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キング・コング入門』

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 No.1423

 

 『キング・コング入門』神武団四郎著(洋泉社)を読みました。

 1933年の大恐慌時代のアメリカで生まれた映画『キング・コング』は、怪獣映画をはじめとする、あらゆる娯楽映画のパイオニアとなりました。

 わたしのブログ記事「キングコング:髑髏島の巨神」で紹介した最新作までの8作品とあまたの亜流映画を解説するキング・コング映画の入門書です。


 本書の表紙カバーには1933年版の『キング・コング』のスチール写真が使われ、「怪獣、スペクタル、スクリーミング・クイーン・・・・・・あらゆる娯楽映画の原点『キング・コング』(33年)。最新作『キングコング:髑髏島の巨神』までの後継作品と亜流映画を解説するキング・コングの映画史」と書かれています。

 

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    本書の帯

 


 帯には『キングコング:髑髏島の巨神』の写真が使われ、「世界で最も愛されるモンスター キング・コングのすべて!」と書かれています。

 カバー前そでには、以下のような内容紹介があります。

 

「謎の島、髑髏島に足を踏み入れた稀代の興行師カール・デナムは叫んだ。『"世界にはまだ謎がある"と信じていた。それを人々に見せよう。映画の入場料だけで。キング・コング! 世界第8の不思議!』

 美女と野獣、文明と野蛮。今もなお多くの映像クリエイターに影響を与え続ける伝説の怪物キング・コングを論じきる!」

 

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    本書の帯の裏

 


 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

 

第1章 『キング・コング』(33年)vol.1 高橋ヨシキ  

第2章 『キング・コング』(33年)vol.2 山崎智之  

第3章 『コングの復讐』(33年)と亜流作品 神武団四郎  

第4章 『キングコング対ゴジラ』(62年) 原口智生  

第5章 アニメの『キングコング』(67年) 金田益実  

第6章 『キングコングの逆襲』(67年) 中島紳介  

第7章 キングコングの美女 澤井健  

第8章 キングコング役者たち 大口孝之  

第9章 『キングコング』(76年) 中子真治

第10章 『キングコング2』(86年) 青井邦夫

第11章 コングスプロイテーション      

      世界のコングスプロイテーション Bazil      

              『北京原人の逆襲』(77年) 友井健人

第12章  『キング・コング』(05年) 神武団四郎

第13章  コングの対戦怪獣 岡本英郎

第14章  キングコングのVFX 大口孝之

第15章  『キングコング:髑髏島の巨神』(17年) 神武団四郎
  
 第1章「『キング・コング』(33年)Vol.1」では、映画評論家の高橋ヨシキ氏が述べています。

 

「キング・コングは映画史上最も愛された、最も重要で、最もアイコニックなモンスターである。このことは、コングがキャラクターとして完全である、というおそるべき事実と密接に結びついている。 コングが人々の心をとらえて離さない理由のひとつは、『キング・コング』の物語が神話として機能しており、コングのうちに我々が自分たちの見たいものを見出すからだ。コングは人間存在の写し鏡であり、またすべてを内包する神話的なキャラクターであるがゆえに、時代や場所を問わず、その物語に触れた人々を圧倒し魅了する」
  
 また高橋氏は、コングについて以下のようにも述べています。

 

「キング・コングは単なる『巨大な猿』ではない。よく知られていることだが、初期段階におけるコングは人と猿、双方の特徴を備えたものとして構想されていた。小説家エドガー・ウォーレスが手がけた初稿『The Beast(野獣)』のコングは完成版に比べて「よりおとなしく、人間的だった」とされ、それはコングがヒロインのシャーリー(のちのアン・ダロウ)を船員の1人によるレイプから救出する、という場面などに表れていた」


 続けて、高橋氏は以下のように述べています。

 

「ウォーレス版の脚本ではもうひとつ、最後にコングがエンパイア・ステート・ビルディングを直撃した雷によって死ぬ、という点も完成版と大きく異なっていたが、これは脚本執筆の参考用に共同監督メリアン・C・クーパーがウォーレスに観せた映画『フランケンシュタイン』(31年)が影響していると思われる(ほかに『魔人ドラキュラ』(31年)もクーパーはウォーレスに観せていた。どちらも当時の大ヒット映画であり、モンスター映画でもあるため参考にしてほしいとクーパーは考えたのだった)」
  
