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「考える人」は本を読む』

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No.1433

 

  『「考える人」は本を読む』河野通和著(角川新書)を読みました。季刊誌「考える人」(新潮社)のメールマガジン(毎週木曜日配信)に書かれた文章から27回分を選び、加筆、修正の上、再校した内容となっています。

 著者は、1953年岡山市生まれの編集者です。東京大学文学部ロシア語ロシア文学科卒業後、78年中央公論社(現中央公論新社)に入社。おもに雑誌編集にたずさわり、「婦人公論」編集長、雑誌編集局長兼「中央公論」編集長などを歴任。2008年退社。09年日本ビジネスプレス特別編集顧問。10年新潮社に入社し、「考える人」の編集長となり、6年9か月務めました。「考える人」は、2017年春号で休刊となりました。

 

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    本書の帯

 


 本書の帯には、「河野さんは読書の森の管理人だ。木を見て、なおかつ森を見ている人。」という糸井重里氏(ほぼ日刊イトイ新聞 主宰)の推薦文とともに、「『考える人』編集長として本と向き合い続けてきた著者による極上の読書案内」と書かれています。 また、カバー後ろそでには、以下の内容紹介があります。

 

「仕事も勉強も人間関係も、困ったときはまず『検索』。 便利さとひきかえに失っているのが、自ら考える時間かもしれません。 読書の海を泳ぎ続けてきた著者が『考える』をテーマに25冊を厳選。 きっと大切な一冊に出会えます」

 

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    本書の帯の裏

 


 本書の「目次」は、以下のようになっています。

 

1 読書を考える

『それでも、読書をやめない理由』デヴィッド・L・ユーリン(柏書房)

『〆切本』(左右社)

『「本屋」は死なない』石橋毅史(新潮社)

『ボン書店の幻―モダニズム出版社の光と影』内堀弘(ちくま文庫)

2 言葉を考える

『わが盲想』モハメド・オマル・アブディン(ポプラ社)

『僕らの仕事は応援団。―心をゆさぶられた8つの物語』我武者羅應援團(大和書房)

『スローカーブを、もう一球』山際淳司(角川文庫)

『展望台のある島』山川方夫(慶應義塾大学出版会)
3 仕事を考える

『思い出し半笑い』吉田直哉(文藝春秋)

『姉・米原万里―思い出は食欲と共に』井上ユリ(文藝春秋)

『夜中の電話―父・井上ひさし 最後の言』井上麻矢(集英社インターナショナル)

『作家が死ぬと時代が変わる』粕谷一希(日本経済新聞社)

4 家族を考える

『小倉昌男 祈りと経営―ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの』森健(小学館)

『秋山祐徳太子の母』秋山祐徳太子(新潮社)

『願わくは、鳩のごとくに』杉田成道(扶桑社)

『「私」を受け容れて生きる―父と母の娘』末盛千枝子(新潮社)

5 社会を考える

『広告は、社会を揺さぶった―ボーヴォワールの娘たち』脇田直枝(宣伝会議)

『大東京 ぐるぐる自転車』伊藤礼(東海教育研修所)

『ゴミが降る島』曽根英二(日本経済新聞社)

『ジーノの家』内田洋子(文藝春秋)

6 生と死を考える

『さもなくば喪服を』D・ラピエール&L・コリンズ(ハヤカワ文庫)

『へろへろ―雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』 鹿子裕文(ナナロク社)

『モリー先生との火曜日』ミッチ・アルボム(NHK出版)

『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』ランス・アームストロング(講談社文庫)

『つながりあういのち』千石正一(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

 

 1「読書を考える」では、『それでも、読書をやめない理由』デヴィッド・L・ユーリン著(柏書房)を取り上げ、同書を書いたユーリンがここ最近、注意力が散漫になり、本に集中できなくなったことを紹介し、以下のように書いています。

 

