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世界史の極意』

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 No.1149

 

 『世界史の極意』佐藤優著(NHK出版新書)を読みました。

 本書の帯には相変わらず鋭い視線を放つ著者の顔写真とともに、「歴史はひとつではない!佐藤優、初の世界史入門!」と書かれています。

 

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   著者の顔写真入りの本書の帯


 

 またカバー前そでには、以下のような内容紹介があります。


「ウクライナ危機、イスラム国、スコットランド問題・・・・・・世界はどこに向かうのか? 戦争の時代は繰り返されるのか? 『資本主義と帝国主義』『ナショナリズム』『キリスト教とイスラム』の3つのテーマを立て、現在の世界を読み解くうえで必須の歴史的出来事を厳選、明快に解説! 激動の国際情勢を見通すための世界史のレッスン」

 

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   本書の帯の裏


 

 本書の「目次」は以下のような構成になっています。


序章  歴史は悲劇を繰り返すのか?
    ―世界史をアナロジカルに読み解く
第一章 多極化する世界を読み解く極意
    ―「新・帝国主義」を歴史的にとらえる
第二章 民族問題を読み解く極意
    ―「ナショナリズム」を歴史的にとらえる
第三章 宗教紛争を読み解く極意
    ―「イスラム国」「EU」を歴史的にとらえる
引用・参考文献
「あとがき」

 

 序章「歴史は悲劇を繰り返すのか?」で、著者は読者に問います。


「あなたがビジネスパーソンならば、もっとも重要な基礎教養の1つは世界史である、と私ははっきり申し上げます。なぜか」


 そして、その答を以下のように述べています。


「世界史は強力な武器になるからです。
 ヒト・モノ・カネが国境を越えてめまぐるしく移動する現在、ビジネスパーソンには国際的な感覚が求められています。そのためには、外国語を身につけるだけでは十分でありません。現下の国際情勢が、どのような歴史の積み重ねを経て成立しているのかを正確に認識し、状況を見通す必要がある。若いビジネスパーソンには、過去に起きたことのアナロジー(類比)によって、現在の出来事を考えるセンスが必要なのです」

 

 また著者は、「本書で世界史を通じてアナロジー的思考の訓練をすることには、以上の実利的目的とあわせて、別のねらいもあります」と述べ、それはなんと「戦争を阻止すること」であると言います。著者は述べます。


「2つの悲惨な戦争を経て、人類は世界戦争に懲りたのではなかったのか。核兵器を使えば、互いに自滅することが避けられないから、戦争は抑止されるのではなかったのか。
しかし、ウクライナ紛争やイスラエル軍によるガザ攻撃によって、核は抑止力として機能しないことがはっきりしました。どういうことかというと、人類は核兵器を使わない範囲で戦争をする『知恵』をつけてきているのです」

 

 現在、知識人の焦眉の課題は「戦争を阻止すること」であると言う著者は「戦争を阻止するためには、アナロジカルに歴史を見る必要があります」とも言います。なぜか。その理由を以下のように述べています。


「アナロジカルに歴史を見るとは、いま自分が置かれている状況を、別の時代、別の場所に生じた別の状況との類比にもとづいて理解するということです。こうしたアナロジー的思考は、論理では読み解けない、非常に複雑な出来事を前にどう行動するかを考えることに役立つからです」


「歴史は繰り返す」とよく言われますが、歴史が反復しているかどうかを洞察するためにはアナロジカルに歴史を見ることが不可欠であるというのです。この意見には、わたしも全面的に賛成です。

 

 また、現在を理解するための「大きな物語」をつくることが必要であるとして、著者は次のように述べます。


「『大きな物語』とは、社会全体で共有できるような価値や思想の体系のこと。『長い19世紀』の時代であれば、『人類は無限に進歩する』とか『民主主義や科学技術の発展が人々を幸せにする』というお話が『大きな物語』です。ところが、民主主義からナチズムが生まれ、科学技術が原爆をつくるようになると、人々は『大きな物語』を素直に信じることができなくなります。とくに、私の世代以降の日本の知識人は、『大きな物語』の批判ばかりを繰り返し、「大きな物語」をつくる作業を怠ってきてしまいました」

 

 著者によれば、歴史をアナロジカルにとらえて「大きな物語」を提出しないと、結果的に排外主義的な書籍やヘイトスピーチが氾濫するといいます。
 その理由を、著者は以下のように述べています。


「人間は本質的に物語を好みます。
 ですから、知識人が『大きな物語』をつくって提示しなければ、その間隙をグロテスクな物語が埋めてしまうのです。
 具体的にはこういうことです。知識人が『大きな物語』をつくらないと、人々の物語を読み取る能力は著しく低下する。だから、『在日外国人の特権によって、日本国民の生命と財産がおびやかされている』というような稚拙なグロテスクな物語であっても、多くの人々が簡単に信じ込んでしまうようになるわけです」

 

 そして、著者は「資本主義、ナショナリズム、宗教――私の見立てでは、この3点の掛け算で『新・帝国主義の時代』は動いている。その実相をアナロジカルに把握することが本書の最終目標です」とも述べています。
 著者によれば、2008年を境目として、世界は「新・帝国主義の時代」に突入したそうです。その傍証となる事象がいくつも本書で紹介されています。

 

 ミャンマーの変貌もその1つです。著者は述べます。


「ミャンマーは、2012年にオバマ大統領が訪れてから、急に関係がよくなりました。ミャンマーは西側から見た場合、中国にとっての生命線です。日中戦争で、日本は蒋介石政権の中国と戦争をしました。蒋介石の国民政府は日本軍に押されて内陸部の重慶に移っていたのですが、当時、援蒋ルートと呼ばれる物資搬入路があり、英領インドから兵器、食糧などが重慶に運ばれていました。このひとつがミャンマーを通っているのです。つまり、オバマ政権はミャンマーを親米国家にすることで往時の援蒋ルートを押さえ、アメリカの了承なくして中国を西側からインド洋に出られないようにし、イランからパイプラインを引くことも不可能にした。このような構図なのです」

