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宗教を生みだす本能』

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No.1062

 

 『宗教を生みだす本能』ニコラス・ウェイド著、依田卓巳訳(NTT出版)を読みました。

 「進化論からみたヒトと信仰」というサブタイトルがついています。著者はイギリス生まれの科学ジャーナリストです。ケンブリッジ大学キングスカレッジを卒業し、二大科学誌である「ネイチャー」「サイエンス」の科学記者を経て、「ニューヨークタイムズ」紙の編集委員となり、現在は同紙の人気科学欄「サイエンスタイムズ」に寄稿しています。『5万年前―このとき人類の壮大な旅が始まった』『背信の科学者たち』『医療革命―ゲノム解読は何をもたらすのか』『心や意識は脳のどこにあるのか 』など著書多数。

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   本書の帯


 本書は、当代一の科学ジャーナリストが生物学(進化学)、文化人類学、社会学、心理学、宗教学などの諸学を総動員し、「宗教の起源」について書いた本です。学者が書いた本ではないので、非常に読みやすいです。
 本書の帯には「宗教は人類生存のために進化した?」と大書され、続いて「原始社会において宗教はなぜ不可欠だったのか、信仰の本能はいかにして人間の本性に組み込まれたのか―生物学、社会科学、宗教史を架橋する壮大な物語」「ジェームズ・D・ワトソン、エドワード・O・ウィルソン推薦」と書かれています。

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   本書の帯の裏


 また帯の裏には。推薦者の2人の言葉が以下のように紹介されています。


 「宗教が人類の成功に欠かせなかった理由を、きわめて知的な語り口で明らかにする衝撃的かつ待望の一冊。最初から最後まで夢中になって読んだ。・・・・・・ジェームズ・D・ワトソン(『二重らせん』著者)」


 「私たちの自己理解の基礎となるテーマについて、事実にもとづき、最もバランスのとれた説明を加えている。彼の学識は深く、その文章スタイルは明晰で、心躍らせるものだ。・・・・・・エドワード・O・ウィルソン(『知の挑戦』『生命の未来』著者)」

 

 本書の「目次」は、以下のようになっています。


第1章    宗教の本質
第2章    道徳的本能
第3章    宗教行動の進化
第4章    音楽、舞踏、トランス
第5章    太古の宗教
第6章    宗教の変容
第7章    宗教の樹
第8章    道徳、信頼、取引
第9章    宗教の生態学
第10章 宗教と戦闘
第11章 宗教と国家
第12章 宗教の未来
「訳者あとがき」
「注」
「索引」

 第1章「宗教の本質」の冒頭を、著者は次のように書きだしています。


 「過去5万年、おそらくもっと長い年月にわたって、人々は宗教を実践してきた。舞踏や歌や神聖なことばによって、季節の移り変わりや、人生の節目―誕生や成長、結婚、そして死まで―を儀式で形作ってきた。
 宗教は無数の人々の人生に意味を与えてきた。宗教儀礼は信者たちに、予測不可能な困難も克服できるという安心感を与えてきた。耐えきれないような恐怖、飢饉、病気、災害や死などに対して、宗教はつねに希望の源泉だった」

 同じ進化論の立場から書かれた本でも、『神は妄想である―宗教との決別』(早川書房)を書いたリチャード・ドーキンスのように、宗教に敵意をもって「妄想」と決めつけるわけでもなく、さりとて既存の宗教を擁護するわけでもなく、著者は何ら先入観を持たずに「宗教」を語っているように思えます。
 著者はまた、「宗教は超自然の世界を示し、人はこの世にひとりでいるのではないと説く。ほとんどの宗教が、死後の世界があると教える。この世で正しく生きた人々や、この世の苦難の埋め合わせのために、死後にこそよりよい生があると約束するものも多い」とも述べています。

