット、VR(仮想現実)、ブロックチェーン、シンギュラリティ」「未来を冒険するなら、この1冊があれば充分だ!」「各紙で書評続々! 読売新聞―岡ノ谷一夫氏、朝日新聞―円城塔氏、公明新聞―佐々木俊尚氏、日経新聞―石田英敬氏」「Amazon.com(2016年 Business&Leadership部門)年間ベストブック」と書かれています。
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    本書の帯の裏

 


 また帯の裏には、「これから30年の間に私たちの生活に破壊的変化をもたらすテクノロジーはすべて、12の不可避な潮流から読み解ける。」「WIRED創刊編集長による最新作!」「知性がまるで家庭の電気のようにモノに流れ込む時代に何が起こるのか(それはすぐそこだ!)、本書は大切な洞察を与えてくれる。―クリス・アンダーソン(『FREE』『MAKERS』著者)」と書かれています。さらにカバー前そでには「人間の歴史の中で、何かを始めるのに今ほど最高の時はない。今こそが、未来の人々が振り返って、『あの頃に生きて戻れれば!』と言う時なのだ。まだ遅くはない。」とあります。

 本書の「目次」は以下のようになっています。

「はじめに」

1.BECOMING―ビカミング

2.COGNIFYING―コグニファイング

3.FLOWING―フローイング

4.SCREENING―スクリーニング

5.ACCESSING―アクセシング

6.SHARING―シェアリング

7.FILTERING―フィルタリング

8.REMIXING―リミクシング

9.INTERACTING―インタラクティング

10.TRACKING―トラッキング

11.QUESTIONING―クエスチョニング

12.BEGINNING―ビギニング

「謝辞」「訳者あとがき」「巻末注」

 「はじめに」で、著者は以下のように書いています。

 

「いま振り返ってみると、コンピューターの時代は、それらが電話につながれるまで、本格的には始まっていなかったのだ。コンピューターが1台だけあっても無力だった。コンピューターのもたらしてきたすべての効果は、1980年代初頭にコンピューターが電話と結び付いてお互いが融合し、強固な複合体になって初めて現れたものだ」

 続いて、その後30年にわたって、コンピューターの計算能力とコミュニケーション・テクノロジーの融合は広がり、速度を増し、開花し、進化していったとして、著者は以下のように述べます。

 

「このインターネットとウェブ、モバイルの融合したシステムは、最初は社会の端っこにあったが(1981年にはほとんど無視されていた)、グローバル化した現代社会の中心へと躍り出た。過去30年にこのテクノロジーに支えられた社会の経済状況は山あり谷ありで、さまざまなヒーローが現れては去っていったが、その背景にはもっと大きなトレンドがあった」

 さらに続けて、著者は以下のように述べるのでした。

 

「重要なのは、この大きな歴史的な流れがいまだに健在で進化していることで、それはこのトレンドが今後数十年ずっと増大し続けることの強い確証にもなっている。いまのところ、その流れを頓挫させそうなものは前方には見えていない。犯罪や戦争、われわれの行き過ぎた行為ですら、この同じ流れのパターンに従っているからだ。本書では、今後30年を形作ることになる12の不可避なテクノロジーの力について述べることにする」

 1「BECOMING―ビカミング」では、驚異的な変化が少しずつ積み重なると、ついにそれが巨大なものとなっても、われわれは感覚が麻痺して気がつかないとして、著者は以下のように述べます。

 

「現在ではインターネットのどんな画面からでも、驚くべき種類の音楽や動画、進化する百科事典、天気予報、クラシファイド広告、地球上のあらゆる場所の衛星画像、世界中からの分刻みの最新ニュース、税金申請のための書類、テレビ番組案内、ナビゲーション付き道路地図、リアルタイムの株価情報、バーチャル内見可能な不動産一覧と価格表、あらゆるものの画像、スポーツの最新の試合結果、何でも買える場、政治家の活動報告、図書館の目標、道具類のマニュアル、現在の交通情報、主な新聞のアーカイブなどに、瞬時にアクセスできるようになった」

 すでにインターネットは進化してしまい、これから何かを発明することなどできるのでしょうか。しかし、著者は「いまここですぐに始めるのがベスト」であると喝破し、以下のように述べるのでした。

 

