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社葬の経営人類学』

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No.1295



 『社葬の経営人類学』中牧弘允編(東方出版)を再読しました。
 1999年に刊行された本で、すでに読了済みでした。わが社は営業エリアでの社葬の受注率はナンバーワンであり、大企業の社葬のお世話をさせていただく機会が多いので、大変参考になる内容でした。このたび、『儀式論』(弘文堂)を書くにあたって参考文献として約15年ぶりに読み返しました。編者の中牧氏は、国立民族学博物館教授で、宗教人類学者です。

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本書の帯


 本書の帯には「社葬に見る会社文化の特質」と大書され、続いて、「本書は20社におよぶ社葬の調査研究を核にすえている。それに、明治以降の死亡広告の詳細なデータを加味しながら、社葬の変遷を歴史と実態の両面から把握しようとしている」という「はしがき」の一文が紹介されています。

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本書の帯の裏


 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。
「はしがき」  中牧弘允
序  社葬の経営人類学
   序章  社葬の経営人類学
       ――顕彰・告別と会社再生の演出(中牧弘允)

第一部 社葬の成立と展開 
  第一章  社葬とは何か(村上興匡)
  第二章  社葬はいつ成立したか 
       ――新聞の死亡広告を中心にして――(山田慎也)
  第三章  社葬はどう展開したか(村上興匡・山田慎也)
第二部 社葬の諸相  
  第四章  葬儀の歴史――大商家の場合(廣山謙介)
  第五章  大川博の社葬 
       ――東映映画「社葬」のひとつのモデル(村上興匡)
  第六章  松下幸之助の社葬――「保信」のこころを形に  
                 (三井泉・出口竜也・住原則也)
  第七章  葬祭業者にとっての社葬――大成祭典の場合(山田慎也)
  第八章  社葬に集まる人々――静岡新聞社故大石益光社長社葬
                 (日置弘一郎・前川啓治・野口智子)
  第九章  ドーム社葬の出現――祭祀空間としてのドーム(中牧弘允)
  第十章  九州地域の社葬――中央文化の地方伝播(安達義弘)
資料  社葬など団体葬の現状と傾向〈東京編〉  
大成祭典株式会社(資料)・村上興匡(解説)
「あとがき」  中牧弘允
「執筆者一覧」
「索引」

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巻頭にはカラー写真が・・・・・・


 「はしがき」で、編者の中牧氏は以下のように述べています。
「日本の社葬は会社文化の一こまであり、故人の信仰や喪家の宗旨を超越した、会社独自の存在意義を内外に主張するセレモニーである。言い換えれば、会社のVIPの死に際し、故人を顕彰し告別するためにおこなう、会社主体の儀式である。そこでは会社のヒエラルキーが誇張され、一糸乱れぬ統制は組織の堅固さをほこっている。社葬は日本文化の硬い一面を如実に示すものにほかならない」

 中牧氏は本書の基本的立場について、「社葬をたんなる形式的なセレモニーではなく、会社の魂や心が込められた、ひとつの行動様式として理解するという点にある」と述べています。また、序章「社葬の経営人類学――顕彰・告別と会社再生の演出」も中牧氏が執筆しています。

 会社にとって、儀式とはどういった意味を持つのでしょうか。
 会社が主催する儀式や行事は入社式や退社式、創立記念式典や社長就任披露宴など、多種多様なものがあります。それらは一括して「会社儀礼」と呼ばれています。経済活動の主体である会社がなぜ儀礼を行うのでしょうか。

 経営人類学などでは、日本には「会社宗教」があるとしています。まず、日本の会社には神仏をまつる空間が確保されています。すべての会社というわけではありませんが、かなりの会社に宗教的な装置や施設が設けられています。社員はふだん気にも留めないでしょうが、彼らは神仏の加護のもとにあるのです。

