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スエデンボルグ』

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No.1402


 『スエデンボルグ』鈴木大拙著(講談社文芸文庫)を読みました。
 「禅」を世界に広めた近代日本を代表する仏教者・鈴木大拙が、その思想形成において多大な影響を受けたスウェーデンボルグの神秘主義神学の精髄を広く一般読者に向けて解説した内容です。日本人である大拙が書いたゆえに、日本人にとってはスウェーデンボルグの思想を知るための最適の入門書となっています。

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   本書の帯


 帯には「仏教、キリスト教の枠を超えて衝撃を与えた神秘主義神学者の懐深く分け入った画期的評伝」と書かれています。
 また、帯の裏には以下のように書かれています。


「神学界の革命家、天界・地獄の遍歴者、霊界の偉人、神秘界の大王、古今独歩の千里眼、精力無此の学者、明敏透徹の科学者、出俗脱塵の高士、之を一身に集めたるをスエデンボルグとなす。吾国今や、宗教思想の風雲、漸くまさに急ならんとす。精神を養わんとするもの、時世を憂うるもの、必ず此人を知らざるべからず。これ此書の成れる所以。―鈴木大拙『スエデンボルグ』序」

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   本書の帯の裏


 カバー裏には、以下のような内容紹介があります。


「若き日にアメリカで仏教の研究、紹介に専心していた屈指の仏教学者・鈴木大拙が衝撃を受けたキリスト教の神秘主義神学者・スウェーデンボルグの人物像と思想を広く一般読者に伝えるために著した評伝。主著『夭界と地獄』の翻訳に続き、安易な理解を拒絶するその思想の精髄を見事に析出し、入門にも好個の一冊。同じく大拙訳『新エルサレムとその教説』を併録」

 本書の「目次」は、以下のようになっています。


「スエデンボルグ」
「新エルサレムとその教説」スエデンボルグ著、鈴木貞太郎(大拙)訳
参考資料「大拙とスウェーデンボルグ その歴史的背景」吉永進一
解説「『霊性』と『浄土』の起源」安藤礼二
「略年譜 鈴木大拙」

 第一「諸言」の冒頭を、大拙は次のように書き出しています。


「スエデンボルグの名は吾国にては余り人に知られず。ルーテル、ウエズレイ、ジョン・フォックス、カルヴィンなど云えば、多少泰西宗教のことに注意するものは、その名を知りおることならん。されど今より150年ほど前に当り、瑞典の国に古今独歩の神学者興り、天界・地獄を親しく巡見したるのみならず、天界の主なる人にさえ面謁し、これと談話を交え、神学上・哲学上・心理学上の新発見を為したることありと云うに至りては、これを知る人甚だ多からず」

 また、大拙はスエデンボルグについて、以下のように説明します。


「彼は天界と地獄とを遍歴して、人間死後の状態を悉く実地に見たりと云うが、その云うところ如何にも真率にして、少許も誇張せるところなく、また之を常識に考えて見ても、大に真理に称えりと思うところあり。是れスエデンボルグの面白味ある第1点なり。
 此世界には、五官にて感ずる外、別に心霊界なるものあるに似たり、而して或る一種の心理情態に入るときは、われらも此世界の消息に接し得るが如し。此別世界の消息は現世界と何等道徳上の交渉なしとするも、科学的・哲学的には十分に興味あり。是れス氏研究の第2点なり」

 続いて大拙は、スエデンボルグについて説明します。


「スエデンボルグが神学上の所説は大に仏教に似たり。我を捨てて神性の動くままに進退すべきことを説くところ、真の救済は信と行との融和一致にあること、神性は智と愛との化現なること、而して愛は智よりも高くして深きこと、神慮はすべての上に行き渉りて細大洩らすことなきこと、世の中には偶然の事物と云うもの1点も是れあることなく、筆の1運びにも深く神慮の籠れるありて、此処に神智と神愛との発現を認め得ること、此の如きは何れも、宗教学者、殊に仏教徒の一方ならぬ興味を惹き起すべきところならん。是れスエデンボルグの研究すべき第3点なりとす」