「歴史上、何かを発明するのにこんなに良いときはない。いままでこれほどのチャンスや、いろいろな始まりや、低い障壁や、リスクと利得の格差や、収益の高さや成長が見込めるタイミングはなかった。いまこの瞬間に始めるべきだ。いまこそが、未来の人々が振り返って、『あの頃に生きて戻れれば!』と言うときなのだ」

 

 著者によれば、今日こそが本当に、広く開かれたフロンティアなのです。「人間の歴史の中で、これほど始めるのに最高のときはない。まだ遅くはないのだ」という著者の言葉は力強く、読者は勇気づけられます。

 2「COGNIFYING―コグニファイング」では、今世紀が終わるまでにいま存在する職業の70%がオートメーションに置き換えられるだろうとして、著者は以下のように述べます。

 

「つまり、ロボット化は不可避であり、労働の配置転換は時間の問題なのだ。この激変オートメーションの第二の波によって起こるだろう。そこでは人工的な認知、安価なセンサー、機械学習、遍在するスマート機能が中心に躍り出る。広範に及ぶこのオートメーションは、肉体労働から知識労働まで、すべての仕事に及ぶだろう」

 3「FLOWING―フローイング」では、〈流れていく〉力について語られます。音楽などが一旦デジタル化されると、それは改変されたりリンクされたりといった流動性を持つようになることを例にあげて、著者は以下のように述べます。

 

「音楽が最初にデジタル化された頃、音楽業界の経営陣は、視聴者がオンラインに引きつけられるのは、無料で音楽を手に入れたいという欲望のせいだと考えた。しかし実際のところ、無料であることはその魅力の一部でしかなかった。それどころか、おそらく最も些細なものでしかなかった。何百万もの人が、最初は無料だから音楽をダウンロードしたかもしれないが、すぐにもっと良いことに気づくことになった。無料の音楽は重荷を取り除かれたのだ。新しいメディアに楽々と移植され、新しい役割を得て、リスナーの生活に新しい価値をもたらした。その後も人々が大挙してオンラインの音楽をダウンロードするのは、デジタル化された音が〈流れていく〉力を絶えず拡張しているからだ」

 著者は、ミュージシャンでなくても音楽が作れる時代がすぐにやって来ると予測し、次は写真撮影の場合を例にあげます。

 

「100年前には、写真を撮影できるテクノロジーを持っているのは、わずかな熱心な実験者だけだった。それは信じられないほど大変で神経を使う作業だった。見るに堪える写真を撮るには、まず非常に高い技術力と大変な忍耐が要求された。だから専門の写真家でも、年に数十枚の写真しか撮っていなかった。現在では誰もがスマートフォンを使って、1世紀前の平均的な専門家の写真に比べてあらゆる点で100倍は優れた写真を簡単に撮ることができる。われわれは誰もが写真家になった」

 続いて、著者は印刷や地図製作についても述べます。

 

「活版印刷術も昔は秘術を操る職業だった。ページの空間にきれいに読めるように活字を並べるには、いまのようなWYSIWYG方式(ディスプレー上と印刷結果が同一となる表示方式)ではなかったので、何年もの修業が必要だった。字間調整の技法を知っているのは1000人程度しかいなかった。現在では一般の学校でこうした技法を教えているし、初心者でも昔の平均的な活字職人よりはるかにましな仕事ができる。地図作製でも同じことが言える。平均的なウェブデザイナーなら、過去の最高の地図製作者より良いものを作れる。だから音楽も同じことになるだろう。新しいツールによってビットとコピーの流れが加速すれば、われわれは全員がミュージシャンになれる」

 さらに、映画の場合も同様であるとして、著者は述べます。

 

「昔の映画は、製作に最も費用がかかるプロダクトで、珍しいものだった。B級映画でさえ高給取りの職人組合が必要だった。映写には高価な機材が必要で、それは扱いが難しく、従って映画を鑑賞すること自体が一苦労だった。だがビデオカメラとファイル共有のネットワークが登場すると、どんな映画も好きなときに鑑賞できるようになった。一生に一度しか見なかったような作品を、いまでは何百回と見て研究できる。映画を学ぶ学生は1億人に上り、彼らがユーチューブにアップロードする作品の数は何十億にも達する。ここでも視聴者のピラミッド構造は崩壊し、いまでは誰もが映画製作者だ」

 4「SCREENING―スクリーニング」では、大量生産された本が人々の思考法も変えたことが以下のように説明されます。

 

