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パリピ経済』

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No.1333

 

 『パリピ経済』原田曜平著(新潮新書)を読みました。 「パーティーピープルが市場を動かす」というサブタイトルがついています。著者は1977年東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、株式会社博報堂に入社。ストラテジックプランニング局、博報堂生活総合研究所、研究開発局を経て、現在、若者生活研究室アナリスト。「マイルドヤンキー」や「伊達マスク」などの言葉の名付け親としても知られます。また、2013年度の流行語大賞にノミネートされた現代の若者全体を示す「さとり世代」という言葉も世に浸透させました。

 

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   本書の帯

 


 本書の帯には男女のパリピのイラストとともに、「ブームは、ヤツらに聞け!!」と大書され、「セルカ棒、『Instagram』、ハロウィン、リムジンパーティー、ラブホ女子会、『GoPro』etc.」「企業がひそかに注目する、巨大消費の最新モデル」と書かれています。

 

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    本書の帯の裏

 


 またカバー前そでには、以下のような内容紹介があります。

 

「消費意欲がない今時の若者の間で、バブルの再来めいた派手な消費が生まれている。今や国民的行事となったハロウィン、9万人を動員する野外フェスULTRA、ラブホ女子会、リムジンパーティー、オクトーバーフェスト・・・・・・全ての背後にいるのが、トレンドセッター『パリピ(パーティーピープル)』だ。企業もひそかに注視する、彼らの全容を初めて解明。『ヤンキー経済』で若者のかくれたニーズを描き出した著者が満を持して放つ、最新の消費モデル」

 本書の「目次」は、以下のようになっています。

 

序 ハロウィンを流行らせたのは誰か?

第1章 「パリピ」とは何か

パリピは若者トレンドの伝導者

パリピが流行らせたもの

パリピは「アーリーアダプター」である

パリピが目をつけたものは流行る

第2章 パリピのルーツ―トレンドリーダーの系譜

60年代後半~70年代初頭(1)自家用車は超富裕層の証

60年代後半~70年代初頭(2)「トレンドリーダー」不在の時代

70年代中盤~80年代前半 (1)雑誌が流行を作る

70年代中盤~80年代前半 (2)クリスタル族とパリピの違い

80年代中盤~90年代初頭 (1)マスコミに近い大学生がトレンドリーダー

80年代中盤~90年代初頭 (2)渋カジ高校生たちがパーティーを主催

90年代中盤~2000年代前半 (1)大学にイベサーが勃興

90年代中盤~2000年代前半 (2)スーパー高校生 2000年代後半 

大規模人力イベントの終息
「影響力のある若者」の今と昔

第3章 フィクサー、パリピ、サーピー、パンピー

フィクサー【イノベーター】 孤高の表現者たるフィクサーたち

パリピ【アーリーアダプター】 男性版パリピは図抜けた人たらし

セレブに憧れる女性パリピ

イベントオーガナイザーとしての男性パリピ

真の音楽好きはパリピを軽蔑する?

健全な高校生パリピ

ファッション系が多いサブカルパリピ

サーピー/自称パリピ【アーリーマジョリティ】

パリピとサービーを見分ける方法

パンピー【レイトマジョリティ】以降の存在
地方出身パリピと地方在住パリピ

(パリピ・リポート)若者が集う六本木・渋谷エリアのクラブ

第4章 パリピの人生観

【インタビュー】パリピ・Hさん(T大学3年生)

【ヒアリング】福さー・Y君(慶應義塾大学4年生)

パリピとフィクサーはまるで「バブル世代」!?

フィクサーとパリピを隔てるものは「フォロワーか否か」

「カタリスト」であるパリピが地域を活性化する!?