 事務所の一角には神棚があるし、ビルの屋上や工場の片隅には鳥居とともに祠が建っている。会社の神は、稲荷をはじめ、地元の有力な神、業種に関連の深い神、創業者の信奉した神など、枚挙に暇がありません。会社の神棚にはそうした神社の御札が奉安されています。
 また、日本の会社は墓も所有しています。最も顕著な場所は高野山や比叡山の山中にあり、そこでは在職中の物故従業員や創業者以下役員の霊の供養がなされているのです。

 宗教的な空間があれば、当然、宗教的な時間が会社に流れます。毎朝、神棚に向かって手を合わせる経営者もいれば、当社のように毎月、会社の神社で月次祭を行う企業もあります。会社の神社では少なくとも年に一回は祭典が執り行われますし、それに会長・社長以下、役員・幹部が参列するのが慣例となっています。また、恒例の物故者慰霊法要の時には全国一斉に黙祷を捧げる大会社もあります。とはいっても、これらの儀礼行動は社外の人の目に付くわけではなく、ひっそりとした社内行事以外のものではありません。

 ところが、全社をあげて対外的なセレモニーとして挙行される会社儀礼が存在し、それを「社葬」といいます。この社葬について、中牧氏は「故人の交友関係にのみならず、会社の取引先、株主、業界関係者、政治家など、会社のつきあい関係を最大限に巻き込む儀式であり、故人と一面識がなくても義理で参加する者や一種のハレがましい気分の者も含まれる」と述べます。
 社葬では、新聞に死亡告知と社葬の社告が掲載され、関係者には会葬案内状が送られます。社葬は、社外からできるだけ多くの人に来てもらう一大イベントなのです。社葬の当日は、幹部社員が動員され、大企業でも重要な仕事はストップします。総務や秘書といった関係部局では、社葬の準備に相当の時間が費やされます。彼らは神経の休まる暇もなく、何キロも痩せる中枢の担当者もいます。

 社葬とは一般的に、亡くなった会社のトップ経営者に対し、会社の名において、資金面でも人材面でも、会社が全面的に主催するところの葬儀であり、社内よりも社外に目が向けられている会社儀礼です。これは故人の交友関係にのみならず、会社の取引先、株主、業界関係者、政治家など、会社のつきあい関係を最大限に巻き込む儀礼であり、故人と一面識がなくても義理で参加する者や一種のハレがましい気分の者も含まれます。

 新聞に死亡告知と社葬の社告が掲載され、関係者には会葬案内状が送られる。これは、社外からできるだけ多くの人に来てもらう一大イベントなのである。社葬の当日は、幹部社員が動員され、大企業でも重要な仕事はストップする。他方、総務や秘書といった関係部局では、社葬の準備に相当の時間が費やされ、神経の休まる暇もない。

 中牧氏は、アメリカの「市民宗教」と日本の「会社宗教」というものに注目し、以下のように述べています。

「会社宗教はひとつの独立した世界を形づくっている。そこではさまざまな神仏に動員がかけられるけれども、既存の宗派や教団は積極的な役割を果たさず、あくまでも会社が主体性をつらぬいている。メーカーとユーザーの類比でいえば、メーカーとしての宗教は商品や人材を供給するけれども、自己の好みに合わせて祭祀の体系を構築しているのはユーザーの会社である。また別の類比をもちいれば、会社には固有の神や先祖、さらには英霊が存在し、それをまつる神祠や供養塔などの施設があり、定期的な儀礼行動が認められる」

 続けて、中牧氏はその端的な例を以下のように挙げています。

「会社の"先祖"としての創業者以下役職員、あるいは"英霊"的存在として志なかばにして物故した社員をあげることができよう。そうした会社の"先祖"や"英霊"は会社の墓に建立された供養塔にまつられ、会社の"子孫"から定期的な祭祀をうけているのである。会社宗教が独自の世界を構築していることは、『市民宗教』の場合とよく似ている。『市民宗教』はそもそもフランスの啓蒙思想家ルソーが『社会契約論』のなかで提示した概念である」