「印刷技術によって使われる言葉の数が爆発的に増え、古英語の5万から、いまでは100万となった。言葉の選択肢が増えたことで、意思疎通できることの幅が広がった。メディアの選択肢が増えることで、書くべきことの幅も広がった。学問的な書物だけしか扱えない時代から、安価に印刷できる本というメディアを浪費して、心を打つ恋愛物語を書く人が出てきたり(恋愛小説が出てきたのは1740年だ)、王族でなくても回顧録を著したりする者が現れた」

 続けて、著者は以下のように述べています。

 

「時代の支配的な考えに反対する小冊子を出す人も現れ、そうした異端な発想も安く印刷できることで影響力を持つようになって、王や教皇を退位させるような事態にまでなった。時間が経つにつれ、著者の持つ力によって著者への敬意が生まれ、権威をもつようになり、専門性に根差した文化が育まれた。『本によって』(規則に従って)完璧を期すことができた。法律は公式の刊行物になり、契約は文書化され、何物も言葉としてページに刻まれなければ有効ではなくなった」

 さらに著者は「本の民」というキーワードを使って、以下のように述べています。

 

「絵画や音楽、建築やダンスもすべて重要ではあったが、西欧の文化の核心は本のページを繰る中に存在した。1910年には米国の2500人以上が住む町の4分の3には、公共図書館があった。アメリカの根幹には、合衆国憲法、独立宣言、そして間接的には聖書という文書の源流があった。国の成功は高い読み書き能力にあり、たくましい自由な出版文化、(本に拠る)法律や規則への忠誠、大陸中に行き渡った共通の言語にかかっていた。アメリカの繁栄や自由は、読み書き文化によって花開いた。われわれは本の民になったのだ」

 一方で、著者は「スクリーンの民」というキーワードを示して、以下のように述べています。

 

「言葉は木のパルプからコンピューターのピクセル、スマートフォン、ラップトップ、ゲーム機、テレビ、掲示板、タブレットへと乗り換わってきた。もはや文字は黒いインクで紙に固定されたものではなく、瞬きする間にガラスの表面に虹のような色で流れるものになる。ポケットにも鞄にも車の計器盤にも、リビングの壁にも、建物の壁面にも、スクリーンが広がっていく。われわれが仕事をするときには、それが何の仕事であれ、正面にはスクリーンがある。われわれはいまや、スクリーンの民なのだ」 そこで本の民とスクリーンの民の間で、文化的な衝突が起きることになったわけです。その結果を、わたしたちはよく知っています。

 

 本書にはSF映画のような未来がいろいろと描かれていますが、特にわたしの心を強くとらえたのは「ユニバーサル図書館」というアイデアでした。わたしの大好きな作家であるボルヘスの「バベルの図書館」(『伝奇集』所収)にも通じる完全な図書館ですが、著者は以下のように述べています。

 

「ブルースター・ケールはインターネット全体をアーカイブする活動を支援しているが、ユニバーサル図書館は実現できると言う。『これこそわれわれがギリシャ文明を超えるチャンスです』と彼は繰り返す。『それは将来のものではなく、いまあるテクノロジーで可能です。人間のありとあらゆる仕事を、世界中の人々に提供できるのです。それこそ、人間を月に送り込んだような偉業として後世に残る話でしょう』。エリートだけにしか開放されていなかった古代の図書館と違い、この図書館は本当に民主的なもので、この星に生きているすべての人にすべての言語で書かれたすべての本を提供するものだ」
  
 続けて、著者はユニバーサル図書館について述べます。

 

「こうした完全な図書館では、理想的にはどんな新聞や雑誌、ジャーナルに書かれたものでもすべて読めなくてはならない。またこうしたユニバーサルな図書館には、古今東西のあらゆるアーティストが生み出した絵画、写真、映画、音楽なども収蔵されていなくてはならない。さらには、すべてのテレビやラジオの放送番組やCMも入れるべきだ。もちろんこの偉大な図書館には、もうオンラインでは見られない何十億もの昔のウェブページや何千万もの消されたブログポストも―われわれの時代のはかない創作物として―コピーを保管しなければならない。つまりは、人間のすべての作品、歴史的に記録が始まって以来のすべてのものが、すべての言語で、すべての人に向けて常に開かれていなくてはならないのだ」

 さらに、この夢のような図書館について、著者は述べるのでした。

 

