お探しの書名・著者名・キーワード等を入力して下さい

  • HOME
  • 神々の沈黙
Title

神々の沈黙』

Category

No.1079

 『神々の沈黙』ジュリアン・ジェインズ著、柴田裕之訳(紀伊国屋書店)を再読しました。

 じつに632ページにおよぶ大冊です。「意識の誕生と文明の興亡」というサブタイトルがついています。著者は1920年生まれの心理学者で、1066年から1990年までプリンストン大学心理学部で教鞭を取り、大変人気の高い教授だったそうです。研究者としての初期は動物行動学、のちに人間の意識に関わる研究へとシフトし、1976年に本書を刊行しました。本書は、心理学、人類学、歴史、哲学、文学にまたがる他に類を見ない壮大な視野に立っており、刊行直後から多大な賞賛を集め、「20世紀で最も重要な著作のひとつ」と評されました。

20150307141342.jpg
   本書の帯


 本書の帯には「右脳に囁きかける神々の声はどこに消えたのか?」「3000年前まで人類は『意識』を持っていなかった!」「古代文明は、意識を持つ前の〈二分心〉の持ち主の創造物。豊富な文献と古代遺跡の分析から、意識の誕生をめぐる壮大な仮説を提唱」「20世紀最大の論議を呼んだ話題作、堂々刊行!!」と書かれています。

20150307141355.jpg
   本書の帯の裏


 本書の内容は、カバー前そでの「本書について」に要約が書かれています。


 「動物行動学から出発し人間の意識の探求に踏み込んだ研究者が、楔形文字の粘土板や碑文・彫刻、ギリシャ叙事詩『イーリアス』『オデュッセイア』、旧約聖書などの分析から、とてつもなく壮大な「意識の誕生」仮説を樹ち立てた―人類の意識は今からわずか3000年前に芽生えたもの、意識誕生以前の人間は右脳に囁かれる神々の声に従う〈二分心〉〈Bicameral Mind〉の持ち主で、彼らこそが世界各地の古代文明を創造した、やがて〈二分心〉は崩壊、人間は文字と意識を得た代わりに神々は沈黙した、と」

 さらに「本書について」には、以下のように書かれています。


 「意識論の大家ダニエル・デネットは、著者の仮設を高く評価して『ソフトウェア考古学』と呼ぶ。地層から掘り出される化石や骨では人間の心のことまでは伺い知れないからだ。意識の哲学・心理学から歴史・文明解釈、現代人における〈二分心〉の名残りまでの三部作構成からなる本書は、著者の生涯を賭けた金字塔で、発売当初から様々な方面で論議と話題を呼んだ。記述は膨大な証拠に裏打ちされ、過去ばかりか今日と未来における私たちの心の奥底にまで関わり、従来の見方を180度転換する。『知られざる巨人』の生涯ただ一冊の渾身の書」

 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。


序文


序章   意識の問題


第一部  人間の心
第1章  意識についての意識
第2章  意識
第3章  『イーリアス』の心
第4章  〈二分心〉
第5章  二つの部分から成る
第6章  文明の起源


第二部  歴史の証言
第1章  神、墓、偶像
第2章  文字を持つ〈二分心〉の神聖政治
第3章  意識のもと
第4章  メソポタミアにおける心の変化
第5章  ギリシャの知的意識
第6章  ハビルの道徳意識


第三部  〈二分心〉の名残り
第1章  失われた権威を求めて
第2章  預言者と憑依
第3章  詩と音楽
第4章  催眠
第5章  統合失調症
第6章  科学という占い


後記
訳者あとがき
原注
事項索引
人命索引

 本書で、著者は、幻聴や幻視といった症状を統合失調症であると主張しています。そして驚くべきことに、統合失調症の発症率は世界中どこでも1%程度だそうです。その後、文字や言葉が左脳に宿ると、徐々に左脳が右脳を抑制するようになります。神託者は、神の声をかつてのように自然に聞くことができなくなりました。そのために、古代における各地の共同体では儀式によってトランス(憑依)させやすい純朴な女性を代理として神の声を聞かせたというのです。日本では恐山のイタコのケースが知られていますが、今でも各地にこのような憑依による神託が存続しています。

 紀元前数百年頃の古代ギリシャでは、神のお告げを伝える憑依が盛んでした。その後、宗教の発展により、憑依は異端と見なされて消滅していったようです。本書には、言語を使って社会的行動を左脳にプログラムしたことで人間の意識が生まれたこと、3000年前にその意識が右脳に自然に湧き上がる原始の行動命令(神の声)を抑制し沈黙させてしまったという主張が展開されています。

 わたしは、かつて『命には続きがある』(PHP研究所)という対談本を上梓しました。東京大学医学部大学院教授で東大病院救急部・集中治療部長の矢作直樹先生とわたしの「命」と「死」と「葬」をめぐる対談本ですが、その50ページから51ページにかけて『神々の沈黙』に言及しています。
 内容は、以下の通りです。