 また、アメリカの事例を取り上げて、中牧氏は以下のように述べます。

 「ベラーは大統領の就任演説や議会演説などにみられる神や聖書への言及をとりあげ、アメリカの市民宗教における独自の象徴やテーマをおよそ以下のように抽出している。すなわち、独立戦争期においては『アメリカのイスラエル』というテーマが生み出され、ヨーロッパはエジプト、たいするアメリカは約束の地とみなされ、独立宣言と憲法は聖典となり、ワシントンは専制から民を導き出したモーゼとダブる存在と化した。そして南北戦争(Civil Warという内戦)の試練を乗り越えると、死・犠牲・再生というテーマがリンカーンの生と死に象徴されて加わり、ゲティスバーグ演説は『新約』聖書となった」

 続けて、中牧氏は以下のように述べています。

「この犠牲というテーマは、戦死者のためにつくられた国立墓地――ゲティスバーグやアーリントンの国立墓地――と、戦死者を記念するメモリアル・デー――5月30日の祝日――に表現形態を見いだした。今世紀におけるケネディ大統領のニュー・フロンティア政策とダラスでの暗殺もそれぞれ『アメリカのイスラエル』と犠牲のテーマの再演であったと指摘されている」

なぜ、会社は社葬を行うのか。中牧氏は次のように述べています。

「あえて会社が社葬をいとなむ最大の理由は、会社の名において多大な貢献を
したトップ経営者を顕彰することである。葬儀委員長の式文告知(追悼の辞)では、会社という経営体のリーダーとしておこなった業績や貢献についての言及がなされ、それに感謝するための葬儀であるという趣旨が述べられる。来賓の弔辞においても会社や業界の発展のために故人がいかに尽力したかが強調される。そこでは会社人としての故人の功績が最大級の賛辞の表現をとって顕彰される。表彰や勲章はこの時に一段と輝きを増し、故人の生涯がプラスの面で総括される。当然、生前のマイナス面への言及は礼儀としてなされない。わたしはこの弔辞こそ、会社の会社による会社のための葬儀のクライマックスがある、とみている。なぜなら、弔辞を読む人物は社会的地位の高い名士で、故人の功績を顕彰するのに最もふさわしい人物として選りすぐられるからである」

 顕彰とセットで重視されるのは告別です。葬儀とは本来は旅立ちの儀式ですが、社葬においては故人の旅立ちはあまり問題ではなく、むしろ会社としての別れの演出が大切です。弔辞のおいても故人の喪失を悼み、その冥福を祈る言葉が述べられますが、焼香や玉串奉奠は別れの儀式的表現として行われます。そして焼香後、立礼する遺族や会社役員に対し、会葬者は追悼の意を言葉や態度で表すのです。

 中牧氏は、密葬と社葬、あるいは仮葬と本葬という組み合わせが昭和40年代から目立つようになったと指摘します。そのことによって、遺族は事実上二度の葬儀を余儀なくされますが、特に大都市の大企業では二度目の葬儀を社葬として執行することが一般的な習慣となりました。中牧氏は映画「007は二度死ぬ」にかこつけて「社長は二度死ぬ」として、次のように述べます。

「二度の葬式はそれぞれ意味合いが異なっている。最初の密葬が遺族を中心とする「イエの宗教」の葬儀だとすれば、二度目の社葬は『会社宗教』のセレモニーということになる。誤解をおそれずにあえて単純化すれば、社長は最初はイエのために、二度目は会社のために死ぬのである」

 このように、社葬とは一種の「王殺し」の側面があると言えるでしょう。いずれにしろVIPが亡くなれば、会社は密葬のときから一連の葬儀に重要な役割を果たさざるをえません。それは経営学的に言えば、一種のリスク・マネジメントが試される機会でもあります。中牧氏は次のように述べます。

「社葬は故人を顕彰し告別する厳粛で形式ばった儀式であるが、VIPの死にも関わらず会社が不滅であり、またVIPの死をとおして会社が更新すると主張する行事でもある。そこでは故人の顕彰と告別に焦点があてられるが、会社自体も威信を獲得し、象徴的な『死と再生』をとげる」