「読書をするのはもっぱら夜でした。家族が寝静まってから、本の世界に没頭していました。『ところが最近では、パソコンの前で数時間過ごしてからでないと本を手に取らなく』なりました。しかも少し読むと、すぐに気が散って、いつの間にか『本を置いてメールをチェックし、ネットサーフィンをし、家の中をうろついてからようやく本にもどる』ということを繰り返しているのです」

 続けて、著者はユーリンについて以下のように書いています。

 

「どうしてこんなことになったか、といえば、高速インターネット回線をつないだからだ、と原因はハッキリしています。情報を一瞬で手に入れる楽しさに夢中になって、気がつけばパソコンをフル稼働していました。そんなものはテクノロジーがもたらす雑音だ、と理性が告げるにもかかわらず、その魅力と好奇心につい身をまかせ、『カルチャーに関する世間の騒ぎや、だれかれのブログの更新や、新しいニュースや、とにかく、ネット上のあらゆる叫び声』に、集中力がこま切れにされた自分を発見するのです」

 また、アメリカのオバマ大統領がIT社会に言及したスピーチを紹介した後で、著者は以下のようなある精神科医の言葉を引用するのですが、この言葉が非常に考えさせられます。

 

〈有史以来、今日ほど、人の脳に多くの情報を処理しなければならない時代はなかった。現代人はあらゆる方角から飛びこんでくる情報の処理に忙しく、・・・・・・考えたり感じたりする習性を失いつつある。現代人が触れる情報の多くは表面的なものばかりだ。人々は深い思考や感情を犠牲にしており、しだいに孤立して、他者とのつながりを失いつつある〉

 

 3「仕事を考える」では、『思い出し半笑い』吉田直哉著(文藝春秋)を取り上げ、「人生とは思い出の集積である、思い出を集めたものがひとりの人間の人生だ」という言葉を紹介します。続いて、著者は以下の言葉を紹介しています。

 

〈人がひとり死ぬということは、単にひとつの命が消えるというだけではない・・・・・・私が消えるだけならたいしたことはないが、私が死ぬと、私のなかで私と共に生きてきた何人もの、すでに死んでいる人びとがもういちど死ぬ。今度こそ、ほんとうに死んでしまうのではないか? 死者ばかりではない。たくさんの、すでに失われた風景も永遠に消えてしまうのだ〉

 

 5「社会を考える」では、『広告は、社会を揺さぶった―ボーヴォワールの娘たち』脇田直枝著(宣伝会議)を取り上げ、同書に掲載されたコピーライターの糸井重里氏が西武百貨店の広告について書いた短い文章を紹介しています。それは、「堤清二さんの記憶とともに。」と書かれた特別エッセイで、「ある没になったコピーの思い出」という文章です。 そのエッセイで、糸井氏は以下のように書いています。

 

「『人材、嫁ぐ。』

 これが最初の案でした。書いて『没になった』コピーです。

 その頃は一般的な風潮として、仕事をしている女性が結婚すると『寿退社』などと呼ばれ、退職するのが当たり前でした。しかし西武流通グループでは、それではあまりに惜しいので、『再就職』の道をひらき、職場へのカムバックを歓迎しよう、という新たな人事制度を作り始めていました」

 しかし、当時飛ぶ鳥を落とす勢いのコピーライターであった糸井氏の「人材、嫁ぐ。」を見て、西武百貨店の堤清二社長は良い顔をしませんでした。そのときの様子を、糸井氏は以下のように書いています。

 

「『最も喜びに満ちた、ひとりの女性の、大切な人生のイベントを・・・・仕事が大好きで生産性やら効率やらのことばかり考えている西武百貨店のお偉い方々は、「ああ役立つ人材が嫁いで行く」というふうに見ているんですか? ひとりの人間として祝福されるべき結婚式の花嫁姿を目にして、人材が嫁ぐと考えているんですか』

 語調はだんだん激しくなっていった。

『こんな、企業の論理を、女性たちに押し付けるようなことが、ぼくらのやりたかったことなんですか!』」

 続けて、糸井氏は以下のように書いています。

 