 第三「後半生」では、スエデンボルグの神秘体験について、大拙は以下のように述べています。


「1747年の4月、復活祭の日、スエデンボルグ、教会に詣で聖餐の式に列し、「イエスはわが最善の光なり」と云う讃美歌を聞き、家に帰りたる後、心の蕾開けて、その色みどりなるが如く覚え、その夜に入りて、聖浄極まりなき平和の心持を生じ、恰も天界に上りたる如く感じ、只「聖きかな聖きかな、清衆の主なる神は聖きかな、誉と名と栄とは無上尊のものなり」と叫ぶより外なかりき。これよりして彼は曰う、『神の御心のままなるべし。われは神のものにして、われ自らにはあらず。神よ、わが此事業に恵みを垂れ給え、こはわれ自らのにはあらざればなり。』と。
 此の加くにして彼は56年来の知的生涯を一蹋に蹋翻して、是れよりその死に至るまで、28年の生涯を全く神言の遂行に費すこととなりぬ。而して此28年間における彼が精神上の活躍は誠に目覚ましきほどにて、その剛健不屈なる、壮年の著述家をして其後に瞠若せしむるに足るものあり」

 続いて、大拙は以下のように述べています。


「スエデンボルグは、他の宗教家の如く、実地の活動をなさず、専ら其力を著述の上に注ぎたり。即ち天界と地獄との組織・内容・活動、此処における天人・精霊・人鬼などの生活の状況等を、その霊眼にてみたるまま、神意の許し給うを限りとして、之を人間に伝えんことを勉めたり。彼は此の如く神の命令を果すべき精神の機関たることを信じて疑わざりしが故に、之を遂げんが為めには、拮据経営、少しの労力をも厭わざりき」

 わたしは、かつて名言ブログ「スウェデンボルグ(1)」で「夫婦は一人の天使である」という言葉を紹介しました。その出典は『結婚愛』という書物ですが、本書『スエデンボルグ』では『夫婦の愛』と訳されています。
 大拙は、以下のように述べています。


「1768年、『夫婦の愛』と云う書出ず。スエデンボルグ、此時歳80。こは両性の愛に清濁あることを説く、その清なるは心の愛より出でて両性を結びつくるもの、即ち夫の知性と妻の愛情と和合せるものなり。その濁れるは外に現われたる両性の結合にして、これに様々の変態あり。本書、部を分つこと2、節を重ぬること535。(四折本、328頁、アムステルダム出版。)」

 また、スエデンボルグの遺作についても以下のように言及しています。


「1771年、スエデンボルグ、83歳にして、最後の著述を公けにす、これを『基督真教』と云う、スエデンボルグが一代の神学を組織的に説述せるもの。まず絶対的実在を論じ、それより救主の説を述べ、聖霊、三位の神格、聖典、十誡の外義と内義、信、愛、自由決意、悔改、改心、復活、負罪、洗礼、聖餐、教会の終期、主の来降、新しき天界、新教会につき、章を重ぬること14、節を改むること851、厖然たる大冊子なり」

 スエデンボルグは1772年3月29日に84歳で逝去しました。
 その遺骸について、大拙は以下のように述べています。


「遺骸は倫敦における瑞典の教会に属せる墓場に埋葬したるが、その後136年を経て、即ち1908年(当時予は英国に在りき)、瑞典国王は、同国立学士院の希望を容れ、スエデンボルグの遺骸を本国に移すに決し、之を同国の軍艦に載せて、ウプサラの大寺に改葬す。而して国会は彼を永遠に記念せん為め、大碑石を建てたり。ウプサラの大寺は英日利のウエストミンスターに相応するものにして、茲には其国の大人物を葬る処とす」

 第四「一隻の霊眼」の冒頭を、大拙は以下のように書き出しています。


「近頃日本にても、千里眼とか透視とか云いて、此方面における心理学の研究やかましからざるにあらざるが、スエデンボルグの如きは実に此研究に好材料を供するものと謂って可ならん。天界と云い地獄と云うものを親しく経歴して、その成り立ち、そこに住まえる天人・精霊・悪魔などのことを手に取る如く記述することだけにても、彼は心理学の方面より見て十分に取調べを要する人物なるが、こは亦、その外に宗教上・哲学上の関係もあることなれば、別問題として、此に彼が特に心理学者の攻究の好題目となるは、彼に千里眼的能力あり、また過去を見るの力ありしこと、是れなり」

