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儀式は何の役に立つか』

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No.1235


 執筆中の『儀式論』の参考文献として、『儀式は何の役に立つか』マイケル・S‐Y・チウェ著、安田雪訳(新曜社)を再読しました。
 2003年に刊行された本で、「ゲーム理論のレッスン」というサブタイトルがついています。著者はニューヨーク大学政治学・経済学部助教授で、訳者は社会ネットワーク研究所社長です。

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   本書の帯


 本書の帯には「革命の祝典からスーパーボウルまで、人々を動かす、人々が動く、〈コミュニケーション〉の本質とは?」と書かれています。
 また、アマゾンの「内容紹介」には以下のように書かれています。


「式典や祝祭、集会やデモ行進は何の役に立つ? 『社会的』商品とは何? 討議はなぜ円形の場を好む? 一見性質の異なるこれらの問いがゲーム理論を中心とする『合理的選択理論』によって解けることを分かりやすく示し、公共化に果たすコミュニケーションの役割、集合行動形成のメカニズムに新しい理をもたらした話題の本です。分析と解釈は、日常会話や政治キャンペーン、スーパーボール、映画、監獄まで、豊富な題材をめぐってテキパキと進み、読者の知的好奇心を次々に喚起しつつ、ゲーム理論の核心へと導きます」

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   本書の帯の裏


 本書の「目次」は以下のようになっています。


「訳者まえがき」
「まえがき」
1 はじめに
この本は何の役に立つか
議論
協調問題
共通知識
議論の由来
2 理論を応用する
式典と権威
儀式はいかにはたらくか
内側に向き合うサークル/
『波止場』
大宣伝は効果がある
公共化の価格
強い紐帯と弱い紐帯
一望監視刑務所の礼拝堂
3 理論を磨く
競合する説明
共通知識は不可能な理想?
意味と共通知識
共通知識と歴史
共通知識と集団アイデンティティ
4 おわりに
付録 ダイアグラムで議論を表現する
協調問題をモデル化する
メタ知識をモデル化する
なぜ共通知識は協調問題を解決するのに役立つのか
「引用文献」
「索引」

 「訳者まえがき」の冒頭、安田雪氏は以下のように書いています。


「情報を共有することと、人々が共通知識をもつことはまったく別のことである。私が本書において最も魅力を感じた指摘の1つである。『人々がある事実を知る』だけでは、不十分であり、『「人々がその事実を知っている』ということを皆が知っている』ことが重要なのだ。情報が共有されても、その事実を人々が知らない状況と、知っている状況では、本質がまったく異なる」

 安田氏はまた、「チウェ氏は、この理論に基き、戦争反対集会への参加も、人気映画を見ることも、フランス革命時の度量衡の改正も、スーパーボウル放映時の広告費用の天文学的な値段をも説明していく」として、「彼の理論の前では、情報化社会が促進する情報共有そのまま人々の相互理解や合意形成を可能にするという安易な妄想などいともたやすく打ち砕かれる」と述べています。

 1「はじめに」の「この本は何の役に立つか」の冒頭を著者は以下のように書き出しています。


「人々はどのように、互いの行動を協調させるのだろうか。ここでは、他の人々が同じように参加する限りにおいて、自分も集団の行動に参加したいと思う『協調問題』について考える。たとえば誰もが、逮捕されたり、警官に制圧されたりしないくらいに抗議者の数が多い場合だけ、政府への抗議行動に参加したいと思っているかもしれない。協調問題は、しばしば互いにコミュニケーションすることによって解決される。しかし、単にメッセージを受け取るだけでは、その人が参加するのに十分ではない。なぜなら、他の人々も参加する場合に限り参加したいのだから、他の人々も同じくメッセージを受け取ったかどうかを知らなければならない。つまり、誰もが、他の人々が参加するだろうと確信しなければならないと知っているから、他の人々がメッセージを受け取ったということを他の人々も知っているということを知る必要があるという繰り返しになる。すなわち、メッセージについての知識だけでは十分ではない。それに加えて必要なのは、他の人々の知識についての知識であり、他の人々の知識についての他の人々の知識についての知識・・・・・・であり、それはすなわち、『共通知識』である。こうして、人々がどのように協調問題を解決するかを理解するためには、共通知識を作り出している社会過程に注目しなければならない。その最も優れた例が、公共的な式典や集会、そしてメディア・イベントなど、『公共的儀式』である。したがって、公共的儀式は、共通知識を生み出す社会的行為だと理解することができる」

