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知的な老い方』

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No.1429


 54歳になりましたが、これからは知的に老いたいと願っています。
 ということで、『知的な老い方』外山滋比古著(だいわ文庫)を読みました。
 著者は1923年愛知県生まれ。東京文理大学英文科卒。お茶の水女子大学名誉教授。東京文理科大学英文科卒業。雑誌『英語青年』編集、東京教育大学助教授、お茶の水女子大学教授、昭和女子大学教授を経て、現在に至る。文学博士。英文学のみならず、思考、日本語論などさまざまな分野で創造的な仕事を続け、その存在は、「知の巨人」と称されています。著書には、およそ30年にわたりベストセラーとして読み継がれている『思考の整理学』(筑摩書房)など多数。

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   本書の帯


 本書の帯には、「93歳『知の巨人』が語る、50代から楽しく生きる方法」「212万部のベストセラー『思考のせいりがくの著書』」と書かれています。
 著者は、周囲の人から「変わりもの」と数十年間言われ続けたそうです。しかし、その人は人生を楽しむ達人でした。本書には、東大・京大生が最も支持する大学者が明かす、人生を楽しみつくす術が示されています。人生の後半戦に向けて、 日本一パワフルで好奇心旺盛な大先輩から「悔いなき人生」の送り方を学ぶ本です。

 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。


「人生100年時代をどう生きるか―はじめに」
第1章 スタイリッシュ・エイジング―かっこよく年をとる
第2章 生きがいのつくりかた
第3章 知的な生活習慣
第4章 緊張感をもって生きる
「有終―あとがきに代えて」

 「人生100年時代をどう生きるか―はじめに」には、以下のように書かれています。


「私は、当年とって、93歳。若いときは体が弱くて、いつまで生きられるか、とまわりから思われていたらしい。喘息の持病もあって、たえず勤めを休んでいたので、ろくに仕事もできないまま、憂鬱な日々を送っていた」

 第1章「スタイリッシュ・エイジング―かっこよく年をとる」の「美しく生きる努力」では、著者は「浜までは海女も蓑着る時雨かな」という瓢水の俳句を紹介し、以下のように説明しています。


「海女はいずれ海に入るのである。時雨が降っていても、どうせ、濡れるのだから構うことはないとしてもよいところだが、さすがにたしなみは忘れないで、蓑を着ていく。その心を美しいと見た句であろう」

 それから、著者は以下のように述べています。


「人間は、なにかというと、"どうせ"ということをいって、甘える。たしなみを失い、努力を怠る。みっともないことを平気でする。いやしいものである。しっかりした生き方をするものは、ぎりぎり最後の最後まで、わが身をいとい、美しく、明るく生きることにつとめる。
 どうせ、年老いたのだから、年寄りだから、いまさら面倒なことはごめんこうむりたい。どうせ退職したのだから、これからは、悠々自適で余生をすごす、などという。その実は、なまけて、なり行きまかせに生きていこうというよくない心にふりまわされているのである」

 「スタイリッシュ・エイジング」の冒頭では、著者はこう述べます。


「アメリカで高齢者問題が関心をあつめるようになったのは、たしか、1980年代の中ごろであった、と記憶する。もともと若者の社会であるアメリカのこと。ひとしく、若さを保ちたい、永遠の青春を享受したいという志向がつよい」

 それから、著者は、リズ・カーペンター女史の名前をあげ、「経歴のくわしいことはよくわからない。ジョンソン大統領夫人の第一秘書であったということくらいしか知られていないが、彼女のいったスローガンははなはだ有名である。人間はすべからく、カッコよく生きなければならない。スタイリッシュ・エイジングには、3つ心がけなければならないことがある、という」と述べています。

 そして著者は、リズ・カーペンター女史による「スタイリッシュ・エイジングの3つの心がけ」を以下のように紹介します。

 

 いわく、招待を受けたら断るな

 いわく、どんどん人を招いてご馳走せよ
 いわく、なにがなんでも、恋をせよ


 著者は、これについて以下のように述べています。


「つまり、ひとりでいるな、ということであり、人と会ってたのしく食事をすることを忘れるな、であり、好きな人をもて、ということになる」

 「晩学に取り組む」では、木彫家として知られる平櫛田中の逸話が紹介されます。このすぐれた彫刻家は、95歳か6歳のとき、新たに10年分の木材を購入したといいます。この話に感ずるところがあったのでしょう。著者は以下のように述べています。