 また、社葬においては「不平等性」がキーワードとなります。
 中牧氏は「不平等性の演出」として、以下のように述べています。

「19世紀のバリを研究した人類学者のクリフォード・ギアツは、バリの国家を社会的不平等と地位の誇りを演劇化した『劇場国家』と捉えたうえで、劇場国家の華麗な葬儀は領土よりも忠誠、領地よりも威信を得ることに力点がおかれていたことを指摘した。社葬という盛大な葬儀も、対内的には社員の忠誠を要求し、対外的にはつきあいを求め、結果として会社の威信が保たれる。その意味で社葬の場は一種の『劇場』であり、VIPたちは『スター』として、それに見あう待遇をうけ、大役をこなす。そして現在では、その役の出来・不出来について、参列者がそれぞれに評価をくだす自由をもっている。

社葬には「不平等性」のピラミッドがあるのです。中牧氏は述べます。

「VIPは不平等性のピラミッドの頂点に立つため象徴的に目立つことになるが、原理自体はその裾野にまで貫徹している。たとえば、葬儀と告別式の区別による会葬者の差異化はもとより、参列すら必要とされない多くの一般社員の存在が、そのことを如実に物語っている。換言すれば、会社による不平等性の巧妙な演出が経営的にいかに大切であるかを社葬は証明しているのである」

 そして、「社葬の舞台裏」として、中牧氏は以下のように述べるのでした。

「葬儀社はもともと祭壇を用意し、必要物品を調達するだけでよかった。あとはイエの葬儀であれば、葬式組や町内会の長老たちがとりしきっていたのである。ところが現代では、葬儀社が企画・演出・進行のディレクター役をこなすようになってきた。その傾向は伝統的な葬儀社でなく、冠婚葬祭互助会に顕著にみられた」

 ここで互助会が登場しましたが、さらに以下のように続きます。

「社葬においても、総務部長が司会役をつとめるとはかぎらず、葬儀社から司会役がだされることも少なくない。また、葬儀社の社葬マニュアルがスタンダード化し、重宝がられている面も否定できない。同時にそれは、社葬文化のイノベーションにも葬儀社が一役買っていることを意味しているのである」

 第四章「葬儀の歴史――大商家の場合」では、甲南大学大学院社会科学研究科教授で経営人類学者の廣山謙介氏が「社葬不要の江戸時代」として、以下のように述べています。

「葬儀のひとつのありかたとして社葬が確立し、広くおこなわれるようになったのは、昭和戦後期のことである。これは第2次世界大戦の焦土から日本経済が復興するにあたって会社と会社経営者(従業員)が先頭に立って尽力し、引き続く高度経済成長の主役となったことと密接に関連している。戦後の日本社会では会社企業が社会を構成する1つの単位となり、企業の活動と企業経営者にそれまで以上の社会的顕彰が与えられるようになったからである」

 また、「家と葬儀」として、廣山氏は以下のように述べています。

「商家では家産の継承維持と崇神崇仏の重要性が深く認識されていた。しかし一方で人が死ぬことは自然なことであり、『家』の家族部分がかかわる問題であるという意識も一般的には強かった。このため葬儀を派手におこなうことは避けられた」

さらに、廣山氏は以下のように述べます。

「明治大正期になっても葬儀を社葬という形態で執行する必要が大規模商家の場合に希薄であったもう1つの理由は、その相続のあり方であった。鴻池の場合、当主が生前に隠居し次の当主が襲名の際に家産を継承するのが常態であったため、葬儀による社会的な後継の認知は必要とされていなかった。江戸時代から連綿として生前相続の形態が採用され、家産家業の連続性維持のためにもこの方法が理にかなったものであった。また生前相続がおこなわれない商家の場合でも推定家督相続人は同族のなかで確定していた。これは名乗りとして固定されていた。鴻池家の場合では当主名は善右衛門、推定家督相続人名は善次郎、隠居名は喜右衛門として代々継承されていた。住友家の住友吉左衛門、三井家の三井三郎右衛門などの当主名の襲名も同じ構造を持つものであった」