「これはとても巨大な図書館だ。シュメール人が粘土板に記録を残してからというもの、人類は少なくとも3億1000万冊の本、14億の記事やエッセイ、1億8000万の曲、3兆5000億のイメージ、33万本の映画作品、10億時間の動画やテレビ番組や短編映画、60兆の公開されたウェブページを出版してきた。現在これらすべてが、世界中の図書館やアーカイブに入っている。そのすべてがデジタル化されると、すべて(現在の技術で)圧縮したとしても、50ペタバイトのハードディスクが必要になる。10年前にはこれだけを収容するのに、小さな町の図書館ほどの大きさの建物が必要だった。しかし現在は、こうしたユニバーサル図書館はあなたの家の寝室に収まってしまう。明日のテクノロジーでは、それがスマートフォンのサイズにまでなるだろう」

 先程、「本の民」と「スクリーンの民」という言葉を紹介しました。 著者は本とスクリーンの違いについて、以下のように説明します。

 

「本は熟慮する心を養成するのによいものだった。スクリーンはより実用的な思考法向きだ。スクリーンで読んでいて新しいアイデアや聞きなれない事実に出合うと、どうにかしようという気にさせられる―単に熟慮するのでなく、その用語を調べたり、画面に現れる友人の意見を訊いたり、違う観点を見つけたり、ブックマークを付けたり、インタラクティブにやり取りしたり、ツイートしたりする。読書する場合には、じっくりと脚注にまで目を通すことで、物事を解析する力が養われた。スクリーンを読む場合は、すぐにパターンを作り、あるアイデアを他のものと結び付け、毎日のように現れる何千もの新しい考えに対処するやり方を身につける。スクリーンで読む場合にはリアルタイムの思考が育成されるのだ。映画を鑑賞しながらそのレビューを読んだり、議論の途中ではっきりしない事実を調べたり、ガジェットを買う前にマニュアルを読むことで、買って家に帰ってから後悔しないようにしたりする。スクリーンは現在を扱うための道具なのだ」

 5「ACCESSING―アクセシング」では、所有することが昔ほど重要ではなくなってきている一方で、アクセスすることはかつてないほど重要になってきていることが指摘されます。

 

「所有権の購入」から「アクセス権の定額利用」への転換は、これまでのやり方をひっくり返すとして、著者は以下のように述べています。 「所有することは手軽で気紛れだ。もし何かもっと良いものが出てきたら買い換えればいい。一方でサブスクリプションでは、アップデートや問題解決やバージョン管理といった終わりのない流れに沿って、作り手と消費者の間で常にインタラクションし続けなければならなくなる。それは1回限りの出来事ではなく、継続的な関係になる。あるサービスにアクセスすることは、その顧客にとって物を買ったとき以上に深く関わりを持つことになる」

 続けて、乗り換えをするのが難しく(携帯電話のキャリアやケーブルサービスを考えてみよう)、往々にしてそのサービスからそのまま離れられなくなるとして、著者は以下のように述べます。

 

「長く加入すればするほど、そのサービスがあなたのことをよく知るようになり、そうなるとまた最初からやり直すのがさらに億劫になり、ますます離れ難くなるのだ。それはまるで結婚するようなものだ。もちろん作り手はこうした忠誠心を大切にするが、顧客も継続することによる利点をますます享受することになる(そうでなくてはならない)―品質の安定、常に改善されるサービス、気配りの行き届いたパーソナライズによって、良いサービスだと思えるのだ」

 7「FILTERING―フィルタリング」も非常に刺激的な内容でした。人間の表現行為に対する読者や観客やリスナーや参加者になるという点で、いまほど良い時代はなかったとして、著者は以下のように述べています。

 

「わくわくするほど大量の新しい作品が毎年創造されている。12カ月ごとに、800万の楽曲、200万冊の本、1万6000本の映画、300億のブログ投稿、1820億のツイート、40万のプロダクトが新たに生み出されている。いまや本当に簡単に、手首をちょっとひねる程度の動作で誰もが『万物のライブラリー』を手元に呼び出すことができる。興味があれば、ギリシャ時代に貴族が読んでいたよりもっと多くの書物を、古代ギリシャ語で読むこともできる。それは古代中国の巻物でも同じで、かつて皇帝が読んでいた以上のものが家にいながらにして手に入る。またルネッサンス期の版画やモーツァルトの協奏曲の生演奏など、当時はなかなか鑑賞できなかったものにもいまでは簡単にアクセスが可能だ。現在のメディアはどの点から見ても、これまでで最も輝かしく充実している」