「はや93歳である。これから10年生きる保証はないし、可能性も小さい。そもそも、いまさら、原稿用紙を作るのがおかしいくらいである。そう思っていたが、ふたたび田中のひそみに倣うこととして、3千枚を注文した。ムダになるとは考えない。使い切ってみせると意気込んだ」

 第2章「生きがいのつくりかた」の「おカネを味方にする」では、著者は以下のように述べています。


「老後にとって、もっとも大切なものは、カネである。まだ若いうちだったが、そういう結論に達した。病弱だったから、老後をまたずして、仕事を失うおそれがまったくないわけではなかった。備えは早いほどよい」

 「人にご馳走する」では、著者は「桃太郎」の昔話を取り上げます。


「桃太郎は、サル、キジ、イヌに、キビダンゴという供応をしたために、大将になって仲の悪い3者の争いをおさめ、平和を招来することができた。いくら桃太郎がすぐれた英雄であったとしても、"おれについてこい"と号令をかけるだけだったら、てんで相手にもされなかったにちがいない。
 ホースト、主、主人になるには、ご馳走が欠かせない。逆にいうなら、酒食のもてなしができれば、いかなる人とまではいえないにしても、たいていの人間が『主』となることはできる」

 第3章「知的な生活習慣」の「朝を活用する」の冒頭を、著者は以下のように書いています。


「朝、床の中で目をさまし、ああ、生きていたのだ。そう思うことが、50くらいのときから、ときどきあった。健康がよくなかったころである。年をとってきてからも、やはり、朝、目をさまして、ああ、生きている、生まれかわったと思うことがときどきある。死ななくてよかった、というのと、新しく生まれた、とは、大違いである。年をとってきて、だんだん積極的な考え方をするようになった、ひとつのあらわれである」

 また、著者は早起きの効用について以下のように述べます。


「小説家が、夜を徹して、原稿を書くのが当たり前のようになっていた大正から昭和にかけてのころ、もっとも人気が高く、もっとも多忙だと思われていた菊池寛が、夜は1行だって原稿を書こうと思ったことがない、といい放った。私は深くこれに感銘し、機械的な仕事以外はすべて、朝へまわすことにきめ、それを『朝飯前の仕事』と呼んでいた。簡単に片付けられるというのではなく、頭のよいときだから、朝飯前の仕事は最高に能率がいいと信じたのである。」

 「『雑談』が健康を生む」では、著者は以下のように述べます。


「200年以上も前の古い話だが、イギリスのバーミンガムに月光会(ルナー・ソサエティ)というのがあった。進化論で有名なチャールズ・ダーウィンの祖父、名医のほまれ高かったエラズマス・ダーウィンを中心に、化学者、牧師、技術者など数名が、毎月、満月の頃に集まって、談論風発、存分にしゃべりまくった。それがただのおしゃべりで終わらず、そこでの話がきっかけ、ヒントになって、大発明、大発見が続出したのである。ジェイムズ・ワットの蒸気機関も月光会での談話がインスピレーションを呼びこんだのだと伝えられる。酸素を発見したプリーストリーという学者もメンバーだった」

 それから、著者はロータリー・クラブに言及し、こう述べています。


「それにつけても感心するのは、ロータリー・クラブである。くわしいことは知らないけれども、ロータリー・クラブのひとつの支部には同業者は原則としていない組織になっているらしい。パン屋のいる支部で、別のパン屋の主人が加入することはできない。どうしてもというのであれば、新しい支部をつくるほかない」

 続けて、著者はロータリー・クラブについて以下のように述べます。


「ロータリー・クラブは毎月、例会をして、会員は欠席しない。旅行中は、旅先の支部の例会に出席するほどである。やはり、会がおもしろいからである。それには同業者がいないという心安さが大きく作用している。人間には、鳥なき里のコウモリになるのをよろこぶ本能のようなものがあるのかもしれない」

 「眠りは、王者の楽しみ」では、著者は以下のように述べています。


「『おはようございます』というのはGood morning『よい朝』である。朝がよいのではなく、朝の気持ち、心地がよいのである。天候の悪い日でも、グッド・モーニングになる。熟睡したあとの早起きは人間をよくしてくれる。1日のうちでいちばんいい人間であるのは朝のうちである」