 さらに、「サラリーマンの増加と社葬願望」として、廣山氏は述べます。

「隣組による葬儀、同僚による葬儀の上位に位置づけられる理想的葬儀の原型が必要となった。国を基軸に捉えて考えれば、国葬、戦死戦没者に対する靖国合祀、地域社会での忠魂碑の存在などが身近にある。都市勤労者が最も深く関わっていたのは家族を除けば同僚であり工場や会社であった。同じ時期に終身雇用制がホワイトカラーを中心に定着してきたこととも相まって、彼らが最も依拠している擬制共同体としての「会社」の役割がクローズアップされた」

 そして最後に、廣山氏は以下のように述べるのでした。

「企業の側からみても、従業員の福利厚生の一環として葬儀に関わることが必要になった。この時期に既に大企業では家族手当を支給するところがあり、1940年の賃金臨時措置令には特例として家族手当の制度が設けられている。まさに『会社』はこの時期に従業員にとっては子供の揺り籠から両親の墓場までを保証するものとなりつつあった」

 この当時は、血縁や地縁と並んで「社縁」の存在が大きかったのですね。

 第五章「大川博の社葬――東映映画『社葬』のひとつのモデル」では、現在は大正大学文学部教授で宗教学者の村上興匡氏が「東映株式会社大川博社長の社葬」として、以下のように述べています。

「1989(平成元)年に東映は『社葬』という映画を作っており、監督の舛田利雄はこの作品で同年の日本アカデミー賞監督賞を受賞している。この映画を作るに当たって、東映の大川社長の社葬が参考にされている。

 映画『社葬』のプロデューサーであった奈村協氏によれば、映画『社葬』の元々の発案者は岡田茂社長だったという。1987(昭和62)年5月に『月刊総務』という雑誌が特集を組み、『社葬のすべて』という別冊付録をつけて38万部を売り上げた。これはこの手の雑誌としては驚異的な数字である旨の週刊誌記事を見た岡田社長から、世間では社葬に関心が集まっているようだから研究してみないかと言われ、奈村氏が立候補して担当することになったのだという。当時東映映画といえばやくざ映画だったこともあり、これはサラリーマンの世界で任侠や仁義なき戦いの世界を描けばいいのだと考えたという。実際、その年の朝日新聞の映画紹介欄では『どこでもありそうな、というよりヤクザの跡目争いといったあんばい』と評されている(1989年7月4日夕刊)」

 本書を15年ぶりに再読して、わたしは、社葬とはVIPの死に「かたち」を与えることによって、会社をよみがえらせる「産霊(むすび)」の秘儀であると改めて思いました。VIPの死を通して会社の再生を演じる「かたち」、それが社葬のもうひとつの重要な側面です。

 儀式には「かたち」が必要です。結婚式とは、不完全な男女の魂に「かたち」を与えて完全なひとつの魂として結びつけること。葬儀とは、人間の死に「かたち」を与えて、あの世への旅立ちをスムーズに行うこと。そして、愛する者を失い、不安に触れ動く遺族の心に「かたち」を与えて、動揺を押さえ悲しみを癒すこと。儀式の力とは、「かたち」によって発揮されるのです。

 そして、会社儀礼のような集団儀礼においては「かたち」を繰り返すことが何よりも重要になります。何年も何年も同じやり方で儀式を繰り返すことは、若い人々に自分が今聞いていることは何年も前に年長者たちが聞いたことだという確信を与え、老人たちには、未来の人々が自分の知っていることを知ることになるという確信を与えます。これによって、集団の精神的な縦軸がまるで姿勢の良い背骨のように真っ直ぐに立ちます。儀式の順序の確実さは、反応を強要することによってではなく、共通知識の生成を助けることによって権威を生み出すのです。