 変化はまず音楽から起こりました。わたしの場合でいえば、かつて部屋に置かれたステレオで聴いていた音楽は、ウォークマンのようなヘッドフォンステレオで聴くようになり、それがデジタル化されてi-Pod、さらに今ではi-Padやi-Phoneで聴いています。著者は述べます。

 

「音楽で起こったことは、デジタル化できるものならすべてに起こる。われわれが生きているうちに、すべての本、すべてのゲーム、すべての映画、すべての印刷された文書は、同一のスクリーンや同一のクラウドを通して365日いつでも利用できるようになるだろう。そして毎日のようにこのライブラリーは膨張している」

 続いて、わたしたちが対峙する可能性の数は、人口の増加とともに増大し、続いてテクノロジーが創造活動を容易にしたことでさらに拡大してきたとして、著者は以下のように述べます。

「現在の世界の人口は私が生まれたとき(1952年)と比べて3倍になっている。これから10年のうちにまた10億人が増えるだろう。私より後に生まれた50億から60億人は、現代の発展によって余剰や余暇を手にして解放されたことで、新しいアイデアや芸術やプロダクトを創造してきた。いまなら簡単な映像を作るのは、10年前と比べて10倍簡単になっている。100年前と比べたら、小さな機械部品で何かを作ることは100倍は簡単だ。1000年前と比べて、本を書いて出版することは、1000倍簡単になっている」
  
 8「REMIXING―リミクシング」では、「視覚リテラシーにとっての聖杯は、発見可能性だ」と喝破した後、著者は以下のように述べます。

 

「グーグルがウェブを検索するように、すべての映画ライブラリーを検索でき、その中の深くまで入り込んで特定のものを見つけ出す。あなたはキーワードを打ち込むか、単純に『自転車と犬』と言うだけで、すべての映画の中に出てくる自転車と犬のシーンが返ってくる。ほんの数秒で、あなたは映画『オズの魔法使い』の中でミス・グルチがトトと自転車に乗っているシーンが特定できる。さらには、それと似たシーンを他のすべての映画の中から選び出してほしいとグーグルに訊ければとあなたは思うかもしれない。そうした機能はもうすぐ実現する」

 こうした発見可能性に加えて、現在メディアの中で起きている革命的な動きといえば「巻き戻し可能性」です。口述の時代には、誰かが喋り始めたら、それを注意して聞くしかありませんでした。言葉は発せられた途端に消えてしまうからです。録音技術が生まれる前は、バックアップの方法はなく、聞き逃したことを遡って確認することはできませんでした。著者は以下のように述べます。

 

「数千年前にコミュニケーションが口述から筆記へと変わる大きな歴史的な転換が起き、聴衆(読者)は、スピーチを最初まで遡って再度読むことができるようになった。本を持つ革命的な価値の1つは、読者が求めれば何度でもその内容を繰り返し伝えることができることだ。実際のところ、何度も読まれる本を書いたという事実は、作家にとっては最大の讃辞となる。そして作家側も、こうした本の特性を生かすべくいろいろ手を尽くしてきた。再読して初めて分かるような筋書や皮肉を込めたり、読み込まないと分からないように詳細な記述を詰め込んできた」

 12「BEGINNING―ビギニング」では、これから何千年もしたら、歴史家は過去を振り返って、わたしたちがいる3000年紀の始まる時期を見て、驚くべき時代だったと思うだろうとして、現在という時代について、著者は以下のように述べます。

 

「この惑星の住人が互いにリンクし、初めて1つのとても大きなものになった時代なのだ。その後にこのとても大きな何かはさらに大きくなるのだが、あなたや私はそれが始まった時期に生きている。未来の人々は、われわれが見ているこの始まりに立ち会いたかったと羨むだろう。その頃から人間は、不活性な物体にちょっとした知能を加え始め、それらをマシン知能のクラウドに編み上げ、その何十億もの心をリンクさせて1つの超知能にしていったのだ。それはこの惑星のそれまでの歴史で最も大きく最も複雑で驚くべき出来事だったとされるだろう。ガラスや銅や空中の電波で作られた神経を組み上げて、われわれの種はすべての地域、すべてのプロセス、すべての人々、すべての人工物、すべてのセンサー、すべての事実や概念をつなぎ合わせ、そこから想像もできなかった複雑さを持つ巨大ネットワークを作ったのだ」

 