 また著者は、儀式で用いられる言語について以下のように述べます。


「儀式で用いられる言語はたいてい、パターン化されていて反復される。単に意味を伝達するという意味では、メッセージがよく行きわたるように繰り返しているのだと解釈できる。しかし、聴衆自身もそのパターンと反復を認識しているということも重要だと思われる。共通知識の生成という観点からは、何か繰り返されることを聞いた時、人は単にメッセージを得るだけでなく、それが繰り返されており、他の人々もそれを聞いた確率が高いことを知るのである。儀式における集団舞踊は、動きを通じて互いに意味を伝達させていると理解できる。しかし、集団舞踊はまた、共通知識を生み出す優れた母胎である。踊る時、人々は、誰もが注意を払っていることを知っている。なぜなら、1人でも注意を怠れば、たちまち動きのパターンが崩れてしまうからである」

 さらに著者は、共通知識について以下のように述べます。


「共通知識はコミュニケーションによって生成されるだけではなく、歴史的な前例によっても生成される。したがって、政治的抗議や広告キャンペーンは、共通知識を生成しようとする時に歴史を持ち出す。歴史が共通知識の創造を手助けするように、共通知識も、大衆儀式や記念祭を通じて、ある程度、歴史を創造することができる。同様に、共通知識は集団が協調するのを助けるだけではなく、ある程度、集団、集合的アイデンティティ、『想像の共同体』を作り出すことができる。たとえば、新聞の読者は、数百万の同じ読者を意識している」

 著者は、コミュニケーションについても以下のように言及しています。


「コミュニケーションがうまくいくのは、時に、単に発せられたメッセージが受け止められたということだけではない。他の人々も同じようにメッセージを受け止めたということに気づいているかどうかにも依存する。すなわち、成功するコミュニケーションとは、単にメッセージについての人々の知識だけではないのである。それは、他の人々が知っているということを人々が知っていることにもよるのであり、メッセージについての「メタ知識」にもかかっている」

 2「理論を応用する」の「儀式はいかにはたらくか」では、著者は儀式の機能について以下のように述べています。


「儀式がいかにその機能を果たすかを理解するためには、普通、そこで用いられるシンボルとことばのさまざまな意味を理解することが必要だと考えられている。しかし、『意味』という観点からでは理解できない儀式の側面を理解する必要があると指摘する人々もいる。たとえば、儀式で語られることばは、典型的に反復が多く、リズムや韻や歌など、『規範的並列』に構造化されている」

 3「理論を磨く」の「競合する説明」では、著者は以下のように述べます。


「一緒にいることによって生じる感情は、儀式やその他の集団イベントにとって重要である。しかしながら、それを主要な、ないしは決定的な側面とすることが問題なのは、ある種の行為はまさしく明らかに儀式でありながらも、物理的に一緒にいる必要がないからである」


「国歌を自分の部屋で1人で歌っていたとしても、私は強い一体感を感じることができる。それはただ、他の人々も同じように歌っていると知っているからだ。これだけで、アンダーソンが「想像の共同体」と呼ぶものを創造することができる。同じ部屋で一緒に歌うのは、単にその「身体的具現化」にすぎない。個別に歌うことも、デュルケムの『集合的沸騰』はなくとも、儀式としての資格をもつ。なぜなら、各人は、他の人々も唱和していると知っているからである」

 そして、著者は「共通知識と歴史」で以下のように述べるのでした。


「もし歴史が共通知識の生成を助けるのならば、おそらく共通知識は歴史を作り出せるだろう。社会がそれ自身の歴史と考えるものは、構成者の過去の経験の単なる合計ではない。過去の経験、記録すること、解釈すること、集合的に『覚えていること』が社会的制度となる。ポール・コナートンは、「記憶の社会的形成を研究することは、共通に覚えていることを可能にする変換の行為を研究することである。・・・・・・過去のイメージと過去についての再収集された知識とは、(多少とも儀式的な)パフォーマンス」、とりわけ『記念式典』によって『伝達され維持されていく』と述べている」