 33年版『キング・コング』の衝撃の背景には、ゴリラという新発見動物の存在感がありました。高橋氏は以下のように述べます。

 

「ゴリラが一種の『ミッシング・リンク』であり、『黒人と猿の中間にある存在』だとする、現代の感覚からすると言語道断な俗説は19世紀半ばに生まれたものだが、『キング・コング』が公開された1930年代のアメリカにおいて、まだその俗説は命脈を保っていた。その格好の例が、1920年代から30年代にかけてリングリング・ブラザーズ&バーナム&ベイリー・サーカスで人気を博した『ワイルド・ダンシング・ブッシュマン』こと〈クリコ〉である。〈クリコ〉は南アフリカから連れて来られた人物だったが、彼は一種の『亜人間』として見世物にされていたわけであり、コングもまた〈クリコ〉と同じように『亜人間』として考えられたモンスターであった」


 また、高橋氏はコングの本質について以下のように述べます。

 

「コングは人であり、獣であり、神でもある。 もともと髑髏島で神として崇められていたコングが、文明社会ニューヨークに連れて来られて見世物に身をやつす、という『キング・コング』の物語は、一種の失楽園ものとして考えることもできる。ただし、楽園から追放されたのは聖書と違って神=コングのほうであった」
  
 続けて、高橋氏は「神」としてのコングについて述べます。

 

「髑髏島は神々の世界である。跋扈する恐竜やモンスターたちはそれぞれ人間を遥かに超える力をもった神のようなものだが、そうした神々を圧倒する最強の神としてコングは立ち現れてくる。言ってみればギリシャ神話のゼウスのような存在であり、ゼウスがそうであったようにコングは性欲の塊でもある」

 さらに高橋氏は、キング・コングについて述べています。

 

「このように、キング・コングには『人』『獣』『神』の三要素が同居しており、そのことがコングを数あるモンスターの中でも特別な存在にしている。コングは神であるがゆえに畏怖の対象であり、人間であるからこそ共感することが可能で、獣であることの限界を乗り越えられないがために憐憫を誘う。キング・コングはこのようにアンビバレントな感情を喚起する存在であり、キャラクターの奥行きがおそろしく深い」

 

 高橋氏は、「すべては『キング・コング』から始まった。」として、「『キング・コング』はすべてのモンスター映画、すべての特撮映画の父でもある」と喝破し、さらに以下のように述べています。

 

「ストップ・モーション・アニメーションが重要な役割を占めていることはもちろんだが、『キング・コング』が数々の技術的ブレイクスルーによって―そのほとんどがウィリス・オブライエンの天才の発露だったわけだが―スクリーン上で現実と幻想をシームレスに交錯させたことによって、映画自体のあり方が永遠に変わってしまったと言ってもいい。そして人々は『キング・コング』を愛した。アクション、アドベンチャー、ホラー、モンド、それにロマンス・・・・・・ありとあらゆるエンターテインメントの要素がぎゅう詰めになった『キング・コング』は現在でも究極の娯楽映画としてそそり立っている」
  
 『キング・コング』にはアンという美女が登場します。高橋氏は述べます。

 

「『キング・コング』は『美女と野獣』の話だとよく言われる。それは一面では正しい。だがそれは人間の視点から見たときのことだ。コングの視点から見たときの『キング・コング』は失楽園の物語であり、神々の時代の終わりを告げる物語でもある―その一点においてピーター・ジャクソンが再リメイク版の『キング・コング』と『ロード・オブ・ザ・リング』両方を監督したことの意味は再検討に値する。とはいえ、『指輪物語』の原作が執筆されたのは1950年代のことであり、ここでもオリジナル版『キング・コング』が限りないポテンシャルを秘めていたことは明白である」

 第2章「『キング・コング』(33年) vol.2」では、音楽ライターの山崎智之氏が「秘境映画としての『キング・コング』」として以下のように述べます。

 