 そして、以下のくだりは「宗教」に対する著者の考えを要約するものです。


 「信仰は個人の慰めにもなるが、宗教が歴史上重要なのは、その社会的な力ゆえである。宗教の名のもとに、飢えた人には食物が与えられ、病の人は癒され、慈善団体や病院が設立されてきた。宗教は信頼の輪を作り、人々はその輪をつうじて災害時に助け合ったり、遠方の宿泊先や交易相手を見つけたりする。世界じゅうの社会で、その儀礼は音楽や舞踏といった共同体の活動と密接に結びついている。中世の聖堂からルネッサンスの絵画、パレストリーナやバッハやハイドンのミサ曲に至るまで、宗教は芸術家の発想の源泉となり、彼らに共通する情熱の表現を育んできた。宗教はとりわけ、共同体のメンバーが互いに守るべき道徳規範を示し、社会組織の質を維持する」

 著者は、「宗教とは何か」について以下のように述べます。


 「宗教とは何か。宗教は人の営為のなかでも、もっとも高潔で崇高なものを引き出しうるが、同時にもっとも残虐で卑劣なものも呼び起こす。宗教は世代から世代へと伝えられる聖なる知の集積にすぎないのだろうか。それとも、たんなる社会遺産をはるかに超えるものであり、何かを崇拝しようとする、深く根づいた本能的衝動から生まれるものなのだろうか」

 そして著者は「宗教行動をする本能は、たしかに人間の本性として進化してきたものである―これが本書で論じるテーマだ」として、宗教を実践する集団は明らかに生存上有利であったため、宗教行動は少なくとも5万年前、おそらくもっと早い時期にわたしたちの神経回路に書きこまれたという考えを披露し、さらに次のように述べます。


 「なぜ宗教は進化した行動と考えられるのか。言語と比較するとわかりやすい。言語と同じく宗教は、遺伝的に形成された学習能力の上に築かれた複雑な文化的行為である。人は自分の社会の言語と宗教を学ぶ本能を持って生まれてくる。しかしどちらの場合にも、学ぶ内容は文化から与えられる。言語と宗教が(基本的形態はよく似ているにもかかわらず)社会ごとに大きく異なるゆえんである」

 続いて、著者は言語について以下のように述べています。


 「言語が、早い時期に進化した多くの行動(音を聞いたり、発生させたりする神経系の働きなど)の上位で働くように、宗教行動もいくつかの洗練された能力(音楽に対する感受性や、道徳的本能、そしてもちろん言語そのもの)を土台としている。言語同様、すべての社会の宗教行動はある特定の時期に発達している。まるで生来の学習プログラムが作動しはじめたかのように。言語と同じく、宗教行動はもっとも重要な社会的行動だ。人はひとりで話すことも祈ることもできるが、どちらもほかの人々とおこなったときにもっとも豊かな意味を持つ。ともにコミュニケーションの手段だからだ」

 第4章「音楽、舞踏、トランス」では、音楽、とくに太鼓、マラカス、鈴などの打楽器が生み出す音楽は、治療、狩猟、戦闘、葬儀といった社会のさまざまな行事で聞くことができると述べられます。また、社会人類学者ロドニー・ニーダムの以下の言葉を紹介しています。


 「打楽器は、ほかにも驚くほど多くの場面で頻繁に用いられている。誕生、通過儀礼、結婚、就任、供犠、太陰暦の儀式、年間行事、宣戦布告、首狩り族の帰還、新客の歓迎、家や公共建築物の落成式、市の立つ日、収穫、釣り旅行、疫病の発生、日食月食などだ」


 ニーダムによれば、これらすべては、ひとつの状態から別の状態への移行を示しています。打楽器はこうした重要な行事や催しになくてはならない楽器なのです。このニーダムの考えを受けて、著者は述べます。


 「狩猟採集民のあいだでは、音楽はほかのふたつの行動と結びついている。まず、音楽があれば舞踏がある。第二に、音楽と舞踏があれば儀礼がある。この関係から、なぜ音楽に生存上の利点があったのかが、わかる―音楽は宗教行動に欠かせない要素であり、社会を結束させる触媒なのだ」

