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儀礼にみる日本の仏教』

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No.1268


 九州は、バケツをひっくり返したような大雨です。
 何度も、わたしのケータイやスマホのアラームが鳴りました。
 熊本では大雨で犠牲者も出ています。心より御冥福をお祈りいたします。
 さて、『儀礼にみる日本の仏教―東大寺・興福寺・薬師寺』奈良女子大学古代学学術研究センター設立準備室編(法蔵館)を読みました。古代学学術研究センター構想を準備する過程で、具体的な先行研究として1997年から3年間、学長裁量経費(教育研究改善経費)を得て実施された「南都における法会の総合的研究」の成果の一部が収録されています。

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   本書の帯


 カバーには、宮内庁三の丸尚蔵館が提供した「春日権現記絵」の部分写真が使われています。また、帯には「演出された仏の世界」というキャッチコピーに続いて、「僧侶は何を伝え、何を守ってきたのか。人々の目の前に仏の世界が現出する仏教儀礼=法会。その秘められた世界にさまざまな角度から光をあてた"法会学入門"の決定版!」と書かれています。

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   本書の帯の裏


 本書の「目次」は以下のようになっています。


「法会学」への招待―序言にかえて(千本英史)

第一章 東大寺の法会
法会のかたち―いま、修二会を中心に(佐藤道子)
寺院社会史の視点からみる中世の法会(水村眞)

第二章 興福寺の法会
中世の慈恩会(高山有紀)
法相論議の形成と展開(楠淳證)

第三章 薬師寺の法会
伝来古文書から見る法会(綾村宏)
法会の変遷と「場」の役割(山岸常人)
●より深く知りたい人のために
 (書籍・論文関係資料/映像・音声関係資料)
●用語解説―南都を中心に

 本書は、仏教儀礼である「法会」についての本です。
 「法会」については、『岩波仏教辞典』に「仏・菩薩を供養したり、経典を読誦したり、追善の法要を営んだりする、仏法に関するあらゆる行事・儀式・集会」とあります。現在知られている法会の初例は、敏達天皇13年(584年)です。

 本書の中で特に興味深かったのは、第二章「興福寺の法会」における「法相論議の形成と展開」でした。その冒頭で、龍谷大学教授で日本唯識の研究者である楠淳證氏は「法会と『論議』」として、以下のように述べます。


「日本の仏教は、どの宗においても『論義』とか『談義』を経て教学の研鑽がなされ、練り上げられていったのではないかと考えています。そういう思いから、法相の論義の研究を思想的な面、教義的な面からずっと続けてきたわけです。では、実際にどういう内容の論義がなされていたのかということなども交えて、話を進めたいと思います。
俗に『唯識3年、倶舎8年』という言葉があります。私はこれを最初に聞いたとき、唯識は3年で十分にわかるのだなと思ったものですが、よく聞きますと、倶舎を8年勉強したら唯識は3年ですむということなのだそうです」

 唯識というには非常に難解な思想です。日本の僧侶たちは唯識を学ぶにあたって、ずいぶん苦労しながら研鑚を続けていました。
 楠氏は以下のように述べています。


「その苦労の最終的形態が『論義』であるといってもよいと思われますが、論義をする場合は必ず、諍われる義がまず立てられて、それについてお互いに経典、論疏等の出拠を明らかにしながら進めます。ですから、非常に広範な勉強をしていかないことには論義ができないという面があります。いろいろ見ていると、昔の和綴じの写本の論義書などには、最後によく『見仏聞法令法久住』という言葉が出てきます。簡単に言うと、仏にまみえて教えを聞くために、そしてまた教えを後代に残していくためにいま、勉学研鑽に励んでいるのだという意味合いのことが言われているわけです」

 それでは、唯識とは何でしょうか。
 専門の研究者である楠氏は以下のように述べます。


「具体的に何を観じ取るのか。すべてが『唯識』であると観じるのですが、私たちは、実際にはいろいろなものを迷って見ており、みな『実有』であると思い込んでいます。その迷いの相を取り去って真実を明らかに見ていく智慧の眼。『観』という字はだいたい智慧のはたらきですから智慧の眼で見ていく、そういう実践が唯識観なのです」

 第三章「薬師寺の法会」では、「伝来古文書から見る法会」が興味深かったです。奈良国立文化財研究所歴史研究室長で日本中世史の研究者である綾村宏氏は、以下のように述べています。


「法会には法会の趣旨があり、所作があり、礼拝の対象となる本尊があるいうのが基本です。さらに時と場所があります。たとえば毎年4月に薬師寺では花会式が行われますが、花会式は修二会にあたる法会です。東大寺の修二会はお水取りで3月に行われます。薬師寺では4月に修二会が行われるのです。旧暦2月の行事が、新暦に変わるとお寺によって別の月になるわけです。このような期日の問題があります。また場所の問題もあります。さらに、法会を行うためには構成員が必要で、当然、僧侶が中心となって法会を行いますが俗人もいます。このような法会の趣旨、礼拝の対象、期間、場所、構成員などについて、寺院において古文書や聖教などの文字史料の中に書かれているわけです。一方、所作とかそれが行われる細々とした順序、そこで唱えられるお経の読み方など、なかなか紙に書かれた文字史料だけではわからない要素もあります。しかしこれまた法会を考えるうえで大きな要素と思われます」

 「おわりに」で、綾村氏は以下のように述べています。


「中・近世の薬師寺の法会は、惣寺として行うというより、八幡宮で行われたり、金堂で行われたり、文殊堂で行われたり、東院堂で行われたり、寺内の各ブロックで行われたということが重要だと思われます。いまはどこのお寺でも、お寺というと本堂と寺務所があって、本堂がお寺の中心で、寺務所で全体を取り仕切っているというイメージがあるわけですが、中・近世のお寺はそうではなく、ブロックのようなものがいくつか集まって、薬師寺という1つのお寺を構成していたのです。法隆寺には東院と西院という性格的に異なる2つの伽藍が存在したのと同じように、どこのお寺でも寺内にそれぞれのブロックで行う法会があって、それをそれぞれの院で支える僧侶がいたのだと思われます」


 わたしも、奈良の古寺で法会を体験してみたくなりました。