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死の壁』

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No.1058

 

 『死の壁』養老孟司著(新潮新書)を再読しました。2004年の初版刊行直後に読んだので、じつに11年ぶりです。2003年4月に大ベストセラー『バカの壁』が出版され、その1年後、再び新潮新書から出されたのが本書です。その後、2006年に『超バカの壁』が出され、2014年には最新刊『「自分」の壁』も出ましたが、わたしは本書『死の壁』が一番の名著だと思います。

 

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    本書の帯



  本書の帯には「『死』を考えると、安心できる。」と大書され、「逃げず、恐れず、考えた最終回答。」と書かれています。また、本書のカバー前そでには以下のような内容紹介があります。


 「ガンやSARSで騒ぐことはない。そもそも人間の死亡率は100%なのだから―。誰もが必ず通る道でありながら、目をそむけてしまう『死』の問題。死の恐怖といかに向きあうべきか。なぜ人を殺してはいけないのか。生と死の境目はどこにあるのか。イラク戦争と学園紛争の関連性とは。死にまつわるさまざまなテーマを通じて現代人が生きていくうえでの知恵を考える。『バカの壁』に続く養老孟司の新潮新書第二弾」

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    本書の帯の裏


 

 本書の「目次」は以下のような構成になっています。

 

序章  『バカの壁』の向こう側
第一章 なぜ人を殺してはいけないのか
第二章 不死の病
第三章 生死の境目
第四章 死体の人称
第五章 死体は仲間はずれ
第六章 脳死と村八分
第七章 テロ・戦争・大学紛争
第八章 安楽死とエリート
終章  死と人事異動
「あとがき」

 

 第一章「なぜ人を殺してはいけないのか」で、一時期よく話題になった「なぜ人を殺してはいけないのか」という素朴な問いに対して、著者は人間というのは高度なシステムであるとした上で、「システムというのは非常に高度な仕組みになっている一方で、要領よくやれば、きわめて簡単に壊したり、殺したりすることが出来るのです」と述べます。ここでいう「システム」は人間も含む自然や環境のことであると説明し、著者は「だからこそ仏教では『生きているものを殺してはいけない』ということになるのです。殺すのは極めて単純な作業です。システムを壊すのはきわめて簡単。でも、そのシステムを『お前作ってみろ』と言われた瞬間に、まったく手も足も出ないということがわかるはずです」

 

 この意見は、医者らしいドライな考え方に一見思われます。しかし著者は、人の「死」は周囲の人間に対して回復不可能な影響を与えるものだとして、次のように述べます。


 「人間を自然として考えてみる。つまり高度なシステムとして人間をとらえてみた場合、それに対しては畏怖の念を持つべきなのです。それは結局、自分を尊重していることにもなるのですから。人間は蝿や蚊の仲間か、それともロケットの仲間か。考えてみればすぐわかるでしょう。ところが、これをロケットのほうだと勘違いしている人がいるのではないか」

 

 第二章「不死の病」では、著者は「人間」と「情報」について語ります。


 「人間は変化しつづけるものだし、情報は変わらないものである、というのが本来の性質です。ところがこれを逆に考えるようになったのが近代です。これが私が言うところの『情報化社会』です。『私』は変わらない、変わっていくのは世の中の情報である、という考え方の社会です。脳中心の社会と言ってもいい」

 

 著者は現代日本社会は「死ねない」社会であるとして述べます。

 

 「近代化とは、人間が自分を不変の存在、すなわち情報であると勘違いしたことでもあるのです。それ以来、実は人間は『死ねない』存在になってきました。これが近代特有の意識であることは昔の文学を読めばわかります。『平家物語』『方丈記』など、中世の日本文学に代表される思想というのは、人間は移り変わるものだ、という考え方だったのです。

 この考え方が情報化が進むことで消えてしまった。
 そうした近代化を典型的に示したのが、明治時代に作られた戸籍制度です。それまでは幼名があって、元服すれば名前が変わって・・・・・・ということだったのに、一度生まれたら名前が変わらないことになった」

 

 考えさせられたのは「派出所の不遜」についての以下のくだりです。


 「死が実在でなくなったことについては、派出所の看板が象徴的です。あれを見ればいかに死を実在でないと考えているかがよくわかります。なぜならあそこにある死亡事故の看板には数字が書いてあるだけなのです。『昨日の交通事故死者1名』と。そこでは人の死を単なる数字に置きかえてしまっているのです。 見るほうには何の実感もわかない。むしろ故意に実感がわかないようにしているのではないか、という気もします」

