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知性を磨く』

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 No.1028

 

  『知性を磨く』田坂広志著(光文社新書)を読みました。

 「『スーパージェネラリスト』の時代」というサブタイトルがついています。

 

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   著者の写真入りの本書の帯


 

 帯には著者の顔写真とともに「なぜ、高学歴の人物が、深い知性を感じさせないのか?」と大書され、続いて「目の前の現実を変革する『知の力』=『知性』を磨くための田坂流知性論」と書かれています。


 本書の「目次」は、以下のようになっています。


第1話   なぜ、高学歴の人物が、深い知性を感じさせないのか?
第2話   「答えの無い問い」に溢れる人生
第3話   なぜ、「割り切り」たくなるのか?
第4話   「割り切り」ではない、迅速な意思決定
第5話   精神のエネルギーは、年齢とともに高まっていく
第6話   「固定観念」を捨てるだけで開花する能力
第7話   なぜ、博識が、知性とは関係無いのか?
第8話   頭の良い若者ほど、プロフェッショナルになれない理由
第9話   なぜ、優秀な専門家が、問題を解決できないのか?
第10話  「スーパージェネラリスト」とは、いかなる人材か?
第11話  「垂直統合の知性」を持つスーパージェネラリスト
第12話  スーパージェネラリストに求められる「七つの知性」
第13話  なぜ、経営者がスーパージェネラリストになれないのか?
第14話  「予測」できない未来を「予見」するには、どうすればよいのか?
第15話  なぜ、「目標」と「ビジョン」が混同されるのか?
第16話  「志」と「野心」は、何が違うのか?
第17話  なぜ、「戦略」とは「戦わない」ための思考なのか?
第18話  なぜ、優れたプロフェッショナルは、「想像力」が豊かなのか?
第19話  「知性」を磨くための「メタ知性」とは何か?
第20話  なぜ、古典を読んでも「人間力」が身につかないのか?
第21話  あなたは、どの「人格」で仕事をしているか?
第22話  なぜ、多重人格のマネジメントで、多彩な才能が開花するのか?
第23話  なぜ、スーパージェネラリストの知性は、現場にあるのか?
第24話  なぜ、人類は、二〇世紀に問題を解決できなかったのか?
第25話  「21世紀の知性」とは、いかなる知性か?


 第1話「なぜ、高学歴の人物が、深い知性を感じさせないのか?」の冒頭、著者は地祇のように書いています。


 「『知性を磨く』それが、本書のテーマ。
 おそらく、このテーマには、多くの読者が興味を持たれるだろう。
 なぜなら、世の中では、この『知性』という言葉は、一般に、次のような表現で使われるからだ。いわく、
 『あの人の、知性的な雰囲気が魅力だ』
 『あの人の、知性的な語り口が素敵だ』
 それゆえ、その『知性』を磨く方法があるならば、それを知ってみたいと思われる方もいるだろう。しかし、その本題に入る前に、読者とともに、一つの問いを考えてみたい。そもそも、『知性』とは何か?
 実は、このことを考えるためには、まず、『知性』という言葉と『似て非なる言葉』があることを理解しなければならない。
では、その『似て非なる言葉』とは何か?」


 その「似て非なる言葉」とは「知能」です。しかし、「知性」と「知能」は全く逆の意味の言葉だと、著者は言います。「知能」とは、「答えの有る問い」に対して、早く正しい答えを見出す能力。「知性」とは、「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力。著者は、そのように喝破するのです。


 第2話 「『答えの無い問い』に溢れる人生」では、著者は述べます。


 「自分の人生を見つめれば、そこには、進学、就職、結婚、転職を始めとして、人生の進路や選択に関わる『答えの無い問い』が、いくつもある。
 そうであるならば、その『答えの無い問い』に深く向き合う力、すなわち『知性』というものが、人生において、どれほど大切であるかは、論ずるまでもないだろう。そして、その『答えの無い問い』は、日々の仕事の中にもある」