 

 第一章の最後に、著者は次のように書いています。


「アナロジーやアイロニーは、『見えないもの』を見る力です。『戦争の時代』を準備してしまった帝国主義と同じ過ちを繰り返さないために、歴史からアナロジーやアイロニーを引き出す力が求められているのです」


 なお、「アナロジー的思考を鍛えるための本」として、著者は『要説 世界史(世界史A)』『詳説 世界史(世界史B)』(ともに山川出版社)、『歴史とは何か』山内昌之著(PHP文庫)、『歴史からの伝言』加藤陽子、佐藤優、福田和也著(扶桑社新書)を紹介しています。

 

 第二章「民族問題を読み解く極意」では、「ナショナリズムの処方箋」として、著者は以下のように述べています。


「資本主義が発達して、グローバル化が進んだ末に、帝国主義の時代が訪れることは前章で説明しました。同時に、帝国主義の時代には、国内で大きな格差が生まれ、多くの人びとの精神が空洞化します。
 この空洞を埋め合わせる最強の思想がナショナリズムなのです。
新・帝国主義が進行する現在、ナショナリズムが再び息を吹き返しています。合理性だけでは割り切れないナショナリズムは、近現代人の宗教と言うことができるでしょう」

 

 第三章「宗教紛争を読み解く極意」では、現在大きな注目を集めている「イスラム国」についての説明が展開されます。まず、「イスラム原理主義の特徴」として著者は以下のように述べています。


「イスラム国やアルカイダに代表されるイスラム原理主義の特徴は、前述のとおり、単一のカリフ(皇帝)が支配する世界帝国の樹立をめざす点にあります。そして、そのための行動はかならず成功する。
 どういうことか。イスラム原理主義のために行動して、イスラム革命が成功すれば、これは当然成功です。一方、戦死したとしても、アッラーのために戦って殉死したことになるから、殉教者はあの世で幸せになれる。これも成功なのです。このように、イスラム原理主義のプログラムでは、革命に関与すればかならず幸せが待っていることになる。だから、ドクトリンさえ信じることができれば必勝です。イスラム国は、インターネットを使ってこのことを広報し、民族や部族、国家を超えて、ネットワーク化しようとしています」

 

 また、「アルカイダ」についても、わかりやすく説明しています。
 著者は「ワッハーブ派とカルバン派」として、以下のように述べます。


「ワッハーブ派は、コーランとハディース(ムハンマド伝承集)しか認めません。聖人崇拝も墓参りもしない。ムハンマド時代の原始イスラム教への回帰を唱え、極端な禁欲主義を掲げます。アルカイダというのは、このワッハーブ派の武装グループで、イスラム国もまた同様。そのほか、北アフリカのイスラム・マグレブ諸国のアルカイダ、チェチェンのテログループ、アフガニスタンのタリバンなど、イスラムの過激派はすべてワッハーブ派の系統です。キリスト教とのアナロジーで考えると、このワッハーブに近いのはプロテスタントのカルヴァン派です」

 

 著者は「新・帝国主義は何を反復しているのか」の項で述べます。


「時代こそ違いますが、キリスト教でもイスラムでも、社会の危機に対して、復古主義・原理主義的な運動が起こり、地域や領土を越えて拡散していく点では共通しています。いや、現代のEUも見方によっては、西ローマ帝国、さらにはローマ帝国への回帰ということもできるでしょう」

 

 最後に「歴史は物語であるという原点に立ち返る必要がある」として、著者は以下のようなメッセージを読者に送ります。


「立場や見方が異なれば、歴史=物語は異なる。世界には複数の歴史がある。そのことを自覚したうえで、よき物語を紡いで、伝えること。そして、歴史が複数あることを知るためには、アナロジーの力を使わなければいけない。『見えない世界』へのセンスを磨くためには、アナロジカルに考えないといけない。近代の宗教である資本主義やナショナリズムに殺されないために、私たちはアナロジーを熟知して、歴史を物語る理性を鍛えあげていかなければならないのです」

 

 たしかに、「歴史は物語である」と、わたしも思います。
 わたしのブログ記事「戦後70年談話」に書いたように、先の戦争について思うことは、あれは「巨大な物語の集合体」であったということです。真珠湾攻撃、戦艦大和、回天、ゼロ戦、神風特別攻撃隊、ひめゆり部隊、沖縄戦、満州、硫黄島の戦い、ビルマ戦線、ミッドウェー海戦、東京大空襲、広島原爆、長崎原爆、ポツダム宣言受諾、玉音放送・・・挙げていけばキリがないほど濃い物語の集積体でした。それぞれ単独でも大きな物語を形成しているのに、それらが無数に集まった巨大な集合体。それが先の戦争だったと思います。

 

 実際、あの戦争からどれだけ多くの小説、詩歌、演劇、映画、ドラマが派生していったでしょうか・・・・・・。「物語」といっても、戦争はフィクションではありません。紛れもない歴史的事実です。わたしの言う「物語」とは、人間の「こころ」に影響を与えうる意味の体系のことです。人間ひとりの人生も「物語」です。そして、その集まりこそが「歴史」となります。そう、無数のヒズ・ストーリー(個人の物語)がヒストリー(歴史)を作るのです。

 

 本書は、わたしに歴史について考えるヒントを多く与えてくれました。
 この読書館でも紹介した出口治明氏の『仕事に効く教養としての「世界史」』と合わせて読むといいかもしれません。いつか、わたしも「世界史」についての本を書いてみたいです。