 続けて、著者は以下のように述べています。


「中国の昔、役所は、日の出とともに開門、仕事を始めた。それで朝廷ということばが生まれたという説がある。早朝の役所は役人も住民も、もっともいい人間になっているから、行政的にも理にかなっていることになる。老人は朝に生きる。朝なら若いものに負けない。夜はさっさと寝るにかぎる」

 第4章「緊張感をもって生きる」の「期待に生きる」では、著者は以下のように、ある調査を紹介しています。


「北欧のノルウェイで、おもしろい調査が行われた。中年のサラリーマン2000人を集める。それを2つのグループに分けて、1000人ずつにする。
一方のグループにはまったく何もいわず、何もせず、そのままにしておいた。他方のグループには何人もの医師をつけて、定期的に健康のアドバイス、診察を行った」

 続けて、著者は以下のように述べています。


「医者つきのグループの方が、健康になるだろうと想像するが、実際は、おどろくべきことといってもよい、その逆であった。2年後に、両グループの健康状態をチェックしたところ、医師からいろいろと注意を受けていたグループの方が、不健康で病気にかかっている人が多いという結果であった」

 また、著者は以下のような調査も紹介しています。


「これは、ヨーロッパのある国の話。社会学の研究者たちが、老人は、いつ死ぬかという調査をした。亡くなった人の誕生日を調べて、亡くなったのはその前か後か、というのである。それによると、死亡率は誕生日の50日前くらいから急に低下する。つまり、死ななくなる。誕生日で最低になる。当日に亡くなる例はほとんどない。ところが誕生日がすぎると、また、死亡率が急上昇する。もちろん誕生日前よりもはるかに高い」

 続けて、著者は以下のように述べています。


「誕生日前に亡くなる人がすくないのは、たのしい祝いの日を待つ心が、活力になっているのであろう。ところが、お祭りのようなたのしい日がすぎれば、また、当分は、黄昏のような日々がつづくことになる。やれやれ、と思うと、急に活力が抜ける。それを見はからうように、死神が、"そろそろ参ろうか"と近づくというわけになるのか」

 「ホテル暮らしのすすめ」では、著者は「ウチで家族の世話になりたくありませんし、老人ホームはきらいです。それでホテルに住んでいます」という人を紹介し、以下のように述べています。


「だんだん年をとってきて、ついの住みかをどこにするのかを、ぼんやりながらも、考えるようになって、ときどき、さきの老先生のことが頭をかすめるようになった。そうだ、ホテルがある、ホテルがいい。何より、しめっぽくない。年寄りくさくない。きれいで明るく、設備も申し分がない。
 ありがたいことに、きれいに片付いている。整頓下手の人間には、カバンひとつでホテル住いというのは、たいへん魅力的である。いくら散らかしても、毎日、掃除をしてくれるから、心配ない」

 それから、著者は以下のように述べています。


「老人はうちに引きこもってはいけない。
 とにかく外の空気を吸うのが心身のためによい。ホテルは1日中、"外"にいるようなもの。よくないはずがない。
 問題はやはり、費用である。かねて、年をとっていちばん頼りになるものはカネであるという信念をもっている。老後を快適にすごすのに先立つものが心細い、というような無様なことにならないだけの用意はある」

 「有終―あとがきに代えて」では、著者は以下のように述べています。


「自然も掉尾のスパートを忘れることがない。
 ひとは春の花のひとときを賞で、われを忘れるけれども、花の命は短くて気がつけば青葉になっている。
 秋になると早々に落葉が待ちうける。
 かつて花を誇った草木はおおむねあわれな枯葉にならなくてはならないが、花どきはどこにあったかというようなもみじ、かえでが燃えるような紅葉で秋を色どる。寒さのきびしいところほど色あざやかであるというのは、紅葉の示すモラルかもしれない。温暖の地では望めない円熟である。
 白秋の花、紅葉には青春の花にない華麗さがある。心ある人間は、もみじにあやかって秋色を願う。年老いたものが、めいめいの白秋を有終の美で飾りたいと考えても、あながち不遜ということはあるまい」


 まさに、人生の四季。この文章は、大変な名文であると思いました。美しく人生を修めたいと願っている人に、本書は多くのヒントを与えてくれます。