 

 さらに著者は、「派出所の不遜」について次のように述べます。


 「もしも事故の防止が狙いならば現場の写真でも飾ればよいが、そんなことはしない。何なら事故死した死体の標本でもいい。それが『1』という数字に置き換えられている。死んだのは老人かもしれないし、働き盛りのサラリーマンだったかもしれないし、子どもかもしれません。それぞれ別の人間です。しかし、派出所に書いてあるのは、顔のない死者が『1』人出たというだけです」

 

 また「ゲームの中の死体」では、子供に「死」について教える最高の方法が以下のように紹介されています。


 「子供に『死』を教えるということに関して言えば、少なくとも映画やゲームは何の意味もない。それは本物の死とは関係ないものです。それよりは葬式に連れて行って、本物の死体を見せたほうがいい。そうすれば『幽霊の正体見たり枯れ尾花』となって無闇に怖がったりはしないはずです。少なくとも、人はいずれこうなるという真理を教えることには役立つのではないでしょうか」


 この著者の意見には、もう心から大賛成です。わたしも葬儀ほど子供の教育にとって大切な場はないと思っています。本書のこのくだりは、わたしのブログ記事「豊崎紫雲閣竣工式」に書いた新セレモニーホールの竣工神事での主催者挨拶でも紹介しました。

 

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    お子さんへの教育の場として開放したい!


 

 終章「死と人事異動」では、自殺をしてはいけない理由について、著者は以下のように2つの理由を述べています。


 「自殺がいけないという理由は、大きく分けて2つあります。1つは自殺は殺人の一種であるということ。だから「なぜ人を殺してはいけないのか」というのと同じ理由です。もう1つは自殺がやはり、周囲の人に大きな影響を与えてしまうということです。『二人称の死』なのですから」

 この意見も非常にシンプルですが、説得力がある答だと思いました。

 そして、本書の白眉は、著者が実父の死から30年経って初めて涙し、自分の中で父が死んだのだと悟るエピソードです。著者が最初に体験した「二人称の死」は父親の死であり、著者が4歳のときでした。亡くなったのは夜中だったので幼い著者は寝ぼけていました。臨終の間際に親戚に「お父さんにさようならを言いなさい」と言われましたが、言えなかったそうです。父親は結核でしたが、最後は息子に向かって微笑んで、喀血して、そして亡くなったといいます。著者は、次のように述べています。


 「幼い頃の私は内気な子どもだったようです。近所の人に挨拶が出来なかった。挨拶が苦手な子どもでした。
 父の死については、よく思い出していました。しかし、それを本当に受け止められたのは、30代の頃だったと思います。きっかけはおそらく、その頃身内の通夜や葬式をやった。それが子供の頃の追体験のようなものになったのではないかと思います。当時、身内といろいろと揉めて感情が不安定だったことも影響していたのかもしれません。
 その頃、ふと、地下鉄に乗っているときに、急に自分が挨拶が苦手なことと、父親の死が結びついていることに気づいた。そのとき初めて『親父が死んだ』と実感したのです。そして急に涙があふれてきた」

 

 著者は自分が「挨拶が苦手な理由」を次のように語ります。


 「私は父が死ぬ直前に、挨拶を促されたがしなかった。父はその直後に亡くなった。私は無意識に、自分はまだ別れの挨拶をしていない、だから父とはお別れをしていない、と思っていたのです。
 それはつまり、父の死を認めていないということです。だから、地下鉄で泣き出すまでは父の死を実感できていなかったのです。
 また心のどこかで、人に挨拶すると、相手が死んでしまうというような意識もあったのかもしれません。そういうことを無意識のなかで思っていたのでしょう。その解釈が正しいと思えるのは、それがわかってから、挨拶というものが木にならなくなったからです。それまでは苦手意識が強かったのです」

 

 このエピソードを初めて読んだとき非常に感動し、涙が出ました。人間の死亡率は100%です。人はみんな死にます。でも、それぞれの死にはすべてそれぞれの事情があり、周囲の人は影響を受けていく。中には、著者のようなトラウマになるような死もある。だからこそ、「人を殺してはいけない」「自殺してはいけない」というメッセージが説得力を帯びてくるのです。わたしは、わが社がお世話をさせていただく日々の葬儀にもそれぞれのドラマがあるということを改めて痛感し、1件1件の「人生の卒業式」を心を込めてお世話したいと強く思いました。