「クーパーが新作映画の着想を得たのは、探検家W・ダグラス・バーデンのコモド島での思い出を聞いたときだった。巨大なコモドドラゴンの存在を知った彼は、アフリカでゴリラと戦わせて、それを映画にしたらどうか?・・・・・・と思い立ったのである。ただ、そのアイデアは距離的にも経費的にも現実的でなく、モデル・アニメーションを使って撮影することになった。そこでクーパーが白羽の矢を立てたのが、ウィリス・H・オブライエンだった」

 

 『キング・コング』が単なる怪獣映画ではなく、コングとヒロインのアンのラブストーリーだったことも、その物語に深みをもたらすことになりました。髑髏島でコングがアンの衣服を指先で引き裂き、その指をクンクン嗅ぐシーンもありますが、それは土人食いちぎりシーンと同様、公開当時カットされ、1970年代に元の位置に戻されました。山崎氏は以下のように述べます。

 

「『コング』の性的なアレゴリーについては、それだけで1冊の本ができてしまう。劇作家のケネス・バーナードは随筆『King Kong:A Meditation』で巨大なコングとアンの出会いを"初夜で夫の巨根を見た新妻"に喩えており、コングのペニスが平常時で6フィート、勃起時で12フィートと推定している」
  
 山崎氏は「恐慌の時代の神」として、以下のように述べています。

 

「コングは本作において、さまざまな表情を見せてくれる。巨大なゴリラ(に似た類人猿)である彼は時に"怪獣"であり、時に"登場人物"だ。彼は髑髏島という遊び場で毎日トムとジェリーのように恐竜たちと戯れる(たまに殺してしまったりする)"幼児"であり、壁の向こうの土人たちに畏怖され崇拝される"神"だ。ニューヨークの劇場で見世物にされる彼は十字架にかけられたイエス・キリストだし、大恐慌期のアメリカをぶっ壊す姿はカタルシスを伴っていた。文明に殺される野蛮人というモチーフ、エンパイア・ステート・ビルディングから転落するロング・ショットを射精と捉え、20世紀における"イノセンスの喪失"と解釈する人もいた。幾つものモデルと実物大の頭部を使用したため、シーンによってコングの顔が異なっているが、それもまた彼の複雑さを象徴している」
  
 そして、山崎氏は以下のように述べるのでした。

 

「コング現象はアメリカに留まることなく、ヨーロッパや日本にも拡がっていく。日本では1933年9月1日に大阪、14日に東京で公開されて大ヒット。早速『和製キングコング』『江戸に現れたキングコング』などの便乗映画が作られた。1947年には手塚治虫が漫画『キングコング』を発表しているが、描いた頃はまだ映画を観ておらず、『巨大な猿をキングコングというのかと思っていた』そうだ。『キング・コング』は冒険物語であり寓話、宗教、文化である。閉ざされていた髑髏島の門が開いたのが、1933年だったのだ」


 第3章「『コングの復讐』(33年)と亜流作品」では、映画ライターの神武団四郎氏が「西部劇の香りを漂わせた『猿人ジョー・ヤング』として、33年版『キング・コング』の特殊撮影を担当したウィリス・オブライエンを取り上げ、以下のように述べています。

 

「オブライエンはスタジオシステムの肥大化で関連業務が増えたことから、テクニカル・クリエーターとして特撮シーンの場面構成などディレクションや統括に専念。ストップモーション・アニメは、アシスタントに任せることにした。そして雇われたのが、後にオブライエンの後継者として活躍するレイ・ハリーハウゼンだった」
  
 続けて、神武氏はハリーハウゼンについて以下のように述べます。

 

「13歳のときに観た『キング・コング』に衝撃を受けたハリーハウゼンは、見よう見まねでストップモーションの自主映画作りを開始。高校生のときにファンとして訪問したのを機に、オブライエンと交流をもつようになった。子ども向けの人形アニメで実績を積んだハリーハウゼンの腕を見込んだオブライエンは、彼をチーフアニメーターとして『猿人ジョー・ヤング』に抜擢したのだ」
  
 第4章「『キングコング対ゴジラ』(62年)」では、特殊メイクアーティストの原口智生氏が「キングコングとゴジラと円谷英二」として述べています。

 