 この文章を読み、わたしは『決定版 終活入門』(実業之日本社)に書いた「人生を修める」すなわち「修活」という考え方に通じると思いました。


 第4話 「『割り切り』ではない、迅速な意思決定」では、著者は「精神が『楽になる』ことを求め、『割り切り』に流されていくと、深く考えることができなくなり、『答えの無い問い』を問う力、『知性』の力が衰えていくのである」と述べます。そして「腹決め」というものについて、「『これで行くしかないか・・・』と、腹も定まらず、受動的に意思決定するのではなく、『これで行こう!』と、腹を定め、能動的に意思決定することである」と定義しています。


 著者の定義名人ぶりは本書の全体に見られます。


 第7話 「なぜ、博識が、知性とは関係無いのか?」では、「知識」と「智慧」の違いを言い切ります。「知識」とは、「言葉で表せるもの」であり、「書物」から学べるものである。「智恵」は、「言葉で表せないもの」であり、「経験」からしか学べないものである。そして、著者は以下のように述べます。


 「すなわち、『智恵』とは、科学哲学者マイケル・ポランニーが『暗黙知』(Tacit Knowing)と呼んだものであり、『言葉で表せないもの』であるため、『書物』や『文献』をどれほど読んでも、決して身につかないものである」


 第11話 「『垂直統合の知性』を持つスーパージェネラリスト」では、優れた知性の「7つのレベルの思考」が説かれます。すなわち、「思想」「ビジョン」「志」「戦略」「戦術」「技術」「人間力」です。


 著者は映画「アポロ13」を取り上げ、そこに描かれたジーン・クランツは、これら「7つのレベルの思考」を見事に切り替えながら並行して進め、それらを瞬時に統合することができた人物であり、彼の知性は、その「垂直統合」の思考を身につけていたと述べています。そして、著者は人生や仕事における「困難な問題」の解決に取り組む知性は、必ず、この「垂直統合」の思考を身につけていると断言し、組織や社会の「困難な変革」を実現する知性もまた、必ず、この「垂直統合」の思考を身につけていると訴えます。


 第14話 「『予測』できない未来を『予見』するには、どうすればよいのか?」では、「未来を予見する方法」とは学ぶことだとし、著者は述べます。


 「人類が過去数千年の歴史の中で生み出した、数々の思想や哲学。
 その中には、我々の生きるこの世界が、森羅万象が、どのようにして変化・発展し、進歩・進化していくかの「法則」を述べたものがある。
 それを学ぶことは、我々が未来を『予見』するために、極めて重要である」


 その具体例として「弁証法」の思想を取り上げ、次のように述べます。


 「一般に、ドイツの観念論哲学者、ゲオルク・へーゲルが提唱した『へーゲルの弁証法』として知られている思想である。このヘーゲルの弁証法に、例えば、『事物の螺旋的発展の法則』というものがある。
 これは、分かりやすく言えば、次のような法則。物事の変化・発展、進歩・進化は、あたかも『螺旋階段』を登るようにして起こる。
 螺旋階段を登る人を横から見ていると、上に登っていくが(進歩・発展)、この人を上から見ていると、階段を1周回って、元の位置に戻ってくる(復古・復活)。ただし、これは螺旋階段。必ず、1段高い位置に登っている。すなわち、物事の変化・発展、進歩・進化においては、古く懐かしいものが、新たな価値を伴って復活してくる。それが、弁証法の『螺旋的発展の法則』である」


 第15話 「なぜ、『目標』と『ビジョン』が混同されるのか?」では、著者は以下のように述べています。


 「『ビジョン』とは、『これから何が起こるのか』についての『客観的思考』である。それは、『Vision』という英語の語義通り、『見通し』や『先見性』『洞察力』という意味の言葉である。すなわち、『ビジョン』とは、未来に対する『客観的思考』であり、『主観的願望』や『意志的目標』ではない。それは、『これから、こういうことを起こしたい』という願望でもなければ、『これから、こういうことを起こそう』という目標でもない。『ビジョン』とは、どこまでも、『これから何が起こるのか』についての、客観的・理性的な思考であることを理解する必要がある」