 巨大ネットワークはマシンよりも生物に近いと言えるでしょう。その中心には70億の人々(すぐに90億に達するでしょう)がいて、それぞれの脳を相互にほぼ直接リンクさせ、常時接続するレイヤーを作り出して自分たちをすぐに覆い始めました。著者は以下のように述べます。

 

「100年前にはH・G・ウェルズが、こうした大きな存在を世界脳という名前で想像していた。テイヤール・ド・シャルダンはそれを思考の領域という意味でヌースフィアと呼んだ。それをグローバル・マインドと呼ぶ人も、それが何十億ものシリコンで製造されたニューロンでできているので超生命体と呼ぶ人もいた。私はこうした惑星レベルのレイヤーのことを、ホロス(holos)という短い言葉で呼ぶことにする。この言葉で私は、全人類の集合的知能と全マシンの集合的行動が結び付いたものを意味し、それにプラスしてこの全体から現れるどんな振る舞いも含めている。この全体がホロスに等しいのだ」

 そして、これからわたしたちが体験できるであろう数々の魔法の出現について予告した、この途方もなく刺激的な本の最後に、著者は以下のように述べるのでした。

 

「われわれは、すべての人類とすべてのマシンがしっかりと結び付いた地球規模のマトリックスに向かって容赦なく進んでいる。このマトリックスは、われわれが作ったものというよりプロセスそのものだ。われわれの新しい超ネットワークは途切れることのない変化の波であり、われわれの需要や欲望を新しく組み替えては絶えず前へと溢れていく。今後30年の間にわれわれを取り巻く個別のプロダクトやブランド、会社については完全に予想不能だ。ある時代に特定のものが成功するかどうかは、個人のチャンスと運の流れ次第だ。しかしこの大規模で力強いプロセスの全体としての方向性は、明確で間違いようがない。これまでの30年と同じように、これからの30年もホロスは同じ方向へと向かっていくだろう―つまり、より流れていき、よりシェアしていき、よりトラッキングし、よりアクセスし、よりインタラクションし、よりスクリーンで読み、よりリミックスし、よりフィルタリングし、よりコグニファイし、より質問し、よりなっていく。われわれは〈始まっていく〉そのとば口にいるのだ。もちろん、この〈始まっていく〉ことはまだ始まったばかりだ」

 「訳者あとがき」で、服部桂氏は本書の邦題を『〈インターネット〉の次に来るもの』としたことについて、以下のように述べています。

 

「デジタル・テクノロジーの持つ力の不可避な方向性とは、まさに現在われわれが(仮に)〈インターネット〉と呼んでいるものの未来を示すものだからだ。しかし、われわれは現在、デジタル世界の水にどっぷりと浸かった魚のように、このデジタル環境が何であるかについて深く考えられないでいる。著者は未来予測をするというより、むしろ過去30年の経験を反省して距離を置くことで、〈インターネット〉という名前に象徴されるデジタル革命の本質を読み解こうとしているのだ」
  
 本書はまことにワクワクする未来案内のガイドブックですが、一貫して強い説得力があります。それは、著者が「WIRED」の創刊編集長として、テクノロジーの進歩を目の当たりにしてきたことはもちろん、本書にも紹介されているように、VR(仮想現実)の父であるジャロン・ラニアーからVRの試作品を最初に見せてもらったり、電子音楽の発明者であるブライアン・イーノと音楽におけるアナログからデジタルへの急激な変化について語り合ったり、スティーブン・スピルバーグとともにSF映画「マイノリティ・リポート」(2002年)についてのブレストをしたりと、世界を変えてきた人々とダイレクトに接していたからでしょう。つまり、著者の取材方法や情報入手方法はきわめてリアルであり、アナログ的であったと言えます。
  
 そして、世界中の若者を虜にし、ニューエージ・ムーブメントにも大きな影響を与えた伝説の雑誌「ホール・アース・カタログ」を編集していただけあって、本書の論調にもニューエージの雰囲気を感じます。著者は、惑星レベルのレイヤーのことを「ホロス(holos)」と呼びます。全人類の集合的知能と全マシンの集合的行動が結び付いたものを意味し、それにプラスしてこの全体から現れるどんな振る舞いも含めている「ホロス」からは、神秘主義思想の香りさえ漂っています。このあたりが本書を無味乾燥なテクノロジーの解説書ではなく、読む者を魅了してやまない魔法書にしたのでしょう。