 第五「人物・生涯」では、スエデンボルグの膨大な著作について、大拙は以下のように述べています。


「スエデンボルグが63年間の著述は驚くべきほど多量なり、之を八折本にして毎冊500頁とせば60巻余となるべし。而もこは彼が著述の全部にはあらず、尚お出版に付せられずして原稿のままなるもの、ストックホルムの国立図書館に保存せられ、学者の研究を待つもの少なきにあらず。而して是等の著述は何れも甚深なる思想を論せるものにして一夜漬の産物にはあらず。固より処処に同一事を繰り返したる如きところあれども、そは彼が天啓の使命を遂ぐるに当りて止むを得ざりしところ、著述全体の品質はこれが為めに毫も損するところあらず。その義兄なるベンゼリアス僧正が、スエデンボルグを以て時間の大経済家となせるは誠に故あり、此の如くならざれば決して此の如き質と量とに富める著作を成すを得ず」

 続けて、大拙は以下のように述べています。


「更に驚くべきは、此の如き著述は何れも彼自ら執筆せるものにして、1人の秘書又は筆記生なるものを用いざるにあり。而して各書冊の順序整然として一糸乱れず、彼は始めはより一種の索引を製しおきたるが故に、次を逐いて書を著わすに当り、既刊の分に対して、皆それぞれの照応・引証を誤まらず、よく系統を存するを得たり。此索引そのものがまた一巻の大著にして、之を見るものはスエデンボルグが如何に多くの格言を残したるかを察し得べし」

 第六「所見・所言一般」の冒頭を、大拙は以下のように書き出しています。


「スエデンボルグが、天界に到り、地獄を廻りたりと云う実験は、果して主なる神の密意によりたるものか否かを論ずるは本書の目的にあらざれば、そはとも角として、氏が此種の実験は其呼吸と大に関係せるものに似たり。而して彼自らも呼吸術につきては深く研究したるところあり。所請る相応の説に由れば、人体の上より見たる肺臓は人の知性に相応し、その心臓は愛と相応せり。而して智と愛との霊的関係は、やがて肺と心との間における関係なり、一を知ればまた他を推し得べし。故に呼吸を調節するは、知性を向上せしむる所以なり。呼吸に内外の別ありて、外的呼吸は塵界より来り、内的呼吸は霊界よりす。人死するときは、外的呼吸息む。されど寂静無声の内的呼吸は綿綿として絶ゆることあらず。人の内的呼吸は尚お肉体的存在を続けつつあるうちは、寂然として之を感ずること難し。此呼吸は全くわが霊の上に備われる真信の裡より出で来るものにして、霊の生命なり。霊界と感応するを得るは此呼吸あるに由る」

 そして、「スエデンボルグ」の最後に、大拙は「黙示録示現」484の以下の言葉を紹介するのでした。非常に含蓄の深い言葉です。


「宗教と云うは、神の為めに、人に対して善をなすこと、即ちかくして神とその行動を一にすること、神よりしてその行動を起すこと、此の如きのみ」

 次に、スウェーデンボルグが書き、大拙が訳した「新エルサレムとその教説」の重要箇所を紹介したいと思います。「隣人に対する愛即ち仁」として、スウェーデンボルグは「隣人」について以下のように述べます。


「隣人とは何の義なるかをまず説くべし、こは、愛の加わるべき客体、仁の及ぶべき客体なればなり。もし、隣人の義、明らかならざれば、仁を施して正しきを得ず、また善悪の弁別を欠くべく、従いてその仁たる所以を失うに至るべければなり。蓋し、悪人は仁恵を受くるによりて、却て害を隣人に加うれども、善人はこれがために善を得べければなり」