 第16話 「『志』と『野心』は、何が違うのか?」では、こう定義します。「野心」とは、己一代で何かを成し遂げようとの願望のこと。「志」とは、己一代では成し遂げ得ぬほどの素晴らしき何かを、次の世代に託する祈りのこと。わたしは『孔子とドラッカー新装版』(三五館)をはじめとした一連の著書で「夢」と「志」の違いについて述べました。

 よく混同されますが、夢と志は違います。「自分が幸せになりたい」というのが夢であり、「世の多くを幸せにしたい」というのが志です。夢は私、志は公に通じているのです。本書の著書である田坂氏の「志」と「野心」の違いも腹に落ちるものがありました。


 『孔子とドラッカー新装版』はいわゆる「人間学」の書とされており、『論語』をはじめとした多くの古典を紹介しています。しかし、第20話 「なぜ、古典を読んでも『人間力』が身につかないのか?」において、著者は次のように述べています。


 「この『人間力を磨く』という言葉を聞くと、すぐに『儒学を学ぶ』といった発想になる人がいるが、『論語』に関する書物を数多く読み、どれほど言葉で『儒学』を学んでも、ただ『知識』として学ぶだけに終わり、『智恵』としての『人間力』を掴むことは、決してできない」


 まあ「ごもっとも!」という感じですが、これはつまるところ「読書」と「実践」の問題であり、『論語』に限らず書物を読んで知識だけを身に付けても実践しなくてはダメというだけの話ではないでしょうか。要は「論語読みの論語知らず」にならなければいいのであり、『論語』は絶対に読んだほうがいいと思います。ヘーゲルは良くて、孔子はダメなのか? こういう「中国古典よりも西洋哲学」といった、著者の西洋かぶれの部分は、ちょっと鼻につく印象がしました。孔子も、ヘーゲルも、ドラッカーも、みんな必読です!


 第22話 「なぜ、多重人格のマネジメントで、多彩な才能が開花するのか?」では、著者は以下のように述べます。


 「自分の中に存在する『複数の人格』を自覚し、そのいずれも抑圧することなく表現することができるならば、それは『精神の病理』ではなく、『才能の開花』をもたらす。すなわち、この『多重人格のマネジメント』とは、ある意味で、我々の才能の開花を妨げ、抑圧している『深層意識』を開放し、解放する技法でもあり、いわば『深層意識のマネジメント』に他ならない」


 そして、著者は「多重人格のマネジメント」を語る上で、述べます。


 「なぜ、空海が、あれほど多彩な才能を開花させ得たのか?
 なぜ、レオナルド・ダ・ヴィンチが、あれほど多彩な才能を開花させ得たのか? その謎を解き明かす鍵は、この『多重人格のマネジメント』にある」

 ここで空海が登場したので、わたしは嬉しくなりました。そう、空海ほど「知性を磨く」生涯を送った日本人はいません。まさに、「スーパージェネラリスト」とは空海のことです! ちょうど、わたしの最新刊『超訳 空海の言葉』 (ベストセラーズ)が発売されたばかりです。どうか御一読下さいますよう、お願いいたします。


 最後に、第25話 「『21世紀の知性』とは、いかなる知性か?」では、著者は「なぜ、人類に『知性』というものが与えられたのか?」と読者に問いかけた上で、以下のように述べています。


 「それは、ただ、人類が直面する問題を『解釈』するためではない。
 何よりも、その問題を『解決』するためであろう。
 その『解決』のために、人類社会の在り方を『変革』するためであろう」


 わたしは、これを読んで、「なんだか、マルクスそのままだなあ」と思いながらも、著者の熱いメッセージに共感したのでありました。