「場は凍りついたはずです。堤さんの怒りの激しさは、想像できます。堤清二という個性を抜きにしてはとても語れません。ただ、この場面のポイントは、『仕事のできるキミには、ほんとうは嫁いでほしくないんだよ』と本音が見え隠れする、そういう企業勝手なコピーでいいのか、という本質的な問いかけです」

 そして、この糸井氏の特別エッセイを紹介した著者は、こう述べます。

 

「『あのときの、堤さんの、あの怒りようは、その後のぼくの考え方に、ずいぶん大きな影響を与えている。企業の依頼でコピーを書くという仕事をしてきて、あの時あんなふうに、自分の考えの根源が問われるのだとわかって、ほんとうによかったと思っている』と糸井さんは書いています。『ぼくにとっても、没になって助かった』『一度も忘れたことのない会議の思い出だ』と」

 

 これを読んで、わたしは堤清二という方に対する尊敬の念を深くしました。

 

 6「生と死を考える」では、『さもなくば喪服を』 D・ラピエール&L・コリンズ著(ハヤカワ文庫)を取り上げます。その書名からしてわたしの興味を引いてやまない本ですが、スペインの実在の闘牛士の話です。スペイン内乱によって家族離散となったマヌエル・ベニテスという少年が、餓死すれすれの生活を余儀なくされます。彼は、苦悩のどん底を這いつくばりながら、数知れぬ挫折にも夢と希望を見失うことなく、「富と名声」の約束された闘牛士になることを目指します。

 著者は、マヌエル少年について以下のように書いています。

 

「ほとんど可能性が閉ざされているかのように思われた狭き門でしたが、やがて天才闘牛士エル・コルドベスとして次第に頭角をあらわし、ついにスペイン中の注目を集める存在となります。そこにいたるまでの苦難の半生を、激動する同時代史、あるいは闘牛に関わるさまざまな人々の個性、この国の精神性と重ね合わせながら、透徹した目で生き生きと描ききった壮大なノンフィクションです。ひとたび目にすれば決して忘れられないタイトルは、本書の冒頭に掲げられた『マヌエル・ベニテス"エル・コルドベス"が姉に語ったことば』から取られています」

 闘牛士エル・コルドベスは、最強の猛牛に挑む弟の身を案じて涙を流す姉のアンへリータに対して、「泣かないでおくれ、アンヘリータ、今夜は家を買ってあげるよ、さもなくば喪服をね」と言うのでした。 このセリフについて、ノンフィクション作家の井田真木子氏は著書『かくしてバンドは鳴りやまず』(リトル・モア)で以下のように述べています。

 

〈"喪"という言葉を、こんなにも優しく、しかし乾いた語感で、また正確に"生"と鮮やかに対比して使った例を、私はそれまでに見なかった。家を買う行為は、すなわち生きることである。しかし、それに失敗したときでさえ、人間には喪服を購う儀式が残されている。生と死は、その間に"喪"という時間を挟み込んだとき、初めて、人間にとって親しげでどこか哀しい風景として立ち上がってくるのだ。喪の儀式に送られることなく死んだ人も、喪の時間を何より恐れる人も、そして死について何も考えない人も、いつか心に喪をまとうときをむかえる〉

 

 この素晴らしい文章を書いた井田真木子氏は、1991年に『プロレス少女伝説』で大宅壮一ノンフィクション賞、93年に『小蓮の恋人』で講談社ノンフィクション賞を受賞しています。口語体を用いて市井の人物たちの横顔を描く革新的なノンフィクションで将来を嘱望されましたが、多くの方々に惜しまれつつも44歳で急逝しました。その井田氏が『さもなくば喪服を』の感想を書かれているところに胸が熱くなります。人はいつかはこの世を旅立つが、本は残る。そのことを痛感します。本書『「考える人」は本を読む』に紹介されている25冊の本も、すべては著者の「遺書」なのだと思います。