第5章 パリピトレンド大予測―次はこれがくる

パリピの大好物、イベント

パリピのわがままに応えるサービス

快適なパーソナルスペース

かゆいところに手が届くアイテム、アプリ

「あとがき」
  
 序「ハロウィンを流行らせたのは誰か?」では、2015年のハロウィンの市場規模(推計)は前年比11%増の約1220億円に達したことが紹介されています。これは14年のバレンタインデー市場規模(約1080億円)を上回り、11年の560億円からわずか4年で倍増したといいます(日本記念日協会・記念日文化研究所による)。

 では、ハロウィンを流行らせたのは誰なのか。著者は述べます。

 

「その黒幕は、『パリピ』と呼ばれる若者たちです。彼らが若者の間でトレンドセッター(流行の仕掛け人)になっているのです。パリピとはパーティーピープル(party people)の略。パーティーピープル→パーリーピーポー→パリピ。その名の通り、パーティーやクラブイベントに代表されるような、賑やかでキラキラした集まりに参加して大騒ぎするのが大好きな若者たちのことを指します」

 また著者は、パリピについて以下のように説明します。

 

「パリピは都内の大学生や若手社会人を中心とした、高校生から20代後半くらいまでの若者たちで構成されています。彼らは新しいこと、面白そうなこと、派手なことに対する感度が非常に高く、友人が非常に多いのも特徴です。そして彼らが持つ最大の能力は、自分たちが飛びついた新しいモノやコトを、他の若者たちに拡散・伝播できる点にあります。トレンドという観点において、彼らは若者の間で大変強い影響力を持っているのです。逆に言えば、商品やサービスやイベントが「パリピ」の心に刺さりさえすれば、それらは速やかにその他の若者たちに伝わり(場合によっては他の年代に伝わることもあり)、大ヒットしていきます」

 本書では、パリピという人種がいかに現代の若者のトレンドリーダーの役割を果たしているかを豊富な事例とともに明らかにしますが、著者は以下のように述べています。

 

「1970年代から90年代にかけての若者トレンドは、ヒット曲しかりファッションしかり、テレビ番組や雑誌や広告といった『マスメディア=プロの大人』が仕掛けて作り出すものでした。もしくはプロの大人たちがトレンディーな若者たちとつながり、そこから流行を作り出していきました。前世紀までよく聞かれた『広告代理店の人と知り合いの大学生』が、一定の地位を確保していたのはそのせいです。しかし現在、若者のトレンドのかなりの部分はこのような大人が作ったシステムの外で生まれ、場合によっては、大人たちに知られることのないまま、拡散していきます。その立役者として中心的に機能しているのがパリピです」

 さらに著者は、パリピについて以下のように述べています。

 

「パリピはコミュニケーション力に長け、外交的かつ博愛主義者であり、人と人をつなぐことに無上の喜びを見出します。また、自分と異なる他人の価値観を尊重するアメリカ的な個人主義も根付いています。こういった心根は、社会の多様化・多国籍化が進み、あらゆるコミュニティが解体・再編成される可能性がある現代社会を生き抜く上で、大きな武器となるかもしれません。また、現在は企業の終身雇用が崩れ、老後の不安が増大し、国際社会における日本の地位が政治的にも経済的にも揺らいでいます。しかし、多幸感を得られるものに対する嗅覚が異常に発達しているパリピは、このような厳しい社会情勢においても、めったに心が折れたりはしません。彼らは『どんな状況でもアゲアゲで人生を楽しむプロ』なのです」

 そして著者は、パリピについて以下のように述べるのでした。

 

「さまざまな意味で『総合的人間力の高い』パリピは、単なる『新しい消費主体』であるのと同時に、これからの社会を生きる日本人全体にとっての新しいロールモデルにもなる可能性を秘めています。近い将来、消費のみならず日本社会全体をパリピが牽引するかもしれない―そんなことも念頭に置きながら、本書をお読みいただければ幸いです」

 これを読んでわたしのブログ記事「はあとぴあん」で紹介したライフスタイルを連想しました。わたしは、1986年(昭和61年)の冬に日本儀礼文化協会発行の「はあとぴあ」の編集長を引き受けることになりました。当時、わたしは早稲田大学の3年生でした。それまでの「はあとぴあ」は、礼法をはじめとして、茶道、華道、装道などの芸道や、武道や、歌舞伎などの古典芸能といった日本伝統文化を中心にした誌面づくりでした。 わたしは、これらの伝統に加えて、いつもオシャレでハッピーな雑誌にしたいと考え、編集方針を一新することにしました。当時、アメリカのエグゼクティヴに"ヤッピー"というライフスタイルがブームとなっており、わたしも「はあとぴあ」の理想をわかりやすくするライフスタイルを提案しようと思い、あれこれ頭をひねったものです。