 宗教の起源は、おそらく言語と密接に関わっています。そして、その宗教は舞踏や儀礼と結びついています。著者は以下のように述べます。


 「もし言語が儀礼の質を高める力を持ちながら、じつのところ必要不可欠ではないとすれば、言語はおそらく宗教の土台となるもろもろの行動にあとから加わったのだ。とすると、言語が発生した背景には儀礼があったのではないだろうか。これは興味深い可能性だ。言語は強力なので、もし早くから進化していたら、まちがいなく宗教行動を支配していたはずである。言語が宗教行動にとって必要不可欠な要素ではないということは、そこにあとから来たことを示唆している。したがって、仮にではあるが次のような発生の順番が考えられる。(1)舞踏、(2)音楽、(3)儀礼にもとづく原宗教、(4)言語、(5)超自然的存在への共通の信仰にもとづく宗教。この一連のプロセスにおいて、それぞれの進化の開始と完了が広く重なり合っていたことは疑いない」

 著者は、宗教を語る上で忘れてはならない「トランス」についても述べます。


 「トランスに入った者は、体が奇妙に痙攣し、呼吸も不規則になる。そのため人々は、その者が精霊や悪霊に取り憑かれたり、魂が超自然界に行ってしまったと考えた。この解釈によって、トランスは現実世界と並行して存在する超自然界の証拠と受け止められた。"舞踏が引き起こす極端なトランス状態に、重要な意味がつけ加わった。これこそ、儀礼と信仰からなる影響力の大きな複合体、すなわち『宗教』の重要な成長点のひとつだった"とマクニールは書いている。舞踏によるトランスは、もっとも信頼のおける超自然界との交信方法になった。人々は現実世界と超自然界を結ぶ道ができたと信じ、入念な儀礼や儀式の数々を生み出した。超自然界の神々を操って、現実世界に望ましい結果をもたらすために」

 第9章「宗教の生態学」では、結婚について以下のように述べています。


 「すべてではないにせよ、ほとんどの宗教が、一夫一婦制、一夫多妻制といった結婚のルールを定める。結婚には明らかに存続上有利な点がある。ひとつには、おそらくこの制度の起源だろうが、自分や家族を守ってくれる男性を女性が得ることで、幼子を成人まで育てられる可能性が格段に高まる。男性としても、子どもや妻の幸福のために尽力すれば、自分の遺伝子を次世代に伝えられる可能性が高くなる。また、社会という観点から見てきわめて重要なのは、結婚生活が少なくとも原則上、男性間の争いのおもな原因、すなわち女性の奪い合いという問題を解決する点である。結婚は女性の割り当てを最終的に定めて神聖なものにするので、一夫一婦制の社会においては安定をもたらす柱となる。一夫多妻制の社会では、妻を見つけられない若者が大勢できるので、通常そこまでの安定は得られない。これに対する一般的な解決策は、そうした若者に命がけで軍功をあげさせることだ」

 続いて、著者はさらに結婚について述べます。


 「結婚は生殖自体に熱心な社会にとっては何より欠かせない制度である。出生率を高めるさまざまな宗教規定は、人数の増大が軍事力の増大につながるという明らかな利益をもたらす。一方で、人口規模が大きくなれば不利になることもある。共同体の全員が餓死寸前に追いやられるかもしれず、実際、昔の農耕社会はほとんどそういう状態だった」


 「死」や「葬儀」との関連を述べた宗教の本は珍しくありませんが、本書では「結婚」についても深く述べられているので、ある意味で新鮮でした。そう、結婚とは単なる制度ではなく、宗教上の重大な問題でもあるのです。そのことを再確認しました。本書は、さまざまな視点から「宗教の起源」が語られた知的刺激に満ちた好著であると思います。