 また、「隣人愛」について、スウェーデンボルグのは以下のように述べます。


「人をして隣人たらしむるは愛なること、人は各々、その愛の如何によりて隣人たることは、自愛におるものの場合を見ば、益々、分明を加うべし。自愛の人が隣人として是認するは、おのれを最もよく愛するもの、即ちおのれに所属せるものなり。彼等は、之を抱き、之に接吻し、之に善をなし、之を同胞と呼ぶ、否、彼等はその悪の故に此の人々を呼びて隣人となすこと他人に優れり。自余の人々に至りては、そのおのれを愛するときに之を隣人となせり、即ちその愛の性質と範囲とによりて之を隣人となせり。此の如き人は隣人の起源をおのれの中に求む、そは彼等より見れば、他の隣人たるは、おのれに対する愛によりて定まるが故なり。これに反して、他に優りておのれを愛せざるものは、即ち主の国土に住せる人々の如きは、隣人の起源を、彼等が一切のものに優りて愛せざるべからざるもの、即ち主よりして定むるものとす。彼等は、何人にても、その主に対する愛、及び主より受くる愛如何によりて之を隣人として敬う。これによりて、教会の人は何れより隣人の起源を求むべきかを明にすべし、また、人は各々、主よりする善に従いて隣人なること、従いて善そのものは隣人なることをも明にすべし」

 そして、「天界と地獄」で、スウェーデンボルグは述べるのでした。


「霊の生命を作るもの二あり、愛と信となり。愛はその意志の生命を作し、信はその智性の生命を作す。善所属の愛、及びそれよりなる真所属の信は天界の生涯を作し、悪所属の愛、及びそれよりなる偽所属の信は地獄の生涯を作す」

 参考資料「大拙とスウェーデンボルグ その歴史的背景」の5「宗教から迷信まで」では、宗教学者の吉永進一氏が霊界について述べています。


「そもそも、来世の有無、浄土の存在という問題は、明治維新以降、素朴な実在説が決定的に否定されて以来、いろいろな論が提出された。柏原祐泉の研究によれば、(1)井上円了を始めとする啓蒙仏教家による科学的な立場からの否定論、(2)来世を仏陀の覚知した超越的実在で凡人の認識が及ばないとする不可知論、(3)信仰を得るための方便、(4)主観的実在という条件付きで存在を肯定する立場の4種類があったとされる。第4の立場の代表者が清沢満之であり、「地獄極楽の存在は完全に主観的領域に限定され、信仰的事実としてのみ承認され、定立されることとなった」。確かに、柏原の指摘する通り、近代的浄土観の完成型であったろうが、大正以降スピリチュアリズムが流行した事実から考えてみれば、必ずしも近代人の渇望をすべて満たしたとは言えない。
 他方、スウェーデンボルグの他界観については、バーナード・ラングはそれを人間中心的な他界観であるとして、特徴を4点あげている。(1)天界と地上との間のベールは薄い。(2)天界の生活は、地上での生活の連続と完成と見なされている。(3)天界の人間も進歩しつつある。神への旅は天界でも続く。(4)社会的関係は、天界の生活にとって基本的なものである」

 また、スウェーデンボルグの他界観について、吉永氏は述べます。


「スウェーデンボルグの他界観の特徵は、具休性にあふれていると同時に、霊界と現実界との間が相応(correspondence)関係で密接に結びつけられていて、自然界は霊界の鏡とされる点にある。これを大拙は真言事相の哲学と解釈する。「畢竟ずるに、天地は1つの大なる象徴なり、スエデンボルグの語を用いれば、表象なり。而して之れを了解する唯一の心法は同情的想力に在り。此の想力なくては千種万様の事相即ち象徴を通じて其の裡に密蔵せる大原動力に触るるを得ず」。スウェーデンボルグでは、現実界から霊的意味を解読する可能性は相応の法則によって保証されているが、その法則は仏教にも通底していると大拙は説く。真言密教と比較するという点においては、石堂の比較論の延長線上にある」

 続けて、吉永氏は以下のように述べています。


「しかし大拙の解釈は、そのような『同情的想力』でしか具体的には経験できない世界として他界を限定するだけではなく、日常的で身近な世界そのものが、一種の他界に他ならないと看破したところにその創造性がある。もちろん、娑婆は娑婆であり、浄土は浄土である、人は2つに分かれながらも象徴でつながる世界を抜けることは出来ないと大拙は述べている。超感覚的な他界は存在するが、その姿はスウェーデンボルグのような特殊な人間や、象徴を介することでしか把握できない」