 

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    「はあとぴあ」1986年春号

 


 わたしは、"ヤッピー"のクールで斜にかまえたようなところが気にくわなかったため、ウェットでストレートな"はあとぴあん"というライフスタイルをイメージしました。それを8つに分けて発表したのが「はあとぴあん宣言」です。わたしが新編集長となって初めて変身第1号を出したのは、1986年の4月1日でした。「はあとぴあん宣言」が、ついに活字になったのです。


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 反響は予想を上回って、たくさんのおほめの言葉を頂戴しました。「はあとぴあんのようなライフスタイルを目標としたい」という読者からのお便りが届きました。もちろん、大学生という身分の若造がライフスタイルを語るなど100年早かったのでしょうが、それでも"はあとぴあん"は、わたし自身の理想の人生イメージの集大成でした。22歳のわたしは、「こんなふうに生きたい」という想いを「はあとぴあん宣言」にまとめました。


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 パリピに話を戻しましょう。第1章「『パリピ』とは何か」で、著者は「パリピは『アーリーアダプター』である」として、以下のように述べます。

 

「イノベーター(革新者)とは、とにかく新しいものに真っ先に興味を持ち、最初に買う人。ただし感度が高すぎる・早すぎるため、彼ら止まりで大衆に普及しない商品も多々あります。本書では、彼らを『フィクサー』と呼びます。 アーリーアダプター(初期採用者)とは、積極的な情報収集を経て、早い段階で購入を決意する人。オピニオンリーダーであり他の消費者への影響力も大きいため、彼らが目をかけた商品はしばしばヒットします。本書では、彼らを『パリピ』と呼びます」

 第2章「パリピのルーツ―トレンドリーダーの系譜」では、「60年代後半~70年代初頭(1)自家用車は超富裕層の証」として、著者は述べます。

 

「60年代半ば、現在で言うところの『フィクサー』や『パリピ』のように最先端をいっていた若者たちが所有していたのは、自家用車です。1967年、爆発的な人気を博することになる大衆小型車『ホンダN360』が発売されるまで、自家用車に乗る若者はきわめつきの特権階級でした。一般市民でも手が届くと言われた『N360』ですら、大卒初任給の10倍以上する30万円代という価格だったことからも、それがわかると思います。日本全体が本格的にモータリゼーション(車社会化)を果たしたのは、70年代なのですから」

 

 「みゆき族」世代より10年ほど前の1956年、「太陽族」という裕福な不良集団の若者が話題になりました。石原慎太郎の芥川賞受賞小説『太陽の季節』に由来するネーミングですが、ここでも裕福な慶應ボーイたちは、その主たる構成員でした。
 「80年代中盤~90年代初頭 (1)マスコミに近い大学生がトレンドリーダー」では、まさにわたしの大学時代が説明されています。

 

「一般的には1986年末から1991年初頭までと定義される空前の好景気、通称『バブル景気』は、若者のトレンドにも大きな影響を与えました。当時もっとも若者トレンドに影響力があったのは、テレビや雑誌、広告代理店といった大手マスコミです。彼らは若者の消費意欲を最大限喚起すべく、多くのトレンドを作り上げ、メディアの力を使って煽り、その商品やサービスを発売するクライアントに莫大な利益をもたらしました」

 

 また著者は、以下のようにも説明しています。

 

「なかでも、『私をスキーに連れてって』(87)などの原作で知られるクリエイター集団『ホイチョイ・プロダクションズ』が若者に与えた影響は多大なものがありました。雑誌連載後に書籍化された『見栄講座―ミーハーのための戦略と展開―』(小学館、83)や『気まぐれコンセプト』(小学館、84)は、流行を追う若者たちの『ふるまいのマニュアル』とでも呼ぶべき情報源でした。書かれていることをそのまま真似する若者も少なくなかったのです」
  