「円谷英二監督が1作目の『ゴジラ』(54年)を作る際、『キング・コング』(33年)を参考にしたのは有名な話です。そもそも巨大な怪獣が大都会に現れて街を破壊するというシチュエーションは『キング・コング』がパイオニアですから、その20年後に作られた『ゴジラ』にも、影響が随所にあって当然でしょう。端的に分かりやすいのは、キング・コングがニューヨークで高架線の電車を襲うシーンがありますが、ゴジラが品川で東海道本線を破壊するくだりはそのままです。電車の運転席からの主観カットがあるし、運転手が慌てて急ブレーキをかける展開も完全に同じです」


 また、原口氏は以下のように述べています。

 

「『ゴジラ』では、ゴジラによる火災の消火に向かう消防車がクラッシュする瞬間や、日劇を破壊する前に尻尾を振るうゴジラの動きに、短いカットながらコマ撮りが使われています。これも影響であり研究の成果でしょう。そもそも、円谷監督は『キング・コング』同様に『ゴジラ』をモデルアニメで撮影したいのが本音ながら、短期間で完成させるため、ぬいぐるみとミニチュアセットによる撮影を選択したといわれています。しかし、ミニチュア特撮は、破壊シーンの破片の崩落など重量感があり、リアリティでコマ撮りに勝る長所もあります。結果、ゴジラはキング・コングよりも巨大で重く、パワフルな怪獣というキャラクターづけが果たされました」
  
 原口氏は、「東宝創立30周年記念映画」として以下のように述べます。

 

「世界で一番有名な怪獣のキング・コングとゴジラが戦う。これ以上ないほど分かりやすく、キャッチーな企画です。当時助監督だった梶田興治さんの回想では、キング・コングの使用許諾を得るために、東宝は当時の金額で8000万円を払ったといいます。

 黒澤明監督の『天国と地獄』(63年)や、稲垣浩監督の『忠臣蔵 花の巻 雪の巻』(62年)と並んで、『キングコング対ゴジラ』は東宝創立30周年作品でした。ゴジラシリーズの中では最もコメディ色が強い作品です。当時ヒットしていたクレージーキャッツのサラリーマン喜劇の突き抜けた面白さが怪獣映画にプラスされて、この時期の東宝を象徴する1本になっています」
  
 『キングコング対ゴジラ』は、怪獣同士が対決する初めての映画でした。 神武氏は、この点について以下のように述べています。

 

「タイトルに『対』を使った東宝怪獣映画はこれが初めてで、以後は対決ものが怪獣映画の定番になりました。監督は『ゴジラ』第1作以来の本多猪四郎監督、特技監督は円谷英二監督です。当時はプロレス人気が高く、円谷監督もそこを意識して、この映画の演出プランを『徹底してプロレス』と語っています。タイトルも直球でプロレスチックです」

 

 『キングコング対ゴジラ』のエンターテインメント性について、神武氏は「徹底した怪獣プロレス」として以下のように述べます。

 

「くどい説明をせずに、さっさと戦いにもっていく。また、キングコングで視聴率が低迷するテレビ番組のテコ入れを狙う有島一郎さんの多胡宣伝部長が暴走して、コングにはパシフィック製薬、ゴジラにはセントラル製薬、それぞれにスポンサーがついていて、ライバル会社の代理戦争という恰好にショーアップされている。プロレスであり、パシフィックとセントラルという言葉で分かる通り、怪獣日本シリーズという趣きもあって、どこまでも戦いを盛り上げています」

 

 続けて、神武氏は『キングコング対ゴジラ』を語ります。

 

「『コングが勝つか? ゴジラが勝つか?』というキャッチコピーそのままの映画です。南の島と北極から始まって、最後は富士山ですし、お城も派手に壊して、お祭り感に満ちています。ゴジラ映画に盛り込まれがちな核兵器への批判とか、文明批判とか、説教臭さは、かけらもない。『ゴジラの逆襲』の殺し合いじみた戦いと比べて、登場人物がみんな、プロレスの試合を観て興奮する観客のようです」
  
 第5章「アニメの『キングコング』(67年)」では、書籍・映像の構成文筆家である金田益実氏が「外国アニメのキャラクター」として述べています。

 