 また、大拙がスウェーデンボルグを高く評価した理由について、吉永氏は以下のように述べています。


「なぜ大拙がスウェーデンボルグを評価するかと言えば、特別な神秘経験ではなく、それが日常のごとく語られ、しかも天界も現実界も主観的価値である境涯という点でまったく同じだからである。『主観的』という言葉が使われてはいるが、信仰の限りにおいて浄土が存在するといった、緊張を強いる他界観とはかなり異なる。宗教経験の特殊な限られた時間の間だけ、経験できるものではない。スウェーデンボルグの他界観には、天界、霊界と現実界の間に主従の関係を置く二元論的な傾向が明らかなのであるが、大拙はその二元論的な部分を見ない。そこに大拙によるスウェーデンボルグの創造的な解釈があるのではないか」

 そして「結語」で、吉永氏は以下のように述べるのでした。


「明治20年代では、スウェーデンボルグ思想は仏教、少なくとも仏教と連続する思想として、比較の対象であった。スウェーデンボルグを核として、スウェーデン系アメリカ人によって西洋神秘思想に重ねて理解された仏教が、さらに日本で解釈されるという、多層化された状況があった。その中で、鈴木大拙がその後試みることになる禅経験の脱文脈化はすでに進んでいたわけである。
 一方、明治40年代になると、スウェーデンボルグ思想が仏教とは別個の思想ということがはっきりする。明治の日本仏教は、自然科学と東洋学という西欧文化のくびきを戦略的に利用することで、知識人階級に対して自己を守ることに成功し、富国強兵という生産性重視の社会的風潮にも対応でき、その限りにおいて問題はなかった。しかしそのために、限界領域の事柄、宗教でなくては答えを考える用意ができない生死の問題を不問に付す結果になった。その問題が改めて突きつけられたのは明治末からである。その貧困な状況に対して、国家の統制による押しつけの道徳や死生観ではなく、大拙は各人の傾向に合致した宗教の自由市場を構想し、選択肢の1つとしてスウェーデンボルグを導入しておく必要性を痛感したのであり、合理主義の風潮の中で喪われた他界の存在を証明し来世の問題に解決をつけてくれるものとして歓迎した。しかし霊魂や来世の有無それ自体が、近代仏教の一部では否定された事柄であり、大拙にとってもその両方を調和させる視点が必要となっていた。「境涯」という言葉で示された、現実界も天界も同等視できる立場は、スウェーデンボルグの他界観に対する創造的な解釈であり、霊魂の有無を問うことのない新しい他界観を提出したとも言えよう。あるいは、寺院内の特殊な状況における、時間的にも限定された心理状態としての神秘経験を、その限定をとりはらい、心理状態ではなく世俗的世界の中に読み込もうとした。それは、大拙の禅解釈につながるものである」

 さらに、解説「『霊性』と『浄土』の起源」の最後に、文芸評論家の安藤礼二氏がスウェーデンボルグの「霊界」について、以下のように述べています。


「スウェーデンボルグの『霊界』は、『浄土』(『極楽』)を理解するために大いに役立つ。しかし、『浄土』(『極楽』)を、いまここで生きるためには充分ではないのだ。極楽と娑婆は隔絶している。だからこそ、その2つの世界を同時に生きるためには『矛盾』を、『非連続の連続』を、生きなければならない。『不生不死』ではなく、死がそのまま生となり、生がそのまま死となる『相互矛盾即自己同一』(『生即死』にして『死即生』という限界にして極限の体験を経なければならない。極楽と娑婆は、霊性と自然性は、法界(霊界)と現実界は、『相応』の調和ではなく、対立し合ったもの同士がその対立のまま合一する、すなわち、異なったもの同士が『同』ではなく『非』であるまま合一されなければならない。『即』によってむすばれ合わなければならない。大拙による『即非の論理』の完成である)」