 わたしは早稲田大学で「パニック」というサークルを主宰していました。 いわゆるオールラウンドサークルでした。著者は、青山学院大学出身のIさんの例を取り上げ、以下のように説明しています。

 

「当時、大学には『オールラウンドサークル』と呼ばれる、遊び主体のサークルが勢いを増し始めていました。夏はテニス、冬はスキー。年中、合コン三昧。Iさんもそういったサークルに所属し、ディスコで100人規模のパーティーを開催していたそうです。ただし、携帯電話はおろかポケベルもない時代です。集客の要はリアルな口コミでした。当時は社会人だけでなく大学生にとっても車は必須アイテム。トヨタ・セリカやトヨタ・ソアラ、ホンダ・プレリュードといった、学生が乗るにしては高級なプレミアムカーが人気だったそうです」

 

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    『ハートフルに遊ぶ』(東急エージェンシー)



 当時のわたしが体験したパリピ・ライフは、わが処女作である『ハートフルに遊ぶ』(東急エージェンシー)に詳しく紹介されています。同書のサブタイトルは「『ハート化』時代のやわらかな卒論」で、帯には「Super-Richな感性と行動力で数々のキャンパスビジネスを成功させたワセダの仕掛人が編む、『ハート化』時代のコンセプト・カタログ。」というリードに続いて、「『ソフト』から『ハート』へ」のキャッチコピーが大書されています。

 わたしは学生時代、六本木のディスコなどで数多くのイベントを行いました。「パニック」はイベントサークル、いわゆる「イベサー」の走りとなりましたが、わたしたちが卒業してから数年後、思いもよらぬ事態が発生しました。著者は以下のように述べています。

 

「イベサーの全盛期は1990年代後半から2000年前後とされています。早稲田大 学のイベントサークル『スーパーフリー』が起こした強姦事件、通称『スーパーフリー事件』が発覚したのは2003年ですが、既にその時期、イベサー自体の影響力は下降していました」

 第3章「フィクサー、パリピ、サーピー、パンピー」では、さまざまなパーティーピープルの種類について説明されます。まず、著者は「サーピーとはサークルピープル、つまり大学内の、とくに遊び系サークル(イベント系、ダンス系)に属している人のことです」と述べています。 また、パリピとサーピーとの最大の違いは、「パリピは人とつながること自体が第1目的だが、サーピーは情報を拡散することが第1目的である」ということだそうです。

 では、パリピの行動の原動力とは一体なんでしょうか。 第4章「パリピの人生観」で、著者は「『カタリスト』であるパリピが地域を活性化する!?」として、以下のように述べています。

 

「彼らは基本的に心が満たされている人が多いので、必ずしもお金や権力への欲求が原動力でないのは確かです。では何かと言えば、パリピは常に自分らしくあろうとし、無用に他人と競わず、他人を蹴落とすことなく、自分も含めた周囲がハッピーになることに、至上の喜びを抱きます。そう考えると、彼らが究極的に求めるのは『人から必要とされている感』なのかもしれません」

 続けて、著者は以下のように述べています。

 

「イベントやパーティーで皆の喜ぶ顔を見る。面白いもの、カッコいいものを見つけて、人に知らせる。自分をハブにして人と人をつなげる。そういうことです。化学用語で『触媒』のことを『カタリスト』と言いますが、まさにパリピはこのカタリストの役割を果たすことが多く、また『果たしたい』と願う人が多いのだと思います。それらはすべて、自分が必要とされていたいという、人間が原初的に持っている感覚でしょう。つまりパリピとは、人間が本来的に持っている欲求を、素直に、無邪気に外へ出すことを、キャラ的に"許された"ニュータイプの人種というわけです」

 最後に、わが社をはじめとした冠婚葬祭互助会が運営している結婚式場は、パリピにとって最高の舞台になりうるのではないかと思いました。全国にある互助会の結婚式場がパリピをターゲットとすれば、各地の地域経済が活性化されるのではないでしょうか。そして、そこでパリピたちがハートフルになってくれれば、まさにわたしがかつてイメージした「はあとぴあん」の世界が実現するように思います。