「日米合作『キングコング』の中間パートは『001/7親ゆびトム』。世界一大きいキングコングと、世界一小さい諜報部員トム&ジャックによるアニメショーである。放送はアメリカ先行で、三大ネットワークのABCにより、1966年9月6日からスタートした」

 

 このアニメ『キングコング』は、わたしも幼少期に観ました。

 「嵐も地震も恐竜もキングコングにゃかなわない♪」という歌詞を今でも記憶しています。
  
 それにしても、なぜ「キングコング」のアニメ製作を日本へ依頼したのでしょうか。それには理由がありました。金田氏は以下のように述べます。

 

「外国アニメが我が国で放送されていたように、アメリカでも日本のテレビアニメが放送され評判になっていたからだ。1965年にTBSから放送されたハンナ・バーベラの『JQ(Jonny Quest)』が30分1話完結ストーリーで、キャラクターや内容もリアル路線だったのは日本作品を意識していたと思って良いかもしれない。同時期にワーナーブラザース・セブンアーツは、日本に『MARINE BOY』(『がんばれ!マリンキッド』、改題『海底少年マリン』)を発注していた。国産アニメと特撮映画は、昭和30年代から各国に輸出されていたが、テレビはアニメのほうが先で、その第1号がNBCから放送された『ASTROBOY』=『鉄腕アトム』。続いて『GIGANTER』=『鉄人28号』、『TOBOR The 8th Man』=『エイトマン』が海を渡った」
  
 第13章「コングの対戦怪獣」では、映画監督の岡本英郎氏が、キング・コングのモデルであるゴリラについて以下のように述べています。

 

「日本人的には、なんだよただのゴリラかよとの向きも多いかもしれませんが、暗黒大陸と言われていた時代のコンゴで見つかった未知の獣人は、怪獣と同等の驚きがあり、1902年、マウンテンゴリラ発見のニュースで全世界に与えた当時の衝撃は計り知れないものがあったはずでしょう」

 

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    力道山と死闘を繰り広げたプロレスラーのキングコング 

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   超獣ブルーザー・ブロディも「キングコング」を名乗った

 


 また、「東宝キングコング映画の好敵手たち」として、岡本氏は「亜流コング映画が作られる中、オフィシャルコング映画、『キングコング対ゴジラ』が公開。コング誕生から29年の歳月は、新たなる怪獣王を極東から誕生させてしまいました。キング・オブ・モンスターの王座をかけて戦う様は、完全にプロレスでした。ゴジラは60年代当時に人気だった豊登というレスラーのムーヴを見せます。体の前で両腕を交差させ『カポン、カポン』させるアレです。ちなみにプロレスと言えば、『ゴジラ』が公開された1954年の翌年にキングコングというリングネームのレスラーが来日し、力道山と互角の戦いを展開。以後、キングコングを名乗るレスラーが続々と登場しています」と述べています。力道山と死闘を繰り広げたキングコング以後では、キングコング・ブルーザー・ブロディ、キングコング・バンディなどが有名です。最近では、新日本プロレスの真壁刀義も「キングコング」を名乗っているようですね。外形的に最もキングコングに似ているのは真壁でしょうか?
  
 また、岡本氏はプロレス的に見た『キングコング対ゴジラ』について以下のように述べるのでした。

 

「『キングコング対ゴジラ』での特筆すべき点は、プロレスにおける逆転を描いたことにあります。相手の攻撃を受けに受けて空手チョップで反撃する力道山の試合の組み立てをコングでやらせた。ゴジラのカンガルーキックで気を失ったところに突然発生した雷が落ち、素のままだったら完敗していたコングがパワーアップして逆転します。コングの指先から放電してゴジラの動きを止め低空ながらもジャイアントスイング、ボディスラムも次々に決めていきます。この一連の流れからコングは大木をゴジラの口に差し込み、33年版のスチールでしかなかった攻撃を実現させました。熱海城破壊から組み合ったまま海に落下したのは、プロレスで言うところの両者リングアウトといった趣でしょうが、海上に姿を現すコングにカウントギリギリのリングアウト勝ちと見る向きもあります」