矢作:そうですね。霊の問題を三次元でとらえようとすることに無理があるわけです。ヨガや座禅はすべてそうでしょうが、高次元とつながるということは、昔から行われてきました。そういうことがエネルギーになっていたことを忘れてはいけません。心の中でもつながれるということです。それを忘れてしまったということです。生涯に一冊しか本を書かなかったジュリアン・ジェインズはその著書『神々の沈黙』の中で、「二視論」というのを展開しています。これは見える世界と見えない世界のことですが、非常にわかりやすい。


一条:ジェインズの『神々の沈黙』は、わたしも読みました。3000年前まで人類は「意識」を持っていなかったという仮説を唱えた本ですが、非常にインパクトがありました。豊富な文献と古代遺跡を分析したジェインズによれば、意識を持つ前の人間は、神の声を右脳で聞き、その通りに動く自動人間だったといいます。
太古の人間は自分を意識することなく、神の声をそのまま聞いて、神々と一体となって生きていたというのです。その後、意識の発生とともに、徐々に人間には、神の声は聞こえなくなってきてしまいます。神の声が徐々に聞こえなくなると何が起こったか。それによって、人間の意識は発達し、比喩によって自分たちの心の空間が現れます。そして、物語化して自分を客観的に見ることが可能になりました。
 でも、本来の人間は神の声を聞く存在だったので、一部の人々にはその名残がある。それが、いわゆる分裂症です。つまり、ジェインズの言いたいことは、分裂症状にある人々は現在でも神々の声が聞こえている人たちではないかというわけです。『神々の沈黙』は、神と人間の関係性を歴史的に解き明かした名著だと思います。


 さて、本書の「後記」において、著者のジェインズは今後のテーマについて以下のように語っています。


 「やるべきことは尽きない。歴史や理論の湾や入り江が数知れず探索を待っている。古代の精神構造をたどる作業は現在も進行中で、新たな洞察や発見へ向かいつつある。私自身は中国語を知らないので、本書ではその分野の文献を取り上げられなかった。(中略)中国における意識の登場も、ギリシャとほぼ同時期で、一部歴史家はこの時期を『枢軸の時代』と呼ぶに至っている」

 「枢軸文明」とは、哲学者ヤスパースが名づけたことで知られます。ヤスパースは紀元前500年頃に人類の精神革命が起こったとし、この時代を世界史の枢軸としての「枢軸時代」と呼んだのです。彼は著書『哲学入門』で次のように述べています。


 「この時代には重大な事柄が一度に押し寄せてきました。中国には孔子と老子が生れ、中国哲学のあらゆる方向が現われ、墨子、荘子、列子その他の無数の人びとの思想が生れました。インドではウパニシャッドが現われ、釈迦が生れ、中国におけると同様に、懐疑主義と唯物論、詭弁派と虚無主義に至るまでのあらゆる哲学的な可能性が展開されました。イランにおいてはツアラトゥストラが、善と悪の闘争の挑戦的な世界像を教え、パレスチナにおいてはエリアからイザヤとエレミアを経て、第二のイザヤに至るまでの預言者たちが現われました。ギリシャではホメーロスや哲学者のパルメニデース、ヘーラクレイトス、プラトーン、悲劇作者たち、トゥーキュディデース、アルキメーデースが現われました。このような名前によって単に暗示されたにすぎないところのいっさいのものが、このわずか数世紀の間に、中国、インド、西洋において、ほとんど同時に生まれたのであります。ただ彼らは相互に知りあっていなかっただけなのです。」(草薙正夫訳)


 「枢軸の時代」といえば、最近面白い意見を知りました。わたしがコラムを連載させていただいている終活WEB「ソナエ」「ライフネット生命・出口会長が考える『明るい終活』」という連載インタビューが掲載されています。わたしは、無類の読書家にしてビジネスリーダーでもある出口会長の発言につねづね注目しているのですが、連載30回目(最終回)の「終活は明るく、楽しいものなのです」の冒頭に以下の発言があります。


 「釈迦や孔子、ソクラテスが登場したのは、だいたい紀元前500年くらいの同じ時期です。なぜ同時代的に世界各地に天才が出現したのか。理由は明快で、ちょうどその時期に地球が暖かくなった上に鉄器が普及したのです。それで、高度成長が起こった。すると、お金持ちが生まれて、文化とか文明に憧れるパトロンとなってお金を出す。だから釈迦、孔子、ソクラテスが現れたのです」


 わたしは『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)で、ブッダ、孔子、ソクラテスが同時に活躍した「枢軸時代」について書きました。なぜ偉大な聖人たちが一斉に登場したかという理由は、ジェインズと出口会長の2人の考えを合わせたところにあるような気がします。いずれにせよ、630ページを超える大著である本書には、まだまだ、人間の「こころ」に関する多くのテーマが潜んでいます。何度も読み返すべき問題作であると思います。